SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

42:卒業式

青空に雲が浮かんでいく。
冬と言うほど寒くなく、春と言うほどには暖かくない微妙な気温。
魔燐学園は本日、高等部の卒業式を迎えていた。
校舎の中から、別れを惜しむ賑やかな声が聞こえる。
校庭にも大勢の生徒がいて、別れを惜しんだり記念写真を撮ったりと様々な光景が広がっていた。
それを屋上から眺めている赤美自身の胸にも、卒業生を示す造花のバッジが飾られている。
今日で、この学園の制服に手を通すのも最後なのだ。
赤美は、妹の紀美子が卒業するまでの1年間、姉妹で住んでいる学生寮に留まる許可をもらっているけれど、他の学友たちはここを巣立っていく。
大学進学でこの町を離れる者、地元に帰る者、様々な道へと進んでいく彼らと会うことは、もう二度と無いだろう。
1年後、紀美子が卒業したら、2人は一緒に異世界へ帰るのだから。
「またね、か」
冷たい嘘を吐いてしまったなと思いながら呟く。
二度会うことができないなんて、正直に言うこともできないのだから仕方ないけれど。
「赤美」
ぼんやりとそんなことを考えていたら、背中に声をかけられた。
振り返れば、そこには自分と同じ卒業生のバッジをつけた親友の姿があった。
「こんなところにいた」
「美青」
手すりにももたれ掛かっている赤美の元に、美青は早足で近づいてきた。
隣に立ち、同じように手すりに手をかけ、こちらを見る。
「クラスのみんなが探してたけど」
「ああ、記念撮影?」
「あんたが来ないと撮れないって」
「別に欠番でいいのに」
ぷいっと顔を背け、校庭の方に視線を戻す。
その途端、美青が大きなため息を吐いた。
「すっかり卑屈になっちゃって」
「はあ?一体誰が……」
反論しようとして、言葉を止める。
自分では、卑屈になったつもりは無かったけれど。
「……いや、そうかもしれない」
そう呟いた途端、美青が大きく目を見開いて、丸くした。
それに気づいて、赤美はぎろりと彼女を睨む。
「何?」
「あっさり認めるなんて珍しい」
その言葉に、赤美はむっと眉を寄せた。
「どうせあたしは素直じゃないですよ」
「はいはい、ソウデスネ」
美青がくすくすと笑う。
数週間前には、この日常が戻ることはないと思っていた。
けれど、自分たちは何とかこちら側に帰ってきて、無事に高校を卒業することができた。
そして、明日からはそれぞれの人生に向かって歩き出す。
「……美青はさ、明日からどうするの?」
本当は知っていた。
けれど、もう一度聞いてしまったのは、きっと不安があったからだ。
ちらりと赤美の顔を見た美青は、両手を空に向け、伸びをする。
「シンガポールの実家に帰る。1年間、向こうで姉さんたちと暮らす予定だよ」
見上げた空は、何処までも美しい蒼だった。
「次向こうに帰ったら、本当に今生の別れだし」
「……そうだね」
ため息交じりにそう答えて、赤美は目を伏せた。



