SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

41:女神降臨

空にあれほどいた魔物たちの姿が、綺麗さっぱりなくなった。
城壁の向こうも静かになり、魔物を踏み荒らしていただろう竜の姿も、もうない。
辺りは、先ほどまでの喧噪が嘘のように静まりかえった。
「終わった、のか……」
「はい、リーフ殿下」
ぽつりとこぼした言葉に、しっかりとした声で答えたのは、セレスだった。
「全て終わりました」
その声は、魔道具の拡声器に乗り、城門前広場へ届く。
「真の魔王は倒れ、魔物の驚異も去りました。全部、終わったんです」
その声は、とても凛々しい。
「セレス……」
リーフは改めて側に立つ彼女を見た。
服はところどころ破れていて、顔や足にも擦り傷のような怪我が確認できる。
けれど、酷い怪我はしていないようで、立ち姿には不安を感じることはなかった。
その姿を見ていると、目尻に涙が溢れてくる。
信じていた。
けれど、本人と再会して、漸く安堵が心に染み渡る。
「よく、無事で……っ」
そう、心からの言葉を伝えた途端、セレスが驚いたように目を見張る。
そうかと思うと、その表情がくしゃっと崩れた。
「リーフさんも、目が覚めてよかった……っ!」
その黄色の瞳から、ぽろぽろと涙が零れる。
思わず手を伸ばせば、彼女はそっと身体を寄せる。
リーフの怪我を気遣うその姿に申し訳なさを感じながら、彼は恋人である彼女を抱きしめた。



テラスにいる2人の姿を、ルビーは城壁の上から見つめる。
あのリーフが、状況を忘れてしまうほど、セレスを心配していた。
普段は公の場だとああいったことを避けるセレスですら、リーフの回復を喜び、涙を流している。
「……あとでちゃんと謝っとかないと」
「あれは、あんたじゃないでしょ」
何のことか見抜いたタイムが、呆れたようにそうつっこみを入れてくる。
けれど、ルビーは静かに首を振った。
「あれも、ちゃんとあたしだよ」
リーフに致命傷を与えた、もう1人のルビー。
あれが、可能性の世界の自分だという事実は揺るがない。
事情を説明したときには、リーフは昏睡状態に陥っていたから、直接話をしてはいないのだ。
だから、周りになんと言われようとも、一度話をしなければ。
そんなことを考えていたら、頭をぺちんと叩かれた。
「って!」
「あんまり抱え込みすぎると怒るよ」
タイムにぎろりと睨まれる。
「うへぇ?」
「うへぇじゃないわ。あんたそういうの気にしすぎなの」
そんなことはないと思う。
だってルビーはただ、責任をとりたいだけなのだ。
「ルビーちゃあああん!!」
そんな話をしていたら、突然空から声が聞こえた。
はっと顔を向けると、勢いよく飛んでくる若草色と水色の物体。
「ペリート」
「2人ともさっきも大変だったのに何また無理してんの馬鹿ああ!」
板状に変形させたオーブの上から、ペリドットが思いきり叫ぶ。
そのまま城壁の上、2人の側に飛び降りると、そのままずいっと顔を近づけ、2人を睨みつけた。
「あたしたちだけで何とかしたのに、そんなにあたしたち頼りない!?」
一瞬、何を言われたのかを理解することができなかった。
少し時間をかけて頭の中で噛み砕いて、漸くぼろぼろの身体に鞭を打ってサラマンダーとウンディーネを召喚するという行為の無謀さについて怒れているのだと気づく。
気づくと同時に、2人して吹き出してしまった。
「ごめんごめん。そういうわけじゃないんだけど」
「ちょっといきなりすぎて、連絡してる時間がなかったんだよね」
「へ?」
そう。本当は最初の予定のとおり、2人とセレスはリーフの護衛につくつもりだったのだ。
それがあんな形になったのは、自分たちの意志ではなかったから。
「さっきみんなと別れた後、あたしたちにさっきのやれって言ってきたの、あちら」
「え?」
そう言ってルビーが示したのは、空。
ペリドットが釣られるようにそちらを見たその瞬間、それを待っていたかのように空に光が溢れた。
『王都に集いし人の子よ』
聞こえてきたのは、涼やかな、けれど芯を感じさせる女性の声。
光の中から舞い降りるように女性が現れる。
白い衣に身を包み、金色の髪をしたその女性を、誰もが見たことがあった。
女性本人をではない。
よく似た姿の石像を、教会や街の中で見かけていたのだ。
『こたびの災厄を、よくぞ乗り越えてくれました』
