SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

9:決まっていた心

翌朝、赤美はふらりと学園に戻ってきた。
「おはよう」
理事長室に入ると、仲間たち全員が揃っていた。
「あ、セキちゃんおはよー」
ひらひらと手を振るペリドットの側に、ここにいるべきではない人物を目にした途端、ただでさえ不機嫌そうだった赤美の顔が歪む。
「ちょっと百合。本当にそいつ拘束したんじゃないでしょうね」
ぎろりと睨み付ければ、途端に百合の顔が不機嫌に歪む。
「私は……」
「百合ちゃん、お口チャック」
口を開こうとした百合を、瞬時に止めたのは実沙だ。
このままでは喧嘩になると判断した彼女は、不機嫌そうにこちらを見る百合に笑顔を返すと、陽一へ視線を向ける。
それがわかっていたかのように、陽一は実沙と目が合うと、小さくため息を吐き出した。
「悠司は夕べ俺の部屋に泊めたんだよ」
「あんたの?」
陽一のその言葉に、赤美は驚いたように彼を見た。
「こいつもずいぶん動揺してたし、あの状態で家に帰すわけにはいかないだろ?だからと言って、お前たちの誰かの家に行かせるわけにはいかないしな」
「あたしたち寮生だからバレたらまずいし、陽くんなら男同士だしね」
いくら単独寮であるからとはいえ、男子生徒が女子生徒の部屋に泊まったなんて、学校側に知られたら大問題だ。
けれど同姓同士なら、単独寮の寮生が自室に友人を泊めることは、別に禁止されてはいない。
百合の家に連れて行くとそれこそ赤美と百合の喧嘩が再発するだろうからと、陽一の部屋に新藤を泊めるように頼んだのは実沙だった。
「ならいいんだけど」
ふいっと赤美が目を背ける。
「あと紀美。あんた昨日帰ってきてないけど、何処行ってたわけ?」
収まらない怒りの矛先を向けるように、赤美は今度は紀美子を睨みつけた。
それを聞いた紀美子は、一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、深いため息を吐き出した。
「家になら何度も電話をかけたわ。けど、姉さんが電話に出てくれなかったのよ?」
「え?」
「昨日セキちゃんも相当頭に血が上ってたもんねぇ」
驚いて目を瞬かせる赤美を見て、実沙がけらけらと笑う。
ぎろりと睨みつければ、実沙は目尻に浮かんだ涙を擦りながら、にっこりと笑った。
「ちなみに紀美ちゃんは、あたしとここにお泊まりしました」
その言葉に、赤美は驚いて紀美子を見る。
視線を受けた紀美子は、無言でこくりと頷いた。
「なんで?」
「あれの監視」
答えたのは実沙だった。
すっと上げられた手から伸びるしなやかな指が、真っ直ぐに窓の外を指す。
見上げたそこには何もない。
けれど、ここにいる誰もが知っている。
見えないだけで、あそこにはインシングとこの世界を繋ぐゲートがある。
「扉の蓋、いつ壊れちゃうかわかんなかったから。あたしたち2人は一緒にいた方がいいと思って」
「まあ、そうすると2人が一睡も出来なくなっちゃうから、あたしたちも泊まったんだけどね」
思わぬ方向からの声に、赤美は勢いよくそちらを振り返った。
「沙織と英里も?」
「私もです」
頷く2人の側で、鈴美がそっと手を挙げる。
「ちなみに百合ちゃんも、頭に相当血が上ってたんで、鍵だけ借りておうちに帰しました」
実沙が肩を竦めながらそう言うと、百合は気まずそうにふいっと視線を逸らした。
「美青は……」
「帰って実家に電話して、そのまま部屋にいたよ」
電気ついてたでしょと言われれば、確かにその通りだったと頷くしかない。
「まあ、昨日の各々の報告は置いといて」
実沙が物を隣におく仕草をしながら口を開く。
それを見て、沙織が首を傾げた。
「っていうか、なんで実沙が仕切ってんの?」
「いつも仕切ってる人たちがとてもポンコツだからです」
「悪かったわね」
赤美がぎろりと実沙を睨みつける。
「わかってるなら反省してねー。それよりも」
それを見て、実沙は呆れたようにそう言ったかと思うと、途端に表情を変えた。
「みんな、どうするか決まった?」
顔に浮かんだ笑みはそのまま、瞳だけが、とても静かな色を浮かべて悠司たちを見回す。