インシングからこちらに戻ってくる前に、彼女たちは2人だけで精霊神マリエスにもう一度会いに行った。
その時にマリエスと、それに居合わせたというか、きっと気づいてやってきたのだろうセラフィムに言われたのだ。
「今アースに住んでいる皆さん全員の移住が終わったら、アースに繋がる次元の扉を完全に封じてください」
にっこりと笑ってそう告げるセラフィムの言葉に、息を呑む。
ここを訪れたのは、アースに帰るために、セレスとペリドットが無理矢理閉じたゲートを、再び開放してもらうためだったのに、そんな話をされるとは思わなかったのだ。
「完全に、ということはアースへの『道』を切り離して二度と開かなくする、ということ?」
「はい」
ルビーの問いに、セラフィムは笑顔のまま頷いた。
「精霊たちがあの世界への次元の扉を開いたのは、ミルザの……創造神の血を引く人の子の血を絶やさないための緊急避難でした。邪神の脅威が去った今、向こう側へ世界を繋げておくことはできません」
「できない?」
「向こうの技術がこちらに流れ込むことは、世界のバランスを乱し、世界を崩壊に導いてしまう可能性があるのです」
タイムが「えっ」と小さく声を上げる。
技術の持ち込みなんて、リーフがやってしまっていたことではないか。
それに気づいたセラフィムが慌てて胸の前で手を振った。
「ああ、もちろんリーフ殿下が持ち込んだ法律とか、そういう人間のルールに関しては難も問題ありませんよ。問題はカガクとやらの方です」
カガク。化学。
おそらくはアースの機械文明のことを指しているのだろう。
確かに魔法文明とは相反しそうだな、などと適当なことを考えながら、ルビーはセラフィムに話の続きを促す。
「創造神の遺した記憶に、この世界が出来上がる以前の旧世界は、魔法とカガクが入り交じった世界で、それ故にバランスを乱して崩壊した、という記述があるのです」
そんな話は聞いたことがない。
そう思いながらルビーはちらりとタイムを見る。
視線に気づいたタイムも、首を横に振った。
『おふたりがご存じないのも無理はありません。これは創世の四神とセラフィム殿にしか伝えられていない記録とのお話。私たちに告げられたのも、先代の勇者たちの命の危機の際でした』
2人の様子に気づいたマリエスが口を挟む。
先代の勇者の命の危機なんて、本当に二十数年前程度の話ではないか。
「マジック共和国の魔道具のように、この世界の中で緩やかに育つ技術であればともかく、他の世界の極端な技術を持ち込むことは許されません。そして、それを防ぐのは、あなた方の義務です」
「……いけしゃあしゃあと」
「それが私なので」
ぼそりと悪態を吐けば、セラフィムはとてもいい笑顔で笑った。
ルビーの考えたとおりであれば、二十数年前、イセリヤによって皆殺しにされそうになった先代をアースに逃がすよう精霊たちに支持したのは、おそらくこの男なのだ。
そうでなければ、精霊たちにゲートが開けたはずがない。
元々ゲートは、人間界と精霊界のような、このインシングの中に存在する大地同士を行き来するための呪文で、インシングを外の世界に繋げるための呪文ではなかったのだ。
「ルビーさん。女神の力を継いだ今のあなたであれば、次元の扉を完全に閉じ、アースとこちらの繋がりを断つことはできるはずです」
そこでルビーの『受け継いだ』力の話を持ってくるということは、やはり元々のゲートの呪文とは、ルビーが考えていたものだったということか。
「……今、あたしたちが使うゲートは、元々あったゲートという呪文の力の方向を、異世界に無理矢理向けた、という解釈であってる?」
「はい。さすがです」
にこにこと笑うセラフィムを見てといると、ため息しか出てこない。
「……わかりました」
大きなため息を吐いたルビーは、顔を上げて彼を見る。
「今向こうに住んでいる9人全員の移住が完了したら、あたしが責任を持って、アースとインシングの道を断ちます」
タイムがこちらに視線を向けたのがわかる。
言いたいことは解っている。
けれど、セラフィムのいうことも解ってしまうから、最初から断ることなどできなかった。
「よろしくお願いしますね」
セラフィムは満足そうにそう言うと、セレスとペリドットが無理矢理閉じた、不完全なゲートの封印を解除するため、その場から姿を消した。



