SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

15:背負うもの

会議が終わり、客人たちが退室する。
扉が閉まったのを確認して、リーフはため息を吐き出した。
「なんとか、乗り切りはしたけど……」
先ほどまで座っていた席に腰を下ろす。
もう一度ため息を吐き出した途端、自分のものではない咳払いが聞こえた。
驚いてそちらを見ると、よく知る人物がそこに立っていた。
「室内に人が残っていることに気づかないとは、ずいぶん気が緩んでいるんじゃないか?」
どこに隠れていたのか、その人物はその紫の瞳を細めて微笑んでいた。
「アマスル殿下……」
「もうプライベートだろう」
「そうだな……。すまない、アール」
リーフはそう答えると、深いため息を吐き出す。
それを見た途端、アールは気遣うような表情を浮かべた。
「驚かしてすまない。大丈夫か?」
「ああ。たぶん、うまく説明できたと思うんだけれど」
「そうじゃなくてな」
側までやってきたアールは、リーフの言葉を聞いて大きなため息を吐き出した。
座ったまま呆れたようなその顔を見上げたリーフは、きょとんと彼女を見つめる。
「体調の方だ。ずいぶんと疲れているようだが?」
「ああ……」
そう言われて、ようやく何を気遣われているのか気づいた。
「それは、俺よりもあいつらの方が……」
「体調が問題ないなら話を聞きたいところだが」
「……ああ、わかってる」
わざと話を中断させたのは、アールの心遣いだ。
それを理解できるから、リーフは何も言わずに頷いた。
アールが隣の席に腰を下ろすのを待って、口を開く。
「とりあえず、今の俺たちが把握している状況でいいか?」
「お前たち、というのは、当然あいつらもか?」
「ああ」
敢えて名前を出さないのは、他の国の使者たちに聞かれることを考慮しているからだ。
もう一度ため息をついて、リーフは口を開いた。
「今、世界中に魔物が溢れていると言っていたよな?」
「ああ。この国だけじゃない。世界中が似たような状況だ」
一度だけ扉に視線を送ると、リーフは少し声を潜める。
「世界のことはわからない。けど、この国に溢れている魔物は、どうやら俺を狙っているらしい」
「お前を?」
予想外の言葉に、アールが驚いて目を瞠る。
「何故そんなことが?」
「わからない。けど、俺たちを襲ってきた奴らは、たぶん俺を狙っていた」
「あいつらの見解は?」
「同じだ。というか、言い出したのはペリドットとフェリアだ」
自分は彼女たちに言われるまで、狙われているのが自分だなんて夢にも思っていなかった。
守られる布陣を受け入れていたのは、故郷に生きて戻らなければならないという使命感にも似た想いからであって、狙われていることに気づいていたわけではなかったのだから。
「ルビーも同じ考えだろうって、あいつらは言ってた」
「一緒じゃないのか?」
「え?」
その問いに、リーフは弾かれたように顔を上げる。
視線が合った途端、アールは目を丸くした。
「いや、すまない。てっきりお前たちは一緒にここまで来たものと思っていたから」
そう言われて、納得する。
そう言えば、彼女には話している時間なんてなかった。
一瞬だけ、戸惑う。
どう話すべきか考えて、彼女に隠し事をする必要はないのだと判断すると、リーフは意を決したように顔を上げた。
「ルビーとタイムは、どこにいるのかわからない。無事かどうかも」
「どういうことだ?」
アールが驚いたように、けれど努めて冷静に尋ねる。
真っ直ぐにこちらを見つめる紫の目から、リーフは視線を逸らした。
彼女の目を見たまま話をすることができなかった。
「こっちについてすぐ、魔物に襲われて」
脳裏に、半日前の出来事が甦ってくる。
「ルビーが、戦ってる最中に崖から投げ飛ばされたんだ。タイムは、それを追って自分で飛び降りた」
