SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

30:偽り混じりの真実 前

「な、何を言ってるの?姉さん……」
背中にセレスの声がかかった。
完全に振り返ることはなく、視線だけを向ければ、彼女はリーフを抱きしめたまま、戸惑いの表情でこちらを見上げていた。
「マリエス様のところに戻るって……」
「あたしたちは、ずっとマリエス様に保護してもらっていたから」
本当は少し事情は違うけれど、話すわけにはいかない。
「だから、そこに戻る。それだけ」
セレスが納得しないなんてことは十分承知したうえで、それだけ告げる。
「それじゃ」
「ちょ……っ、ちょっと待って!!」
そのまま転移呪文を唱えようとしたその瞬間、別の方向から静止の声がかかった。
ペリドットだ。
慌てて駆け寄ってきた彼女は、レミアがルビーに向けた刃を握る手を、迷うことなく掴んだ。
「レミアちゃんもそれ下ろして!本物のルビーちゃんだとしても、これじゃ話しもできないじゃん!!」
そのまま自分の目の前に飛び出してくるペリドットに、怒りを宿した深緑色の瞳がぎろりと向けられる。
それを受けたペリドットは、怯むこともせず、べーっと舌を出した。
「無言で睨んだってダメですぅ!!ルビーちゃん、待ってってば!タイムちゃんも止めて!!」
「ごめん。今こいつ止められるほど俊敏に動けない」
「ええぇ?っていうか、それって大丈夫なの!?」
「大丈夫じゃないけど、話進まないから後で」
座り込んだままのタイムは、追い払うように手を動かす。
「それでいいの!?……あっ!とにかくルビーちゃんは待って!!」
話をしているうちに行ってしまおうと思ったのに、気づいたペリドットに止められてしまう。
小さく舌打ちをしている間もなく、ペリドットはこちらに駆け寄ってきた。
「話!させて!レミアちゃんも!それしまって!!」
ペリドットがルビーの腕を掴み、行かせまいとしながら、今度はレミアに向かって叫ぶ。
一向に剣を下ろそうとしないレミアの側にいたフェリアが、それを見て動いた。
「レミア」
「……だけど」
彼女が静かに前を呼ぶと、レミアがペリドットの時とは別の反応を見せる。
それでも剣を下げないレミアを見ていて見かねたのか、それまで黙って様子を見ていた人物が口を開いた。
『保証が必要であれば、私がしよう』
「え?」
突然割り込んできた男性の声に、ペリドットとレミアが驚く。
その姿が目に入った途端、レミアは息を呑んだ。
「ウィズダム!?」
まさか彼が割り込んでくるとは思っていなかったレミアは、驚いてその名を叫ぶ。
彼はそれを気に止める様子もなく、彼はルビーとタイムに視線を走らせた。
『そこにいるルビー=クリスタとタイム=ミュークは、間違いなくお前たちとともに生きた存在だ』
そして、そう断言する。
『我々も保証いたします』
レミアがそれに答えることができないでいるうちに、もうひとつ声が割って入ってきた。
振り返れば、先ほどルビーとタイム、それぞれの側に現れた存在がそこにいた。
「あんたたちは……」
『ウンディーネ、サラマンダー』
『はい。ご無沙汰しております、ウィズダム様』
ウンディーネと呼ばれた、今は人間の女性の姿をしている存在が、ぺこりと頭を下げる。
その隣にいる人間の男性の姿をした存在も、無言のまま同じように頭を下げた。
「火の精霊様と、水の精霊様……」
ミスリルが呟いた声が聞こえる。
そういえば、サラマンダーが自分たちの前に姿を現したのは、初めてだったかも知れない。
『おふたりは、ラピスの岬で海に落下した後、このウンディーネが救助し、マリエス様の元に連れて行ったのだ』
『それから、我々はずっと一緒におりました。この方は、この世界のルビーさんで間違いありません』
サラマンダーとウンディーネが断言する。
それを聞いたペリドットが安堵の息を吐いたのが目に入った。
「レミア」
それでも頑なに剣を下ろさないレミアに向かって、フェリアが声をかけた。
「大精霊がここまで言ってるんだ。剣を納めろ」
「……わかった」
説得され、漸く彼女は刃を下ろす。
ふうっと、どこからともなく聞こえた息を吐く声は、セレスのものだろうか。
きっとずいぶん心配させていたのだろうと思う。
話せることはほとんどないけれど、後でちゃんと話をしなければならない。
少なくとも、セレスにだけは。
「納得したなら移動しましょう。人が集まってきてるわ」
ベリーの言葉に、ペリドットがはっと顔を上げた。
「だね。ミューズ王女、大丈夫?」
「は、はい。なんとか」
いつの間にか立ち上がっていたミューズが頷く。
それを聞いたペリドットはにこりと笑うと、フェリアたちの方へ視線を戻した。
「フェリアちゃん、みんなを連れてお城に行ってて。リーフ王子をベッドに寝かせなきゃ。あたしはアールちゃんたち呼んでくる」
「わかった」
フェリアが頷いたのを確認すると、ペリドットがくるりとこちらを見た。
「ルビーちゃん。逃げちゃダメだからね」
「はいはい」
「ほんとにわかってる?」
「わかったってば」
「……信じるからね?」
その言い方だと信じていないように聞こえる。
そう思ってしまったが、口に出すことはしなかった。
ペリドットは掴んでいたルビーの腕を放すと、そのままアールたちを探して、彼女たちが向かっただろう方へ走っていった。
その背を見送って、ため息を吐き出す。
一瞬だけ、座り込んだままのタイムと目が合った。
彼女はすぐに視線を逸らすと、「よっこらしょっと」なんて声を出しながら、棍を支えに立ち上がる。
手を貸そうかと思って、やめた。
それよりも優先するべきことがあると思った。
タイムの側を通り越して、その向こうに座り込んだままのセレスの前で足を止める。
「セレス」
「姉さん……」
ぼうっとした表情で自分を見上げた彼女の目の端に、涙を見つめてしまい、胸がずきりと痛んだ。
けれど、それには気づかないふりをして手を差し出す。
「そいつ引き受けるから。あんたもフェリアと一緒に転送呪文頼むわ」
「は、はい」
なんだかギクシャクしている感じがするのは、気のせいではないだろう。
セレスが戸惑った様子のまま、それでもリーフを抱きしめる腕を緩めた。
そこから未だ意識の戻らない彼を受け取る。
同級生よりもずっと引き締まった体をしている彼は、見た目の細さに反して結構重たい。
だから、持ち上げて運ぶのは無理だろうけれど、転移の術から外れないようにサポートすることはできる。
座ったまま膝の上でその体を抱え直すと、漸くセレスが立ち上がった。
少し不安そうな表情のまま、それでも杖を握って顔を上げる。
その途端、他の人間が持つことのない黄色の瞳が、ほんの僅かに見開かれた。
不思議に思ってその視線を追うと、その先にじっとこちらを見つめているフェリアがいた。
おそらく、こちらを待っていたのだろう。
立ち上がった途端に目が合ったから、セレスは驚いて瞠目したのだ。
「いいか?戻るぞ」
「はい」
フェリアの問いに、セレスが頷く。
そのまま2人は揃って転移呪文を唱えた。



