SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

33:それぞれの覚悟1

翌朝、ペリドットが応接室の扉を開けると、そこには夕べ姿の見えなかったルビーとタイムが既にやってきていた。
「おはよー、ルビーちゃん、タイムちゃん」
「おはよう、ペリート」
窓辺立ち、こちらを振り返った2人に声をかけると、いつもと変わらない返事が返ってくる。
たぶん何か話をしていたのだろうが、それには気づかなかったふりをして、首を傾げて見せた。
「昨日は2人ともどこにいたの?リーフくんが用意していた部屋にはいなかったよね?」
「うん。精霊神法の最終調整をしに、マリエス様のところに戻ってたからね」
精霊神法の調整。
そう聞いた瞬間、眉を寄せてしまったのは無意識だった。
「調子はどうなん?」
「一応整えてきたつもりはつもりだけど」
「あとは、あたしたち次第、ってとこかな」
タイムが苦笑を浮かべ、ルビーが思い切りため息を吐き出す。
それを軽く聞き流すように「ふーん」と返すと、ペリドットはきょろきょろと周りを見回した。
「みんなは?」
「まだ見かけてないけど」
タイムがそう答えたそのとき、とんとんと扉をノックする音が聞こえた。
「はーい。どーぞー」
「失礼いたします」
くるりと振り返ったペリドットが返事をすると、聞き慣れた声が耳に入った。
「おはようございます、皆様」
「おはよう。早いな、お前たち」
「あんたたちもね」
扉を開けて入ってきたのは、リーナとアールだった。
リーナが先にアールに中へ入るように進める。
そうしてから中に入ろうとして、その足を止めた。
「おはようございます、ミューズ様」
「おはようございます、リーナさん」
どうやらミューズもやってきたらしい。
廊下で軽い挨拶を交わして道を譲ると、ミューズを先にヘヤへと入れた。
「おはようございます、みなさん」
「おはよう、ミューズちゃん」
ぺこりと頭を下げた彼女に、ペリドットがにこにこと手を振る。
少し寝不足気味に見えるのは、昨夜はずっとリーフの部屋にいたからだろう。
「おはよう、ミューズ王女。リーフの様子は?」
「落ち着いてます。王宮の医師も、もう大丈夫だろうと言っていました」
「そう。よかった……」
「ひとまずは、ね」
軽く安堵の息を吐き出したタイムの側で、ルビーがそう呟いたのが聞こえた。
「ひとまず?」
不穏な空気を感じて、わざと軽く聞いてみる。
けれど、ルビーは答えてはくれなかった。
「それよりペリート、みんなは?」
強引に話を逸らす彼女に、ほんの少し苛立ちを感じる。
けれど、戻ってきてからのルビーの様子がそれまでとどこか違うことにも気づいていたから、何も感じなかったふりをして、こてんと首を傾げる。
「んー?そろそろ来ると思うよ。ちょっと夕べ長く話し込んでたから、みんなお寝坊気味だけど」
そう答えた、その瞬間だった。
先ほどリーナが閉めた扉が、突然激しく叩かれる。
「わっ!?」
驚いて声を上げれば、それが返事だと勘違いしたのか、そのまま勢い良く扉が開かれた。
「失礼します!こちらにミューズ様はお出でですか!」
顔を真っ青にした兵士が、飛び込んでくるなり叫ぶ。
「どうかしたのか?」
顔を引き締めたミューズが、それまで感じさせていた疲れも隠して尋ねる。
兵士はほっとしたような表情を浮かべると、すぐに顔を引き締めて敬礼した。
「各国の使者の方々が、リーフ様に会わせろと、階段まで上がって、来られています」
息が上がってしまっていて、途切れ途切れになってしまったその報告に、その場にいる誰もが息を呑む。
「……もう来たの」
ルビーが眉間に皺を寄せて呟いた。
「兄上は昨日の戦いで負傷されていて、今は会わせることはできないとお伝えしろ」
「お伝えしたのですが……」
兵士が戸惑ったような表情で視線を彷徨わせる。
それを見て、ルビーはため息をついた。
「会わせろは建前で、リーフを魔物に引き渡させるつもりで来たんだろうな」
