SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

13:その背中

ふと、気配を感じて魔力の行使を中止する。
とたんにそれまでとは違う浮遊感を感じて、ふわりと大地に降り立った。
「セレス?」
左手を握っていたリーフが、不思議そうに名を呼ぶ。
「セレス?どうかしたの?」
反対側からベリーが、心配そうに声をかけてきた。
「またかぁ……」
セレスが口を開くより、参ったと言わんばかりのペリドットの声が聞こえてきた。
「またってことは……」
「ええ。結界です」
まさかと言いたそうなレミアの言葉に、セレスははっきりとそう答えた。
それに驚きの声を上げたのはリーフだ。
「でも、妖精の森の結界は抜けられるんじゃなかったのか?」
「はい。森を覆っている結界は抜けました。これは、それじゃなくって」
「上から見てた感じ、ここ、森の中心だよね。たぶん、テヌワンを覆ってるんじゃないかな」
後ろからかかった声に振り返る。
ペリドットが、指先で器用にオーブを回転させながら、ため息のような息を吐き出しつつそう言った。
「妖精の村をか?」
その言葉に驚いたのはフェリアだ。
彼女だけでなく、レミアも声を零してペリドットを見た。
「私もそう思います。それと……」
セレスが、壁にでも触れるように何もない空間に手を伸ばす。
ほんの少し顔を顰めると、彼女はこのままこちらを振り返った。
「ペリート」
「にゃ?」
「わかる?」
「へ?」
神妙な表情で尋ねられ、ペリドットは首を傾げた。
ひょこひょことセレスの隣に移動し、同じように宙に手を伸ばす。
それが止まった瞬間、うんざりとしたように息を吐き出した。
「あー。なるほど」
「何?何してんの?」
不思議そうな表情でレミアが首を傾げる。
振り返ったペリドットは、肩を竦めてやれやれと首を振った。
「これ、結構特殊な結界だよ。たぶんタイムちゃんいないと通れない」
「タイムがいないとって、どういうことだ?」
尋ねたのはフェリアだった。
ペリドットやセレスならわかる。
この中で最も魔法に精通しているのはこの2人だ。
結界の仕組みについても解除方法についても、この2人以上に詳しい者はいないだろう。
「結界にね、強力な水の魔力が練り込まれてんの。同じくらいの水の魔力をぶつけないと、解除も突破もできないと思う」
ペリドットがこんこんと宙を叩くように拳を動かす。
それを見ていたミスリルが首を傾げた。
「あんたたちじゃだめなの?」
「普段のあたしとフェリアちゃんセットならいけると思うけどねぇ」
「生憎だが、私も無理だ」
フェリアが疲れたように息を吐き出しながら首を横に振る。
その顔には、疲労がだいぶ色濃く浮かんでいる。
彼女に限った話ではない。
「じゃあ、ティーチャーに会うのは諦めるしかないってことか」
レミアもやはり疲れの隠せない表情で呟く。
全員が、既に体も心も限界だった。
「だったら次ね」
そんな全員を奮い立たせるような凛とした声が、その場にいる者たちの耳に届いた。
その声に、レミアは地面に落としかけていた視線を上げる。
「ベリー?」
「テヌワンに入れないなら、このままエスクール城を目指すわよ」
真っ直ぐに仲間たちを見て、ベリーが宣言をする。
その表情にも疲労の色はあるものの、瞳には歩みを止めない強い光が宿っている。
「元々私たちが目指していたのはそっちなわけだし、こんなところでもたもたしている暇はないわ」
「そうだな」
彼女の言葉に、頷いたのはリーフだ。
「けど、正直こっちから入ったことはないぞ?ティーチャーがいなくて、場所はわかるか?」
「そのくらいなら何とかする!」
びっと空に人差し指を伸ばしてペリドットが宣言した。
突然のその行動に、リーフは目を丸くする。
「何とかするって……」
「レミアちゃん。風の動きとかでわかんない?どこに何があるとか」
「え?いや、普通に無理」
急に話を振られ、一瞬きょとんとしたレミアは、けれどすぐに否定を口にした。
「ええー」
