SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

39:そして決着

溢れる光の中から、邪神の絶叫が辺りに響く。
耳をつんざくそれに、思わず両手で耳を塞いだ。
「ナゼ……、ユスティ……」
怨嗟の籠もった声が響く。
光の中で、崩れていく腕を空へと伸ばしながら。
剣を握り締めたまま、唯一それを聞いていたルビーは、裂けた邪神の顔へ目を向ける。
「伝言です。ハデス様」
ルビーが、邪神の名を呼ぶ。
どろどろに溶け始めた眼球が、ずるりとこちらを見た。
「『あなたの危惧は、私たちが全て防ぎます』」
その瞳孔が、僅かに見開かれたような気がした。
「『だから、全て忘れて、次の生は、どうか安らかに』」
それはルビーの言葉ではない。
この剣と共に、託された言葉だ。
もしも相手の耳に届くようであれば、伝えて欲しいと言われた言葉。
だから、最後ににっと笑って見上げてやる。
「あたしはあんたと会うなんて、二度とごめんだけど」
長い長い時の中、いくつもの、いろんなものを奪ってきたこの存在と、二度と会いたいなんて思わない。
だから、そう吐き捨ててやる。
「ユス……ティティ……ア……」
聞こえた、その名前を呼ぶ最期の声からは、怨嗟の年が消えているように聞こえた。
ざあっと吹かないはずの風が吹いた。
それに攫われるように、邪神の身体が消滅していく。
支えを喪った槍が、地に落ちる。
それに乗っていたルビーの身体も、ぐらりと傾いた。
「やっ、ば……っ」
そう思ったときには、もうバランスを崩してしまっていて。
反射的に剣を投げ出して、そのままどさりと地面に落ちた。
「つ……っ、うぁ……」
受け身を取ったつもりだけれども、全身が痛くてそれどころではない。
全力を剣に注いでしまったせいで、今まで逸らしていたダメージが、一気に身体に押し寄せてくる。
「ルビー!」
悲鳴を上げそうになったそのとき、聞こえた声に、思わずそれを飲み込んだ。
何とか目を開けると、駆け寄ってきたのは、海のような鮮やかな青。
「……たい、む……」
「しっかり!」
抱き起こされた瞬間、全身に痛みが走って、呻き声を上げてします。
その反応を見て、タイムは息を呑んだ。
「あんた、まさか……」
タイムがそっとルビーの腕に触れる。
思わず呻いたルビーに配慮をするように、数カ所触れて、顔を真っ青にする。
「なんで体、こんなことになってんの!?」
その身体は、見た目だけでは解らないけれども、ずたずただった。
おそらく神経を痛めてる場所は1カ所2カ所どころではないし、骨だって砕けている部分が多々ある。
この分だと、内臓だって損傷しているかもしれない。
意識を保っていること自体が奇跡のような状態だった。
「たぶん、ゴーレム破壊の力の逆流を受け止めたから?」
「……は!?」
その意味がわからないはずもない。
魔力を注いで動かしているゴーレムは、普通に破壊された分には、術者に対したダメージは行くことはない。
ただ、先ほど邪神がやったのは、ゴーレムに神力を流し込むことで、溢れた力でその躯体を中から破壊する方法だ。
溢れ出る力は、それを使役する術者に跳ね返る。
「あれを受けたの!?全部!?」
「じゃないと、ミスリル、が」
返ってきた言葉に、タイムは言葉を飲み込むしか無かった。
ルビーの言うとおりなのだ。
今のルビーだからこの程度の怪我で済んだ。
とは言っても、十分重症なのだけれども。
彼女以外の誰かがこれを受けていたら、身体は内側から弾け飛んでしまっていただろう。
そして、ルビーがそれを察した理由を、タイムも知っていた。
「……ったく。この馬鹿」
ため息を吐かれてしまったけれども、いろいろと察してくれたらしい親友に、ルビーは力なく笑い返す。
「姉さん!!」
「ルビー!!」
ふと、耳に入った声に、顔だけを何とか動かして、そちらを見た。
