SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

14:世界情勢

エスクールの王都。
その中心にある王城の中には、緊迫した空気に包まれていた。
「それで、貴国はこの状況をどうなさるおつもりなのですか?」
ある会議室の中で、そう口を開いたのはスターシア国王の名代としてやってきた男だ。
円卓状になっている会議室のテーブルの一番上座に座るミューズは、その言葉にごくりと息を飲み込む。
「我が国としましては、早急に対応を……」
「ですから、その対応の内容をお聞きしているのです」
別の男が拳をテーブルに叩きつける。
その音にミューズの肩がびくりと跳ねた。
「今、世界中で起きている魔物の暴走。これはどうやら、この国が中心のようです。その原因は突き止められているのですか?」
「それは……」
別の女の言葉に、答える術はない。
調査隊なんて、出している余裕はなかったのだ。
いつの間にか大陸中に溢れた魔物から、街を守る指示を出すのが精一杯だった。
報告ではそれぞれの街に向かわせた結界部隊は間に合っているようだったから、数か月前の吸血鬼の事件の時よりは被害はマシなのだと信じたい。
「ミューズ殿下」
名前を呼ばれ、ミューズははっと顔を上げる。
視線を向けた先にいたのは、少し年の行った女性の文官だった。
確か、ゴルキドからの使者だったはずた。
「もしもこの魔物が、以前の時のようにこの国の者たちが変貌しているものであるならば、我々は黙っていることは出来ません。魔物が発生している村を住民ごと殲滅することも、致し方ないかと」
「ま、待ってください!」
ミューズは思わず、テーブルに勢いよく手をついて立ち上がる。
「まだこの魔物たちが我が国の民だと決まったわけではありません!!」
「しかし、ならこの魔物たちはどこから湧いてくるのと言うのですか」
「それは、今はまだ……」
女性の顔から目を逸らしてしまう。
何を言っても、返す言葉が用意できていないのは変わらない。
どうしたらこの場にいる客人たちを納得させることができるのか。
「落ち着いてくださいませ、マーノ様」
必死に考えていると、ふいに耳に着慣れた、柔らかい声が届いた。
はっと視線を向ければ、そこには見知った人物が立っていた。
鮮やかな桃色の髪が、にっこりと微笑む彼女の動きに合わせて揺れる。
「ニール長官。しかし……」
「リーナの言うとおりです。少し落ち着いていただけないか、マーノ殿」
マーノと呼ばれた女性の声を遮るように、凛とした声が室内に響いた。
「アマスル殿下」
驚いたようにマーノが、桃色の髪の少女の前の席に腰を下ろす女性を見る。
少し少女の色に近い長い紫の髪を持つ女性が、同じ色を持つ瞳で真っ直ぐにマーノを見つめていた。
「我々がここに集まったのは、ミューズ殿下を責めるためでも、エスクールを滅亡させるためでもありますまい」
「それは、そうですが……」
「それに、ここも結界術の使い手が出払ってしまい、今は私とリーナの張った結界によって王都を守っている状況。街から出ることが出来ない以上、何を言っても始まりません」
言い淀んだその隙を逃さないとばかりに、アマスルと呼ばれた女性は続ける。
「まずはこの王都をどう守るか考えるのが先決かと存じます。ここの結界が破られてしまえば、わたくしたちの身も危ないのですから」
その鋭い瞳を、マーノを睨みつけるかのように細める。
マーノの喉が、息を飲み込むように動いた。
それ以上彼女が口を開かないことを確認してから、ミューズはアマスルに向き直る。
「申し訳ありません、アマスル殿下、ニール長官。あなた方のお力をお借りすることになってしまって……」
「気にしないでください。困ったときはお互い様です。ね?お姉様」
「ああ」
リーナがにっこりと笑ってそう言えば、アマスルもその表情を緩めて短く答えた。
この2人がここにいてくれてよかったと、ミューズは思う。
立場上、本名や役職で呼んではいるが、2人は兄の友人だ。
マジック共和国王の姉にして、王補佐官であるアマスル=ラル=マジック。
かつてアール=ニール=MKという名で、この国を帝国の支配下に置いた女性。
憎んでいたこともあったし、今でも当時のことを完全に許しているわけではないけれど、この心遣いがありがたいと思う。
この国に魔物が溢れたとき、真っ先にやってきてくれたのは、義姉の名代だと名乗ったリーナだった。
