SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

29:強さと弱さ 後

金属同士が打ち合う音が聞こえる。
炎が燃え上がる音、悲鳴、叫び、怒鳴り声。
本当の本当に、覚悟を決めた、強い意志を込めた声。
セレスがリーフに回復呪文をかける様子を見つめていたタイムは、それらを聞いて目を閉じる。
任せてと言った以上、自分も本当に覚悟を決めなければならない。
「ウンディーネ」
静かに水の精霊を呼ぶ。
すると、すぐ側に水が沸き上がる。
その中から、人間の女性の姿をした精霊が現れた。
『ここに』
「こっちもサポートお願い」
『かしこまりました』
頷いた精霊は、そのまま水に姿を変える。
それが自分が纏っているかのようにまとわりつき、見えなくなるのを待つと、タイムは目を開けた。
もう一度リーフを見る。
先ほどから傷が塞がる様子がない。
血を流しすぎて顔色は既に青を通り越し、白くなっている。
呼吸は消えそうなほどに細く、触れた手は酷く冷たい。
そろそろ限界だ。
「セレス。ちょっとストップ」
術をかけ続けているセレスに声をかけ、止める。
「タイムさん?」
「普通の呪文じゃ間に合わない。あたしがやる」
「え?でも……」
戸惑うセレスの手を押し除けて、リーフの傷に手をかざす。
どう見ても致命傷なそれ。
このままでは助からないそれを直す方法。
普通の魔法にはない。
けれど、神法であれば。
水の持つ、もうひとつの力であれば。
「この光は……」
タイムの手から溢れる光を見て、セレスが息を呑む。
通常の癒しの呪文が持つ暖かさとは別の、優しい、けれど強いそれ。
それはリーフの傷に降り注ぎ、血を失った体を包んでいった。



2人のルビーの見つめていたペリドットが、息を呑む。
「後から来たルビーちゃんの、短剣が大きくなった」
自分たちの武器は、『魔法の水晶』が変化したものだ。
だから形状は一定ではない。
形が変えようがないペリドットの家系はともかく、他の仲間たちの武器の外見が先代と違うのは、自分たちの中では常識だ。
それは各々が注ぎ込む魔力が関係しているからなのだが、1人の人間が水晶を所有している間に武器の形を変化させたなんて事例は聞いたことなんてなかったし、記録にも残っていなかった。
「本当に、どういう状況なの、これ……、っ」
「レミア!まだ動かすな」
先ほど黒い服のルビーに傷つけられた腕を押さえ、痛みに顔を歪めたレミアを、フェリアが制す。
回復呪文はかけたけれど、完治はしていない。
魔物のせいで、治療に集中できないのだ。
再び回復呪文を使い始めたフェリアの側で、ベリーが顔を顰めたまま斬り合う2人のルビーを見つめる。
「どちらかが、偽物?」
「そうだと、思うけれど」
『正確には、違う』
答えた瞬間、ミスリルの胸のブローチが光った。
ふわりと光が膨らんで、青年の姿をした存在が姿を現す。
「ウィズダム!?」
突然現れた彼は、一度斬り合うルビーたちを見やってからこちらへ視線を戻した。
『双方ともに本物だ。違いは、今ここにいるお前たちの仲間であるか否かでしかない』
「どういう、意味?」
ウィズダムの言いたいことがわからずに聞き返す。
心臓が、大きく鳴っているような気がした。
『片方は、おそらく……』
ウィズダムがそれに答えようとしたその瞬間、魔物の鳴き声が辺りに響く。
顔を上げたまさにそのとき、上空から鳥型の魔物が襲いかかってきた。
「魔物!?」
「まだいるの!?」
ベリーが咄嗟にミスリルの前に出て、そのナックルの鉄甲部分で受け止める。
彼女が魔物を殴り飛ばしている間に、ミスリルは後ろへ跳んだ。
そのまま詠唱を始め、集まり始めた魔物たちへ放つ。