そう言ってにきりと微笑んだ女性の姿に、ペリドットは息を呑み、声を上げた。
「マリエス様!?」
「そう。さっきのは我らが精霊神からのご依頼です」
マリエス。
精霊神。
この世界では知らない者はいない名前を含めた会話は、発動されたままの風の魔力によって、城門前広場に届く。
何人かが驚き、その名を口にしたのだろう。
ほんの一瞬だけ広場にざわめきが広がった。
『我らの宿る大陸の守り手よ。そなたたちの協力に感謝します』
けれどそれは、誰の耳にもはっきりと届く、人とは違う響きを持った声に遮られる。
マリエスの顔は、城門に、そのテラスに立つリーフとミューズに向けられていた。
広場の隅にいる人々にも、その光景がはっきりと見える。
『そしてミルザの血を引く愛し子らよ。よく彼の倒すことのできなかった魔王を倒してくれました』
「……ん?」
「フェリアさん、しーっ」
マリエスの言葉に違和感を感じて首を傾げたフェリアを、セレスが制した。
『災厄の元である魔王は倒され、魔物の驚異も去りました。もうあなた方が、恐怖に怯える必要はありません』
マリエスが、今度は広場の人々に顔を向け、語る。
実はマリエスも、リーフたちの様子を見ていたのだ。
そして、ここに来る前に、口裏を合わせて邪神を魔王と呼ぶことにした。
魔道具に声が乗らないように気をつけながら、セレスがテラスにいる者たちにそう説明する。
『ミルザの血を引く7人の勇者に、新たな加護を。そして、彼女たちを支えた大陸の守り手の一族に、我らの加護を授けます』
そう言って、マリエスは両手を空へと掲げた。
それに答えるかのように、上空に5つの光が現れる。
現れた光は、ひとつひとつが膨れ上がったと思うと、それぞれ人の姿を取った。
茶色と紫の光は男性、緑と黄色の光は女性。
白い光から現れた者は、男性とも女性ともつかない姿をしていた。
そこに炎のトカゲと人魚が加わり、彼らもまた人へと姿を変える。
「七大精霊……」
呟いたのは、誰の声であっただろうか。
『リーフ=フェイト=エスクール。次代の新たな守り手よ』
その涼やかな声に呼ばれたのは自分だと、彼は最初は気づかなかった。
「は、はい」
セレスに腕を軽く叩かれて、彼は漸く返事をする。
マリエスは気を悪くした様子もなく、微笑んだ。
『命を懸け、ミルザの子らを信じた汝には、わたくしから新たな加護を。その心が続く限り、我々は汝とその子孫を見守り続けましょう』
そう言ってマリエスは手をかざす。
その手から、淡い光が溢れ、テラスに降り注いだ。
何か変化があったようには思えないけれど、これが加護をもらったということなのだろうか。
『そして、かつて魔王の手の者に翻弄され、今はミルザの子と次代の守り手を信じ、守り続けた者……アマスル=ラルとリーナ=ニールと言いましたか』
「え?」
「は、はい。リーナ=ニール=MKと申します」
まさか彼女たちに声がかかると思っていなくて、本人たちはもちろん、リーフも驚きの声を上げた。
マリエスに促され、2人は城門の中からテラスに出る。
リーフたちが後ろへ退けば、その姿は自然と民の前に晒されることとなった。
戸惑う2人に向け、マリエスは再び微笑む。
『汝らと、汝らがここに留まることを許した幼き王にも新たな加護を。汝らがミルザの子孫を信じ、その絆を守り続ける限り、我々が汝らを見守ることを約束しましょう』
「シルラ……陛下も……?」
まさか出てくるは思わなかった、ここにはいない弟の名に、アールだけではなく、リーナも驚く。
それはマジック共和国の国王一家に、精霊神が代々加護を与えると宣言したようなものだ。
アールの言葉に、マリエスは深く頷いた。
『あなた方の、その心に感謝します』
その言葉が、今後どのような影響力を世界に与えるか。
思わず息を呑んだアールは、けれどそれを民衆に悟られないよう、マリエスに向かって深々と頭を下げた。
『そして、次代の守り手の側にいる、妖精神の血を次ぐ者よ』
「は、はい」
びくりと身体を跳ねさせたティーチャーは、それまでかけていた呪文を解き、姿を見せる。
小さな彼女の姿は、きっと城門前広場の人々からは見えず、魔道具に乗った声だけが聞こえているのだろうけれど。
『あなたには、先代の力を継ぎ、次代の妖精神になることを命じます』
「え……」
まさか今そんなことを言われるとは思わなかったのだろう。
ティーチャーは目を丸くしてマリエスを見上げる。
