Last Chapter 古の真実
31:偽り混じりの真実 後
「今回の、この魔物の集団襲撃騒動だけど、原因はいつか戦ったあの悪魔とラウドみたいよ」
ルビーのその言葉に、椅子に腰を下ろしかけていたペリドットが勢いよく立ち上がった。
「悪魔って、ネヴィル?」
「それに、ラウドが?」
彼女たちが入ってきた扉の側に立ったままだったベリーも、息を呑んで顔を上げる。
それに静かに頷いて、ルビーは続ける。
「そもそもこの騒ぎは、あいつらが復活させようとしていた邪神のせいらしいの」
「邪神、ですか?」
首を傾げたのはミューズだ。
その表情は困惑しているとしか言いようがない。
仕方がないだろう。
神様という概念は、この世界では身近ではないものだから。
「事の発端は、それこそこの世界の創世記。人間界にはほとんど記録が遺されていない、神話時代の神々の世界で勃発した、『聖域大戦』と呼ばれる戦争だそうだよ」
そして、ルビーは語り出す。
精霊神から聞いた、まだ人間が国という文明を持ち始めた頃に、神界で起こった諍いの話。
そこから発展してしまった、精霊界も地上の人間界も、全てを巻き込んだ大きな戦争の話を。
「封印された終焉の神は、邪悪な神とされ、その存在を秘匿された。それと一緒に、ぼろぼろになった神界を地上から隠して、精霊神と七大精霊が、隠れてしまった神様の代わりをすることになった。それがこの世界の精霊信仰の発端だって」
話し終えて、ちらりと仲間たちを見る。
全員が、ぽかんとした表情でこちらを見ていた。
それはそうだろう。
こんな大昔の話なんて、なかなか飲み込めるはずもない。
自分だって、最初はそうだったのだから。
ティーチャーだけは、心当たりがあるのか、他のみんなとは違う神妙な表情をしていたけれど。
「んで、あたしたちに関係するのはここから」
わざとぱんっと手を打って、全員の意識を引き戻す。
ちらりと隣のタイムを見ると、彼女は黙ったまま頷いた。
続きを促されていると判断して、ルビーは再び口を開いた。
「この世界では、輪廻転生は実在する現象である。これは魂が消失しない限り、どの種族、生命にも当てはまる」
「は?」
レミアが声を漏らす。
突然何の話だと問いたいのは予想がついた。
けれど、それを気にすることなく続ける。
「終焉の神には部下がいた。どうやら魔界の魔族の始祖にあたる種族らしいんだけど、そいつらのうち何人かが、ミルザの時代に、よりにもよって、いわゆる『前世の記憶』を持った状態で転生した」
突然出てきた先祖の名前に、誰もが驚きの表情を浮かべる。
「マリエス様が把握している限りでは、イセリヤとルーズ、それからネヴィルがそうだったらしいんだよね」
「ネヴィル!?」
ペリドットが驚きの声を上げる。
まさか、そこに繋がるとは思っていなかったと言わんばかりの顔をしていた。
「当時のイセリヤとルーズは、実は邪神の封印を解く方法も封印された場所も知っていた。けれど、封印を解く前に2人は精霊が選んだ勇者――ミルザに倒された」
1000年前も今も、彼らの本当の目的はそこだった。
けれど、あの2人は封印を解く方法は知っていたけれど、解くことはできなかった。
試行錯誤の結果、中から外に出ようとすれば、罅が入る程度にまで封印の力を弱めることはできたらしいけれど。
「ミルザは旅の最後に邪神を倒そうとして失敗して、再封印に止まった。それを知ったネヴィルは、ミルザの目から逃れて生き延びて、もう一度邪神を復活させる機会を窺っていた」
本当はそこにひとつだけ、ミルザの人生を変えてしまうほどの転機があったらしいけれど。
それは今回の件に関係ないから、やめておく。
「そして今に至る、ということらしいんだけど」
そこまで言うと、ルビーは話を止め、全員を見回した。
「らしい、って言われても」
話が終わったのだと判断したらしいペリドットが、困惑した表情で口を開いた。
「なんてとうか、話が突拍子過ぎて、理解が追いつかないんだけど」
「だよねぇ。でも、もう1個衝撃の事実があるんだよね」
「え?まだあんの?」
思わず聞き返してくる彼女に向かい、ルビーはひとつため息をついてみせる。
それから、痛む頭を押さえるように額に手を当てて、口を開いた。
「どうやらミルザって半分神様らしいの」
一瞬、室内を沈黙が包んだ。
「……は?」
ぽかんとそう呟いたのは誰だっただろうか。
「ミルザの母親が、神界の神様だったらしいんだよね」
再び静寂が室内を包む。
「はい!?」