怪我を負った腕から赤い滴を散らしながら崖の下に消えた赤。
それを追って自ら飛び込んでいった青。
それを見た、大切な少女の悲鳴。
あのときの光景が、声が脳裏に広がって、思わず膝の上に乗せた拳を握り締める。
「何故直接ここに来なかったんだ?」
「向こうにも魔物が襲ってきたんだ」
一言でそう言ってしまったけれど、魔物たちと戦う術のないアースにとって、それはその言葉だけではすまない状況だった。
想定外のその事態に、仲間の誰もが戸惑っていたのは、まだ昨日のことだ。
「セレスとペリドットも、結界を展開しながらゲートを開くのが精一杯で、場所が選べなかったって言ってた」
あのとき2人が行っていたのはそれだけではない。
異世界へのゲートを閉じるという、彼女たちでなければできなかっただろう大役も担っていた。
「それでこの国の最南端の岬に出て、そこで魔物に襲われたんだ」
そこからは本当に怒濤のごとく時間が過ぎていったような気がする。
先ほどまでは、とにかく前に進むことを意識していたから、気づかないようにしていた。
漸く落ち着ける時間ができると、激しい後悔が襲ってくる。
あのとき、本当は転移などせず、2人を探しに行くべきであったのではないか。
自分が残れば、彼女たちはここまで大変な目に遭うことなんてなかったのではないか。
そんな気持ちを振り切るように頭を横に振って、リーフは大きなため息を吐き出した。
そんなことを考えてはいけないのだと、理解はしている。
自分の命は、自分だけのものではないし、自分には、一国の王位継承者としてやらなければならないことがあるのだから。
「あの2人のことだから、無事だとは思うんだけど」
「タイムが助けに行ったのなら、大丈夫だろう」
はっきりと言い切ったのは、アールなりの気遣いだったのだろうか。
それとも、彼女もそう信じることで、不安を消そうとしているのだろうか。
どちらかなんてわからなかったけれど、そうして気持ちを切り替えようとしていることだけは察することができたから、リーフもそれに頷いた。
「しかし、魔物の狙いがお前だとすると……」
「ああ。たぶん、ここが一番危ないと思う」
襲ってきた魔物を全て倒してきたわけではない。
もしもあれらに何らかの意志が関わっているのなら、自分が戻ってきたことは、既に『敵』に知られていると考えていいだろう。
問題は、その『敵』が何者なのか、全くわかっていないことだ。
「さっきは、勇者の子孫が魔物の発生理由を調べるために戻ってきていると入ったけど、正直、何も掴めていない。お手上げ状態なんだ」
「だろうな。しかも、ルビーが行方不明となると、冷静じゃなくなってる奴もいるだろう?」
「……ああ」
さすがにアールは、彼女たちのことをよくわかっている。
ここまで来るという目的があった間はいい。
それを達成してしまった今、セレスはどうしているだろうか。
今すぐ様子を見に行きたい衝動に駆られる。
けれど、今この時に、リーフがそれをするわけにはいかなかった。
恋人よりも優先しなければならないことがある。
そのために、ここに戻ってきたのだから。
「とりあえず、休んでからマリエス様に当たってみようかという話はしていたんだ。今のところそれしか手がない」
「賛成だな」
間髪入れずにそう返され、リーフは少し驚いた表情で彼女を見る。
目が合うと、彼女はふっと微笑んだ。
「私たちも考えてはいたが、私たちでは精霊神には会えないからな」
その言葉に納得する。
たぶん、ミルザの子孫を伴わずに精霊の間に入っても、精霊神は呼びかけには応えてくれないだろう。
「だけどあいつらなら、精霊神は応えてくれるはずだ」
そうはっきりと告げれば、アールも確信を持った表情で頷いた。
いつだって、精霊神が現れるときは彼女たちがいた。