「セレス……、みんな……」
「姉さん、大丈夫!?」
こちらに駆け寄ってきたセレスが、傍で膝をつく。
正直に話すわけにもいかなくて、ルビーは曖昧な笑みを返した。
「邪神は?」
「なんとか、倒した、みたい」
セレスの後ろから声をかけてきたレミアに、なんとか答える。
一息吐こうと息を吐き出して、ふと気づいた。
レミアのさらに向こう側にいるミスリルの右手が、おかしい。
「ミスリル、その腕……」
「え?」
仲間たちが一斉に彼女を見る。
その途端、誰もが息を呑んだ。
普段は白いその腕の、肘より先が、黒く焼け爛れていたのだ。
「ああ……。さっきアスゴがやられたときに、魔力が跳ね返ってきたみたいで……」
ルビーの顔色が、さあっと青くなる。
全部受け止めたつもりだったのに、取り零していたなんて思わなかった。
「なんで言ってくれなかったのミスリルちゃん!」
同じように真っ青になったペリドットが、思わずと言った様子で叫んだ。
「私よりも前線のみんなだったでしょう」
「ここまで酷かったらそれどころじゃないよ!見せて!」
「ペリート、待った!!」
ミスリルの腕に手をかざそうとしたペリドットを、タイムが止めた。
「なんで?早く癒やさないと……」
「それ、魔力過多で負った怪我だから、魔力を上乗せさせたら逆効果だよ」
「え!?」
驚いたペリドットが、思わずミスリルから離れる。
「じゃあ、どうしたら……」
「ウンディーネ様に教わった呪文を使うから、ちょっと待って」
リーフに使ったあれだと付け加えれば、ペリドットは素直に頷いた。
「まあ、とりあえずルビーが先」
「え?」
「姉さん?」
レミアとベリーまでもが声を上げる。
セレスに覗き込まれると、ルビーは困ったように笑った。
「実は、無茶し、すぎて、喋る、のも、辛いん、だわ、これがぁ」
「え!?」
「辛いならちょっと黙ってて」
タイムの怒気の籠もった声が降ってくる。
視線を彼女に向ける。
目が合うと、ぎろりと睨まれた。
薄く笑って、目を閉じる。
正直、目を開けているのも、もうだいぶ辛いのだ。
「気をしっかり持ってなさいよ」
ルビーの身体を抱き支える手に、ほんの少しだけ力が入る。
激痛が走ったけれども、何とか声を上げるのは耐えた。
少しして、タイムの手の触れたところから、水が流れ込むような感覚が起こり、徐々に体中を包んでいく。
暫くすると水が引いていく感覚があって、同時に痛みも、完全ではないが引いていった。
「……どう?」
タイムの声が上から降ってくる。
その声に、ルビーはゆっくりと目を開けた。
右腕をゆっくりと上空へ向けて伸ばしてみる。
ずきりと痛みが走って骨が軋む。
けれど、先ほどまでよりもずっと動かすことができた。
「動けるようにはなったみたい」
「そう。起きられる?」
「ん」
ゆっくりと身体を起こすと、ぎしぎしと身体が軋んだ。
「痛っ……」
「大丈夫?」
「な、なんとか……」
タイムが安堵の息を吐く。
そのままルビーを支えながら立ち上がる。
「セレス。ルビーをお願い」
「は、はい」
声をかけられたセレスが、タイムと入れ替わるようにルビーの背に回る。
ルビーから離れたタイムは、そのままぼうっとこちらを見ていたミスリルに声をかけた。
「ミスリル、手を出して」
「え、ええ」
声をかけられ、我に返ったミスリルが、言われるままに手を差し出す。
その手をそっと取って、タイムは目を閉じた。
青い光が、ミスリルの腕を包み込む。
焼けただれた部分を水のように包み込んだそれは、優しくその傷を癒やしていく。
暫くすると、その傷は綺麗に治っていった。
「どう?動かせる?」
ミスリルが驚いてタイムの顔を見る。
目が合った途端、タイムは二、三度瞬きをした。
「だってさっきまで動かせなかったんでしょ?」
「……ええ、そうよ」
おそらく隠していたつもりだったのだろうミスリルは、バツが悪そうに答える。