ルビーの考えを言い当てるように、アールが兵士に尋ねた。
「……はい。今はディネス副団長が抑えてくださっていますが、いつまで保つか……」
兵士は、強く拳を握り締めて、答える。
「こんなに早く知られるなんて……」
「むしろ遅い方でしょ。よく一晩保ったと思うわ」
リーナの呟きを聞いて、ルビーは呆れたように声を上げる。
あの騒ぎなら、夕べのうちに知られてもおかしくなかったのだ。
「のんびりしてる暇は、もうないか」
天井を仰ぎ見て、ぽつりと呟いた。
これ以上時間を置いても、他国の使者の不満が膨らんで、情勢が悪くなるだけだ。
魔物だって日を追うごとにタチが悪くなっていく。
もう本当に、猶予はない。
本当はもう少し仲間たちに考える時間を与えたかったのだけれど。
「ルビー、お前たちは行け」
ふと、耳に届いた声に、顔を上げた。
声の主に顔を向ける。
ベリーよりも明るい紫玉の瞳が、真っ直ぐにこちらを見ていた。
「アール?」
「これは……政治の駆け引きは我々の仕事だ」
そう告げる彼女の表情は一見冷え切っているようで、それまで見たどの瞬間よりも静かな怒りに染まっているように見えた。
「リーフのことは私たちが守る。我がマジック共和国としても、今エスクールの王太子がいなくなるのは困るからな」
「姉様、そんな言い方は……」
「事実だ。わかっているだろう、リーナ」
あまりの言い方に止めに入った義妹の言葉を、アールはばっさりと切り捨てる。
反論しようとしたリーナは、けれどそれ以上は何も言えずに押し黙るしかなかった。
事実なのは彼女にもわかっていた。
しかし、ミューズの前でそれを言ってはいけないような気がした。
「それに、私個人としても、リーフをあいつらに引き渡すのはごめんだ」
けれど、直後に発せられたそれに、リーナは、そしてミューズも、はっと顔を上げる。
「ミューズ王女やディネス殿だけでは他の国の使者たちが引かないと言うのなら、私はマジック共和国の国王補佐官として、友人として、ともにリーフを守ろう」
「アールさん……」
ミューズが驚いたと言わんばかりの表情を浮かべたまま、アールの名を呼ぶ。
今、この瞬間に至るまでの彼女たちの関係を考えれば、その驚きは当然のものだっただろう。
「だから、お前たちは行け。お前たちにしかできない役目を果たせ」
真っ直ぐにこちらを見てそう告げるアールを、見つめ返す。
そうしてから、ルビーは「はああ」と周囲に聞こえるくらい大きなため息を吐き出した。
「……ったく、あんたも結構面倒くさいよね」
「ほっとけ」
笑みをこぼしてそう言ってやれば、アールがほんの少しだけその頬を赤く染めた。
それにもうひとつ、笑みを返してから、ルビーは静かに目を閉じる。
ほんの短い時間、視界を暗闇に閉ざして。
目を開いたときには、その表情からは笑みが消えていた。
「ペリート、みんなを呼んできて。地下の精霊神の間で落ち合うよ」
「え?あ、うん!わかった!」
突然名を呼ばれ、一瞬たじろいだ様子だったペリドットは、頷くとすぐに部屋を駆け出していく。
それを見送ってから、ルビーはもう一度アールに向き直った。
「リーフのこと、頼むよ」
「ああ、任せろ」
アールがしっかりと頷き返したのを見て、ルビーは今度はタイムに向き直る。
目が合うと、タイムは何も言わずに頷いた。
「待ってください」
2人で何も言わずに歩き出そうとしたそのとき、背中にミューズの声がかかった。
「その暖炉の奥に隠し通路があります。中の階段は下まで繋がっています。ペリートさんたちには私から伝えますから、使ってください」
そう言って、ミューズが示したのは、部屋の奥にある結構な大きさの暖炉だった。
それを見て、2人は目を丸くする。
「ホント、この城っていろんなところにいろんなものがあるよね……」
「勇者の出身地という理由で、昔からいろいろあったそうですから」
思わず呆れたように呟いてしまうと、ミューズが困ったような笑顔を浮かべて応えた。
勇者の一族が住んでいると言うだけで、いろんな問題に晒されるなんて、理不尽以外に言いようがない気がする。