「片づけるぞ!レミア、お前は下がってろ!」
「フェリア!!」
治療を中断し、立ち上がったフェリアが、向かってきた魔物たちに飛び込んでいく。
レミアも追いかけようと立ち上がるが、右手に力が入らずに、剣を取り落としてしまった。
「く……っ」
武器を握ることができないなら、前に出るわけにはいかない。
でもせめて、呪文で援護することはできる。
そう思い、剣を拾い上げて鞘に納めると、痛みをこらえて意識を集中し始めた。



ルビーの短剣が、もう1人のルビーの左腕を薙ぐ。
「うぐ……っ!?」
形状が変化したことにより、ほんの少しだが刃渡りが長くなっているそれを避け損なったらしい彼女がも小さな呻き声を漏らした。
鮮血が飛び散って、腕に巻かれていた包帯が解け、舞い散る。
露わになったその腕を見た瞬間、ルビーは目を見張る。
「それは……」
そこには、自分の腕にはないものがあった。
真っ黒なタトゥーのような、それ。
炎の形を象ったようなそれは、今のルビーには見覚えのあるものだったのだ。
「知ってる。それ、イセリヤの左腕にあるのと同じ刻印じゃない」
「な……っ!?」
もう1人の自分が息を呑む。
それを見て、ルビーは思い切り眉をしかめた。
「知らないで受け入れたの?」
無理もないと思う。
だって、ダークマジックにいた頃のイセリヤは、腕を見せるような服装をしていなかったから。
していたとしても、今のイセリヤの腕にあれがあるかはわからない。
ルビー自身も、力を『継承』したからこそ知っているものなのだから。
そうだとしても、と考え、ルビーはため息を吐く。
「あいつの代わりにされるなんて、本当……」
「黙れっ!!」
もう1人の自分が、顔を真っ赤にして、怒り任せの炎を放つ。
勢いは激しいが、コントロールがなっていない。
あっさりと避けてみせれば、それがさらに相手の怒りを煽ったようだ。
自分らしくなく、地を蹴って真っ直ぐに突っ込んでくる刃を、神力を注ぎ込んだ短剣で受け止める。
その刃が――おそらくは怒りで――がちがちと震えていた。
「代わりとか、そんなのどうでもいい!!あたしは……!」
無理矢理押し切ろうとするその刃を、もう片方の短剣で弾く。
それでもなお、もう1人の自分は、慣れない1本の短剣で斬りかかってきた。
「あたしはただみんなと、もう一度、みんなと……っ!!」
「赦さない」
びくりと、合わさっている刃が震えたような気がした。
驚愕の表情を浮かべているその顔を、動揺で揺れている瞳を、睨み返す。
「あっちに堕ちたなら、あんたはみんなの『敵』でしょうが」
もう1人の自分が息を呑む。
その表情に怯えが混じっているような気がしたけれど、容赦なんてできるはずがない。
自分だからこそ、赦すことなんてできない。
「リーフを犠牲にして取り戻して、みんなが納得すると思ったわけ?」
「うるさい……、うるさいウルサいうるさい!!」
もう1人の自分が、力任せに短剣を押し返す。
弾かれた勢いのまま、後ろへ跳んだ。
そのまま来るであろう炎の呪文に備えたけれど、その予想は外れる。
「あんたなんて、みんなを捨てたくせに!!」
着地した場所に、脇腹を狙って短剣が突きつけられる。
それをぎりぎりのところで避けると、その体勢を利用して相手の脇腹に蹴りを叩き込んだ。
「……はあ?」
相手が何を言いたいのかわからなくて、思わず苛立ちの混じったそんな声が出た。
よろけて咳き込んだもう1人の自分が、鋭い瞳で睨み付けてきた。
「『継承そっち』を選んだってことは、みんなを捨てたってことでしょうが!!」
「違う」
そう答えたのは、ほとんど条件反射だった。
けれども、相手は納得しない。
「嘘だっ!!」
激昂して、再び短剣を握り直して突っ込んでくる。
