SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

8:異世界の勇者

静かに扉が閉められる。
紀美子に促され、新藤は入ってすぐのところにある応接セットのソファに腰を下ろした。
きょろきょろと辺りを見回す。
理事長室と同じくらいの広さの部屋には、図書室にあるような本棚がいくつも並んでいた。
たぶん、ここがたまに耳にしていた理事長専用の『資料室』なのだろう。
「さっきはすまなかった」
声をかけられ、新藤ははっと前へ顔を戻す。
向かい側のソファに、陽一が腰を下ろしたところだった。
目の前のテーブルに、お茶の入った紙コップが置かれる。
「今更お茶を入れに戻れないから、これで申し訳ないけど」
「え、いや、だいじょぶ。うん」
先ほどまでとは違い、ずいぶんと柔らかな雰囲気を纏った陽一の気遣いに、慌てる。
だって、赤美たちのあの様子からすると、自分は歓迎されるべきではないはずだ。
「お茶も、別に」
「姉さんたちが先輩を怖がらせたお詫びですから、気にせず飲んでください」
陽一の隣に腰を下ろした紀美子が、にこりと笑う。
「大丈夫。毒なんて入ってませんから」
「そんなの!その……」
そんなことなんて、考えてもいなかった。
雨石は確かに恐かったけれど、殺されるなんて、そんなこと。
そこまで考えて、ぞっとした。
「すまない」
謝罪の言葉が聞こえ、新藤ははっと顔を上げる。
目に入ったその顔には、本当に申し訳なさそうな表情が浮かんでいた。
「こっちの世界の住人に、ただの学生のお前に、ああいうやりとりはきついよな」
「こっちの、世界……」
突き放すようなその言葉が、妙に胸に刺さった。
「あの化け物たちも、お前らも、違うって言うのか?」
発した声は、震えていたのかもしれない。
「地球の人間じゃなくって、別の世界の人間だって、そう言うのかよ」
「そうだ」
陽一ははっきりとそう答えた。
はっと顔を上げると、彼は真っ直ぐにこちらを見ていた。
「俺たち9人は、インシングと呼ばれる世界の人間だ」
迷いのない口調で、はっきりと告げる。
「で、でも、金剛と紀美ちゃんは……」
「全部、お話しします」
この世界で生まれ育ったはずだと、そう続けようとした言葉は、紀美子によって遮られた。
驚いてそちらに顔を向けると、紀美子が陽一と同じような真っ直ぐな瞳でこちらを見ていた。
「最初から全部。だからまず、聞いてください」
それが逸れたかと思うと、紀美子は深々と頭を下げた。
「お願いします、先輩」
テーブルについてしまうかと思うほどのそれに、新藤は何も言えなくなってしまう。
彼女たち姉妹が寮に入ってから紀美子とは一時期疎遠になってしまっていた。
とはいえ、幼い頃は自分の妹も同然に思っていた後輩だ。
そんな彼女の真剣な願いを無碍にしてしまえるはずもない。
「……わかった」
頷いてそう答えれば、紀美子はほっとしたような表情で顔を上げた。
「ありがとう、悠司」
別の方向から聞こえてきた礼の言葉に、新藤は視線を真っ正面にいる陽一に視線を戻した。
親友だと思っていた彼は、いつもよりも大人びた表情でこちらを見ていた。
その顔は、新藤の知らない顔だった。
陽一は小さく息を吐き出すと、少しだけ間を置いてから口を開いた。
「俺たちの世界インシングは、わかりやすく言うと剣と魔法の世界。えっと、ゲームでよくあるファンタジーRPGとか、あんな感じの世界だ」
「姉さんがよくやってる、6までスーファミで出てたゲームみたいな感じの世界です」
「あいつ、去年出た新作がハードが変わったから、新しいハードが欲しいって言ってたよな、そういえば」
幼い頃から一緒にやっていたせいか、赤美はテレビゲーム好きだ。
数年前に出た新しい、カセットではなくディスクで動くゲーム機が欲しいとずっと言っていた気がする。