さすがにその一族である自分たちがそれを口に出すのは憚られて、何も言うことなんてできなかったけれど。
「使ってください、おふたりとも」
黙ってしまったルビーを見て何を思ったのか、リーナが口を開いた。
「下手に廊下に出て、他の国の使者の方々とはち合わせるよりはよろしいかと思いますわ」
リーナの言葉は一理ある。
こちらとしても、他国の使者と会うことは避けたい。
たぶん、こちらの言い分を理解しないだろう人間と会うことはできる限り避けたかった。
「わかった。ありがと。行こう、タイム」
「ええ」
素直に礼を言って、部屋の奥へと向かう。
暖炉を覗き込むと、中にはすぐに壁があった。
ミューズの助言に従い、奥の壁、左の隅にある、ひとつだけ不自然に出っ張っている煉瓦を押す。
がたんと音がしたかと思うと、一瞬遅れて奥の壁が動き出す。
完全に開ききったその壁の向こうには、確かに通路があった。
「こりゃすごいわ」
「この城が襲撃されたときに、自由兵団のかなりの人数が逃げられたっていうのも納得ね」
幼い王子や王女を連れていたとしても、ここがあるならば無事に逃げ延びることは可能だっただろう。
今回も、いざとなればここからリーフを連れて逃げることはできそうだ。
そんなことを考えながらタイムを見れば、彼女も同じことを考えていたらしい。
「これならリーフも安心だね」
聞こえた言葉に苦笑して、頷く。
なんとなく安堵に似た感覚を覚えた。
不安がないと言えば嘘になる。
でも、きっと大丈夫。
そんなことを考えていると、ぽんっと肩を叩かれた。
「行くんでしょ」
「もち」
笑い合って、隠し通路の中に入る。
そして、奥に見つけた階段を早足で降りていった。



2人の姿が暖炉の奥に消えたのを見計らって、アールが座っていたソファから立ち上がる。
「我々も行くぞ」
「はい、お姉様」
頷いたリーナも、すぐに立ち上がった。
2人の姿を見て、ミューズは伝言を伝えにきた兵士を振り返る。
「あなたは先ほどの方に、この暖炉のことを伝えてください」
「か、かしこまりました」
兵士は敬礼をすると、部屋の外へと出て行く。
おそらく、部屋の前でペリドットを待つつもりなのだろう。
万が一この部屋に他国の使者が押し掛けてきて、暖炉のことに気づかれたら面倒だ。
外で部屋を守っていてくれるのならば、ちょうどいい。
「行きましょう、おふたりとも」
2人に声を掛けて、ミューズも部屋を出る。
そして兵士の示した先へ向かい、駆け出した。
「あ、待ってくださいミューズ様!」
リーナが慌てて後を追う。
その後ろ姿を見て、アールは顔をしかめた。
けれど、先に行ってしまったミューズは、その表情に気づくことはない。
「守らなくちゃ、私が……」
彼女の頭の中は、その想いでいっぱいだった。



暖炉の奥の隠し通路を抜けて、城の1解にある小さな応接室のような部屋に出る。
そこから廊下を走り抜けて、城の奥にある専用階段から鍵が開いたままになっている精霊神の間に降りた。
中に入ってしばらく待っていると、部屋の外からばたばたと足音が聞こえてきた。
「姉さん!」
真っ先に走り込んできたのは、セレスだった。
その後から、みんなを呼びに行ったペリドットを始めとする仲間たちが入ってくる。
「みんないる?」
「ええ、揃ってるわ」
答えたのはミスリルだ。
「でも、どうしてここに?」
真っ直ぐにこちらを見たまま、彼女は首を傾げた。
それを受けたルビーは、自分のすぐ後ろにある精霊神の像を仰ぎ見る。
「この精霊神の像、実はマリエス様のいる神殿に繋がってるらしくてね。これを通じて、直接邪神が封印された空間に送ってもらうことになってるんだよ」
「ここから、邪神のところに……」
レミアが、ごくりと息を呑んだ。
その彼女を、そして仲間たちを見つめる。
そう、自分たちはここから邪神のところに、いわゆる最終決戦に向かうのだ。
だから、今ここで聞いておかなくてはなせない。
一番大事なことを。