たっぷり間を置いてから、いちばんに声を上げたのは、ペリドットとリーナだった。
「つまり、あたしたちにも神様の血が流れてるんだってさ」
「ちょ、ちょっと待って。話がさらに突拍子もなくなってきたんだけど」
『だが、事実だ』
唐突に、男の声が室内に響いた。
驚いて顔を上げると、ミスリルの胸元のブローチが淡く光った。
ふわりと空中に、男性の姿をした存在が現れる。
『ウィズダム!?』
呼び出してもいない彼の出現に、ミスリルが驚いてその名を呼んだ。
目を開けた彼は、静かに彼女を、そして部屋にいる全員を見下ろす。
「……本当、なの?」
『ああ』
恐る恐ると言わんばかりに尋ねたミスリルに、ウィズダムは静かに頷き、肯定する。
『ミルザは神界の女神の血を引いた神の子だ。故に、精霊たちが勇者として選んだ』
ウィズダムがちらりとこちらを見た。
目を合わせた後、ルビーは何も言わずに目を伏せる。
『それは、精霊たちが秘匿し続けてきた事実だ』
本当はミルザが『選ばれた』理由は少し違うけれど、ルビーもタイムも、否定はしなかった。
ウィズダムが断言すれば、それは仲間たちにとっては真実になる。
その方が2人にとっては都合がよいのだ。
「ミルザが、神の子……」
「ミルザが持っていた、特別な資質って、神様の血ということ?」
仲間たちの困惑したような声が聞こえる。
それはそうだろう。
自分たちだって、最初はそうだった。
「けど、ミルザも度重なる戦いで疲弊していて、邪神を倒すことはできなかった。なんとか、封印はできたみたいだけど」
理由は、でっちあげだ。
マリエスも、サラマンダーもウンディーネも、ミルザが破壊神を倒せなかった理由は語らなかった。
本当の理由を知ることも、もうできない。
「だから、精霊様たちはミルザと新たな契約を結んだそうだよ。子孫を残して、いつか復活するかもしれない破壊神を倒す役目を引き継がせるために」
そこまで話すと、ルビーは一度言葉を止めた。
小さく息を吸って、顔を上げる。
同じ先祖の血を引く仲間たちの顔を、ひとりひとり見てから口を開いた。
「それが、あたしたち」
その言葉は、重々しく響いたような気がした。
室内がしんと静まりかえる。
誰も口を開かない。
言葉を、発しない。
あまりも衝撃的な話が多すぎて、頭の整理が追いついていないのかもしれない。
その空気を壊さんと言わんばかりに、ルビーはわざとらしく大きなため息をついた。
「まあ、さすがに1000年も経ってると、家系なんてだいぶ枝分かれするじゃない?レミアんちとフェリアんちみたいにさ」
いつもの軽口を叩くときのような口調で、手をひらひらと振りながら。
「どうやら、どこかで一度、ミルザの家系の血がエスクール王家に混ざったっぽいんだよね」
そう言って、もう一度ため息をついて見せた。
「へ?」
ペリドットが間抜けな声を出す。
何故ここで突然エスクール王家の名が出たのか、理解が追いついていないのだろう。
同じミルザの血を引く友人たちよりも、リーナの方が鋭くルビーの言葉に反応を見せた。
「まさか、リーフ様が狙われた理由が……!?」
「ご明察」
ウィズダムがこちらを見たのが気配で分かる。
ちらりと、ほんの一瞬だけそちら目を向けたルビーは、けれどすぐにリーナの方へと視線を戻した。
「エスクール王家にあたしたちの家系の血が混ざっているってことは、王家の人間には僅かでも神力を宿す力があるってこと」
これは嘘だ。
可能性はあるかも知れない。
けれど、リーフが狙われた理由はそこではない。
でも、それでいい。
エスクール王家にミルザの一族の血が混ざることは、近い将来に約束された事実。
セレスの彼と添い遂げる意志が変わらない限り、リーフが回復して彼女と結ばれれば、この嘘は真実になる。
「どこから嗅ぎつけたのかはしらないけどさ、リーフって魔力なしだったのに、魔力を扱えるようになったじゃない?あれで奴ら、リーフが特別な素質がある奴だって狙いをつけたらしいんだよね」
ここからは本当。
精霊神が語った真実。
「邪神はまだ完全に復活したわけじゃない。封印を解くには、外から神力を使って何かをする必要があるらしいの。それに、リーフの神力だか魂だかを使おうとしたらしい、っていうのが、この魔物の襲撃事件の真相だって」
その場が再び静まりかえる。
誰もが頭の整理が追いつかないのだろう。
まさか神界の神様なんて、この世界では信仰すらされていない存在が関わってくるなんて、予想外だっただろうから。
「ひとつだけ、確認しておきたい事実がある」
不意にアールが口を開いた。