「あんたはみんなを捨てたんだ!!だから、そっちを選んだんだ!!」
突きの構えだった短剣が、不意を突くように角度を変え、切り上げる型になる。
それを左手の短剣で遮って、脳天に向かって右手の短剣を振り下ろす。
もう1人の自分は、それを体勢を低くすることで避けると、左手を突き上げた。
反射的に体を後ろへ反らすと、一瞬遅れてその場で炎が爆発する。
その反動と仰け反った勢いのまま、相手に向かって足を振り上げた。
「が……っ!?」
見事に鳩尾に決まったそれに、相手が地面に膝をつく。
「誰が、みんなを捨てたって?」
息を整えながら、相手を睨み付ける。
咳き込んでいた相手は、呼吸を整えると同じように怒りを宿した目でこちらを見上げた。
「じゃなきゃ、あんな仕組まれてたものを、どうして……!」
「そうだとしても」
その問いを、怒りを、遮る。
びくりと体を震わせた相手を見下ろして、告げる。
「たとえこれが、仕組まれた運命だったとしても」
ミルザと精霊の盟約も、彼が子孫を残したことも、そして、自分たちが生まれてきたことも。
全ては精霊たちやセラフィムが仕組んでいたことだった。
歩いてきた道は用意されたもので、最初から決められていた。
それでも。
たとえ、それが真実だったとしても。
「今までこの道を歩いてきたのは、全部あたし自身の意志だった」
過去を振り返ったときに、見えたのは自分の姿。
何も知らなかったけれど、それでも、選んでいたのは確かに自分自身だった。
「だから、あたしはもう、迷わない」
迷いは全て、過去きのうに置いてきた。
たとえこの先にある未来に、自分が望んだ形で存在することがなかったとしても。
本当に欲しい自分が、手に入らなかったとしても。
大切なものを守ることが出来るなら、かまわないと、そう決めた。
だから、捨てたのは『みんな』ではない。
捨てたのは、自分の未来あした
そんな決意と意志を宿した赤い瞳を、もう1人の自分に向ける。
相手は、呆然とした様子でこちらを見つめていた。
その唇が、ぶるぶると震えている。
「何で……!!」
漸く絞り出されたその声は、予想に違わず震えていた。
「わかんない!理解できない!ドウシテ……ッ!!」
もう1人の自分が、左腕を振り上げる。
吹き上がる炎を避けて、ルビーはじっと相手の様子を見つめた。
顔は真っ赤で、目が血走っていて、さほどまでと変わらないように見える。
けれど、確かにその体は、たぶん動揺で大いに震えていた。
たぶん、今の相手の頭の中はぐちゃぐちゃだろう。
選ばなかった未来の果てを、そこに至る決意を突きつけられて、自身の現実と比べてしまって、その結果に思い至ってしまった結論を認められない。
認められないから、目を反らして焼き尽くそうとしている。
気持ちは理解できる。
だって、あれは自分だから。
ルビー自身にも覚えのある感覚だからこそ、理解できる。

そう、わかっている。
あれはあたしの中にある弱さだ。
あたしは全然強くなんてない。
支えてくれる誰かがいないだけで、覚悟が決められない。
喪ってしまったものに耐えられなくて、周りを見失ってしまう。
「……だからこそ」
その弱さを、ここで断ち切るために。
選んだ未来を、たとえ1人になったとしても、生き続けるために。
覚悟を、決める。

頭を抱えるもう1人の自分の胸に飛び込む。
混乱に思考を支配された相手は、ルビーに気づくのが遅れた。
その短剣が構え直される前に、ルビーは相手の右手を狙い、短剣を下から斬り上げる。
「……っあ!」
小さな悲鳴が聞こえて、相手の短剣が宙を舞う。
その視線が、武器を追った隙をつくように、ルビーは相手の胸に、短剣を握ったままの右手を押しつけた。
「炎に呑まれて消えされ」