その問いに、先ほどまで怒りを露わにしていた赤美は、ぐっと言葉を飲み込んだ。
「昨日も話したけど、一度向こうに行ったら、もう帰ってこられないと思った方がいいと思う。中途半端に扉を閉じたんじゃ、また破られちゃうかもだし。あたしたち全員が向こうに行っちゃったら、こっち側で対処できる人がいなくなっちゃう」
こちら側で暮らしているインシング人なんて自分たち以外に知らない。
いるかもしれないけれど、今から探すことなんてできるはずもない。
「あ、もちろん、向こうから応援を呼ぶのとかなしだよ。こっちにこんな被害が出てるんじゃ向こうだって酷いことになつてるかもだし、こっちのこと知ってるアールちゃんたちは国のお偉いさんなんだから、自分の国守るの優先でしょ」
「そういう意味では、陽一も一刻も早く戻った方がいいんじゃないか?」
彼も「国のお偉いさん」だ。
それを知っているからこそ、英里は心配そうに尋ねる。
「ああ。ミューズが対応してくれてるだろうけど、あいつだけに押しつけるわけにはいかないから」
留学という名目でこちらに来ている間は、国のことは妹姫に任せているけれど、それに頼り続けるわけにもいかない。
国が混乱しているなら、次期国王である自分が戻り、民を安心させなければいけない。
陽一自身、それはわかっている。
「陽くんを向こうに帰すには、扉を開けなきゃいけない。けど、開けたらまた魔物がわんさかこっちに来ちゃう。またこっちから閉じるにしても、今度はうまく閉じられるか正直わかんない」
「扉を開けるなら、あたしたちも一緒に行かなきゃいけないってことね」
「うん。だから、今決めて」
実沙の表情から、笑顔が消える。

「向こうに帰るか、こっちに残るか」

滅多に見ることのない真剣な視線が、言葉が、その場にいる全員を射抜く。
「もう何度も話したけど、たぶん、向こう側から扉を閉めたら、二度と開けないよ。行ったら戻ってこれないし、残ったら二度と向こうに行けない」
それくらい、今回の事態は深刻だ。
「みんな、どうする?」
こてんと、いつものしぐさで首をかしげて尋ねる。
その問いに、しんと室内が静まり返った。
「私は帰るぞ」
あっさりと沈黙を破ったのは英里だった。
「私は元々向こうで生まれ育ったし、向こうに家もあるしな」
「まあ、英里ちゃんはそうだよねー」
「あたしも英里と一緒に行くわ」
そうあっさりと答えたのは、誰の予想にも違わず沙織だった。
「私も向こうに行きます」
続いてそう答えたのは、紀美子だ。
「紀美」
思わず陽一が彼女に視線を向け、名前を呼ぶ。
その声に彼へと顔を向けた紀美子は、にこりと微笑みを帰した。
陽一はふうっと困ったように息を吐き出したけれど、その表情は嬉しそうだった。
「私も」
静かに手を上げたのは鈴美だ。
「残る理由もないし、ね」
そう言って笑う彼女の言葉を、否定する者は誰もいない。
「あたしも」
その言葉に、初めて実沙が驚いたように声の主を見た。
「美青ちゃん、大丈夫なん?」
「姉さんとは話はつけたよ。まあ、止めようとしても、今からシンガポールから来たって間に合わないだろうしね」
くすりと笑みを零す美青の顔を見て、実沙が顔を引き攣らせる。
「美青先輩……」
「あんたもそういうところあるよねぇ」
ため息を吐いてそう呟いたのは紀美子と赤美だった。
知っていたけれど、呟かざるを得なかったと言わんはせかりのそれに、陽一が顔を引き攣らせていたことには気づかなかったふりをする。
「セキちゃんは?」
「聞く必要ある?」
ぎろりと睨み付けられ、実沙は苦笑する。
「行くに決まってるもんね」
「当然」
はっきりとそう言い返す彼女の心は、昨日から決まっていただろうから、言うべきことは何も無い。
それよりも、問題なのはこちらだ。
「というわけだけど、どうする?百合ちゃん?」
「……っ」
突然声をかけられた百合の肩がびくりと跳ねた。
それを見た実沙は、やれやれと首を竦める。
「あ。あたしも当然行くからね。っていうか、あたしと紀美ちゃん揃わないと、たぶん扉閉めらんないし」
「そういう理由で決めるのはどうかと思いますけど?」
「やっだなぁ。それだけのはずないじゃん」
紀美子の言葉に、実沙はパタパタと手を振った。
その瞳が、ほんの少しだけ細められる。