「覚悟は、できた?」
その問いかけをした瞬間、仲間たちが驚いたような表情で、一斉に此方を見た。
「覚悟って?」
尋ね返してきたのは、ペリドットだ。
その声には、いつものふざけた様子は感じられなかった。
ただ静かに問いの意味を尋ねる、そんな声だ。
だから、こちらもふざけない。
淡々と、大事なことを問いかける。
「今回の敵は本当の神様だよ。今までの相手とは全然違う。しかも、ご先祖様が負けて、命からがら逃げ出して、封印した奴。正直、帰ってこられない可能性の方が高すぎる。それでも、行ける?」
数々の――それこそ大きなものから小さなものまで――伝説を遺した勇者ミルザ。
彼が唯一勝てなかった相手が、今回の黒幕だ。
ミルザが、そこで共に旅した仲間を全て喪ったことも、ルビーとタイムは聞いていた。
「……ルビーちゃんとタイムちゃんは、行くんでしょ?」
ペリドットが、静かに聞き返してくる。
一瞬だけタイムへ視線を送ってから、ルビーは頷き返した。
「あたしたちは、そう決めて精霊神法を完成させてきたから」
隣でタイムが頷いたのが気配でわかる。
それを見た途端、ペリドットの表情が崩れた。
仁王立ちをするかのように立ち、腰に手を当てて、にっこりと笑う。
「2人にだけ行かせられるわけないじゃん。それに、あたしとしては、邪神って奴をぶん殴ってやりたいし」
「は?」
「なにそれ?」
胸を張ってそう言ったペリドットに、思わずルビーとベリーが声を漏らす。
その途端、ペリドットは子供のようにぷくっと頬を膨らませた。
「だって邪神のせいでルビーちゃんとタイムちゃんがいなくなって、あたしたちものすんごい心配したし、焦ったんだよ!お返ししてやんなくちゃ気が済まないよね!」
ぶんぶんと腕を振り上げて、そう叫ぶように主張する。
そんな彼女を、ルビーはぽかんと見つめてしまった。
「え」
「ペリート、あんたって子は……」
ため息をついたのはミスリルだ。
「あと、リーフ君にも酷いことされたし?」
ふと、子供のような表情が消えたかと思うと、ペリドットはこてんと首を傾げてそう告げた。
その声は、先ほどと比べるととても冷え切っていて、彼女がどれくらい怒っているのか、普段の彼女を知らない人間だってわかるだろうと思うほどだ。
「そうね。そういう意味では、私もこのままにはしたくないって思ってる」
その言葉に同意する声が挙がった。
「セレス……」
この部屋に入ってからずっと俯いていた妹が、いつの間にか顔を上げてこちらを見ていた。
「リーフさんも、あのもう1人の姉さんも、あんな目に合わなくてよかったはずなのに、なのに……っ」
杖を握る手が、震えていた。
「だから、私は絶対に、今回の黒幕を許さない……!」
はっきりとそう言い切ったセレスの表情は、怒りに満ちていた。
真っ正面でそれを見たルビーは、ちらりと隣に立つタイムへ目を向ける。
気づいたらしいタイムは、眉間に皺を寄せ、睨みつけるような視線を返してきた。
彼女の言いたいことを察したルビーは、やれやれと肩を竦める。
それから、セレスに視線を戻した。
「あたしのことに対して怒ってくれるのは嬉しいけど、落ち着きな。そんな気持ちで乗り込んだって、最悪邪神に呑まれて終わりだよ」
「う……」
思わず押し黙るセレスを、ペリドットが撫でる。
顔を真っ赤にして抗議をしている妹の姿に、ルビーはこっそりと安堵の息を吐き出すと、他の者たちに向き直った。
「そっちは?」
「ペリートに同意」
すぐに答えたのは、意外にもレミアだった。
それこそ面倒くさいくらいに疑り深い彼女のことだから、まだ自分を疑っていて、少しくらい口論になるのではないかと思っていたのに。
いつもどおりに見える彼女の姿に、ルビーは驚愕する。
目を丸くしてレミアを見ていると、視線に気づいたらしいレミアが、不満そうに睨み返してきた。
「あんなことされて、黙ってられるわけないじゃない」
「同じくだな」
隣に立つフェリアも、はっきりと頷く。
2人が取ったような忌みでレミアを見つめてしまっていたわけではなかったのだけれど、それは口に出さない。