『その日まで、水の勇者をこれまで以上に支えてあげてください』
「は、はい!謹んで拝命いたします、マリエス様!」
こくこくと頷くティーチャーの姿に、リーフはふと顔を動かして城壁の上を見る。
そこにいる水の勇者タイムの表情は、俯いてしまっていて、ここからは見ることできなかった。
『そして、ミルザの血を引く、火と水の子よ』
マリエスの声に、タイムは顔を上げた。
ずっと精霊神に視線を向けていたルビーは、ただ黙って彼女を見つめ返す。
『あなた方の覚悟に、我々は感謝します。あなた方の決断がなければ、この結末は起こりえなかったでしょう』
その言葉の意味は、精霊たちと2人にしかわからない。
『火の勇者よ。あなたの覚悟に最大の敬意を。水の勇者よ。あなたの献身に最高の誉れを。願わくは、その命のある限り、精霊の主として、その身を尽くされんことを』
2人は言葉を発することなく頷いた。
それを見たマリエスは、満足そうに笑う。
『これからの我々は、7人の勇者を通して人々を見守り続けましょう』
両手を広げ、掲げたマリエスの、その手のひらから光が降り注ぐ。
その優しい光が、人々に舞い降り、包み込む。
人々がそれに気を取られている間に、精霊たちはその姿を光に変え、どこかへ飛び去っていく。
最後にマリエスは、最初と同じように光に包まれ、空に溶けるように消えていった。
「精霊神が、人の前に現れるなんて……」
「それくらいの事態だったということなのですね……」
ミューズの呟きに、言葉を返したのはエルトだった。
その声が、魔道具に乗って人々に届く。
「終わったのか……、全部……」
リーフがぽつりと呟いた。
「はい、終わりました」
それに、セレスが答える。
「そう……か……」
その途端、リーフの身体がぐらりと傾いた。
「リーフさん!?」
「兄様!?」
驚いたセレスが声を上げ、倒れる彼を抱き留める。
そこで初めて、リーフの身体がとても熱いことに気づいた。
「酷い熱……っ」
「エルト!急いで医療班に連絡を!兄様を搬送します!」
「はい、殿下!」
頷いたエルトが、門の中に飛び込んでいく。
「ルビーちゃん!?」
それとほぼ同時に聞こえた声に、テラスにいた者たちは驚き、そちらを見た。
「ちょっと!ルビーちゃんしっかり!」
叫んでいたのはペリドットだ。
その腕には、倒れこんだようにルビーがもたれ掛かっていた。
「なんだ?」
「姉さんも大怪我してるんです!」
「えっ!?」
セレスの言葉に、リーナが声を上げる。
そう。本当は、ルビーはこんな大立ち回りをしていい状態では無かったのだ。
それでも、リーフたちの陥った状況をなんとかするために、ここにきた。
「あいつも無茶苦茶だな……」
アールが、思わずそう呟いたそのとき。
「お前たちは戻りなさい」
門の中から声がした。
ミューズが驚き、そちらに顔を向ける。
「父上」
「あとは私が引き受けよう」
そう言ってテラスに現れたのは、今まで控えの間から外の様子を見守っていたリミュートだった。
それまで息子の意志を尊重して、口を出すことなく待機していた国王は、王太子の身体が限界に達したのを見て、腰を上げた。
「ですが……」
「ここから先は、私の仕事だ」
戸惑うミューズに、リミュートははっきりとそう告げた。
その言葉に、そこ含まれた優しさに、ミューズはふっと息を吐き出した。
「わかりました。ありがとうございます」
頭を下げると、セレスからリーフの身体を受け取り、横抱きにして歩き出す。
少し驚いた様子のセレスも、リミュートに頭を下げ、テラスから出て行った。
その姿を見送ったリミュートは、ふとテラスにアールが残っていることに気づく。
リーナとティーチャーは2人を追いかけていったのに、彼女だけは何故かこの場に留まっていた。
「アマスル殿下、あなたも行かれないのか?」
「ディオン団長補佐殿も言ってしまったのです。1人くらい、護衛が必要ではありませんか?」
薄く微笑んだアールの言葉に、リミュートは目を瞠る。
そこに悪意がないことは、目を見ればわかる。
彼女は、友人の父親を純粋に守ろうとしているのだ。
それに気づいて、リミュートもふと表情を和らげた。
「それは助かる。では、お言葉に甘えさせていただきましょう」
「謹んで拝命いたします」
アールが恭しく頭を下げる。
それに頷くことで答えると、リミュートは手すりの向こう側、城門前広場へ向き直った。

2023.7.23