それを聞いた途端、ペリドットが意外そうな声を上げる。
レミアは大きく息を吐き出すと、両の腰に手を当て、彼女を睨みつけた。
「あのねぇ。洞窟とかでならともかく、外でそんなの探せないわよ」
「レミアちゃんならできそうな気がしたのにぃ」
子供のように頬膨らませて、ペリドットが拗ねたような声を上げる。
はああっと大きなため息を吐くその姿に、レミアが文句を言い掛けたそのとき、突然ペリドットがぱんっと己の頬を両手で叩いた。
「仕方ない。じゃあちょっと時間ちょうだい」
驚くレミアに見向きもせずに、ペリドットは周囲を見回してから、セレスへと顔を向ける。
「セレちゃん、来たのってあっちからだよね?」
「はい」
「うっし」
結界とは逆方向を示して、セレスに確認すると、ペリドットはそちらを向き直って気合いを入れる。
オーブを取り出して浮かせたかと思うと、それに意識を集中し始めた。
「オーブ?」
「うん。歩き回るわけにもいかないし、飛ばして探す」
レミアが首を傾げると、ペリドットはオーブから目を逸らすことなく答えた。
「集中するから、ちょっと他のことできなくなるよ」
「わかったわ」
ペリドットの言葉に頷いたのはベリーだった。
ちらりと彼女を見て小さく頷くと、ペリドットは視線をオーブに戻す。
そのまま目を閉じようとして、はっと何かに気づいたように開いた。
「あ、リーフ君は絶対にセレちゃんの手、話しちゃ駄目だかんね。ここもう妖精の森の中なんだから」
「わ、わかってるよ」
突然声をかけられ、リーフはびくりと肩を跳ねさせる。
思わず繋いだままの手に力を入れてしまったらしく、セレスが小さく痛いと言ったから、慌てて謝った。
それでも、手を離そうとはしない彼を見て、ペリドットはほっとしたように笑うと、今度こそオーブを見て、腕を振り上げた。
「よーし、行ってこーい!!」
上空に放り投げるかのようなその動きに合わせてオーブがふわりと浮かび上がったかと思うと、そのまま先ほどペリドット自身が示した方へ飛んでいく。
オーブが見えなくなるのを待っていたかのように、ペリドットは目を閉じた。
すうっと息を吸い込んで、意識を集中する。
伸ばした腕の先、そのずっと向こうにあるオーブを見失わないように、自分の魔力の乗ったその気配を追いかける。
それを見ていたリーフは、ふとその額に浮かぶものを見て、セレスにそっと声をかけた。
「あいつ、だいぶ辛そうだけど、大丈夫なのか?」
「いいえ。大丈夫じゃないと思います」
セレスがペリドットから視線を外さないまま、静かに首を横に振る。
それに驚くリーフを見て、フェリアが小さく息を吐き出した。
「言っただろう。あいつもだいぶ疲労が溜まっている。転移の呪文が使えないくらいにな」
「えっと……?」
そう言われても、数か月前まで魔力そのものに馴染みのなかったリーフには、感覚がわからない。
首を捻っていると、いつの間にか近くの岩に腰を下ろしていたレミアが、大きなため息を吐き出した。
「前に魔法剣を教えたときに話したでしょ?呪文を発動するには、結構な集中力が必要よ。連続使用すれば当然疲労も溜まるし、疲労が溜まれば集中力も落ちる。集中力が落ちれば、呪文をコントロールする能力も落ちて、結果、威力が落ちたり失敗したりするわけ」
「ああ、うん」
レミアの説明に、リーフは頷いた。
確かに以前、彼女に師事したとき、そう教わった。
実際に魔法剣を使えるようになって、その言葉の意味も身に染みて理解できたと思う。
「ゲートは特殊な術ですから、操る魔力も、そのために必要になる集中力も並大抵ではありません。加えて、今回はそのゲートを強制的に閉じる術も使っています」
リーフの右手を握るセレスの左手に、きゅっと力が入る。
ふと見た彼女の額にも、汗が浮かんでいた。
「たぶんペリートも限界のはずです。じゃなきゃ、得意な水晶術を使うのに、あんなにも集中する必要、ないはずです」
「まあ、それでも頼るしかないわよね。こんな森の中を歩き回る方が辛そうだし」
ベリーがふいっと視線を外し、目を伏せて呟く。