「あたしさ。中3まではほとんど友達いなかったから、こっちに残る意味ないんだよね」
呟いたのその言葉に、紀美子がはっと口を噤む。
その様子を見ていた赤美が、呆れたように息を吐き出した。
「今じゃ信じらんないわ」
「あっはは。ありがと」
「褒めてないんだけど」
けらけらと笑う実沙を見ていると、本当に信じられない。
事実、陽一と英里は驚いて目を丸くしている。
この明るい実沙が、ペリドットして目覚めるまでは内気で、常にひとりぼっちでいるような少女だったと、誰が想像できるだろうか。
もう一度ため息を吐いてから、赤美は視線を百合へと移した。
先ほどから黙ったまま下を向いている彼女を見て、目を細める。
そして、小さく、呟くような声で、告げた。
「別に、残ってもいいんじゃない」
その言葉に、側にいた紀美子が驚いたように彼女を見た。
「姉さん?」
「あたしたちには確かに精霊との盟約があるけれど、それはご先祖様が結んだもんだし。百合にはこっちに親戚がいるんだから、あっちのことだけに縛られること無いと思うよ」
赤美の言葉に、百合は慌てたように顔を上げる。
「でも、それは……」
「確かにあたしにも家族はいるけど」
百合が何を言おうとしてるのかを察したのか、美青がそれを遮るように口を開いた。
「あたしとあんたじゃ状況が違うでしょ」
その言葉に、百合はぐっと言葉を飲み込む。
美青は、そんな彼女を見つめたまま、淡々と言葉を続ける。
「あたしの家族は事情を知ってる。全部知ってて、話して、あたしは行くって決めたの」
美青の家族は、血の繋がった姉兄だ。
本来ならば力を受け継ぐはずだったのは姉で、それ故に、全員が自分たちの素性を知っている。
「あんたの家は?おばあさん側の親戚は、あんたのこと知ってるの?」
俯いたままの百合から視線を外して、美青はため息を吐く。
「だから別に、無理はしなくても……」
「無理はしてないわ」
強い口調で遮られたその言葉に、美青は驚いて視線を戻す。
見れば、百合が顔を上げ、真っ直ぐにこちらを見ていた。
「私も、行くわ」
はっきりとそう告げた彼女に驚く。
「本当にいいの?もうこちらには戻ってこられないかもしれないのよ」
「ええ」
少し口調を強めて尋ねたけれど、百合の表情は変わらなかった。
それを聞いていた実沙が、こてんと首を傾げる。
「だいじょぶ?たぶんもうほとんど猶予ないから、百合ちゃんちのいろんな手続き、してる暇ないと思うけど」
「遺言状なら、夕べ書いてきた」
思いも寄らない言葉が飛び出してきて、さすがの実沙もびくりと肩を跳ねさせた。
「あとは全部祖父の秘書に任せたわ。だから、大丈夫」
そんな彼女の様子も気づいていないのか、百合は拳を握り止めながら、はっきりとそう告げる。
「それに、私もみんなと同じ、ミルザの子孫なんだから」
「あたし別にミルザの子孫だから帰ろうとしてるわけじゃないけど」
「姉さん。ややこしくなるからそういうの言わないで」
呆れたように呟いた赤美の肩をぺちんと叩きながら、紀美子が制止する。
不満そうにぷいっと顔を逸らした姉を見て、紀美子が安堵の息を吐き出したそのとき。
「使命感だけで向こうに戻ろうとしているなら、辞めた方がいいと思うけどな」
その言葉は、思わぬところから発せられた。
「陽一先輩?」
鈴美の声に、他の誰もが声の主を認識する。
全員の視線を受けた陽一は、ほんの少しの間だけ目を伏せると、真っ直ぐに百合を見つめた。
「最初はお前たちを頼ってた俺が言うことじゃないかもしれないけど、血に縛られることなんて無いと思うんだ」
「王族のあんたがそれ言う?」
「王族だからこそだよ」
呆れたような赤美の言葉に、しかし陽一は真っ直ぐに答えた。
「俺は、国を継ぐように育てられたし、俺自身そうなろうと思って生きてきた。だから、国を継ぐことに異論は無いし、ちゃんとした王になりたいと思ってる」
こちらの世界で暮らしていたって、それは変わらない。
こちらで見聞きしたもので、役に立つのならば、どうにかして国に取り入れられないだろうかと考えながら生きていた。
「でもお前たちはそうじゃなかったんだろ?あるとき突然目覚めて、そうなろうとしてきただけで」