彼女たちの前になら、ああの女神様は姿を見せ、道を示してくれるはずだ。
「だから俺は、今から親父に会いに行ってくる」
「リミュート陛下にか?そういえばお前、挨拶はしたのか?」
アールが思い出したように尋ねる。
リーフは首を横に振った。
「街に入った途端にティーチャーが飛んできて、真っ直ぐここに来ちまったから、まだなんだ。どのみちこんな格好で親父に会うわけにいかないしな」
そう言って両手を広げたリーフの服装は、旅装束のままだ。
それをまじまじと見つめてから、アールははあっと大きなため息を吐き出した。
「その格好のまま飛び込んできてときは驚いたけどな」
「察してくれ。ミューズがあの状態じゃ、正装に着替えてる時間が惜しかったんだよ」
次々と起こる想定外の事態に、さすがのミューズもパニックを起こしていた。
ほんの少し前に起こった吸血鬼騒動から、そう時間が経っていないうちに起こった今回のこの事件。
対応に追われる中、次々とやってきた使者たちとの緊急会談。
彼女1人が背負うには、とても大変な状況になってしまった。
たぶん、自分がもう少し長くこちらにいるか、アースに戻ってしまっていなければよかったのだろう。
2人だったら、もっとうまく立ち回れていたのだと思う。
そう思うからこそ、リーフは責任を果たさなければならない。
この国を背負うものとしての責任を。
「俺は一度自分の部屋に行くけど、お前はどうする?」
「私はリーナたちのところへ行こう。先ほどの会議の話もして置いた方がいいだろうしな」
「わかった。頼む」
そう言うと、リーフは立ち上がった。
そのまま扉へ向かおうとして、ふいに足を止め、振り返る。
「もしも、ミスリルたちの誰かが動けるようなら、ミューズに頼んで俺の部屋に連れてきてもらってくれるか」
「動けるようなら?」
妙な言い回しだと思ったのか、アールが訝しげに聞き返す。
「向こうが魔物に襲われてから、ずっと戦いっぱなしだったからさ。たぶんペリートは倒れてると思う。俺はここに来るために傷だけでも治してもらったけど、みんなボロボロだ」
ずっと戦い続けて、精霊の森の結界の中に入った後も、気を張り続けていた。
前衛として動き回っていたレミアやベリーの疲労は隠せていなかったし、ゲートの閉門まで行い、なおかつ転移呪文も使っていたセレスやフェリアにも、もう魔法を使えるだけの力は残っていない。
本当なら休んでもらいたい。
けれど、そうも言っていられない。
「それでも親父に話を通すのに、誰かがいてくれた方がいいのは確かなんだ」
あの部屋に入るには国王の許可が必要になる。
悔しいけれど、自分1人で父の下へ向かうより、彼女たちの誰かがいてくれた方が、精霊の間に入る許可が取りやすい。
「……なるほど。わかった」
アールも何か心当たりがあるのか、あっさり頷いてくれた。
前回の吸血鬼騒動のとき、国王を通さず、無理矢理ベリーと彼女を精霊の間に連れて行ったと聞いたから、それを思い出しているのかもしれない。
「だが、あいつらが無理するようなら行かせないからな?」
「もちろんそれでいい」
彼女たちに無理をさせるわけにはいかない。
友人としては、これ以上関わらせたくないと思っている。
それは自分もアールも同じだろう。
「それに、本当に俺が原因なら、俺がなんとかしなくちゃいけないんだ。きっと」
どうして魔物たちが自分を狙っているのか。
理由なんてわからない。
それでも原因が自分にあるのならば、本当は。
そこまで考えたその瞬間、わざとらしいため息が聞こえ、視線を上げた。
見れば、立ち上がったアールが、呆れ顔でこちらを見つめていた。
「責任を持つのはいいことだが、あまり1人で抱え込むなよ。お前には、この国を背負う責任があるんだからな」
その言葉に目を瞠る。
そうだ。
自分が持つのは、原因不明のこの事象の責任ではない。
