SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

40:心を叫ぶ

エスクール王都の王城。
その城門の扉の上に、バルコニーがある。
王城から城下に向かって言葉を伝える際に使用されるその場所の扉の前に、リーフはいた。
ふうっと大きく息を吐き出す。
体が重い。
立っているのも、本当はやっとだ。
いつのも軽装とは違う、公式な衣装も重くて、辛さに拍車をかけている。
「兄様」
声を掛けられ、顔を上げる。
ミューズが心配そうな顔で覗き込んでいた。
ふっと息を吐きだすと、何とか笑顔を浮かべて見せる。
「大丈夫だ」
やせ我慢から出た言葉だ。
もちろん、それはミューズにも分かっているだろう。
少しだけ眉を潜めた彼女は、けれどそれ以上は何も言わなかった。
「失礼いたします、両殿下」
狭い控えの間にあたる空間に、リーフの自由兵団長での副官であるエルト=ディオンが入ってくる。
扉のない部屋の入口で頭を下げた彼に、入室を促すと、彼は2人の側までやってくる。
「準備が整ったそうです」
「そうか」
それを聞いて、リーフはもう一度息を吐き出した。
ぎゅっと目を閉じる。
気を静めるが、身体の痛みは無視できないものになっていた。
「ティーチャー、頼む」
「はい、リーフさん」
目を開けて、側に控えていた妖精に声をかける。
彼女は心得ていたように手をかざし、回復の呪文を唱える。
淡い光が、リーフの身体を包んでいく。
その光の暖かさに、リーフはほうっと息を吐き出した。
「ありがとう。少し、楽になった」
「この後も、辛そうだったらばれないように回復呪文をかけますね」
「ああ、頼む」
拳を握って胸を叩くティーチャーに頼もしさを感じながら、リーフは立ち上がった。
「フェリア。エルト」
「ああ」
「護衛はお任せください」
近衛兵の制服を身につけたフェリアが頷き、エルトが頭を下げる。
「ああ、よろしく頼む」
頷いたリーフは、そのまま隣に立つミューズを見た。
「じゃあ、ミューズ」
「はい、兄上」
頷いたミューズが手を差し出す。
その手を取って、城下を見下ろすテラスに目を向ける。
「行くぞ」
こくりと頷いてミューズは先に歩き出した。
出て行く子供たちの背を、共に控えていたリミュートが見送る。
「陛下」
歩き出そうとはしない王に、声をかけたのはエルトだった。
「よろしいのですか?」
「ああ、よいのだ」
テラスに出るのは、リーフとミューズ、護衛につくフェリアとエルト、ティーチャーの5人。
リミュートは、アールとリーナの義姉妹とともにこの控えの間に残る。
テラスにはそう何人も出ることができない。
だから王は、後継者たちを見守ることを選んだのだ。
その視線を背中に受けながら、リーフはテラスに足を踏み入れる。
腰ほどまでの高さしかない手すりの前に立ち、そこから見える街並みを見下ろした。
自分が姿を見せたことで、城門前に集まった人々がざわざわと騒ぎ出したのがよく見える。
ここに、こうやって立つのは、いつ以来だっただろう。
演説をするために立つのは、もしかしたら、ダークマジック帝国が倒れた知らせを、王都中に知ってもらうために立ったとき以来かもしれない。
「ミューズ、頼む」
手すりに設置されている魔道具の前に立ち、隣にいる妹に声をかける。
ミューズは黙ったまま頷くと、その魔道具に手をかざした。
これは魔力を送り込むと、風の呪文が発動し、城門前広場に声を届ける拡声器となる魔道具だ。
はめ込まれている魔石に、起動の印である光が灯ったことを確認すると、リーフは息を吸い込んだ。
「エスクールの民、そして、他国からの客人たちよ」
魔道具がリーフの声を吸い込み、風に乗せて広場へと運んでいく。
「此度の魔物の動きがおかしくなっている件について、皆に不安を抱かせていること、本当に申し訳ない」
リーフはそのまま頭を下げる。
王族として、簡単に頭を下げることは褒められたことではないのかもしれない。
けれど、帝国に国が占領させていた時代から、リーフはそうして心を示してきた。