少し拳を握ったり閉じたりして、肘から先を軽く回してみる。
「大丈夫みたい。ありがとう」
ミスリルが素直に礼を言うと、タイムはほっとしたように笑った。
その顔は、だいぶ疲れているように見えた。
「あなたこそ大丈夫なの?」
「……うん。ちょっとこれ、まだ慣れてなくって、力の加減がね……」
ふうっと息を吐き出したタイムは、少しふらふらとしているように見えた。
「それより、ここから出る方法を探さないと……」
タイムの言葉に、誰もがはっと息を呑んだ。
「そういえば、どうやってここから出たらいいの?」
ペリドットがわたわたと辺りを見回す。
最初に踏み入れたときと同じ、辺りは真っ黒で、出口らしき物は見当たらない。
自分たちをここに案内したセラフィムと言う男は、出入り口は閉めると言っていた。
「ああ、それなら……、ミスリル」
セレスに背中を預けたままのルビーが、顔を上げ、呼びかける。
顔を向けたミスリルと目が合うと、ふうっと息を吐き出してから続けた。
「ウィズダムに呼びかけてみて」
「ウィズダムに?」
とんっと、ルビーが自分の胸を人差し指で叩く。
「さっき召喚できたんだから、できるでしょ?」
それが自分の胸のブローチを示しているのだと気づいて、ミスリルはそれに視線を落とした。
そのブローチに、そっと触れてみる。
「……ウィズダム、聞こえる?」
呼びかけてみる。
ブローチがほんのりと青い光を放つ。
けれど、声は返ってこない。
「ウィズダム。聞こえていたら答えて」
「聞こえていますよ」
「きゃあ!?」
もう一度ブローチに声をかけたその瞬間、背後から声をかけられ、ミスリルは珍しく悲鳴を上げた。
勢いよく振り返ると、そこにはいつの間にか、1人の男が立っていた。
「どうもこんにちは」
にっこりと笑って軽く手を挙げたのは、セラフィムだった。
いつからいたのか、にこにこ笑うその男を、ミスリルが胸を押さえたまま、呆然と見つめる。
誰もいない、いるはずがないと思っていた場所から声をかけられた。
しかも先ほどまで命をかけて戦っていたのだから、驚く名という方が無理な話だ。
「……………………おいこの道化」
「いやですねぇ、ルビーさん。そんなに睨まないでくださいよぅ」
セレスに身体を支えられたまま、ルビーがセラフィムを睨みつける。
からからと笑いながらこちらを見た彼と目が合った瞬間、ルビーは本当に嫌そうに表情を浮かべた。
「あんたに名前で呼ばれるの、超気持ち悪い」
「この人酷くないですか?」
「あたしにふるな」
くるりとタイムの方を見たセラフィムを、彼女はぴしゃりと切り捨てる。
その途端、セラフィムはぷうっと頬を膨らませた。
「もう何なんですかタイムさんまで。せっかく迎えに来てあげたのに」
ぷんぷんという擬音が見えそうなくらいに怒ってますオーラを発しながら、セラフィムはそっぽを向いてしまう。
その姿に頭痛を感じながら、ルビーは盛大なため息を吐いた。
「なんであんたが」
「私にしか開けられないんですよ、ここへの出入口」
言われてみればそうだった。
それを思い出して、ルビーがもう一度吐けば、セラフィムはさらにぷんぶんと怒り出す。
その様子を見たセレスがはらはらしているのを感じてはいたけれども、セラフィムが本気で怒っているのではないとわかっていたから、ルビーは何も言わない。
ほんの少しして、ルビーが反応しないと悟ったのか、セラフィムは残念そうな表情をした。
「まあ、ミスリルさんがウィズダムに呼びかけてくださったので、こんなに早く迎えに来られたんですけどね」
「え?」
ぽかんとセラフィムを見ていたミスリルが、突然呼ばれて驚きの声を漏らす。
それを聞き取ったらしいセラフィムは、彼女の方へ顔を向け、にこりと微笑んだ。
「こちら側には声が聞こえなかったようですが、あなたの声は彼に届いていたんですよ。早く迎えに行ってこいと、お尻を蹴られてしまいました」