「まあ、そんな感じの世界だからじゃないけど、魔物とか魔族みたいな人間以外の存在や、ゲームでよくある勇者の伝説なんかも実在する」
不意に陽一の表情が変わった、ような気がした。
浮かんでいた笑みが消え、鋭い瞳がこちらを見つめる。
「始まりは、20年前。その伝説の勇者の血を引く子孫たちが、当時の魔王に戦いを挑み、負けたんだ」
ごくりと息を飲む。
語り始めた陽一は、新藤の知らない顔をしていた。
「魔王の居城からなんとか逃れた7人の子孫たちは、精霊に助けられた。精霊って言うのは、こっちだと神様みたいなものかな」
「精霊が神様?」
「精霊がすべての生命の最上位に立つものであるとした宗教が世界的に広がってるんだと考えてもらえばいいと思う。だから神様」
さらりとそんな説明の仕方が出てくることに少し驚く。
日本以外の人は、もう少し宗教に対して感情的だと思っていたのかもしれない。
「その精霊の中でも2番目に偉い7人が、子孫たちに手を差し伸べた。インシングにいたままだと確実に魔王軍に追撃される。そう判断した精霊たちは、特別な呪文でインシングとこの世界を繋ぐ『道』を開いて、彼女たちを異世界に逃がしたんだ」
「異世界……って」
「ここだ」
とんと陽一の指がテーブルを叩いた。
その答えに、新藤は思わず彼から目を逸らす。
だから彼は気づかない。
陽一の目が、ほんの少しだけ、悲しそうに細められたことに。
「そして、逃がしてもらった勇者の子孫というのが、私たちの両親、それから、美青先輩たちのお母さんです」
2人の様子を見ていた紀美子が、補足するように口を開いた。
彼女のその言葉に、新藤は膝の腕で拳を握り締める。
自分もよく知る紀美子たちの両親は、この世界の人ではなかったのだ。
確かに、少し常識からずれた人だと思ったことはあった。
それでも、2人とも子供の頃は海外で暮らしていた帰国子女だと聞いていたから、子供ながらに納得していたのだ。
けれど、赤美と紀美子の両親は、黒髪で黒い瞳という一般的な日本人の姿をしていたと思う。
それは目の前にいる2人も同じで。
それは一体どういうことなのだろう。
そんなことを考えていると、再び陽一が口を開いた。
「精霊は、こちらに逃がした子孫たちに、ひとつの秘術を与えた」
「秘術?」
思わず聞き返せば、陽一は静かに頷く。
「魔力を封印して、この国の人間と似た姿になる秘術。先代は、この秘術で姿を変えて、この国で暮らし始めたんだ」
「え?」
陽一の言葉に、引っかかりを感じて声を漏らす。
「でも、音井は?それに、この学園は雨石のじいさんのじゃ……」
「その辺のことは、ちょっと事情が複雑なので、私たちからはちょっと……」
海外で生まれて国に姉兄がいるらしい美青と、この学園の経営者の令嬢であるはずの百合。
その2人はどうなるんだと思わず尋ねれば、紀美子が困ったような笑みを浮かべてそう言った。
そう言われてしまえば、これ以上尋ねることはできない。
腑に落ちないけれど、黙り込むしかなかった。
「とにかくその後、同じ世界からこちらに逃げてきた相手と出会ったり、向こうにこっそり恋人を迎えに行ったりして、7人はこの世界で家庭を持って、平和に暮らしていた。だが、インシングは平和にはならなかった」
陽一の顔から、表情が消える。
膝の上に乗せられた拳に、力が入っていることに気づいた。
ほんの少しだけれど、震えているような気がする。
「俺たちの世界は、当時唯一の希望だった勇者の子孫を失ったことで、急速に魔王に対する抵抗力を失っていった。魔王が支配する帝国軍は、次々に国を支配下に置いていって、俺の祖国も、俺が成人するより前には帝国に支配されていた」
「悪い。陽、お前って今何歳だ?」
「あ、陽一先輩の国では、15歳で成人なんです」
同い年だと思っていたはずの青年の発言に、新藤は思わず尋ねる。