城下の民も、リーフのその姿に驚く者はいない。
驚いているのは、各国の使者や旅人ばかりだ。
「この騒動の、魔物たちの狙いが、私ではないかという噂が広まっていることも知っている」
広場にざわめきが起こる。
その様子を見つめたまま、リーフは改めて息を吸い込んだ。
「今この場で、我々が知り得たことを、すべて話そうと思う」
そしてリーフは話し始める。
1000年前に世界を支配しようとした帝国の魔王イセリヤが、世界の創世記に封印された真の魔王を復活させようとしていたこと。
ミルザがそれを阻止して、邪神を再封印したこと。
そして、今また復活し、2年前にミルザの血を引く勇者たちによって倒されたイセリヤが、真の魔王の復活を目論んでいたこと。
そして、復活のためにミルザの血筋の人間を生贄にする必要があり、勇者の血筋の者が無差別に狙われていたこと。
エスクール王家にも、実は僅かだがミルザの血が流れていて、その中でもリーフの力を特別だとして王都を襲撃していたこと。
全て、勇者たちが精霊神から聞いた話だと言って、民に語る。
「ミルザの子孫を探していたから、魔物たちは国中を襲撃していた。実際に魔物は勇者の子孫たちが暮らす国にも魔物を差し向けている。だから彼女たちは、私と共にこの国に帰ってきた」
再び城門前広場にざわめきが広がる。
「魔物が私を、そして勇者たちを狙うのは、真の魔王復活のための生贄を求めているからだ。人の世を憎むという魔王が目覚めれば、人類存亡の危機となる」
ふうっと息を吐き出す。
いちいち息をついてしまうのは、心を落ち着かせるためでもあったが、傷が痛むからだ。
そのたびに、姿を消して側にいるティーチャーが回復呪文をかけてくれている。
ほんの少しだけ体力が回復するのを感じて、リーフはもう一度息を吸い込んだ。
「この身を魔物に捧げることで、皆が救われるならばそれでもいいと思った」
「兄上!?」
「この国には王である父がいる。王位継承権はミューズに移る。だから私が居なくなっても、国にはまだ未来があると思った」
驚きの声を上げたミューズを制し、リーフは続ける。
事前の打ち合わせもなく告げた言葉は本心だ。
「だが、勇者の子孫たちが語ったことが事実であれば、この身を魔物に捧げてしまえば、人々を憎む魔王が復活してしまう」
真の魔王が、邪神と呼ばれる存在が世に放たれてしまえば、待っているのは破滅の未来だ。
「彼女たちは言った。真の魔王は人類を憎み、滅ぼすと。そうであるのなら、私は、この身を魔物に渡すことはできない」
腹に力を込めて、先ほどまでよりも強い口調で宣言する。
「この身を渡すことは、我々の未来を閉ざしてしまうことになる。ならば、私はこの城でこの身を、皆を守ることを選びたい」
そこまで言い切って、人々の反応を見るより先に、息を吐き出す。
身体がずきずきと痛む。
立っているのも辛くなってきて、視界が霞む。
その兄の様子に気づいたミューズが、魔道具の吹き込み口に手をかけ、自分の方へ向けた。
「今、ミルザの血を引く当代の勇者たちが、精霊神の力により、真の魔王の封じられた空間へ向かっています」
ミューズのその声に、リーフははっと顔を上げた。
「彼女たちは、必ずや、祖先の成し遂げられた無かった魔王討伐を成し遂げるでしょう。我々王家は、その帰りを待ちたいと思います」
それが国王を含めた自分たちの総意であると、ミューズははっきりと宣言する。
それをもって、この演説を終わらせ、少なくともリーフだけは下がらせようとした、そのとき。
『これで、勇者たちが負けたらどうするおつもりなのです』
広場から、拡声器に乗った声が聞こえた。
驚き、聞こえた方向を向けば、そこにはこの国とは違う雰囲気の貴族服を身に付けた集団がいる。
その中の1人、手に魔道具を持った女。
間違いなく、先日もしつこくリーフを魔物に引き渡せと迫っていた、ゴルキドのマーノだ。
『勇者が負けた場合、打つ手はあるのですか』
再び城門前広場がざわめく。
勇者が負けるかもしれない?
