SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter5 伝説のゴーレム

24:秘薬再び

喉の奥から、腹の底から吐き出されるその声に、ミスリルもリーフも警戒することを忘れ、目を見開いて声の主――青を纏った青年を見つめていた。
その視界の隅に、ゆっくりと目を開いて後ろへ下がる赤服の青年の姿が映った。
弟に異変が起こっているというのに、彼は一体何をしているのだという小さな疑問を抱いたその直後。
「な……っ!?」
視界に映った光景に絶句した。
ばきばきと音を立てて青を纏った、いや、纏っていた青年の体が変化を始めた。
肌は緑色に染まり、着ていた服は破れ、体が巨大化する。
変化していくその姿は、かつてあの法国の王が呼び出した、巨人というには少し小さい緑色の怪物と同じ。
「トロルに、なっちまった……っ!?」
完全に変化してしまった双子の片割れを見つめたまま、リーフが搾り出すように声を出した。
おそらく始めて見るのだろう怪物の姿に、剣を握った腕が震えている。
「まさか、これは……」
同じように青年だった怪物を見つめたまま、ミスリルは小さく声を漏らした。
思い出すのは数ヶ月前のレミアとフェリアの旅。
彼女たちが敵とした少女が使っていたという、失われた技術であるはずの薬。
「種換の……秘薬……っ!?」
「なんだってっ!?」
ミスリルの呟きを聞き取ったリーフが声を上げる。
「その通りだ」
少し離れた場所から聞こえた声に、2人の視線は自然とそちらへ向いた。
向けた先にいたのは、弟だったはずの怪物からかなりの距離を取ったところに立つ赤を纏った青年――アビュー。
「僕たちは夢の中で小さな子供からこの薬を受け取り、飲んだ」
「子供……?」
「そうだ。この飾りも、その時そいつから渡された」
言いながら服の下から首にかけたペンダントを引っ張り出す。
双子の片割れの物と対になっていると思われるそれは、全く同じデザインをしていた。
唯一違うところといえば、埋め込まれている石の色。
彼のペンダントの石は、彼自身の瞳の色と同じ赤い石だった。
「これをしていれば、たとえ薬を飲んだとしても変化は訪れない。このペンダントが封印の役割を果たしてくれる。その言葉を信じて、僕たちは薬と飾りを受け取った」
「夢の中、でか……?」
リーフが訝しげに顔を歪めて聞き返す。
「そうだ。だか、目が覚めたとき、薬と飾りは確かに僕たち双子の手元にあった」
ぎゅっと首から下がったペンダントを握り締める。
「僕らに“竜”の存在を教えてくれたのも、その子供だ」
吐き出すように告げられた言葉に、2人は揃って目を見開いた。
夢の中に出てきた幼い子供。
彼らを変えた鍵を握る存在。
おそらく双子が見た夢はただの夢ではないはずだ。
そして、その子供も人間ではない。
「でも、夢の中に入り込める力を持った種族なんて……」
「考え事をしている場合か?」
突然声色の変わったアビューの言葉に、ミスリルははっと顔を上げる。
ペンダントを握ったままの彼の顔からは先ほどまでの表情は消え、楽しそうな笑みが浮かんでいた。
「封印を解き、トロルとなったドビューは強いぞ。お前たちにこいつを倒すことができるかな?」
「んな……っ!?」
様子の変わったアビューに、リーフは思わず絶句する。
先ほどまでは確かにあったはずの弟を思いやる感情さえも消してしまったような声を耳にして、ミスリルは僅かに表情を歪めた。
「……ウィズダム」
『何だ?』
「あなたは一度戻って」
告げられた言葉に、ウィズダムは訝しげにミスリルを見た。
『何故?』
「あなたの出番はまだ早いのよ。出番が来るまで待っていて欲しいの」
『しかし、このトロルは……』
「トロルとなら一度戦って勝ったことがあるわ。大丈夫」
尤も、あの時はレミアと2人で何とか倒したのだけれど。
あの時より自分の腕が上がっている自覚はあるし、まだまだ頼りないとはいえリーフもいる。
何より、自信がないのだ。
連続して何どもウィズダムを呼べる自信が。
能力がないとは思っていない。
問題は体に溜まる疲労感だった。
体の傷は癒えても、それだけは完全に消えたわけではなかったから。
「たぶん、あのアビューって奴の方が手ごわいわ。その時まで、あなたを呼ぶ力は取っておきたいの」
声を潜めて、思ったことをそのまま告げる。
そんな彼女の言葉を聞いてもウィズダムは悩んでいた。
やがて、その意志が曲がることはないと気づいたのだろう。
『承知した』
そう一言告げると、彼は現れたときのように光に包まれ、その姿を消した。
「さて……。そういうことだからがんばってよ、リーフ」
ウィズダムの気配が完全に消えてしまったことを確認してから、ミスリルは隣で剣を抜いたリーフに声をかける。
「わかってる。さっきみたいな無様な姿は晒さない」
「……そういうわけだから、倒してあげるわ。そいつもあんたも」
鞭を握り直して宣言する。
それを聞いた途端、アビューの顔に浮かんでいた笑みがさらに深いものに変わった。
「おもしろい。やってみな。行け!ドビューっ!」
アビューの声に応えるかのようにトロルとなったドビューが咆哮する。
あまりの音量に思わず耳を塞ぎたくなるのを耐えて、2人はドビューを睨んだ。
咆哮しながらドビューは近くに倒れていた石像を手に取る。
どうやらそれを棍棒代わりにすることに決めたらしい。
そのまま天井に向かって振り上げると、2人目掛けて思い切り振り下ろした。
石像が落ちてくるより一瞬早く地を蹴って左右に飛ぶ。
直後に振り下ろされたそれが勢いよく地面に激突した。
「うわっ!?」
「……っ!?」
衝撃とともに襲ってきた岩や砂によって一瞬視界が奪われる。
砂から目を守るように左腕を顔の前に翳したミスリルは、残った狭い視界の中で素早く辺りを確認した。
砂埃の先に見える巨大な影。
以前あれを相手にしたとき、最初に自分は何をしたのかを思い出す。
「あの時と同じ戦法が効くとは思わないけど」
それでも体の大きさが極端に違う相手を敵とするとき、明らかに不利である自分たちの状況を変えるには、これしか手がない。
ドビューはリーフを最初の標的に定めたようで、こちらに向かってくる様子はなかった。
呼び出すなら、今しかないだろう。
「我、ここに大地の盟約に従い汝を招かん。大地より生まれし“友”よ。巨人となりて、我が道塞ぎし者を打ち砕かん」
後ろへ下がりながら口にしたのは、自分が最も多く紡ぐ呪文。
自分が唯一呼び出せる、あの巨大な敵と同じ大きさになれる『仲間』。