その問いにすかさず答えたのは紀美子だった。
だから私も大人ですと付け加えた彼女の言葉に、そうなのかと納得する。
この世界だって、昔はもっと若い年齢で成人とされていたというし、そこは驚くべきことではなかった。
「インシングの大半の国が15で成人だよ。ほとんど元々は帝国を起源とした国ばかりだから」
2人の会話を聞いていた陽一が苦笑する。
それは知らなかったのか、紀美子が隣で驚きの表情を浮かべていた。
あとで歴史の本を書してくださいと、顔を赤くして言う彼女は可愛いと思う。
2人が恋人同士だと知っているから、口には出さなかったけれど。
「話を戻すぞ。世界のほとんどを支配下に置いた魔王は、今度は異世界に目を向けた。それがこの世界だ」
びくりと肩が跳ねてしまったような気がした。
今までの話は、どこか夢物語のような感覚で聞くことができていた。
けれど、ここからはそうではない。
ここからは、新藤も見て、知っている話。
「そして、こちらの時間で3年前。魔王軍はこちらの世界にやってきた」
中学3年のときの、あの背中に羽の生えた奴らの襲撃事件。
いつの間にか来なくなって忘れてしまっていたけれど、あの時は他にもいくつかおかしな事件が起きていた。
「最初に魔王軍と遭遇したのは、赤美だったそうだ。初めて襲われたときにあいつの封印は解けて、インシング人としての姿を取り戻したって聞いてる」
あいつらが襲ってきて最初に現れた赤い髪の女。
攫われそうになった新藤を助けて、そのまま何も言わずに消え去って、それから度々見かけるようになったあの女が自分の幼馴染みだったのだと、知ったのはつい先ほどのことだ。
「それからのことは、ここで起こったことなら、お前の方が詳しいかもな」
そう言って、陽一は目を閉じた。
たぶん、それで話は終わりなのだろう。
彼はそれ以上話を続けようとはしなかった。
紀美子も口を開かない。
ただじっと、こちらを見つめているだけだ。
いつの間にか新藤は俯いていた。
俯いたまま、膝の上に置いた拳を握り締めている。
「本当に……」
漸く発した声は、震えていた。
「本当に、中学の時もあれも、お前らなのか……?」
「はい」
間髪入れずに、紀美子がはっきりと答える。
それを聞いた瞬間、新藤はかっと目を見開いて立ち上がっていた。
「……どうして……っ!!」
がたりとテーブルが揺れ、紙コップが倒れる。
けれど、そんなことを気にしている余裕なんて無かった。
「なんでずっと!!そんなこと、一言も……っ!!」
「言えませんでした」
はっきりと帰ってきたその言葉に、新藤ははっと彼女を見た。
紀美子は、真っ直ぐにこちらを見ていた。
「私も、姉さんも、言えませんでした」
目を逸らすことなく、彼女ははっきりと答える。
その瞳が、悲しそうに細められた。
「言えるわけないです。信じてもらえないと思うし、何度か学校にも被害があったから、怖がられると思いましたし」
「こっちだと夢物語だろ?魔法も魔王も勇者も」
紀美子に助け船を出すように、陽一が尋ねる。
確かにそうだ。
この世界では、魔法も魔王も、映画やゲームの中での存在でしかなくて。
実在するものではなくて。
「だけどさ」
「悠司」
それでも言葉を続けようとする新藤の名を、陽一が呼んだ。
びくりと肩を跳ねさせ、驚いたように彼を見る。
視界に入った彼は、ふっと表情を崩した。
「俺、割とショックだった」
「え?」
「さっき屋上で俺たちを見たときの、お前の目」
「目……?」
陽一は、静かに頷いた。
「得体の知れないものに怯えてる、そんな目だった。付き合いの短い俺ですらショックだったなら、こいつや赤美はもっとじゃないのか?」
「それは……」
「赤美は本当に最初の頃に、お前のあの姿を見せてるんだろ」
陽一の問いに、新藤は黙り込む。