本来なら、彼女たちだって先代から聞いてそうなるように成長したのかもしれない。
けれど、こちらの世界で生きていた彼女たちは、目覚めるまでは本当に何も知らなかったのだと聞いている。
「だから、百合にとってこっちの世界が大事なら、別に残っても……」
「違うわ」
陽一の言葉を、それまで黙って聞いていた百合が遮る。
彼女はいつの間にか再び俯いていた。
「私にとって大事なのは、家でもこっちの世界でもない」
それでも、声ははっきりしていた。
「昨日いろいろ考えて、悩んで、どうしてこの学園を守ろうとしてたか考えたの」
百合はこの学園を守ることに頑なだった。
時々やりすぎではないかと思うくらいに、理事長の権限を振りかざすくらいに。
「そうしたら、単純に、みんながいる場所だからだって気づいたの。だから紀美ちゃんと鈴ちゃんが卒業した先が見えなくて、そのあと理事長を続けるかどうするか、決められないでいたんだと思う」
素直にそう告げた百合に、その場にいる誰もが驚く。
百合が、こんなにも素直に自分の気持ちを話す日が来るだなんて、たぶん誰も思っていなかった。
「だから、私もみんなと行くわ」
顔を上げてはっきりとそう言った彼女の顔に、迷いはなかった。
それを見た実沙が、丸くした目をぱちぱちと瞬かせてから、ふうっとわざとらしく盛大に息を吐き出す。
「最初っからそう言えばいいのに、百合ちゃんも素直じゃないよね」
「うるさいわよ、実沙」
「顔真っ赤にして言われても怖くありませんー」
ぎろりと自分を睨んでくる百合の視線を受けても、実沙はけらけらと笑うだけだ。
百合は、確かに赤くなっている顔を隠すように、再びぷいっと俯いてしまった。
「それじゃあ、全員一致で問題ないね」
ひとしきり笑ってから、実沙は笑顔のまま全員を見回す。
その場にいる全員が頷いたのを見ると、実沙はにっこりと笑った。
「じゃあ、行きましょうか?リーダー?」
突然声をかけられた赤美は、思わずきょとんしとして実沙を見返す。
少し間を置いて、漸く何を言われたのかを理解して、思い切りため息を吐き出した。
「いきなりあたしに投げないでくれる」
「だってセキちゃんリーダーじゃん」
ぷくっと頬を膨らませる実沙に、可愛くないと返しながら頭を掻く。
そんな風に言われなくたってわかってる。
「あー、はいはい。じゃあみんな、封印を解いて……」
「あ、あのさ」
赤美が号令をかけようとしたそのとき、思わぬところから思わぬ声が聞こえた。
一瞬、全員の動きが止まる。
「あ」
最初にそう言葉を発したのは実沙だった。
そんな彼女の反応を見て、陽一が盛大にため息を吐く。
「お前ら忘れてただろう?」
新藤は、ずっと部屋の隅で話を聞いていた。
口を挟んではいけないと思っていたから、ずっと黙っていただけだったのだ。
けれど、ここで声を発しないといけない気がした。
だから口を開いた。
たぶん、赤美にめちゃくちゃ怒られることを覚悟で。
「お、俺も一緒に行けないかな?」
「はあ?」
勇気を出してそう告げた途端、赤美に思い切り睨み付けられる。
しかもその声は、滅多に聞かない超低音だ。
絶対零度を思わせるその声に、びくりと体が震えた。
「姉さん、顔」
「本気で言ってるのか?悠司」
すっかり慣れきっている紀美子が冷静にそう姉を諌める中、尋ねたのは陽一だった。
まさか新藤がそんなことを言い出すと思っていなかった彼は、本当に驚いた顔で彼を見ていた。
「あ、ああ。足手まといかもしけないけど、俺だって手伝いくらい……」
「無理」
言いかけた言葉は、赤美にばっさりと切り捨てられる。
「で、でもさ」
「無理なもんは無理」
「ちょっと姉さん!」
「紀美ちゃん、ここは赤美先輩が正しいわ」
あまりにもはっきりしすぎる物言いを見かねたのか、紀美子が赤美を止めようとする。
けれど、鈴美がそれを止めた。
「き、決めつけなくったって」
「いやぁ、決めつけるわぁ」
「実沙先輩!」
「だって新藤くん。道具なしで、その辺に落ちてる枝とか葉っぱだけで火、起こせる?」
「へ?」
実沙の問いに、新藤は完全に固まった。
庇おうとしていた紀美子も、「あ」と声を漏らして固まる。
「食べられる野草と食べてはいけない野草の区別は?」
「え?」
「ランプの使い方とか」
「え、え?」
