SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

12:狙われた王子

だんっと体に衝撃が走ったような気がした。
次の瞬間、ペリドットは地面に投げ出され、勢いよく尻餅をついた。
「あっ痛ったぁ……」
「大丈夫?ペリート」
目の前に手が差し出される。
顔を上げれば、そこには心配そうな表情をしたベリーがいた。
「あんがと、ベリーちゃん。だいじょぶぅ」
「ならよかったけど」
差し出された手を取り、立ち上がる。
すぐ側にはリーフとセレスもいた。
セレスの顔は、俯いたままリーフに抱き締められていて、見ることはできなかった。
「一体何だったの?今の。それに、ここは……」
「どうやら王都を包むように結界が張られているらしい」
背中にかかった声に振り返る。
そこにはフェリアが立っていた。
その後ろにレミアとミスリルの姿もある。
「フェリア。そっちも無事ね」
「ああ。なんとかな」
ベリーがほっとしたような表情を浮かべると、フェリアは肩を竦めた。
きっと彼女も空中にある何か、おそらくは結界にぶつかってしまったのだろう。
自分以外の誰かと転移呪文を使って一緒に転移するときは、術者が先頭になってしまうから、ペリドットとフェリアだけが結界にぶつかって投げ出され、他の仲間たちはそれについて降りてきた、という形になっているはずだ。
「結界って、また何で?」
「それだけ今の事態が逼迫してるってことでしょうね」
レミアの驚く声に、ミスリルがため息を吐きながら答えた。
王都に結界を張るほどの事態。
ついこの前もあったような気がするけれど、空まで覆っていると言うことは、その時以上に事態は逼迫しているということだろう。
「しかし、城壁までも包むように結界が張られているな。これでは王都には入れないぞ」
フェリアが城壁に触れながら呟く。
石の壁に触れているはずのその手と壁の間は、確かに少しだけ隙間があった。
「破れないの?」
「できなくはないが、これだけの結界を作り出すのは相当の労力がいるからな」
「そーそー。下手に破ると再構築が出来ないよね」
無理矢理破って、その反動で術者が倒れてしまっては、元に戻すことが出来ない。
自分たちが手伝えば出来ないこともないが、これほどの結界を維持したまま戦うことは難しいだろう。
「ってことは、中には入れないってこと?」
「そうなるな……」
レミアの問いに、フェリアはため息を吐き出しながら頷いた。
せっかくここまで来たのに、中に入ることができないなんて。
このままここにいるわけにも行かないだろうし、どうするべきかと首を捻ったそのとき。
「地下はどうだ?」
耳に届いた声に、フェリアは不思議そうに顔を上げる。
そんな反応をしたのは、彼女だけだった。
他の4人はこの言葉に弾かれたように顔を上げた。
「王族の脱出用の地下通路。あれの出口は精霊の森だから、あっちまでは結界が張られていないんじゃないか?」
彼女たちの視線の先にいたのは、声の主であるリーフだ。
セレスを抱きしめたまま、リーフは仲間たちを見つめて尋ねる。
「そっか!その手があった!!」
ペリドットが忘れていたと言わんばかりに声を上げる。
エスクール王都の地下には、下水道のような地下通路が張り巡らされている。
かつてダークマジック帝国がこの地を支配していた頃、リーフとミューズの指揮するレジスタンスが隠れ家としても使っていたそこ。
かつて自分たちも使用したそこの存在を、今の今まで忘れていた。
「そうね。精霊の森は私たちしか通れないから、わざわざそっちまで結界を張っている可能性は低いわね」
エスクール王都の西に存在する精霊の森は、その森に住む妖精たちと精霊以外は何人も入ることのできない結界が張られている。
結界の中に踏み込んでしまった者は、方向感覚が狂わされ、気づかないうちに森の外へと吐き出されてしまうのだ。
唯一の例外が、かつて妖精神ユーシスが力を貸したという勇者ミルザ。
そのミルザの血を引く自分たちと、自分たちに同行する者であれば結界を抜け、中心にある妖精の村に辿り着くことができる。
「テヌワンまで行けばティーちゃんにも会えるかもだし、行ってみる?」
最近は妖精族の長候補としてあちこち飛び回っているらしいティーチャー。
彼女であれば、今の世界の状況も知っているかもしれない。
「だけど、歩いて行く猶予はないかもしれないわ」
突然のベリーのその言葉に、ペリドットとフェリアが頷いた。
「そうだな」
「今のあたしら、エサをぶら下げながら歩いているようなもんだもんねぇ」
3人の言葉の意味が分からずに、レミアは首を傾げる。
「どういうこと?」
「気づいてないか?学園を襲ってきた魔物たちもさっきの魔物も、動きが一定だった」
フェリアの言葉に、レミアとリーフが驚きの声をこぼす。
ミスリルは黙って視線を足下に落としただけだった。
「何かを狙っていたんだ。そして、その何かというのは、おそらく」
「うん。リーフくんだと思う」
フェリアの視線を受け、ペリドットが頷く。
それを聞いたリーフが、目を見開いた。
「俺……?」
零れた声は、ほんの少し震えていたような気がする。
それには気づかないふりをして、ベリーは頷いた。
「最初は気づかなかったけれど、ルビーを投げ落とした奴も他の奴らも、明らかにあなたを狙っていたわ」
「確かに、素通りしてく奴がいた気もするけど」
口元に人差し指を当てたレミアが、考え込むように顔を俯ける。
魔物たちは、ただ闇雲に襲ってきていると思っていたけれど、確かにゲートが閉じた後も、先陣を切っていた自分とベリーを無視して岬の先へ行こうとしていた魔物がいたような気がする。
「最初はリーフ自身が動き回っていたから気づかなかった。でも、動かなくなってからは、魔物たちは確かにリーフを目指して移動していたわ」