相手がはっとこちらに視線を戻すが、もう遅い。
一連の動作の中で、神力は練り上がっていた。
その一瞬のために、ずっと唱えていたのだから。
完成していなかった、あの呪文を。

「フレイムオブエクステンション」

ルビーの右手から、武器から、力が溢れる。
吹き上がった炎は、瞬く間に息を呑んだもう1人の自分を飲み込んだ。
後ろに跳んだルビーはその炎をさらに増幅させる。
膨れ上がったそれは、瞬く間に広がり、周囲の魔物たちまで飲み込んでいった。
「この炎は……!」
少し遠くで戦っていたのアールたちの下まで、炎は届く。
「魔物たちが、飲み込まれて……!」
兵士たちが戦っていた魔物も、全てを飲み込んでいく。
傷の治療に集中していたタイムは、その熱を感じて顔を上げた。
「これ……、ルビー……!」
周りを包む炎を、そこから感じる力を、知っている。
知っているからこそ、驚愕して息を飲んだ。
炎は止まることを知らず、王都の全てに広がり、魔物だけを飲み込んでいく。
それが収まり始めたときには、いくら退けても減ることのなかった魔物たちは全て炎に飲み込まれ、消え去っていた。
消えゆく炎を見つめて、ルビーはため息を吐いた。
「……じゃあね」
ぽつりと呟いたそれは、何に対する言葉だったのか。
武器を納めて、リーフの元へ向かおうと踵を返す。
その瞬間、呻き声のようなものが耳に届いた。
「え?」
振り返ったその視界に、まだ燻っていた炎の中に、黒い陰が飛び込んできた。
その瞬間、炎の中が陰が飛び出す。
「なっ!?」
その陰は、迷わずこちらに向かってくる。
その向こうには、リーフの治療に専念しているタイムとセレスの姿がある。
「しま……っ」
反応できずに、脇を通り抜けられる。
振り返るけれど、間に合わない。
「タイム……!!」
思わず親友の名を叫んだ、その瞬間、地面から突然、何かが勢いよく突き出した。
「が……っ!?」
それは見事に黒い陰を貫き、その動きを止める。
それは氷の刃だった。
地面から生えた円錐型の鋭い氷が、黒い陰の胸を貫いていたのだ。
貫かれた陰――焼け爛れ、異形の姿へと変化してしまったもう1人のルビーが、その痛みに苦痛の声を漏らす。
「じゃま、スルナ……!!」
苦痛の中に混じる怨嗟の声に、ルビーは舌打ちをする。
「ちょっと待って」
もう一度武器を抜こうとしたルビーに、声がかかった。
驚いて前方を見れば、タイムがゆっくりと立ち上がったところだった。
その顔がゆっくりとこちらに向く。
少し俯いているのか、前髪に隠れてしまって、表情は見えない。
「ねえ『ルビー』。『あんた』は『憶えていない』と思うんだけど」
タイムが、静かに口を開いた。
「あたし、大昔にあんたに言ったことがあったんだよね」
「タイム?」
覚えがなくて、思わず彼女に呼びかける。
タイムは手にしていた棍を、握り直した。
それは本当に遠い昔。
まだ、自分たちが本当に『幼かった』頃の話。
「あんたを1人にしない。もしも1人にしちゃって、あんたが耐えられなくなったら……」
棍を持つ手がゆっくりと上がる。
その梢を空に向け、ゆっくりと顔を上げた。
「そのときは、あたしがあんたを止める」
髪に隠れていた瞳は、真っ直ぐに黒い固まりを見つめていた。
棍の梢にはめ込まれた青い石が光を放つ。
それに応えるように、上空の雲が動きを見せた。
空を覆っていたそれは、より厚く、黒くなって、青い石が向けられた先に集まっていく。
じわりと、空気が湿っていく。
水の濃度が十分に上がった瞬間、彼女はずっと練り上げていた神力を、解放した。
「アナイアレイションレイン!」
雲が、一気に破裂したかと思う勢いで水を吐き出した。
空気が割られ、風が巻き起こる。