代わりに、申し訳なさそうに肩を竦める。
「そう言ってくれるところ悪いけど、フェリアとティーチャーには残ってもらいたいんだ」
「え!?」
真っ先に声を上げたのはレミアだった。
「ちょっと待って。何でよ!」
「これから開けてもらうゲートが、精霊神法を扱える人間じゃないと通れないから」
食ってかかろうとするレミアに、尤もらしい理由を答える。
本当の理由は、それではない。
けれど、それを言うことはできなかった。
「それに、アールたちが他の国の人たちと交渉している間、リーフのガードをする人も必要だしね」
それまでずっと、ルビーに会話を任せていたタイムが口を開いた。
それでも、レミアはまだ食い下がろうとする。
「でも、それは兵士に頼めば……」
「ミューズ王女には悪いけど、城の中でどっかの国の息がかかったスパイが潜んでるかもしれないし、信頼できる人に頼むのが一番でしょ」
スパイという言葉に、レミアは思わず口にしかけた言葉を飲み込んだ。
可能性がないとは言い切れない。
それよりも酷い状況に襲われたばかりだから、最悪の状況を想像できないわけでもないだろう。
わかってるいるからこそ、否定ができない。
ルビーも、そんな彼女の考えをわかっていた。
「ティーチャーとフェリアにだったら、何の心配もなくリーフを預けられる。よね?セレス」
にっこりと笑って、妹に声を掛ける。
突然名を呼ばれたセレスは、一瞬驚きの表情を浮かべたかと思うと、疑うような眼差しでこちらを睨みつけた
「どうして私に振るの」
「婚約者にお伺いを立てるのは普通じゃない?」
「え……?」
首を傾げて尋ね返せば、その顔が驚きに染まる。
それを見て、ルビーはため息をつきたくなるのを必死に耐えた。

この子はあたしを何だと思っているのか。
妹の幸せを願わない姉だとでも思っているのか。

「姉さん、それって……」
「2人とも、頼まれてくれない?」
驚いた表情のまま声を掛けようとしたセレスの言葉を遮って、フェリアとティーチャーに向き直り、尋ねる。
フェリアはレミアと顔を見合わせ、ティーチャーは不安そうにタイムを見た。
視線に気づいたタイムが、彼女ににこりと笑いかける。
「お願い、ティーチャー」
安心させるような、そんな笑み。
それを見て、ティーチャーは意を決したように表情を引き締め、頷いた。
「わかりました。私は、リーフさんの側にいます」
ルビーを見て、はっきりとそう告げる。
それを聞いたタイムが、ほっとしたように息を吐いた。
「ありがと」
「その代わり、絶対に無事に帰ってきてね」
「もちろん。約束する」
胸の前で、ぎゅっと拳を握って、縋るように自分を見たティーチャーに、タイムは力強く応えた。
帰らないと言う選択肢は、最初からない。
「フェリア」
ティーチャーの心が決まったことを確認して、ルビーはもう1人、残ってほしい人物の名を呼んだ。
フェリアは俯いてしまっていて、表情は見えない。
少し肩が上下する。
おそらく深呼吸をしたのだろう。
ゆっくりと顕わになる、真っ直ぐにこちらに向けられた目には、迷いはなかった。
「……わかった」
「フェリア!?」
レミアが驚き、声を上げた。
その声を聞いたフェリアが、彼女を見て、静かに笑う。
その顔が寂しそうに見えたことには、気づかないふりをした。
「精霊神法を使えないなら、私は足手まといにしかならないだろうしな」
「そんなこと……!」
「ごめん」
否定しようとしたレミアを遮るように謝罪の言葉を発する。
その途端、レミアは驚いたように、フェリアは静かにこちらを見た。
真っ直ぐに2人を見つめて、ルビーは隠すことなく告げる。
「今回ばっかりは、そのとおりだって答えるわ」
「ルビー!?」
「やめろ、レミア」
怒りで顔を真っ赤にしてこちらを睨み、今にも掴みかかろうとするレミアの肩を、フェリアが掴んで止める。
「だって……っ!!」
「本当のことだろう。お前たちと同じことができない私は、足手まといだ」
