SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter5 伝説のゴーレム

23:呼び出す言葉

閉じていた瞳を、ゆっくりと開く。
先ほどまで自分がいた白い空間は、すっかり姿を消していた。
変わりに視界に入ったのは、あの空間に行く前まで自分が立っていたあの祠と、驚愕に見開かれた三対の瞳。
自分を見つめる三原色の瞳に何かを告げようと口を開こうとして、掌に感じた感覚に気づき、動きを止める。
はっと視線を落とした先にあったのは、胸の前で握りこんだ自分の手。
ゆっくりとそれを解放して、中から出てきた物に目を見開いた。
自分が握りこんでいたのは、あの時あの光が入り込んだブローチだ。
それはわかっている。だからそれ自体には驚かない。
驚いたのは、そのブローチにはめ込まれている石の変化。
赤かったはずの石は白く色を変え、その中央に竜の顔を象った濃緑色の模様が刻まれている。
元々スカーフの止め具としてつけていたこのブローチはかなり大きいものであるから、おそらくリーフもこの変化に気づいているはずだ。
淡い光を放っているブローチを、今度は両手で包み込む。
その瞬間、誰かの声が耳に届いた気がした。
低めのテノール。頭の中に直接響いてくるこの声は、先ほどまで向かい合って話をしていた“彼”のもの。
何かを言っているようだったけれど、聞き取れない。
ところどころ途切れて、それでも何とか聞き取った言葉は、“彼”が名前を呼べと言っているように聞こえて。
それを頭で正確に認識する前に、口は言葉を紡いでいた。
「ウィズダム」
言葉に応えるかのようにブローチから光が溢れた。
思わず手を放した途端、溢れた光はミスリルの前に集まり、人の形を形成する。
「な、何だっ!?」
驚く誰かの声が聞こえたが、言葉を返してやる余裕はなかった。
先ほどと全く同じ形を取り、一瞬強く輝いた光を瞬きもせずに見つめる。
光が消えた後に現れたのは、先ほどとまで対峙していた自分と同じ色の髪を持つ青年。
「……ウィズダム」
もう一度その名を口にすると、“彼”は閉じていた目を開いた。
髪と同じ色の瞳が露になる。
ゆっくりとこちらに視線を移すと、“彼”はにこりと微笑んだ。
一瞬驚きの表情を浮かべて、けれどもすぐにミスリルも笑みを返す。
『我が声が聞こえたか、主よ』
「はっきりとではなかったけど、一応」
静かに問われた言葉に正直に答えた。
その言葉に満足したのか、“彼”は浮かべていた笑みを嬉しそうなものに変える。
『契約が成立したばかりだ。今はそれでいい』
「……ありがとう」
戸惑いがちに礼を言うと“彼”はぽんっとミスリルの肩に手を乗せた。
「ミス……リル……?」
戸惑いがちにかけられた声に、ふと視線を動かす。
膝を地面につけたまま呆然としているリーフをその瞳に写した途端、ミスリルは困ったように笑った。
その顔には、先ほどまでの焦りなど微塵も浮かんでいなくて。
「その人が……“竜”、なのか……?」
ゆっくりと立ち上がりながら聞いた。
質問ではなく、確かめるような口調で。
『そうだ』
答えたのはミスリルではなく、彼女の目の前に現れた“彼”だった。
『我が名はウィズダム。お前たちの知る名で呼ぶならば、“竜”』
「竜……だと……っ!?」
リーフの言葉で漸く我に返ったらしい青を纏った青年が、信じられないという口調で搾り出すように呟く。
「馬鹿なっ!“竜”は名を持っていなかったはずだっ!!」
赤を纏った青年が驚愕の表情を浮かべたまま叫んだ。
『確かに持ってはいなかったな。我を呼び出す“言葉”を知る者が現れるまでは』
「何……っ!?」
あっさりと言われた肯定の言葉と、意味のわからない言葉。
「呼び出す言葉……?」
『人は“呪文”と呼んでいたと記憶しているが?』
ぽつりと、本当に聞こえるかどうかわからない程度の声で呟いたリーフの問いに、ウィズダムと名乗った“彼”は訪ねるような口調で答える。
「呪文……」
呟いたまま考え込むように俯いたリーフだったが、次の瞬間その言葉に意味に気がついて弾かれたように顔を上げた。
驚愕の表情を浮かべたまま“彼”の後ろに立つミスリルを見る。
視線に気づいたのか、ミスリルは先ほどとは違う不適な笑みを見せると小さく頷いた。
「呪文……だと……」
耳に届いた言葉に視線を動かす。
ウィズダムの言葉に目を見開いたままだった双子の体がぶるぶると震えている。
青を纏った青年に至っては、信じられないものを見聞きしたときのように首を左右に振っていた。
「俺たちは……知らない……」
搾り出すように青を纏った青年が呟く。
「“竜”の召喚に呪文が必要なんて、俺たちは知らない……っ!!」
「当たり前でしょう。これは精霊たちにのみ伝わっていたものなんだから」
突然割り込んだ声に、全員の視線が一点に集まる。
「ミスリル……」
リーフが咎めるように声の主の名を呼んだ。
ちらりとこちらへ視線を向けたミスリルの瞳には、旅の間にはなかった光が輝いている。
それを見た瞬間、止めても無駄だと悟った。
そのまま大げさなため息をついて俯くと、首を軽く横に振る。