この国の、民の命に責任を持たなければいけない。
異世界に行っていたのだって、個人的な願望のためだけではなくて、強くなりたくて、彼女たちの側にいたら、何か学べる者があるのではないかと思ったからだ。
その終着点を、誤ってはいけない。
「ああ。ありがとう、アール」
微笑みを返すと、リーフは彼女に背を向ける。
そのまま迷うことなく、部屋を出て行った。



閉まる扉を見つめながら、アールはふうっと息を吐き出す。
「無自覚だろうが、あいつもだいぶ動揺しているな」
行方不明だというルビーとタイム。
リーフは考えないようにしていたようだが、生死すらわからないその存在が、彼の心を大いに揺さぶっているのがわかる。
「まあ、私も人のことは言えないが」
エスクールが各街に結界を張ってやっとしのいでいるこの状況では、捜索隊など出すことは出来ないだろう。
だからといって、シルラと連絡を取って、マジック共和国から兵を派遣するわけにもいかない。
他の国から別の意図を勘ぐられ、関係を拗らすわけにもいかないのだ。
「無事でいろよ、2人とも」
今の自分には、それを祈ることしかできなかった。






エスクール王都には、酒場が何カ所か存在する。
そのうちの一軒では、仕事を終えて集まってきた商人たちが、顔を突き合わせてため息かを吐いていた。
「本当にどうしちまったんだろうなぁ、この国は」
「国だけじゃないだろ。世界中って話じゃねぇか」
「どうなっちまうんだろうなぁ」
街道には魔物が溢れ、通る人間を無差別に襲う始末だ。
何処から湧いてくるのか、途切れることのないそれに、歴戦の冒険者でも街から街への移動は難しくなってしまった。
おかげで今、流通は完全に止まってしまっている。
海の上も動揺らしく、他の国との交易すらできない状況だ。
今はまだいい。
王都には緊急時のために備蓄がされているから、もうしばらく保つだろう。
問題は、その備蓄がなくなったときの話だ。
王都でも食料の生産はしているけれども、それで全て賄えるほどではない。
どうしたらいいのかと商人たちが頭を抱えていると、ふと1人の男が思い出したように口を開いた。
「そういや聞いたか。殿下が戻ってきたらしいぜ」
その言葉に、商人の1人が顔を上げる。
「殿下、ってリーフ王子か?」
「ここ1年ちょっとか?どこかに修行に出てるって話じゃなかったか」
「ああ。帰ってきたらしいな」
どうやら兵士たちの間に、そんな話が飛び変わっていたらしい。
しかも話していたのは、王族直属の自由兵団の兵士だというのだ。
信憑性の高い話に、その場にいる者たちの顔が明るくなる。
「今までもなんか起こったときは帰国されていたし、今回も帰ってこられるとは思ったわ」
「ミューズ様おひとりだと大変そうだったけど、リーフ様もいらっしゃるなら何とかなるんじゃないの」
「それにリーフ様の修行先って、イセリヤを倒した勇者様方のところだろ?なら勇者様も一緒に?」
「何人か護衛がいたって話だから、たぶんな」
世界を支配しようとしていたダークマジック帝国。
そこに巣くう魔王を倒した勇者と次期国王の凱旋に、人々はざわめき立つ。
数ヶ月前の吸血鬼騒動の解決にも、勇者たちが一役買っていたいう噂もあり、沈んでいた空気が一気に晴れていく。
そんな中、突然席を立つ者がいた。
立ち上がったその影は、最初に王子が帰ってきたと騒ぎ出した集団へ、ゆっくりと近づいていく。
「ねえ。王子が帰ってきたって本当?」
声をかけられた男が、驚いて振り返る。
そこに立っていたのは、女だった。
冒険者用の外套で体を覆っていたが、声と顔つきからそうだとわかる。
「その話、詳しく聞かせてくれる?」
そう言って見下ろす女は、腰ほどまでの長い真っ赤な髪を揺らすように首を傾げる。
男を見下ろすその赤い瞳には、何の光も宿っていないように見えた。

2018.01.08