城に転移して暫くすると、ペリドットもアールとリーナを連れ、城へと戻ってきた。
「たっだいまー」
「おかえり」
出迎えたミスリルは、3人の姿を見て安堵の息を吐く。
それをどう取ったのか、ペリドットはむうっと膨れた後、盛大なため息を吐き出した。
「外は大騒ぎだよぉ」
「まあ、でしょうね」
ここは王城だ。
しかも王族の居住する区画。
外の騒ぎは聞こえてはこないけれど、階下の喧噪くらいは伝わってくる。
「魔物の狙いがリーフ様だという噂が広がり始めています」
「早めに対策を練らないと、大変なことになりそうだぞ」
「そうね。ミューズ王女も、それはわかっているとは思うわ」
リーナとアールの報告は、予想どおりの現象だ。
あれだけもう1人のルビーが、魔物の狙いはリーフだと大声で話していたのだ。
その場にいた兵士たちがどれだけ口止めしても、噂はあっという間に広まってしまうだろう。
すぐにでも箝口令を発令して、これ以上噂が広まらないようにしなければならない。
それは、ミューズにもきっとわかっている。
「……でも、今すぐは、たぶん動けないよね」
ペリドットがぽつりと呟くように言った。
まさにそのとおりだった。
先ほどの戦いで、ミューズ自身も怪我をしていた。
何より、重傷を負ったリーフが、まだ意識を取り戻していない。
不安と混乱で押しつぶされかけているミューズを見た自由兵団の副団長エルトが、兵士たちへの指示に走ってくれたが、こんな状況ではすぐに情勢が落ち着くことは難しいだろう。
一刻も早く事態を沈静化して、本当の敵を探し出さなくてはならない。
でも、そのためにはまず知らなくては。
そのために、ミスリルはここで、彼女たちが帰ってくるのを待っていたのだ。
「今、みんな隣の部屋で休んでるの。行きましょう」
「え?だいじょぶなの?」
ペリドットが驚いたように声を上げた。
「休んでると言っても、寝てるわけじゃないわ。休息を取ったり、セレスとフェリアに怪我の治療をしてもらったりしてるの」
ミスリルは後衛に徹していたから、掠り傷程度の怪我しかしていない。
けれど、もう1人の、あの黒い衣装を身につけていたルビーと直接対峙していたレミアやベリーは、結構なダメージを受けていた。
レミアの腕の怪我は、大丈夫だろうか。
「治療が終わったら、話があるそうよ」
そう言いながら、座っていたソファから立ち上がったミスリルは、隣の部屋へ続く扉へと近づく。
そのまま軽くノックをすると、中から声が帰ってきた。
「どうぞ」
扉を開けると、すぐ側にベリーが立っていた。
「ミスリル」
「ペリートたちが帰ってきたわよ」
そう声をかけてから、3人に入室を促す。
「たっだいまー」
元気に飛び込んでいったペリドットに続いて、アールとリーナも中へと足を踏み入れた。
最後に入ったミスリルは、隣の部屋から続いていたその扉に鍵をかける。
「タイム様!ルビー、様」
リーナの少し控えめな声が聞こえて、ミスリルは部屋の中へ向き直った。