「たぶん、ルビーちゃんもそれに気づいたんだと思うんだよね」
「そう……。だから突然、転移するって言ったの」
「たぶんね」
ペリドットの言葉に、俯いていたミスリルが呟く。
それにペリドットが同意すれば、彼女は静かに目を閉じた。
おそらく、自分が気づいていなかったそれに気づき、リーフを守ろうとして崖の下に消えたルビーのことを案じているのだろう。
声をかけることはせずに視線を外したペリドットは、改めて仲間たちを見回す。
「王都がこんなになってるのも説明がつくよね。リーフくん王子様だから、当然ここにいると思うじゃん?」
「だが、実際はいなかった。そして居場所を突き止めた結果が、アースへの襲撃、ということか?」
フェリアの問いに、ペリドットは「たぶんね」と頷いた。
そうであれば、魔物たちの行動には説明がつく。
「でも、なんでリーフが狙われるわけ?」
「そこまではわかんないよ。誰かが魔物たちを操ってるのかなーってくらいしか思いつかないし」
レミアの問いに、ペリドットはやれやれと肩を竦ませる。
行動に説明は付くけれど、その目的は皆目見当がつかない。
魔物がリーフを狙う理由がないのだ。
これが人間の仕業なら、次期国王のリーフを殺害してエスクール転覆を狙うなんてことも考えられるけれど、それにしてはやり方が派手すぎる。
人間以外の存在がリーフを狙って、何かメリットがあるとも思えない。
うーんと頭を捻っていると、不意にミスリルが顔を上げた。
「ということは、いつまでもここにいるわけにはいかないわね」
「ええ。それに、さっきも言ったけど、徒歩移動もやめた方がいいと思うわ」
ベリーの意見はもっともだ。
地上からでは、王都から精霊の森までは回り込まなければならない分時間かかる。
その間に嗅ぎつけた魔物たちに襲われないとは限らない。
それは、わかっている。
けれど、別の問題もある。
「ペリート、もう一度飛べるか?」
「正直、ちょっと無理かもしんない。フェリアちゃんは?」
「……厳しいな」
転移の呪文は、目的地を鮮明にイメージして発動しなければならない。
普段ならなんてことはないのだが、あの連戦の後だ。
加えてペリドットには、ゲートの開閉の際にもだいぶ負担がかかっている。
その後の先頭でもだいぶ動き回っていたから、疲労は相当なものだろう。
それでも、このまま歩いて移動して、また魔物と戦うよりはマシなのかもしれない。
「まあ、試してはみるけど」
「……大丈夫です。私がやります」
そう思ってそう答えたとき、意外な声がペリドットを止めた。
ペリドットが驚いて声のした方を見る。
ずっとリーフの胸に顔を埋めて黙っていたセレスが、顔を上げていた。
「セレちゃん」
「だから、ペリートは休んでいて」
驚くペリドットに、セレスは微笑む。
精一杯と言わんばかりのその笑顔に、リーフは彼女の肩を掴んでその顔を覗き込んだ。
「大丈夫なのか?」
「はい。取り乱して、ごめんなさい」
リーフの問いに、セレスはやはり微笑む。
ほんの少しだけ、目を伏せて、軽く深呼吸をして、再びリーフを見つめた。
「大丈夫。あなたは私が、お城に送り届けますから」
そう告げる彼女の瞳は、初めて出会ったときにも見た強い意志を宿していた。
それを見たリーフが目を瞠る。
「セレス……」
「姉さんだって、そうしろって、言うはずですから」
思わず名を呼べば、彼女は自分に言い聞かせるように呟いた。
やはり本当は心配で、今すぐにでもルビーとタイムを探しに行きたいのだ。
それを堪えて、前に進もうとしている。
そんな彼女に、これ以上誰かが口を出せるはずもない。
「本当に、大丈夫かな。あの2人」
「ルビーがそう簡単にくたばるとは思えないけど」
ぽつりと零れたレミアの呟きに、ミスリルが吐き捨てるように答える。
それを聞いたペリドットが、盛大にため息をついた。
「ミスリルちゃーん。言い方ぁ」
「何よ。みんなそう思ってるでしょう?」
自分だけが責められるのは納得がいかない。
そう言わんばかりのミスリルの問いに、ペリドットはもう一度ため息を吐き出す。
「まあ、1人だったらまだしも、タイムちゃんが一緒だしねぇ。溺れる心配はないと思うよ。それに、魔物の狙いがリーフくんなら、わざわざ2人を探して襲う、なんてことはないと思うし」
転移をしたときには自分たちは森の方へ移動していたから、リーフが海に飛び込んだようには見えなかっただろう。
それならば、魔物たちは森の中に姿を消したと認識するはずだから、2人を追うことはないはずだ。
「ありがとうございます、みなさん」
リーフから体を離したセレスが、こちらに向き直る。
そして、にこりと微笑んだ。
「襲われたって、姉さんとタイムさんなら大丈夫だって、信じてます」
無理をしていないとは言い切れない笑顔だったけれど。
それでも、セレスはしっかりと前を向いて立っていた。
それならば、引き留めることをしてはいけない。
そう思ったリーフは、迷うことを辞める。
「じゃあ行こう。頼む、セレス」
「はい」
声をかければ、振り返った彼女はいつもの笑顔で、力強く頷いた。
そんな2人を微笑ましく見守っていたペリドットの肩に、ふと手が置かれる。
驚いて横を見ると、いつの間にかすぐ側にミスリルが立っていた。
「大丈夫?」
何が、とは聞かれなかった。
けれど、それが何のことかはわかっていた。
だから、ペリドットは笑って問い返す。
「ミスリルちゃんこそ」
「私?私は大丈夫よ」
「じゃ、あたしも大丈夫」
「そう」
にっこりと笑ってそう返せば、ミスリルは目を細めてそう返す。
「2人とも、早く!」
呼ばれて視線を戻せば、いつの間にかセレスの周りに仲間たちが集まっていた。
「ええ、わかってるわ」
ミスリルが先に返事をする。
そして歩き出したのを見て、小さく息を吐き出してから、ペリドットも歩き出した。