それは勝手にしてくれと言う合図で。
意味に気づいたらしいミスリルの口の先が僅かに持ち上がったことを、リーフはほんの少しだけ持ち上げた視界の先で目撃した。
「精霊のみ、と言うのはどういう意味だ?」
そんな2人のやり取りを見ていたのかいなかったのか――おそらく後者だろう――赤を纏った青年がミスリルを睨みつけながら問いかける。
「そのままの意味よ」
きっぱりと言葉を発して、ミスリルはウィズダムの隣に立った。
「“竜”は……土竜の化身を呼び出す呪文は、かつて勇者ミルザだけが使えた精霊魔法のひとつ」
紡がれた言葉に一瞬リーフが眉を寄せた。
しかし、すぐにその理由に気づき、何でもなかった風を装う。
精霊神法という本来の名は世間には知られていない、自分たちしか知らない名前だ。
説明するならば、ミルザに関する多くの文献に残っている俗称を使う方がいい。
「精霊魔法はミルザの死後、七大精霊が管理しているわ。そして、それを知ることができるのは、精霊神に会うことができる者だけ」
精霊神法を取得するための条件は精霊神に会うこと。
そう一族に伝わっていたのはそのためだと、気づいたのはセレスが光の精霊神法を取得した後のことだった。
「ミルザ以来、先代までの彼の子孫で精霊神に接触した者はいなかった。七大精霊の居場所を知っているのは精霊神だけ。だから、この呪文を記した書物の在りかは精霊しか知らない」
言葉を紡ぎながらゆっくりと足を動かす。
隣にいるウィズダムの視線が自分に合わせるように動いたのがわかった。
「だからこの呪文は精霊しか知らなかった。そういう意味よ」
真っ直ぐに双子を見つめて、ウィズダムよりちょうど1歩前の位置で立ち止まる。
光の中に消える前とは纏った雰囲気の違う彼女に、赤を纏った青年は思わず目を瞠った。
「何で……」
「何故だ?」
ふるふると握った拳を震わせ、叫びかけた双子の片割れの言葉を遮って赤を纏った青年が口を開く。
「その精霊しか知らないはずの情報を、何故お前が知っている?」
「知ってて襲ってきたんじゃないのかっ!?」
冷静に問われた問い。
それを耳にした途端、今まで黙っていたリーフが驚愕の表情を浮かべて聞き返した。
「何……?」
「お前ら、こいつらの素性知ってて異世界まで追いかけてきたんじゃないのか?」
地面に転がっていた自身の剣を拾い上げながら問い返す。
「異世界……?」
突然飛び出した言葉に、怒りで体を震わせていた青を纏った青年がぴくりと顔を上げる。
「そうか……。お前たち、異世界にいた人形師とその仲間……」
「ああ、そういやいたな。5人くらいで群れてた奴らだ」
「……そうだ」
明らかに今思い出したという口ぶりの双子に、思わず怒鳴りそうになるのを何とか押さえて言葉を返した。
「だけど、それがどうしたってんだ?」
「我らは有名な人形師が異世界にいると聞き、そいつを探しに行っただけだ」
至極当然とばかりに双子は続けた。
そんな彼らの言葉に先ほどまでの怒りも忘れ、リーフは一瞬驚いたというように目を見開く。
現在のこの世界において、先代のミルザの子孫が異世界に逃れ、その娘たちがそのままあちらで暮らしているという話はかなり有名になっているはずだ。
この話を知っていれば、異世界の有名な人形師はミルザの血を引く者であるという考えに自然と行き着くはずであるのに。
「異世界に誰がいるか、知らないのか?こいつら」
口から出た言葉はほとんど呟きに近く、この場にいる誰の耳にも届くことはなかった。
「……私はミルザの血を引く者」
突然辺りに響いた声に、ウィズダムを除いた全員がはっと視線を動かした。
一度口を閉じてから一言も言葉を発しなかったミスリルが、ゆっくりとその足をリーフの方へと進めていた。
その右手には、いつのまにか鞭がしっかりと握られていた。
「グランドマスターの二つ名を受け継ぐ地の人形師」
リーフの側まで歩み寄ると、ゆっくりと双子の方へ体を向けた。
「だから私は精霊しか知り得ないはずの情報を知り、“彼”を呼び出す“言葉”を得ることができた」
ゆっくりと瞳を閉じる。
深呼吸をするように大きく息を吐き出すと、すぐに閉じていた瞳を開いた。
一瞬だけ先ほどの場所から動かないウィズダムへ視線を送ると、戸惑ったような表情を浮かべている双子を視界に映す。
「そして、ウィズダムと契約することができた」
言葉を続けながら双子に向けられた瞳には、光に飲まれる前には宿っていなかった鋭い光が宿っていた。
“彼”と契約できた本当の理由は明かすつもりは全くなかった。
ただでさえ、これから彼らが怒るような言葉を吐くつもりなのだ。
自分でさえも理解できていない理由を話して敵の余計な怒りを買うほど、ミスリルは馬鹿ではない。
「彼は一度に複数の人間と契約することはない」
『その通りだ』
言葉を返してくれたウィズダムに、感謝の気持ちを込めた視線を送る。
彼が微かに笑みを浮かべて返してくれたのを確認すると、ミスリル自身も薄い笑みを返した。
そうして一瞬だけウィズダムと見つめ合ったのち、ミスリルは今まで浮かべていた笑みを消し、再び双子に目を向けた。