世界中どこも同じような状況で、彼女たちの国も魔物から民を守るのが最優先だろうに、彼女はここにやってきたのだ。
溢れた魔物は、エスクールからやってきているという噂の真相を確かめるという目的もあったが、それ以上に。
「大切な友人の故郷に疑惑がかけられているとなっては、黙ってみていることなどできない、というのが、我が王と義姉、そしてわたくし自身の考えですわ」
対応に追われるだけだったミューズにとって、その言葉がどんなにありがたいものだったのか。
きっとこの場にいる他の国の者たちにはわからないだろう。
その後、他の国の者たちも、魔物はエスクールから溢れているという真偽もわからない噂のために、続々と調査員や名代を派遣した。
それが今、ここにいる各国からの客人たちなのだ。
アールも、正式に国王シルラの名代として、この国にやってきた。
やってきた途端に、リーナと一緒に結界を張る手伝いをさせろと言われたときには驚いたのだけれど。
「一番問題なのは、この状況で行方のわからない次期国王陛下では?」
安堵の思いで少しの前の出来事を回想していたミューズは、耳に飛び込んできたその言葉に、びくりと肩を震わせた。
「ホゼア殿」
マーノが声の主である男の名を呼ぶ。
あれは確か、トランストンからの使者だっただろうか。
頭の中で男の情報を思い出しながら、ミューズは軽く息を吐き出して、口を開いた。
「王太子殿下は、現在は修行に出られている身。知らせる手段も絶たれ、連絡は……」
「世界中がこの状況であるというのに、気づいていないという言い訳が通じるとお思いか?」
「そ、それは……」
ホゼアの指摘に、ミューズは言い淀んでしまう。
気づいていない。
それは正しいと思う。
だって、兄がいるのは異世界だ。
誰かが知らせに行かなければ、こちらの世界の異変など気づきようもない。
そして、それを知り、異世界に行く手段を持つ者が全員ここにいる現状、誰かが知らせに行ったわけでもない。
行こうとしなかったわけではない。
リーナが名乗り出てくれた。
けれど、空間が不安定になっていること、開いたゲートに魔物たちが殺到してしまったこと。
そのふたつが原因となり、向こう側へ渡ることができなかったのだ。
それを説明しようにも、兄が異世界へ渡っていることを他国に公言するわけにはいかない。
どうしたらいいのかと、思考を巡らせるけれど、既に限界まで追いつめられている頭で、よい案が浮かぶはずもない。
見かねたらしいアールが、再び口を開こうとしたそのとき。
「それは私自身がお詫びしよう」
ばんっと音を立てて扉が開かれ、同時に力強い声が室内に響いた。
はっと顔を上げれば、そこにいたのは旅装束を身にまとった、濃緑色の髪の青年。
髪と同じ色の瞳は鋭い光を宿し、静かに室内を見回している。
「リーフ!?」
「リーフ様!!」
誰かの驚いた声が聞こえる。
それが誰のものかも、ミューズの頭には入ってこない。
ただ呆然と、目の前に現れた青年を見つめてしまう。
「リーフ兄様……!?」
漸くその青年の名を呼んだときには、彼は自分のすぐ側までやってきていた。
「すまないミューズ。戻るのが遅くなった」
「あ、兄上、どうやってここに……」
この街には、アールとリーナによる強力な結界が張ってある。
かなりの魔力を練り込んだもので、高位の術師でもそう簡単には突破できないと聞いていた。
それなのに、外から来たはずの兄は、一体どうやって街に、城に帰ってきたのか。
「ミューズさん!」
動揺してそのまま尋ねてしまったミューズの耳元で声がする。
はっと視線を動かす。
姿は見えなかったけれど、気配を感じる。
少し前までずっとここにいて、突然消えてしまった、とても馴染んだ気配。
「ティーチャーさん?一体今まで何処に……」
「ミューズ」
姿の見えない妖精に話しかけようとしてしまったミューズに、リーフが声をかける。
はっと口を噤んだミューズは、慌てて兄へと顔を向けた。
「エルトから話は聞いた。ここは俺に任せてほしい。それと、頼みたいことがある」
「兄様?」
不思議そうに兄を見上げてから、気づいた。
掴まれた腕をはっと見下ろす。
服に隠れてはいるけれど、その腕には確かに以前にはなかったはずの傷がある。
腕だけではない。
上着で隠しているけれど、その服にもところどころ破れたあとが見えた。
「兄様、この怪我は……っ」
「治療はしてもらってる。たいした怪我じゃない。それより、俺の仲間たちに部屋を用意してやってくれ」