雨は勢いよく降り注ぎ、身動きのとれない黒い陰に降り注いだ。
悲鳴が響く。
それは絶望と悲しみと怨嗟を、全てを込めたような声。
地獄の底から沸き上がったようなそれを残して、黒い陰は、その胸を貫いた氷の刃ごと水に呑まれた。
徐々に変えていく悲鳴を聞きながら、ルビーは視線を落とす。
無意識のうちに、ずいぶんと拳に力が入っていたらしい。
短剣を握る自分の手に、血が滲んでいることに気づいた。
「ルビー」
名前を呼ばれて我に返る。
顔を上げると、そこにはもう、もう1人の自分の姿はなかった。
大量の雨に呑まれて、消えたらしい。
あれは、きっと水の精霊神法だ。
タイムもこの短時間であれを完成させたのだろう。
まさか、火の精霊神法と同じ性質のものだとは思わなかったけれど。
先ほどまで黒い陰がいた先に、タイムがいる。
真っ直ぐにこちらを見ている親友に向かい、ルビーはへにゃっと笑ってみせた。
「ごめん。助かった」
「あんたの詰めが甘いのはいつものことでしょ」
間髪入れずに返ってきた呆れたと言わんばかりの言葉に面食らう。
少し遅れて、言われた言葉が頭に染み込んできて、ルビーは思い切りため息を吐き出した。
「さいですか」
「それよりも、こっち手を貸してくれる?」
タイムがちらりと足下に視線を落とす。
そこには、未だ意識を取り戻さないリーフと、タイムの代わりに回復呪文をかけ続けているセレスがいた。
「さすがに慣れてなくって、あたしだけじゃ無理っぽい」
水の魔法の中に回復呪文なんてものはないのだ。
それは神法にのみ存在する、水の『もう一つの性質』を利用した呪文。
精霊神法を完成させることができたとはいえ、神力を扱い始めたばかりのタイムには、さすがに致命傷を治すだけの実力はまだない。
彼女の言いたいことを理解して、ルビーは頷いた。
「了解。どうしたらいい?」
「『力』、貸して」
タイムのその答えに、ルビーは目を見張る。
「あたしもずいぶんしばらくぶりなんだけど?」
「お互い様でしょ」
一言だけそう返すと、タイムは再びリーフの前に膝をついた。
セレスの手を止めさせ、リーフの治療を再開させる。
それを見て、ルビーはため息を吐く。
タイムが言った『力』とは、火の元素が持つ、もう一つの性質。
この世界の属性には、いわゆる『裏属性』と言うべきもう一つの力の性質がある。
人間界では知られていないそれは、けれど実は、人間以外の種族には当たり前の知識だった。
風は、時の流れ。
地は、知識。
光は、慈悲や慈愛。
闇は、安らぎ。
無は、始まりと終わり。
水は、恵み。
そして、火は力。
タイムが今、リーフにかけている呪文は、恵みの力を利用した神法による回復術。
そして、ルビーに対して貸してほしいと言ったのも、この『力』という性質による助力のことだった。
力とは、暴力という意味ではない。
全ての力という概念を統べるもの。
統率力と言った方がわかりやすいかもしれない。
リーフに術をかけ続けるタイムの背に近づく。
「辛くなったら言ってよ」
「わかってる」
振り替えもせずに答えるタイムに、もう一つため息を吐いて、ルビーは彼女の左腕――二の腕に触れた。
そこは、彼女が『元素の女神』の力を継承した証が刻まれている場所だ。
息を吐き出して、目を閉じる。
イメージをするのは、空気中から、何かをかき集める動き。
大気に漂う水分を自分の中に取り込むようにかき集めて、ひとつの形にする。
集められて形になった水分を、今度は自分の手を通して、タイムの方へと送り込む。
2人の様子を見ていたセレスは、息を呑んだ。
ルビーが目を閉じて少しすると、タイムの手から零れる光が一気に強くなった。
光はリーフの傷口を包み、その傷をみるみるうちに癒していく。
「傷が……」