「だから、もうあんたたちの野望が叶う事はない」

はっきりとそう告げてやる。
もう変えようもない事実。
今まで突然の出来事に何度も驚愕の表情を浮かべていた双子の目が、これ以上開くことはできないだろうと思われるほど大きく見開かれる。
「“竜”は、一度に複数の人間と契約しない……?」
『そうだ』
「もう、その女がお前と契約している……?」
『そうだ』
「その女がいる限り、お前が俺たちの物になることは、ない……?」
『そうだ』
代わる代わる投げかけられる問いに、ウィズダムは律儀にもひとつひとつ答えていく。
最後の問いの答えが返ってきた瞬間、ぴたりと2人の動きが止まった。
見開かれたままの瞳は僅かに揺れ、虚ろにどこか見つめている。
それぞれの武器を握り締め、ミスリルとリーフは言葉を発しなくなった双子を見つめていた。
ここで気を抜いてしまえば、突然行動を起こされた場合に対処ができなくなる。
ごくりと息を飲み込み、リーフが剣の柄を掴む手に力を入れ直したときだった。
「は、はは……」
突然青を纏った青年から小さな笑いが漏れた。
それはだんだんと大きくなり、すぐに祠全体に響くほどの音量になり、辺りを包む。
「な、何だ……?」
「ドビューっ!?」
突然の青年の笑い声に驚いたのは2人だけではなかった。
隣に立っていた赤を纏った青年が、笑い出した弟に目を見開いたまま声をかける。
「もう駄目なんだよ兄貴。正攻法じゃあ、もう“竜”は手に入らない。だったら、これしか手が、ないじゃないか」
まだ押さえきれない笑いを漏らしながら青を纏った青年は、自分のローブの胸元に腕を突っ込んだ。
そのまま何かを掴み、ぐいっと服の外へ引っ張り出す。
ちゃらっと金属が軽い音を立てた。
乱暴に放された手の中から現れたのは青い石が埋め込まれたペンダント。
それを見た途端に、今まで比較的冷静であった赤を纏った青年の顔色が変わった。
「よせドビューっ!それを取ったらどうなるかわかってるんだろうっ!!」
「わかってるさっ!だからこそやるんだっ!!」
ぐっとペンダントトップを握って叫ぶ弟の言葉に、赤を纏った青年は思わず言葉を飲み込む。
「やるんだ……。あの女ぶっ殺して、無理矢理にでも“竜”を従わせてやる。そのために……」
「トヒル……」
目を見開いたままぶるぶると震えている弟を見て、赤を纏った青年は彼の行動を止めるために上げた腕を下ろした。
弟の方へ視線を向けたままゆっくりと目を閉じる。
その瞬間、ペンダントトップを握り締めた青を纏った青年の声が辺りに響いた。

「俺は俺を、人間を捨ててやる……!!」

叫びと同時に引きちぎられる鎖。
そのまま投げ捨てられたかのようにペンダントトップが鎖とともに宙を舞う。
思わずそれを目で追ってしまったその直後、青年の叫び声が祠中に響いた。

remake 2004.09.29