この表情には混乱の色が見えたけれど、瞳はしっかりと意志を持ってこちらを見ていた。
「ん?」
「城下であれだけの騒ぎがあった後だ。魔物たちがリーフを狙ってこの国を襲っていたという噂も、おそらくは今以上に広がるだろう。そうなれば、今この城に滞在している各国の使者たちは必ず言う」
アールの言いたいことは、予想がついた。
各国の使者たちは、必ず言うだろう。
「リーフ王子を、魔物に引き渡せ」
ルビーの発したその言葉を聞いた瞬間、がたっと音を立ててセレスが立ち上がった。
「そんな……っ!?」
「いえ、きっとアール姉様の言うとおりになります」
「……私も、そう思います」
同意したのはリーナだけではなかった。
「ミューズさん……!?」
俯いたままの、リーフの妹。
その事実を一番否定したいだろうミューズが、アールやルビーの考えに同意する。
その膝の上で、ぎゅっと握り締められた拳が震えていた。
「だが、そうしたところで事態は解決しない。それどころか……」
「魔物たちはリーフを殺して、自分たちを操っている邪神の封印を解く。そうなったら、世界は……少なくとも、人類はお終いだろうね」
アールが確認したいだろう言葉を先に告げることで肯定する。
小さくため息を吐き出して、アールは目を閉じる。
「お姉様……」
リーナが静かに彼女を呼んだ。
開かれたその目は、強い意志を宿しているように見えた。
これならきっと大丈夫だろう。
いや、こんな風に試すように観察しなくても、アールとリーナは、リーフを守るべく動いてくれると知っている。
こちらは2人に任せておけば大丈夫。
自分たちは、自分たちのやるべきことをする。
そう、しっかりと心構えをし直して、ルビーは口を開いた。
「だから、そうなる前に、邪神……いや、破壊神を倒さないといけない。そして、それはあたしたち7人にしかできない」
はっきりと告げたその言葉に、ぴくりと反応した者がいた。
「7人って、本家の当主だけ、ということか?」
フェリアの問いに、ルビーは言葉を返すことなく、ただ頷く。
それを見た瞬間、レミアが勢い良く立ち上がった。
「なんで!?フェリアだって……っ」
「破壊神に魔力は通じないそうだよ。だから、挑むなら神力が……神力で操る呪文が使えないといけないんだって」
彼女の怒りの言葉を遮ったのはタイムだった。
その静かな青い瞳が、レミアの深緑の瞳を射抜く。
「つまり、精霊神法が扱えないと、奴とは戦えないということなの」
当主がどうというより、問題はそこだ。
精霊神法は、そもそもがミルザ以外は使える者がいない呪文だった。
これを継承できたのは、自分たちだけ。
歴代の当主たちの、その誰もが存在に触れることすらできなかった。
今ならその理由も、よくわかる。
「でも!」
セレスの声が、思考の海に沈みかけていたルビーの意識を呼び戻す。
「精霊神法は、姉さんとタイムさんだって……」
「あたしたちは創ってきたから」
「え?」
あっさりとそう答えると、セレスが驚きに目を丸くした。
室内を見回せば、他の仲間たちも何を言われたのかわからないと言わんばかりの顔でこちらを見ている。
それはそうだろうと思うながら、ルビーはそれを表情に出すことなく、淡々と続ける。
「火と水の精霊神法は未完成だっただけで、本当に存在しないわけじゃなかった。基礎はもうできていたから、あとは形にするだけだったの」
それは、一番最初に精霊神法を求めたときにも聞いた話でもあったからセレスとペリドットは知っているはずだ。
「だから、あたしたちはそれぞれ精霊と契約して、それを完成させてきた」
はっきりとそう告げた途端、室内がざわめいた。
「精霊と契約って、それはもう……」
「ミルザがした契約じゃない。あたしもタイムもそれぞれ個人で、改めて契約したの」
「あたしがウンディーネと、こいつがサラマンダーとね」
ペリドットの声を遮って、ルビーが告げた言葉に、それまで黙って話を聞いていたタイムが口を挟んだ。
今言おうと思っていたのにと思いながら横目で親友を見れば、彼女はくすりと笑う。
親切心だったのか、単純にいたずら心だったのかは読めないけれど、話しの腰を折られたわけでもないからいいかと思い直す。
視線を戻して小さく深呼吸をすると、ルビーは驚きのままこちらを見つめる友人たちを見回した。
「精霊の力を借りて、あたしたちは未完成だった精霊神法を完成させた。ミルザができなかった破壊神の討伐を、完遂するために」
そして、もう一度全員に告げる。
自分たちのやるべきことを。