わざとらしく尻をさするセラフィムを見て、タイムがため息をつく。
大方、ミスリルを困惑させたくてやっているのだろうと察しながらも、指摘をすることはしなかった。
してしなかったら、調子に乗るに決まっているのだから。
「とりあえず助かったわ、ありがとう」
「私はルビーさんからお礼が聞きたいですねぇ」
タイムが礼を告げた途端、再びこちらを向いた彼は、にっこりと笑ってそう言った。
ぴきりとルビーのこめかみに血管が浮き上がった。
「こいつ……っ、ぶん殴ってやりたい……っ」
「今のあんたじゃ返り討ちだからやめときなさい」
タイムにため息交じりにそう言われ、ルビーは振り上げたかった拳を解く。
言われなくても、ろくに動かない身体で、この男を殴れるとは思わない。
思わないけれども、非常に悔しい。
「さあさあ、どうします?私が許可しないと扉は通れませんよ?」
ここぞとばかりにセラフィムが笑顔を向けてくる。
本当に腹が立つけれども、どうにもできない。
「…………ありがとうございます」
感情を押し殺して、にこりと引き攣った笑みを浮かべて礼を言った途端、セラフィムがそれまで以上の笑顔を浮かべた。
「どういたしまして。それでは戻りましょうか」
心なしか声まで弾んでいるような気がしたのは、気のせいだろうか。
気のせいだと思いたい。
「あ、そうそう」
スキップでもしそうな勢いで歩き出したセラフィムが、突然ぴたりと足を止めた。
くるりとこちらを振り返ったときには、その顔から先ほどの笑顔は消えていた。
正確には、最初と同じような笑みを浮かべてはいたが、ふざけた様子はすっかり鳴りを潜めていた。
「最初にお話ししたとおり、ここは時間の止まった空間です。この中にいる間は、外の時間の影響は受けません」
その言葉に、背中にぞわりと悪寒が走る。
「どういうこと?」
ぎろりとセラフィムを睨み付けながら尋ねたのは、タイムだった。
「皆さんが戦っている間に感じていたのと同じ時間が、外で流れていたとは限らないと言うことです」
にこりと笑みを浮かべるセラフィムの、その結論を敢えて告げようとしない言葉回しに、ごくりと息を呑む。
「…………まさかとは思うけど、外では何百年も経っています、とか言わないでしょうね?」
「ひぇっ!?」
悲鳴を上げたのはペリドットだ。
他の面々も、まさかの事態に息を呑む。
あの、崩れて消えていった誰かの遺体を見たときに、考えなかったわけではない。
考えなかったわけではないけれども、考えないようにしていたかもしれない。
無事に元の時代に戻れると、そう思っていたかもしれない。
神妙な顔をする彼女たちを見回して、セラフィムはにっきりと、それはそれは楽しそうに笑った。
「逆ですね。実は先ほど私がここの入口を閉じてから、半時も経っていないです」
「は?」
「え?」
ぽかんと、その場にいる全員がセラフィムを見る。
声が漏れてしまったのは、無意識だろう。
半時……つまり1時間も経っていない。
その言葉を、脳が理解するのにかなりの時間を要した。
漸く言葉が染み渡って、からかわれたのだと言うことに気づき、ルビーは盛大なため息を吐き出した。
「……驚かさないでくれる?」
「あはは。すみません」
思い切り憎しみを込めた声で言ったつもりなのに、セラフィムは軽く笑うだけだ。
この怪我が治ったら、絶対にシメてやる。
そんな決意を新たに、ルビーはもう一度セラフィムを睨み付けた。
彼は笑いながら「怖い怖い」と言いながら、ひとつ咳払いをした。
「あちらはちょうど先ほどリーフ王子が目覚め、他の国の偉い方々と一悶着あったばかりのようです」
その言葉に、セレスががばっと顔を上げた。
ルビーの身体を支える腕に、おそらく無意識だろう、力が入る。
「これから城下の皆さんに向けて、演説をするようですよ」
「リーフくんが?」
「はい」