部屋の中央よりも向こう側。
反対側の壁の方に立ち、仲間たちに背を向けて打ち合わせをしていたルビーとタイムは、自分たちを呼ぶ声に振り返った。
視線を向けたその先にいたのは、先ほどの戦いの最中には姿を見かけなかったアールとリーナがいた。
聞いていた話のとおり、2人も街の中で魔物と戦っていたらしい。
「久しぶり、2人とも」
少し表情を緩め、笑いかけたつもりだった。
けれど、2人は戸惑ったような表情を浮かべる。
その理由はもう痛感していた。
「事情はペリートから聴いた」
重々しく口を引いたのは、アールだった。
「お前は、本当に私たちの知るルビーで、いいんだな?」
「それ、聞かれると回答に困るんだけど」
アールの問いに、ルビーは苦笑を浮かべる。
その答えに、アールはほんの僅かに目を瞠った。
「あいつも、間違いなく『あんたの知るあたし』だった。ただ、途中で選んだ選択が、ほんの少し違っただけの、ね」
声に自嘲が混じってしまったかもしれない。
そう思った瞬間、大きなため息を吐くような声が耳に届いた。
「なるほど。これは確かにレミア様がああなるわけですわ」
見れば、リーナが右手を自身の頬に当て、困ったように呟いていた。
ちらりと視線をレミアに送る。
先ほどからフェリアの治療を受けている彼女の、怪我をしていない左手が、ずっと腰の鞘に収められている剣に触れていた。
何かあったら、すぐにルビーを切り捨てるためだろう。
レミアは、元々初対面の人間に対する警戒心が過剰だ。
その彼女が、自分たちと襲った存在と同じ姿をした人間を、そう簡単に信じるはずがない。
それが、ずっと共にいた仲間だったとしても。
レミアと視線が合いそうになって、ふいっと反らす。
その途端、じっと自分を見ていたらしいタイムと、視線がぶつかった。
びくりと肩を跳ねさせてしまったら、途端に呆れたようなため息が返ってきた。
「ルビー。いい加減拗ねてないで機嫌直しなさいよ」
「別に拗ねてるわけじゃ……」
「拗ねてるでしょ、十分」
じろりと睨まれる。
そう言われて、たじろいでしまうのは仕方ない。
だって、否定はしているけれど、図星なのだ。
「拗ねてるだけにしては、ずいぶん雰囲気が違う気がするのだけれど」
「うん。そう、だね……」
ベリーの呟きに頷いたのは、セレスだった。
心ここにあらずのように見えるのは、今も自室で眠っているリーフのことを気にしているからだろう。
それはミューズも同様だった。
横目で2人の様子を窺っていると、目の前にふわりと何かが舞い降りた。
「タイム……。本当に、怪我とか大丈夫?」
「うん。ごめんね、ティーチャー。心配かけて」
タイムが笑いかけたのは、心配そうに近寄ってきたティーチャーだった。
先の戦闘では、ずっと城の中にいたらしい。
せめて城には魔物が入ってこないようにと、精霊神の間に入り込んで、そこから結界を張っていたのだそうだ。
「あたしたちのことよりも」
まだ何か話をしたそうなティーチャーを遮り、タイムが再びこちらを見る。
その目からは、先ほどまでの呆れの色は消え去っていた。
「全員揃ったんだから、いい加減説明するんでしょう」
「……わかってる」
そう、話さなければならない。
自分たちが先に進むために。
この世界を、人々を守るために。
「あたしがする?」
「いや、大丈夫」
小さく首を振る。
「それで」
顔を上げたそのとき、それを待っていたかのように声がかかった。
「話って、何かしら?」
声の主は、ミスリルだった。
空いているソファに腰を下ろした彼女は、真っ直ぐにこちらを見つめていた。
真っ直ぐに向けられたその茶色の瞳を見つめてから、ルビーは小さく深呼吸をした。
そして、ゆっくりと口を開く。
「精霊神から聞いた、今回の原因の話」
そう告げた瞬間、室内にいる全員の視線が、ルビーに向けられた。

2018.12.15