仲間たちと聞いて、ミューズはもう一度、弾かれたように兄を見上げる。
「皆さんが、いらしてるんですか?」
「ああ。俺をここに帰すのに、だいぶ無理をしてくれたんだ」
一瞬だけ、リーフはミューズから視線を逸らした。
それを不思議に思うよりも先に、その瞳がもう一度こちらを見る。
「休める部屋を6人分。それと……」
「待ってください、リーフ様」
少し声を潜めた彼の言葉を遮るように誰かが声を上げた。
はっと顔を動かせば、リーナが身を乗り出すようにこちらを見ていた。
「6人分?皆さんでいらしたなら、8人じゃないんですか?」
「リーナ」
突然兄妹の間に割って入ったリーナの名を、アールが咎めるように呼ぶ。
「ですが、お姉様」
「お前もミューズ殿下を手伝ってこい」
「え……」
詰め寄ろうとした彼女は、しかし予想外だったらしい義姉の言葉に、一瞬言葉を失った。
その表情は、すぐに嬉しそうな笑顔に変わる。
「はい、わかりました」
迷うことなく頷くと、リーナがミューズの手を取る。
「参りましょう。案内をお願いしますわ」
笑顔で言われたそれは、けれどミューズに向けられたものではなかった。
側にある小さな気配が、小さく返事をする。
「はい」
その返事を代わりにはっきりと言葉にして、ミューズはリーナと、姿を消したティーチャーを伴って、部屋を後にする。
きっと、兄は大丈夫。
状況はすぐにわかるだろうし、補佐はきっと、アールがしてくれる。
心の中でそれを祈りながら。



出て行く妹たちを見送る。
扉が閉まると当時に、ちらりと隣を見ると、ミューズの隣の席に腰を下ろしていたアールがこちらを見た。
「状況を」
「ああ、後で」
彼女の要求に短く答える。
それで彼女は満足してくれたらしい。
真剣な表情のまま小さく頷くと、その視線をリーフから外した。
それを見てから、リーフも席につく。
腰を下ろすことはせず、立ったまま周りを見回した。
「皆様、お待たせして申し訳ありませんでした」
そう言って、頭を下げる。
黙って状況を見ていた各国からの使者たちが、少しざわめいたのがわかった。
少しの間そうしてから、頭を上げる。
もう一度周りを見回してから、もう一度口を開いた。
「ここからは私、リーフ=フェイト=エスクールがお話を伺います」
はっきりとそう名乗り、宣言する。
それを待っていたかのように、アールが口を開いた。
「今回の我々の訪問の目的はご存じですか?リーフ殿下」
「はい、アマスル殿下。世界中に溢れている魔物の対策会議、及び一番被害の多い我が国の状況の確認にいらっしゃったと」
真っ直ぐに見返して答えれば、アールはほんの少しだけ表情を和らげて頷く。
どうやら、どこまで把握しているのか心配してくれたらしい。
そんな彼女に、薄い笑みを返した。
そうしてから、各国の使者たち、一人一人に視線を移す。
「私はたった今帰国した身。もう一度確認をさせていただくこともあるかもしれません。申し訳ありませんが、ご協力をお願いいたします」
最初に釘を刺しておく。
それが凶と出るか吉と出るかはわからなかった。
けれど、エルトから聞いた話のとおりであるならば、各国はこの機にエスクールに対して何らかの影響力を持ちたいと思っている。
損得も何もなく協力してくれようとしているのは、マジック共和国だけだ。
ここで付け入る隙を与えるわけにはいかない。
なんとしても、乗り切ってみせる。
そう決意して、リーフはもう一度口を開いた。



各国の使者が会議をしている場所から離れた場所にある区画。
その客室のひとつで、リーナが大声を上げた。
「ルビー様とタイム様が行方不明!?」
少し広めの2人部屋。
隣の部屋と行き来する扉のついたその客室のソファの背もたれに体を預けたベリーが、深いため息をついた。
「そう」
「行方不明って、どういうことなんですか!?」
「どうもこうも言ったとおりよ」
リーナに詰め寄られても、ベリーは表情を変えない。
いや、疲れ切った表情をしていて、それ以上の反応ができないというのが正しいのかもしれない。
「こっちに来た直後に大量の魔物に襲われてね。崖から落ちたの」
「タイムさんは、姉さんを助けようとして、そのまま」
反対側のソファに腰を下ろしたミスリルが、やはり疲れ切った表情で答える。
その隣で、セレスが俯いたまま続けた。
その言葉に、リーナは再び声を上げた。
「探さずに来たんですか!?」