ペリドットが聞き返せば、セラフィムは、先ほどまでのふざけた様子は何処へやら、笑みを湛えたまま、けれども真面目な表情で頷き返した。
「あの怪我でそんなことをさせたらまずいんじゃ……」
「そうね。止めた方がいいかもしれないわ」
顔を真っ青にするペリドットに、ベリーが同意する。
リーフの怪我は、本来は致命傷だったものだ。
助かったこと自体が奇跡であり、本来であれば絶対安静で、ベッドの上から降りることなんてあり得ない。
そんな彼に演説なんてさせていいはずがない。
急いで止めに行かなければ。
少なくともそれは、ペリドットとベリーだけではなく、レミアも、そしてもちろんセレスにも過った考えだった。
「駄目だよ」
けれど、それをはっきりと否定する声があった。
「姉さん?」
セレスの呼びかける声で、それがルビーの言葉だと気づく。
「でもルビー。今のリーフの状態じゃ……」
「治療した側から見たら、あいつに演説させるのは止めるべきだろうけど、あいつは施政者だから、止めたら駄目だよ」
「施政者、だから……?」
思わず聞き返したレミアに、ルビーは頷く。
「たぶんあの後、魔物がリーフを狙ってた話が、結局王都中に広まっちゃったんでしょ?」
「みたいですね」
ルビーの問いに答えたのはセラフィムだった。
『精霊神の間』で待機していたのだとしたら、おそらく彼も詳細は知らないだろう。
けれど、そもそもリーフが致命傷を負ったあのとき、あれだけの人が周囲にいたのだ。
広まっていないと考えることの方が、無理がある。
「王都の人たちも余所のお偉いさんたちも、リーフを隠した状態じゃ納得しないって、リーフもリミュート陛下も判断したんだと思う。止めてないってことは、アールもね」
下手にリーフを隠して民が納得しなければ、他国との関係悪化はもちろん、王家を信用できなくなった王都の人々が、暴動を起こす可能性だってある。
エスクールを支配下に置きたいと思っているだろう他国に、いいように誘導されてしまうかもしれない。
ここでリーフが出なければ、どうにもならないのだ。
「だから止めたら駄目だよ」
そう告げて、ルビーは大きく息を吐き出した。
正直なところ、まだ体中ががたがたで、話をするのは少し辛いのだ。
それでも、今にも飛び出していきそうな顔をしている友人が目に入ったから、もう一度諭そうと口を開きかけた、そのとき。
「……確かにそうかもしれないわね」
ふと、耳に届いたのは、ミスリルの声だった。
「ミスリルちゃんまで」
その声に、ペリドットが驚いて悲鳴のような声を上げる。
その声が、少しだけ震えているような気がした。
たぶんペリドットも解ってはいるのだ。
リーフが民の前に出て、話をするのが最善の策だと。
けれど、友人としては、それを止めたい。
そんな気持ちの間で揺れている。
そんな彼女を、そして友人たちを見て、ミスリルが口を開いた。
「リーフを心配するなら、私たちには他にやることがあるわ」
はっきりと通ったその声に、その場にいる全員が彼女を見る。
「他にやること?」
ペリーが聞き返せば、ミスリルは神妙な顔で頷いた。
「セラフィム様。王都の外の魔物はどうなっていますか?」
「そうですねぇ」
セラフィムは考え込むように手を自身の顎に当て、それから上空を仰ぎ見る。
「まだ城壁を取り囲んではいますが、邪神が倒れた以上、そのうち正気を取り戻して本来の生息地へ戻っていくでしょうね」
「追い払うことは可能だと思いますか?」
「ええ。刺激を与えた方が、早いかもしれません」
にこりとセラフィムが薄く笑う。
それを聞いたミスリルは、少しの間考え込むように俯いてから、顔を上げた。
「なら、私たちがやることは決まりね」
「え?」
驚きの声を零したのは、ペリドットだ。
ほんの少しの間だけ彼女に顔を向けてから、ミスリルは仲間たちを見回した。
「私とペリート、レミアとベリーで城壁に行くから、ルビーとセレス、タイムはリーフの所に行って」
「は?なんであたしまで……」