そのまま、小さく息を吐き出した。
「なんだかんだであの子、ルビーがいないとみんなを引っ張ってる気がするわ」
「そうね……」
独り言のようなその言葉に、声を出して同意したのはミスリルだけだったけれど、きっとこの場にいる誰もがそう思っているだろう。
事実、ここまで自分たちを引っ張ってきたのは、ペリドットだ。
最初は仲間たちと同じように動揺していたというのに、今では率先して前に進もうとしている。
彼女が動いてくれなければ、今の自分たちはどこかで折れてしまったかもしれない。
「……情けない」
「あらそう?そんなのわかっていたと思うけど?」
本当に小さな声で呟いたつもりだったのに、それを拾われて、ミスリルはほんの少しだけ驚いて顔を上げる。
「ベリー」
思わず睨み付ければ、彼女はくすりと笑みを零した。
「だってあんたは想定外の事態に弱いじゃない。むしろ今冷静なことに驚いてるわ」
はっきりとそう言われてしまえば、否定など出来ない。
確かに今まではそうだった自覚が、ミスリル自身にもあった。
「私だって、いつまでも昔のままじゃないわ」
「ええ。知ってるわ」
ふいっと顔を背けてそう言えば、ベリーはくすくすと笑いながらそう答える。
何度かそれが無性に腹が立って、ミスリルは思わず彼女を睨み付けた。
そんな2人のやりとりを、レミアは目を丸くして見つめていた。
「ベリーとミスリルって、こんなんだったっけ?」
「人は成長するものですよ、レミアさん」
ぽかんと2人を見つめたまま呟いたそれを聞いて、セレスがくすくすと笑う。
レミアの側で、唐突にフェリアがため息を吐いた。
「変わらない奴もいる気がするが」
「ちょっと。なんであたしを見んのよ」
レミアがぎろりとフェリアを睨み付けるが、本人は素知らぬ顔だ。
無視をされて頬を膨らませたレミアが、岩から立ち上がろうとしたそのとき。
「……見つけた!」
ペリドットの声が飛び込んできた。
「早っ!?」
レミアが思わず声を上げる。
目を開いたペリドットはその声にこちらを見て、得意そうに笑った。
「へへーん。でっしょー。方角のアタリはつけてたもんねー」
無邪気な笑顔でピースサインを出すペリドットは、いつもどおりのようだった。
けれど、その顔には確かに疲労の色が浮かんでいる。
「よし、じゃあ行こっか」
「お、おい。オーブ戻さなくて大丈夫なのか」
そのまま歩き出そうとしたペリドットに向かい、リーフが慌てて声をかける。
「へーきへーき」
そんな彼に向かい、ペリドットはひらひらと手を振る。
その背中を見たベリーが、目を細めて彼女を睨みつけた。
「呼び戻す魔力がないってわけじゃないでしょうね」
「違うよー。っていうか、遠くにやったままにしとく方が実は大変なんだよ。知ってた?」
くるりと振り返ったペリドットが、おどけたように首を傾げて尋ねる。
そう言われてしまえば、ベリーにはそれ以上、何も言えない。
「行きましょう、みなさん」
少し重くなってしまった空気を切り裂いたのは、凜とした声だった。
「セレス」
「早く到着した方が、ペリートの負担も軽くなると思います」
はっきりとした彼女の言葉を聞いたペリドットが、嬉しそうに笑う。
「うん。セレちゃんが正解。だから早く出発してくれると嬉しいなぁ」
その笑顔にも、疲労の色が見えていた。
そんな顔を見せられてしまっては、これ以上詰め寄るわけにもいかない。
「わかったわ」
「まあ、この森に魔物が入り込むことはないだろうし」
ベリーとレミアがため息を吐きながら承諾する。
「万が一があるから、油断はしないで」
「わかってる」
ミスリルの言葉に、頷く。
それを見ていたペリドットは、にっこりと笑った。
「よし、じゃあ行こうか。あ、セレちゃんとリーフは真ん中ね。もしもリーフ君が手を離しちゃったら、しんがりの誰かが捕まえてね」
「き、気をつける」
冗談交じりのその言葉とは裏腹に、若草色の瞳はとても真剣な光を浮かべていて。
だからリーフは、頷く以外の返事を返すことは出来なかった。

2018.01.01