「ええ」
「そんなどうして!?」
信じられないと言わんばかりにリーナが叫ぶ。
誰もが疲れ切ったように息を吐き出し、口を閉じてしまおうとしたそのとき。
「リーフさんを、無事にここにお連れするためです」
はっきりとした声が、耳に届いた。
俯いたままのセレスが、視線を床に落としたまま、そう言ったのだ。
「セレス様……」
「姉さんなら、そうしろって言うと、思ったから……」
「セレス……」
両手で顔を覆ってしまったセレスを、ミスリルが抱き寄せる。
ここに辿り着くまでは気丈に振る舞っていたという彼女も、リーフが行ってしまった途端に崩れ落ちてしまったという。
「タイム……、ルビーさん……」
その姿を見たティーチャーが、胸の前で祈るように手を組んで、ここにいない2人の名前を呟いた。
彼女はずっとミューズの側にいたらしい。
故郷の森にまで魔物が入り込もうとして、原因を突き止めようと、テヌワンに伝わる魔法石を使って村に結界を張り、飛び出してきたらしいのだ。
異世界にいる自分たちが村を訪ねるなら、タイムが一緒にいるだろうから、結界の中に入るのは問題がないと思った故の判断だったらしい。
まさかタイムが行方不明になっているなんて、夢にも思わなかっただろう。
「それより、問題はこれからだ」
重くなってしまった空気を断ち切るかのように、フェリアが口を開いた。
その言葉にリーナがぱっと顔を上げる。
「ルビー様たちをどうやって探すか、ですわね」
「違う」
リーナの希望の込められた言葉を、フェリアがはっきりと否定する。
「え?」
「ええ。問題は、ここの守りよ」
思わず聞き返せば、ミスリルもはっきりとそう告げた。
「大丈夫ですわ。ここの結界はわたくしとお姉様で作ったものですもの」
「わー。むやみに壊さなくって良かった……」
仲間よりも王都の守りを優先する。
彼女たちらしくないその言葉を疑問に思いながら、安心させようと胸を張ってそう言えば、途端にベッドの上からリーナが意図したものとは違う意味の安堵の声が聞こえた。
この部屋に案内する前から、力尽きて立つことからできなくなってしまっていたペリドットが、ベッドの上にいる。
仰向けに大の字になって転がっている彼女の顔から、盛大なため息が吐き出された。
一瞬だけ彼女に視線を向けていたベリーは、それをふいっと逸らすと、小さくため息を吐き出した。
「理由は知らないわ。けど、どうやらあの魔物たち、リーフを狙っているみたいなの」
その言葉に、リーナだけではなくミューズも声を上げた。
「リーフ兄様を!?」
「どうしてリーフ様を?」
「理由は知らないって言ったでしょう?」
思わず身を乗り出したけれど、ベリーは疲れたようにそう答えるだけだ。
彼女の代わりに口を開いたのはフェリアだった。
「だが、アースや私たちを襲った魔物たちは、明らかにリーフをターゲットにしていた。今、世界中に発生しているという奴らも、同じだと言うのなら」
「魔物が、ここを狙ってくるかもしれない、ということですか?」
「そういうことだな」
リーナの問いに、フェリアは頷く。
他の者たちを見ても、誰も否定の言葉を口にしない。
「どうして、兄様が……」
「わかんない。マリエス様なら、何か知ってるかなって、思うんだけど……」
言いかけたペリドットは、突然大きなため息を吐き出すと、その目を自らの腕で覆い隠してしまう。
「駄目……。ごめん。ちょっと、寝かせて……」
消えてるような声の後、すぐに寝息が聞こえてきた。
どうやら本当に限界だったらしい。
それを見たレミアが、同じように疲れた息を吐き出した。
「そうね。向こうからずっと戦いずくめだったから」
「ごめんなさい。少し休ませてもらっていいかしら」
「あ、はい。わかりましたわ」
ミスリルの言葉に、反射的にリーナが頷く。
返事をしてしまってからミューズを振り返ると、彼女も仕方ないという表情のまま頷いた。
「では、私たちは隣の部屋にいますから。何かあったら呼んでください」
「ありがとう、ミューズ」
「いいえ。こちらこそ」
ミスリルの言葉に、ミューズは首を振る。
礼を言うのは彼女たちではなく、こちらの方だった。
ぐったりとした様子の彼女たちの顔を見回して、頭を下げる。
「兄上を無事に連れ帰って頂いて、本当にありがとうございました」
その声には心からの安堵と感謝が込められていて。
受け取ったミスリルは、ふっと柔らかく微笑んだ。

2018.01.03