「あんた、その状態で戦えるの?」
「う……」
拒否をしようとしたルビーは、しかしミスリルにぎろりと睨み付けられ、押し黙るしか無くなる。
「1人で動くのも辛そうだけど、下手に私たちの誰かが付き添うよりはタイムの方が良さそうだし」
当を得ているというか図星というか、とにかくミスリルの言うとおりなので否定ができない。
「でもミスリルさん、それなら私は……」
「セレスは、心配でしょう?リーフのこと」
その答えに、セレスは目を瞠った。
それを聞いたペリドットが頷く。
「そうだね。セレちゃんはリーフくんのところに行ってあげた方がいいかもね」
「あたしもフェリアが心配なんですけど」
「あんまり人数少ないとさすがにこっちが辛いから、我慢して」
ぽつりと呟いたレミアに、ため息交じりにそう返したのはベリーだった。
ミスリルの言うことも解る。
けれど、リーフのところに行くのはセレス1人でも十分なはずだ。
そう考えたルビーが、もう一度反論しようとしたそのとき、視界に鮮やかな青が割り込む。
「わかった。じゃあそっちはよろしくね」
「任せてちょうだい」
タイムが了承の言葉を返すと、ミスリルがしっかり頷く。
そのまま彼女がセラフィムを振り返ると、彼はにこりと笑って道を示した。
「どうぞ。出口はあちらです」
示された先に、光が見える。
あれがエスクール城の地下、精霊神の間に繋がっている扉だ。
あそこを潜れば、元の世界に戻ることができる。
ミスリルとペリドットが頷き合う。
2人が歩き出すと、それを見ていたレミアとベリーも歩き出した。
こちらを気にするようにレミアが振り返ったけれども、タイムがそれに向かってひらひらと手を振れば、少し困ったような顔を浮かべなからも3人を追いかけていった。
4人の姿が光の中に消えたのを見届けてから、ルビーが盛大なため息を吐き出す。
「タイム……あんた……」
「あんたが動けないのは事実でしょ。あたしだって、あの損傷を完璧に治せるほどの力は今は使えないよ」
振り返ったタイムが、ルビーを見下ろして呆れたようにそう吐き出す。
それを聞いたセレスが、驚きの声を上げた。
「姉さん、そんなに酷かったんですか?」
「外見はそうでもないけど中がぼろぼろ。今だってまだ大怪我の範囲抜けてない」
「ええっ!?」
セレスが驚いて、腕の中に姉を見下ろす。
ふいっと顔を背けてみたけれど、抱き抱えられている状態では逃げられるはずもない。
「でも、いつまでもここにいるわけには行きませんしね?」
セラフィムが、いつものいけ好かない笑顔で笑いかけてきた。
「……わかってる」
むすっとした顔で、機嫌が悪いと言わんばかりに答えたけれども、彼は動じない。
笑顔を深めると、身に纏っているマントの裾を摘まみ、優雅に一礼した。
「では、皆様も参りましょうか」
タイムがすっとルビーの前に手を差し出す。
ふうっと息を吐き出して、その手を掴めば、身体に負荷がかからないように引き上げられる。
そのまま彼女の肩に手を回して、何とか立ち上がった。
身体が軋む。
立ち上がることすら辛いけれど、そんなことを言ってもいられない。
タイムとセレスに湛えられながら、よたよたと歩き出す。
そのとき、先導していたセラフィムが、ふと足を止めた。
「あ、忘れ物はありませんか?ここは完全に封印してしまいますから、二度と戻ってこられませんよ?」
振り返った彼の言葉に、セレスが辺りを見回す。
そして、ふと気がついた。
「あ、姉さん。あの剣」
「え?」
声をかけられ、ルビーが示された方へ視線を向ける。
そこには、地面に落下した際に放り出してしまった銀色の剣が転がっていた。
「ああ……。悪いけど運んでくれる?」
「う、うん。わかったわ」
セレスが少し戸惑った様子で頷く。
彼女が剣を拾い上げるのを見届けてから、ルビーはタイムを促し、扉に向かって歩き始めた。

2022.10.12