そういう理由で、今後数年以内に、アースとインシングの繋がりは完全に断たれることになっているのだ。
そして、このアースとインシングのゲートが完全に閉じるという話は、仲間たちにもしておいた。
理由や赤美自身がそれを実行するのだという部分は、伏せてしまったけれど。
「みんなはどうするんだって?」
「沙織と英里、実沙は予定通り、寮の退去したらインシングに戻るって。暫くは英里の実家のメンテして。実沙はその後住む場所を探すって言ってたかな」
英里は元々、こちらには2年半しか暮らしていない。
ときどき戻っていたようだし、インシングの方が時の流れが遅いから、家の修繕もそこまで苦労はしないだろう。
「陽一はしばらく療養かな」
「即位の準備もあるだろうけど、無理はするなって釘は刺しておいた」
王城の演説用テラスで倒れた後、リーフ―――陽一はしばらくの間、ベッドに伏せっていた。
本来は絶対安静のところを無理してしまったのだから、仕方が無い。
2週間ほど前に卒業準備を理由に学園に復帰したけれど、完治はしていないから、調子が悪そうなのを周囲に心配されていた。
「あたしは1年紀美を待つし、鈴ちゃんももう1年高校生活があるし、美青はシンガポールか」
「百合もあと1年はこっちにいるだろうしね」
臨時措置として祖父の秘書に任せてしまったことを、自分の手で片付けたいと言って、百合は今、再び理事長の席に座っている。
紀美子と鈴美が卒業をするまではこのまま理事長を続け、2人が卒業したら、祖父から相続したものを全て親戚に贈与して、それからインシングへ戻るつもりだと言っていた。
「ずっと一緒に居るのも、今日で最後か」
「母さんたちも、故郷はばらばらだったもんね」
赤美、紀美子姉妹の両親と美青の母は、同じクラーリア村で生まれ育った幼馴染だった。
けれど、沙織の母は元々ホルバの出身であったし、他の3人もそれぞれエスクール国内の別の町に住んでいたのだ。
「紀美の卒業までに、向こうの住む場所も探しておかなくちゃね」
「余裕があったらあたしの家も探しておいてよ」
「えぇ!?……別にいいけど」
「今のは嫌な反応じゃないの?」
2人してくすくすと笑い合う。
「あー!いた!!」
そうしていたら屋上の扉の方から声が聞こえた。
「セキちゃん!美青ちゃん!こんなところにいた!」
「実沙」
振り返れば、セミロングの髪をポニーテールに結い上げた友人が、こちらに向かって手を振っている。
その後ろにもう3人、よく知る友人の姿があった。
「ったく。美青は赤美を探しに行ったくせに、なんで2人して戻ってこないのよ」
「変なところで似た者同士だよな」
沙織がため息を吐き、英里がくすくすと小さく笑った。
戦いが終わったばかりの頃は、また少し赤美のことを警戒していた沙織も、今ではすっかり元の対応に戻っていた。
それに密かに安堵していることに気づいて、赤美はこっそり苦笑する。
「ごめんごめん」
気づかれないようにわざと大きな声で返事をして、美青と共に歩き出す。
ふと、1人だけここにはいない友人の姿に気づいて、首を傾げた。
「陽一は?」
「階段が辛いって、新藤と教室で待ってるわ」
「あ。それはマジごめん」
答えた百合に、反射的に謝った。
「本人に言いなさい」
そう怒られて、素直に「はい」と返事をする。
「早く戻ろう。クラスの集合写真を取ったら、今度は理事部の写真だよ」
実沙が笑顔で手招きする。
それに笑顔で答えた、赤美の方をぽんぽんと美青が叩いた。
「そういえば赤美」
「ん?」
「あんた、向こうにも戻る前に、ちゃんと新藤に結論出してあげなさいよ」
「はあ!?」
耳打ちされたその言葉に、赤美は思わず声を上げる。
それを聞いた友人たちが、不思議そうにこちらを振り返った。
「どうかした?」
「な、なんでもない!」
沙織の問いに、叫ぶように返事を返すと、赤美はそのまま扉の中に飛び込んでいく。
不思議そうな顔をする4人の後ろで、美青だけが1人、くすくすと笑っていた。

もう一度見上げた空は、何処までも青くて。
願わくは、これからはみんなの心に、ずっとこんな空が続いていればいい。
いつか来る、別れの日まで。

2023.7.24