そんな不安の声が、マーノの魔道具に拾われ、周囲に広がる。
それを聞いた人々の声が、徐々に広がっていく。
「あいつらは……っ!」
不意に隣から響いた声に、ミューズははっと顔を向けた。
「あいつらが負けるはずがない!」
「兄様……っ」
リーフの、絞り出すように発せられたその声に、しん、と広場が静まりかえる。
「彼女たちは、どんな状況だろうと、必ず道を切り開いてきた。今回だってそうだ。七大精霊とミルザが交わしたものとは別の、新たな契約を結び、魔王討伐に向かっている。その彼女たちが、魔王などに敗れるはずがない!」
『何事にも絶対などないでしょう。なのに、何故そんなことが信じられるのです!』
「我々が信じず、誰が信じるというのか!!」
馬鹿にしたようなマーノの問いに、ほとんど反射と言わんばかりの勢いで、リーフは言い返していた。
その声に、遠くても伝わる感情に、ミューズや、護衛として側にいるフェリアとエルトも息を呑んだ。
「かつて勇者たちに、魔王イセリヤの魔の手から国を救ってくれを懇願し、協力を求めた我々王家が信じず、誰が彼女たちを信じると?」
それはリーフの心の奥底に眠っていた、しこりのような想い。
「我々の傲慢な願いを聞き入れ、国を、世界を帝国から救った彼女たちを、何故信じることができないと言うのか!」
あのときの自分たちは、勇者に頼ることで、あの頃の辛さに耐えようとした。
自分たちの力ではなく、勇者という特別な力に全てを押しつけて、責任を放棄しようとした。
決してそうではないと、周囲は言うかもしれない。
けれど、彼女たちに出会い、言葉を交わしたとき、そんな自分の傲慢さを思い切り突きつけられた気がしたのだ。
そのときの想いを思い出して、身体が、心が震える。
「リーフ兄様」
そっと肩に温かい手が触れた。
はっと顔を向けると、神妙な表情の妹と目が合う。
「ミューズ……」
「感情的になりすぎです。少し落ち着いてください」
そう言われた瞬間、沸き上がった熱が一気に引いていく。
「あ、ああ。すまない……」
ミューズが仕方ないと言わんばかりの表情を浮かべる。
そのまま広場の方に向き直ると、ミューズは魔道具の吹き込み口を引き寄せ、口を開いた。
「コルキド王国のマーノ様。貴殿の問いにお答えいたします」
ミューズに名を呼ばれたマーノがこちらを見た、ように見える。
彼女の姿を睨むように見つめたまま、ミューズは続ける。
「勇者様が負けてしまった場合、我々に打つ手はありません」
はっきりとそう告げると、再び広場にざわめきが起こる。
リーフも驚いてミューズを見た。
「あの方々は、どの国の猛者ですら太刀打ちできなかった魔王イセリヤを倒した方々です。イセリヤを倒すことができなかった我々が、そのイセリヤを唯一倒した勇者様を倒した魔王を、倒すことができるのでしょうか?」
『真の魔王』なんて呼び方をしているが、本当は精霊たちが邪神と呼ぶ存在が、今の自分たちが敵としている相手なのだ。
「イセリヤが復活させようとした『真の』と呼ばれる魔王です。その力は、おそらくイセリヤよりもずっと上……。それこそ、こんな風にいがみ合っている場合ではなく、全ての国の、全ての戦力を投入することを考えなければならないかもしれません」
魔王すら倒せない人間が、神を倒すことなんてできると思えない。
もしもルビーたちが敗れることがあれば、きっと人類は全滅を覚悟で、勝てない戦いに挑まなければならない。
「私たちはそれほどの危機に直面しているのです。簡単に勇者様方を揶揄するような発言は、控えていただきたい」
ざわざわと、城門前広場にざわめきが広がっていく。
ミューズの言葉に動揺する声もあれば、賛同する声もあり、その反応は様々だ。
誰もが彼女の告げた事実に混乱していた。
声は徐々に大きくなっていき、これではいつ暴動が起こるかわからない。
その光景を見て、リーフはもう一度、息を吸い込んだ。
「だからこそ、我々は信じるのだ」
りんとした声が、魔道具を通じて周囲に響く。
城門前広場を包んでいたざわめきが静まり、人々の視線がテラスに向けられる。
「勇者を、我々をお守りくださる精霊様を信じる。精霊様への信仰心は、精霊様たちの力になる。その力は、精霊の勇者と呼ばれる彼女たちの力になるはずだ」
本当は信じるだけではなく、直接駆けつけて力になりたい。
側で一緒に戦いたい。
けれど、今の自分にそれはできないから。
「だから俺は、あいつらが必ず魔王を倒して、帰ってくると信じているんだ」
それは王族としてではなく、1人の友としての意見だった。
今の自分には、それしかできないから。
友として、仲間として、この心だけは、譲れない。
その言葉が染み渡るかのように、人々が静まりかえったそのときだった。
突然、魔物の咆哮が響き渡った。
その途端、王都の空を旋回していた魔物たちが、突如下降を始める。
「な、何だ!?」
「魔物が……!魔物が降ってくるぞ!!」
城門前広場に悲鳴が響き渡る。
下降してきた魔物は、次々と結界に体当たりを始め、あっという間にその脆くなっていた部分に罅を入れた始めた。
瞬く間に亀裂が広がり、結界の一部が砕け散る。