「魔物と出会ったときの対処法」
「え、と……」
「日本以外の読み書きと会話」
百合、沙織、英里、美青、それぞれから問いかけられても、新藤は答えることができない。
ただ困惑して、ついには黙り込んでしまう。
「ほら。無理でしょ?」
完全に固まってしまった新藤を見て、赤美はやれやれと肩を竦めた。
「悠司」
そんな新藤の肩に、陽一が手を乗せ、声をかける。
「陽ぅぅぅ」
「悪いこと言わないからやめとけ。便利なこの国に慣れきったお前が、俺たちの世界に突然行こうなんて本気で無理だから」
縋る思いで視線を向けた新藤に、陽一が容赦なくとどめを刺す。
てっきり親友の彼ならば擁護してくれるだろうと思っていた新藤は、それで完全に心が折れてしまった。
「だいたいなんであんた、わざわざついて行きたがるわけ?昨日散々怖い思いしたでしょうに」
床に崩れ堕ちてしまった新藤を見て、赤美が盛大にため息を吐く。
その言葉を聞いた瞬間、新藤は顔を勢いよく上げ、怒鳴りつけるように叫んだ。
「お、お前がそんな危険なところに言って、しかも帰ってこれないなんて言うからだろ!!」
「は?」
「え?」
赤美が目を丸くして聞き返したところで、漸く自分が叫んだことに気づいたらしい。
新藤はさっと顔を青くすると、慌てて赤美から視線を逸らした。
「何それ?なんで赤美が関係あるわけ?」
「あー……」
沙織が不思議そうに首を傾げたところで、彼の言葉の意味を察したらしい英里が困ったように親友から視線を逸らす。
「悠司、お前……」
「えっと、その……」
見かねた陽一が声をかけ、新藤が何か言い訳を探そうと必死になっていた、そのとき。
「意味わかんないし。なんであたしが故郷に帰るのに文句があるんだか」
「え」
赤美本人から発せられた思いも寄らない言葉に、新藤は再び固まった。
「姉さん、それ本気で言ってるの?」
「は?」
側にいた紀美子が、ぽかんとした表情で尋ねる。
振り返った赤美は、本当にわからないと言わんばかりの表情を浮かべていて、紀美子は思わず頭を抱えたくなった。
「えー……」
「ベタな展開っちゃ展開なんだが、赤美、お前それ素で言ってるのか?」
「陽くんと紀美ちゃんは人のこと言えないよねー?」
「……はい」
「ごもっとも……」
実沙にツッコミを入れられ、紀美子と陽一は揃って顔を背けた。
そんな2人の様子にも、赤美は首を傾げるだけだ。
「いったい何?」
「あんた、人のはすぐ気づくのにね」
「なに?美青まで」
親友にまで呆れたようにそう言われてしまえば、赤美もさすがに腹が立ってくる。
「というか、お前最近やたら赤美にちょっかい出すなと思ってたけど」
「……泣きたい」
しゃがみ込んだ陽一に囁かれた新藤は、床に両手をついたまま、本当に泣きそうな声で呟いた。
あまりにも哀れなその姿に、察した少女たちは顔を見合わせる。
赤美と沙織だけが、不思議そうに首を傾げていた。
「とりあえず、待ってればいいんじゃない?」
見かねたらしい美青が、ため息交じりに口を開いた。
その言葉に、新藤は今にも泣き出しそうな顔を上げる。
「帰ってこられなくなるかもっていうのも、可能性の段階だし。もしかしたら杞憂に終わるかもしれないしね」
ふわりと微笑んでみせた途端、新藤の目からどばっと涙が溢れ出した。
「音井が優しく見える……」
「一応、ありがとうって言っておくわ」
少し引き気味になりながら、美青はなんとか笑顔を浮かべたまま答えた。
立ち上がろうとした新藤の肩に、再び陽一が軽く手を乗せる。
「もし俺たちが帰ってこられたら、遊びに行こうか、悠司」
「陽ー!!お前も優しいよなあぁぁぁ」
思わず抱きついてきた親友の背中をあやすように撫でながら、陽一はこっそりとため息を吐いた。
「マジで何なの一体」
「いやー。それ本気で言ってるならセキちゃんは今は気にしなくてもいいと思うな」
不思議を通り越して嫌悪の籠もった目で陽一に抱きつく新藤を睨み付ける赤美に、実沙は呆れたような視線を向け、苦笑いを浮かべた。
「本当に何なんだろうね」
「沙織……。お前もそれ、本気か?」
「え?」
同じく首を傾げた沙織に、英里はどうしたらいいのかと天井を仰ぎ、片手で目を覆ってため息を吐いた。

2017.08.05