「アースゴーレムっ!」

足元に魔法陣が浮かび上がった。
そこから地面を突き上げるようにして現れた巨大な友に、すぐさま指示を出す。
「なるべくそいつの動きを抑えて!砕かれそうになったら引きなさい!」
大地にしっかりと足をつけたゴーレムは、ミスリルの声を聞くといつかのように目の前のトロルを睨んだ。
そのまま腕を振り上げ、覆いかぶさるように相手に向かっていく。
それを見届けたのち、砂埃が先ほどより収まっていることを確認して、ミスリルは2人の巨人の横を駆け抜けた。
「リーフっ!!」
「ミスリルっ!?」
巨人たちの前方に出て声をかけると、今までドビューの攻撃を避け続けていたのだろう、少し息の上がった彼が驚いたようにこちらを見た。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃなかったら俺今頃死んでる……」
あちこちにできた浅い穴に視線をやって、リーフはげっそりとした様子で答えた。
「愚痴が言えるくらいなら平気ね」
そんな彼に苦笑しつつ、ミスリルは目の前でもみ合いを始めた巨人を見上げる。
「別にそんなつもりじゃあ……」
「細かいことはいいから、ちょっと聞きなさい」
巨人たちがその場からほとんど動かなくなったのを確認して視線を戻すと、ぶつぶつと文句を言うリーフを軽く睨みつけながら口を開いた。
「今から何とかして私とアスゴであいつの動きを完全に封じる。あんたはその隙をついてあいつの心臓を狙って」
「……はあ!?俺がっ!?」
「剣が使えるあんたの方が適任でしょうが。それに、この後のことを考えると私は下手に強力な呪文を使うわけにはいかないのよ」
完全に傍観者に徹しているアビューが、封印とされるペンダントを外したときどんな姿になるのか、全く予想できないのだ。
ウィズダムを呼び出すことも考えると、呪文を使って体力、精神力をともに減らしてしまうのも得策ではない。
「そもそも私は元々接近戦は得意じゃない。だったら、あんたがやった方が確実でしょう?」
元々の武器が簡単には致命傷を与えられない鞭なのだ。
だから普段は常に後方支援に徹してきた。
「……わかった」
剣を握る手に力を入れてリーフが頷く。
それを見て、ミスリルは薄い笑みを浮かべた。
「頼んだわよ」
短くそう告げると、さっとその場を離れる。
後方支援に撤すると決めた自分が近くにいて、倒れた巨人たちに巻き込まれるわけにもいかない。
リーフの立つ場所よりも少し後ろへ移動すると、くるりと体の向きを変え、未だもみ合いを続けている敵と仲間を見上げた。
任せたとはいっても、今の状態ではリーフが止めを指すことは不可能だ。
ならばあの時のように地面に倒すしかない。
1年ほど前、レミアとともにトロルと戦ったときの状況を思い出して、決意を固める。
ちらっとリーフの方へ視線を送れば、動き出すのを待っているのか、ちらちらと彼がこちらを窺っているのが目に入る。
そんな彼に確認できるかわからない程度に頷き返すと、ミスリルは再び巨人たちを見上げた。
「……アスゴっ!!」
息を大きく吸い込んで巨大な仲間の名を呼ぶ。
その瞬間、今までドビューを抑え込んでいるだけだったゴーレムが、岩の塊とは思えないような速さで動き出した。

remake 2004.09.29