「そんなことない!フェリアが、足手まといだなんこと、絶対……!!」
「ルビーちゃんだって、本心で足手まといなんて思ってないっしょ」
フェリアを振り払ってでもルビーを殴りに行きそうなレミアの耳に、突然言葉が飛び込んできた。
少し怒ったようなそれに、レミアは思わず動きを止める。
「え……」
「ペリート」
ルビーは咎めるように声の主の名を呼んだ。
呼ばれた本人は、わざとらしくにっこりと笑うと、少しだけ目を細めて言葉を続ける。
「ゲートが通れないって、そもそもどうしようもない理由もあるだろうけれど、本当のところは、攻撃手段のない友達連れてって、危険な目に遭わせたくないだけじゃん?自分が守れる余裕があるならまだしも、ないなら連れて行きたくないよね。大切な友達なら、余計に。だって死なせたくないもん」
こてんと首を傾げながら、ペリドットがこちらを向く。
「そーゆーことでしょ?ルビーちゃん」
投げかけられた、確信を持ったその問いに、ルビーは黙り込むしかない。
だって、ペリドットが告げたそれは、否定しようもない本心だから。
しばらくの間、ルビーは言葉を返さなかった。
皆が皆、黙ってルビーの言葉を待っていた。
レミアは、見開いた目を少しずつ細めて、何か言ってほしいと懇願するような視線を向けてくる。
不意に、肩に手が乗せられた。
驚いて、けれどそれを隠して視線を向ければ、呆れたような顔の、けれどとても柔らかい表情を浮かべたタイムがいた。
目が合うと、彼女はルビーにしかわからないように微笑む。
意図はわかっている。
正直に言ってしまえと言っているのだ、彼女は。
本当は、もう二度とそんな本心を告げるつもりはなかったのに。
誤解されたままであるのならば、それでもいいと思っていた。
けれど、そんな風に背中を押されてしまっては、もう自分を誤魔化すことなんてできないではないか。
「……本当なら、みんなも連れて行きたくない」
視線を足下に落とし、ルビーはぽつりと呟いた。
レミアがびくりと震えた。
気付かないふりをして、続ける。
「本当は、あたしたち2人だけで何とかしたいと思った。けど、そんなこと無理なの、わかってる」
今度の敵が、そんな甘い考えで挑んで勝てる相手ではないことを、ルビーは知っている。
「あいつには、あたしだけじゃ叶わない。でも精霊神法以外の呪文は届かない。なら、2人には安全な場所で待っていてほしいって、そう思ってる」
吐き出したのは、心からの本音だ。
弱い自分を目の当たりにしたからこそ、告げることができるそれ。
「……ごめん」
そう言って、頭を下げた。
「姉さん……」
「ルビー……、あんた……」
仲間たちの声が聞こえる。
その謝罪はどんな意味だったのか、ルビーにもわからない。
独りよがりな考えへのものだったのか、足手まといと言ったことに対してだったのか。
「謝罪はいらない」
ふと返ってきた言葉に、ルビーは驚いて顔を上げた。
見るとフェリアが、少し困ったような顔で微笑んでいた。
目が合うと、フェリアはますます笑みを深める。。
「お前が私たちをどのくらい大事にしているかなんて、この3年……いや、1年半か?見てきてわかっているつもりだ」
「フェリア……」
「だから、お前の言うとおり、私は残って私にできることをする。それだけだ」
はっきりと迷いなくそう言って、フェリアは笑う。
そのまま隣に視線を移し、そこにいたレミアに「いいな」と念を押すように声をかけると、レミアは仕方ないと言わんばかりに深いため息をついて、それから頷き返し、笑った。
それを見て、ルビーもようやく息を吐き出した。
「……ありがと」
小さく礼を告げる。
きっとその声はタイムにしか届いていない。
そう思ったのに、予想外のところから、「ふふっ」と笑う声が聞こえた。
驚いてそちらを見ると、先ほどまで淡々と話を聞いているだけだと思っていたミスリルとベリーが、柔らかい表情で笑っていた。
「なんかようやくいつものルビーを見た気がするわね」
「同感だわ」
「ミスリル……、ベリー……」