わかっている。
みんなルビーとタイムの消息がわからなくなってることに動揺しているのだ。
それだけ無意識のうちに、自分たちがルビーを頼りにしていたのだと痛感していた。
でも、だからこそ。
彼女たちがいないからと言って、立ち止まるわけにはいかない。
2人のことだから、無事に決まっている。
そしてもしも、こちらに何かがあったら、怒るのだ。
怒って、あとは1人で背負って行ってしまう。
いつもはだらしなくても、本当はそう言う人だと知っている。
「だから、今は行かなくちゃ」
ちゃんと全員揃って王都に入って、後から来るだろう2人を待たなければならない。

ミスリルの後を追って、セレスの呪文の効果の範囲に入る。
「準備オッケーだよ」
にっこりと笑ってそう告げれば、セレスは力強く頷いた。
「皆さん、私を囲んでください」
言われるままに、全員でセレスを囲むように立つ。
「あ、リーフくんはセレちゃんの隣。手、ちゃんと繋いで。下手するとリーフくんだけ弾き出されちゃうから」
「あ、ああ」
ペリドットが声をかければ、セレスが左手を差し出す。
リーフが申し訳なさそうにその手を取ると、セレスは安心させるように微笑んだ。
そして、右手に握った杖を、高々と掲げる。
「行きます!」
セレスの杖の先端に取り付けられた水晶が光り出す。
ほんの少しの詠唱の後、ふわりと体が浮き上がる感覚がした。
その一瞬の後、その場から6人の姿がかき消えた。

2017.09.03