いくら回復呪文をかけても塞がる様子のなかった傷が、小さくなっていく。
魔物が残っていないことを確認した仲間たちが、側にやってくることには、その傷は完全に塞がっていた。
「すごい。塞がっちゃった」
ペリドットがごくりと息を呑む。
タイムが、不意に息を吐き出した。
その手から零れていた光が消える。
「これで、とりあえず、だいじょうぶ」
そう呟いた瞬間、ぐらりとタイムの体が揺れた。
「……わっ」
倒れそうだったその体に、温もりが触れる。
「どこが。大丈夫じゃないでしょ」
そう言ったのは、タイムを咄嗟に支えたルビーだった。
元々左腕に触れていたから、すぐに支えることができたのだ。
「ありがと」
「……ったく。最初から全力出し過ぎ」
「あんたに言われたくないわ」
「ええ?」
ぎろりとタイムに睨まれて、ルビーは不満そうな声を上げた。
なんか言い返そうと思ったが、そりよりも早く、タイムはリーフに視線を戻してしまう。
そのまま彼の首筋や口元に手を持っていく。
「脈も呼吸も安定してる。……うん。大丈夫」
それを聞いて、ルビーは安堵の息を吐いた。
目の前のセレスが、涙を浮かべて、抱きしめたままのリーフを見て、微笑む。
「よかった……」
「ひとまずはね」
後ろからそんな声が聞こえた。
その途端、ルビーは顔の左横に冷たい金属の気配を感じる。
「レミア!?」
仲間たちの驚く声が聞こえた。
ちらりと左側に視線を送る。
そこには、予想どおり、剣の切っ先があった。
レミアが、左手に握った剣を、ルビーに向けているのだ。
「レミアさん、何して……」
怒鳴ろうとしたセレスは、けれど途中で言葉を呑み込んだ。
ルビーが、無言でそれを制したからだ。
「姉さん?」
不安そうな声で自分を呼ぶセレスには答えることなく、ルビーは視線をレミアへと向ける。
「あのルビーは偽物だった。けど、あんたが本物だっていう証拠もない」
視線が絡み合った瞬間、レミアははっきりとそう言い放った。
「で、でも、この人たちは……」
「リーフを助けたからって、本物だとは限らないでしょ」
セレスの言葉を、ばっさりと切り捨てる。
「助けたふりをして、襲う気かも知れないじゃない」
ぎろりと睨みつけるその深緑色の瞳は、間違いなくルビーを疑っていた。
「そうだね」
ルビーが口を開く。
淡々としたその声に、レミアは思わず眉を寄せた。
先ほど戦っていたのが『ルビー』である以上、レミアがこんな行動にでるだろうことは予想できていた。
彼女の性格を考えれば、これは当然の流れだと思う。
だから、ルビーは狼狽えることもなく、淡々と言葉を返す。
「生憎、あたしは自分があんたのいう『本物』だっていう証拠は、何も持ってない。だから、証明しろって言われても、何もできない」
ラピスの岬で別れたとき、自分は何も持っていなかった。
だから、レミアに対して、自分が本物であるという証明はできない。
何か持っていたとしても、あの自分も、『本物』には違いなかったのだから、証明になるとも思えない。
はっきりとそう返すと、ルビーはレミアから視線を外した。
自分の目の前で、こちらをじっと見ていたタイムと視線が合う。
「立てる?」
「一応……」
「そ。ならあと頼むわ」
そう言った途端、タイムが不思議そうな顔をする。
少しだけ苦笑すると、ルビーは口を開いた。
「あたし、マリエス様のところに戻るから」
ルビーのその言葉に、タイムが僅かに目を見張る。
「え?」
「信用されていないし、させることもできない。それなら、一緒にいない方がいいでしょ」
顔の横に突きつけられた刃に手を添える。
レミアがびくりと震えたのがわかった。
それを口にはせずに、その刃をそっと押し退け、立ち上がった。

2018.11.27