小さく笑うミスリルと、安心したように息を吐き出し、こちらを見ていたベリーに思わず声をかける。
すると、ミスリルはほんの少しだけ、怒っているような表情を浮かべた。
「そんなことはない、なんて言わせないわよ。ずっとトゲトゲした態度をしておいて」
「ま、私たちの態度もそんな感じだったろうから、あんたのことばかりは言えないだろうけど」
「……そうかも」
ベリーの言葉に、ルビーは苦笑する。
焦っていたのだ、互いに。
今なら、それがよくわかる。
仕方ないななんて自分で考えて、気持ちを切り替えるつもりで息を吐き出す。
それから、改めてフェリアに向き直った。
「改めて。ごめん、フェリア。リーフのこと、よろしく」
「ああ。任せておけ」
フェリアが笑う。
その表情からは、不満や不安という感情は消えていた。
それに安堵して、肩の力を抜いたそのとき。
「そろそろ話はまとまりましたか?」
部屋の奥から、突然男の声が聞こえた。
「誰!?」
「大丈夫だよ」
とっさに身構えたレミアを、ルビーが窘める。
「一応、ものすんごく一応だけど、味方だから」
「え?」
不穏すぎるルビーの言葉に、レミアが思わずまじまじと彼女を見たそのとき、目の前から不満そうな男の声が聞こえた。
「その言い方は酷いですよ。いくら私でも傷つきます」
「嘘つけ」
「嘘じゃないのに。本当に辛辣なんですから」
言いながら男はけらけらと笑いながら姿を見せた。
全身を覆う黒い外套の下で手を叩きながら現れたのは、予想に違わず、マリエスと共に神殿に残ったはずのセラフィムだった。
その姿を見たルビーは、隠すこともなく舌打ちをした。
側でタイムが思い切りため息をつく。
呆れられてもかまわない。
そのくらいルビーはこの男が苦手だった。
そう――昔から。
珍しく、それこそ新藤と話すときのような不機嫌さを隠そうともしないルビーを見て、レミアは側にいるフェリアと顔を見合わせる。
「いや、ちょっと。マジで誰?」
このままだと話が進まないと判断したのか、ルビーの肩を引っ張って、もう一度尋ねた。
「マリエス様の知り合いなんだけど……」
見かねたらしいタイムが代わりに答えたけれど、それ以上言葉が進まない。
当然だ。
だって、自分たちは彼がここにいる理由を知らない。
「どうしてあんたがここに?」
「どうしてもなにも」
睨みつけたままルビーが理由を尋ねれば、彼はやれやれと首を振りながら、わざとらしく肩を竦めて見せた。
「邪神のいる空間へのゲートを開くことができるのは私だけです。なので、マリエスに頼まれて、みなさんをご案内する仕事を引き受けたのですよ」
その答えに、ルビーは思わず眉間に皺を寄せた。
「あんただけ?」
「ええ。いくら下級神族とは言え、マリエスにあの場所の封印を解く力はありませんから」
その言葉で理解する。
邪神のいる空間に入るためのゲートを開けるには、神力が必要なのだ。
そのゲートを開けられるほどの神力を、精霊神マリエスは持っていない。
マリエスが開くことができないなら、今この地上にその力を持つのは3人。
そして、その中で道を知っているのは、この男ただ1人。
「それで?本当によろしいのですか?」
頭を抱えたくなるのを必死に我慢していると、セラフィムが首を傾げて問いを投げてくる。
どういう意味だと思って睨みつければ、その顔に不適な笑みが浮かんだ。
「覚悟は決まりましたか?」
その言葉に、顔が引き締まったのを、少し遅れて自覚する。
顔を上げて、仲間たちを振り返る。
その場にいる誰もが緊張した、けれど迷いのない面持ちでこちらを見ていた。
きっと、自分も同じような表情をしているのだろう。
そう確信して、セラフィムに視線を戻す。
それを見たセラフィムがふっと小さく息を吐き出す。
「そうですか」
その顔に笑みが浮かんだことに気付いたのは、きっと自分とタイムだけだろう。
「それでは、ご案内いたしましょう。あなた方にとって最悪の敵の下へ」
セラフィムはわざとらしく、恭しく頭を下げた。

2019.10.27