「結界が!?」
「まずい!リーフ!中に……!」
フェリアがリーフをか庇うように飛び出して、城門の中に押し込もうとした、そのときだった。
「そんなに信じてもらってるなら、期待に応えなくっちゃねぇ!」
風に乗って耳に届いたのは、よく知っている声。
驚く間もなく、王都と外界を隔てている城壁の方から、勢いよく何かがと飛んでくる。
よく見ると、それは人だった。
若草色の髪の女が、空を飛んでいるのだ。
「空に人が……!?」
「ペリート!?」
おそらく知る者が見れば気づいただろう。
彼女は板状に変形させたオーブに乗って、滑空していた。
その足場を空に向ける。
自身は落ちないようにそれにしがみついて。
「デフィートクリスタル!」
透明な板から、まばゆい光が放たれる。
光は、結界を突き破って降ってくる魔物たちを飲み込んだ。
「インクラントアースドラゴン!」
再び、今度は城壁の方から声が届けられ、光が溢れた。
その光の中から咆哮が上がる。
「ドラゴンだと……!?」
聞こえた声は、おそらく他国の使節団の中の誰かのものだ。
光の中から現れた竜は、城壁の向こう側へと降りた。
「空はあたしが引き受けるから、レミアちゃんとベリーちゃんはミスリルちゃんが取りこぼした奴お願いねー!」
「了解!」
再び空から声が響く。
そこで漸く、彼女たちが目の前の魔道具と同じ、風の魔力で声を届けているということに気づいた。
つまり、無事に戻ってきた彼女たちが、結界を破った魔物たちの討伐に飛び出してきた、ということなのか。
「あいつら……、帰ってきたのか!?」
「では、もしかして……」
城門の中からアールとリーナの話す声が聞こえたと思った、そのときだった。
「リーフさん!」
聞こえた声に、はっと振り返る。
「セレス……!」
「リーフさん……、よかった……っ」
駆け寄ってきた少女は、リーフの顔を見て涙を浮かべる。
その安堵したような顔に、ふと力が抜けそうになった。
気づいたミューズが支えてくれなければ、崩れ落ちていたかもしれない。
「セレス、これは?」
テラスの中には出ないように気をつけながら、アールが声をかける。
「じゃし……真の魔王の支配から解放された魔物が、暴走しているんだそうです」
ここに来るまでの間に、リーフとミューズの演説が聞こえていたのか、セレスはこちらが勝手に作った設定に言い換え、答える。
「本当はこうなる前にレミアさんたちが倒しに回るはずだったんですけど。たぶん魔王の力の影響が消えれば大人しくなるとは思うんですが……」
「それまで兵がもつのか?」
フェリアの問いはもっともだ。
王都の門や城壁には、結界を突破した魔物の撃退の任務を受けた兵士が配備させている。
しかし、それはあくまで数体の撃退を想定したもので、結界が破壊されることは想定していなかった。
そもそも、城門前広場の民衆も、ここにいない住民の避難もさせなければならないことを考えると、城壁の応援に人数を割きすぎるわけにも行かない。
「結界も、この状況では張り直せませんわ」
結界は完全に破られたわけではないから、張り直すには一度術を解除する必要がある。
もし今それをすれば、破られていない部分に体当たりをしている魔物たちまで王都に入ってきてしまう。
空からの魔物を食い止めているペリドットが抜かれてしまったとき、地上の兵士たちだけで、それに対応することができるだろうか。
「大丈夫、なんとかするから!」
対応策を必死に考えていたそのとき、テラスの近くから声が聞こえた。
思わず手すりから身を乗り出すと、街と城を隔てる城壁の上に誰かが立っているのが見える。
青い長い髪を後ろでひとつにまとめた女性に、支えられるようにして立つ赤いポニーテールの女性。
その姿を見て、リーフは無意識に息を呑んだ。
「行くよ、タイム」
「無理すんじゃないよ、ルビー」
頷き合った2人が、その手に持った武器を掲げる。
彼女たちの武器がどんな形をしているのか、リーフは知っているはずだった。
けれど、2人が手にするそれは、遠目からでもいつもの違う形をしていた。
「精霊よ、新たな盟約の元、我が声に応えよ」
声が、おそらくは魔力に乗って、辺りに響く。
「炎と全てを統べる力を我に示せ」
「水と恵みの力を、我に注げ」
炎を纏った赤い光が、水を生み出す青い光が、空中に集まっていく。
「我らの敵を焼き尽くせ!サラマンダー!」
「押し流せ!ウンディーネ!」
ぶわりと光が膨れ上がり、辺りを包んだ。
その光の中から、大きな赤いトカゲのような姿をした存在と、人魚のような姿をした存在が姿を見せる。
「精霊召喚!」
そう叫んだのは、ティーチャーだっただろうか。
そうであるならば、トカゲのような姿の存在が火の大精霊サラマンダーで、人形のような姿の存在が水の大精霊ウンディーネか。
サラマンダーの呼び起こした炎が、空を覆う魔物の群を飲み込み、焼き払っていく。
ウンディーネの呼び集めた水が、濁流となって城壁の向こうに押し寄せていく。
あれだけいた魔物たちが、瞬く間に殲滅される。
「これで、本当に最後だ」
武器を下ろして、そう呟いたルビーの声は、リーフの耳には届いていなかった。

2023.7.10