あのとき、赤美は決して、新藤の方を見ようとはしなかった。
あの化け物を引き連れた女だけを、真っ直ぐに見つめていた。
そのあと何度か見かけても、決して目が合うことはなかった。

言葉を失った新藤を見つめていた陽一が、不意に息を吐き出した。
長いそれに、新藤は思わず体を強ばらせる。
「俺から話せるのはここまでだ」
予想に反して、陽一は何も言わなかった。
はっきりと話の終わりを宣言すると、顔に薄い笑みを浮かべて首を傾げるような仕草をする。
「何か質問は?」
静かにそう言ったその声は、いつもの彼とは違うような気がした。
寂しさや悲しみが含まれている気がしたその声を聞いた途端、罪悪感が沸き上がってくる。
ぎゅっと胸を掴まれたような感覚を覚えながら、新藤は俯いた。
聞きたいことはいろいろあるはずなのに、頭の中がこんがらがって、まとまらない。
それでも、このままだと本当に終わりにされてしまいそうな気がしたから、必死に言葉を探した。
「……紀美ちゃんもあいつも、異世界の人間、なんだよな」
「はい。さっき陽一先輩が言っていた、勇者の子孫に当たります」
「勇者だから、戦ってんのか?」
宿命とか運命とか、そんなのものは赤美の嫌いそうな言葉なのに。
そんなもののために、あんな危ないことをしているというのだろうか。
その真意が知りたくて、尋ねる。
そうであるのなら、辞めてしまえばいい思った。
だって関係ないじゃないか。
この世界で暮らしているのであれば、異世界のことなんて彼女たちには関係ない。
そう叫んでしまいたかった。
けれど、帰ってきた答えは、予想と違っていた。
「……いえ、違うのかもしれません」
その答えに、新藤は驚いて顔を上げる。
それまで彼の問いに淀みなく答えてきた紀美子が、初めて彼から視線を外した。
少し考えるような間が合ってから、紀美子は顔を上げる。
「お母さんたちの後を継がなきゃだったから、というのも確かにありますけど、正直なところ、私も、たぶん姉さんも先輩たちも、お母さんたちの敵討ちのつもりで戦っていた気がします」
使命ではなく敵討ち。
それは完全に私情だ。
「その後は私たちが直接狙われちゃったから、嫌でも戦わないといけませんでしたし」
そう言って紀美子は困ったように笑う。
陽一の手が紀美子の頭に伸びた。
優しく微笑んでその頭を撫でる。
紀美子は嫌がる素振りもなく、少し恥ずかしそうに頬を染めて陽一に微笑み返す。
「金剛が、放課後いなくなるのは……」
「あれは姉さんの趣味です」
勇者という使命のためではないのか。
そう聞こうとしたのに、紀美子は間髪入れずにはっきりとそう返した。
その言葉に新藤は面食らってしまう。
「しゅ、趣味?」
「趣味です」
思わず聞き返せば、紀美子ははっきりと力強く頷いた。
笑い声に視線を向ければ、話を聞いていた陽一が声を抑えるのに必死と言わんばかりに笑っている。
さすがに冗談なのではと思ったけれど、彼の反応を見る限りそうでもないらしい。
言葉を失っていると、紀美子が不意にため息を吐いた。
驚いて視線を戻せば、気づいたらしい彼女は、何でもないと首を振るとにこりと微笑んだ。
「他には、ありますか?」
そう言われても、すぐには思いつかない。
というか、先ほどの衝撃で聞きたかったことが頭から飛んでしまった。
どうしようと必死に考えていると、不意にこんこんという音が聞こえた。
思わず肩が跳ね上がって、勢いよく音の発生源を見てしまう。
「入っていーいー?」
「実沙先輩?」
「ああ、かまわない」
それはノックの音だったらしい。
向こう側からかかった声に答えたのは陽一だった。
許可を得た途端、扉が静かに開かれる。
「お話終わったー?」
扉の隙間に体を滑り込ませるように入ってきた実沙は、後ろ手で扉を閉めながら首を傾げた。
「ああ、一応な」
「そっか」
「そっちは?」
「中断、かな?美青ちゃんもセキちゃんも百合ちゃんも出てっちゃったし」
「え?どうしたんですか?」
頭を掻きながら言われた言葉に、紀美子が驚いて尋ねる。
実沙はうーんと唸りながら頭を捻った。
その目がこちらに向けられる。
「新藤くんの前でする話でもないけど、いいのかなぁ」
こてんと首を傾げた実沙を、陽一が呼んだ。
彼の目を見た実沙は、もう一度首を傾げてから、ふうっと息を吐き出す。
「りょーかい。単刀直入に言うとね。早いと明日までに決めなきゃいけないみたい」
「何を?」
肝心の部分がなくて、彼女が何を言いたいのかわからない。
陽一が不思議そうに尋ねれば、彼女はもう一度、ほんの一瞬だけ新藤を見てから口を開いた。

「こっちに残るか、向こうに帰るか」

その言葉に、紀美子と陽一が顔色を変える。
先に身を乗り出したのは紀美子だった。
「どういうことですか?」
「うん。あのね」
小さく頷いてから、実沙は口を開いた。

2017.04.02