SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter7 吸血鬼

34:参戦

実体を伴わない獣が城壁の上から飛び降り、次々と吸血鬼たちを蹴散らしていく様を見て、ラウドは目を細めた。
「なるほど。城壁の上にお仲間がいるわけか」
ベリーも驚きを表情に浮かべたまま、思わずそちらを見つめてしまう。
アールが、おそらくリーナも一緒に、ここに来ているとは思わなかった。
いつからここにいたのか。
そう考え込みそうになったベリーは、耳に入ったラウドの声に意識を目の前の敵に引き戻した。
「エイヴァラル。やめさせろ」
「し、しかし……」
「無駄に同胞を欠くな。今すぐやめさせろ」
ラウドの声が、先ほどまでのどれよりも低くなる。
その声に、エイヴァラルと呼ばれた吸血鬼がびくりと震えたのが目に見えてわかる。
「しかし!ここを落とせば精霊神の力が……!あなたの主復活の力が手に入るのでは……」
「エイヴァラル」
話を聞かないエイヴァラルを、ラウドは冷たい目で睨みつける。
その目に、声に、エイヴァラルは息を呑んだ。
端から見ても可哀想なくらいに体をぶるぶると震わせる。
そのまま頷くかと思った彼は、唇を噛み締めると、はっきりとラウドを睨み返して答えた。
「やめません」
「何?」
その答えに、ラウドがほんの少しだけ目を見張る。
それが引き金になったのか、エイヴァラルは突然叫んだ。
「私だって、力が欲しいんだ!あんたのような力が!ここでやめてたまるか!!」
恐怖も怒りも全てぶつけるような叫び。
それをラウドに向かって放つと、エイヴァラルは城門に群がる吸血鬼たちへ目を向け、叫んだ。
「行けお前たち!その化け物どもを食らいつくし、門を破れっ!!」
その声に、思わず呆然と2人のやりとりを見つめてしまっていたベリーは、はっと我に返る。
「させるわけが……」
「おっと」
エイヴァラルを止めようとしたそのとき、その前に何かが割り込んだ。
「お前の相手は私だろう?」
「……っ!?」
ベリーの目の前でにいっと笑ったのはラウドだった。
さっきまで冷たい光を浮かべてエイヴァラルを睨んでいたはずのその目は、今は楽しそうな色を浮かべてベリーを見下ろしていた。
視線が合った瞬間、その色の中に先ほどまでエイヴァラルに向けていた光を見つけ、思わずぶるりと体が震える。
それを見て何を思ったのか、ラウドは楽しそうに口元に笑みを浮かべた。
「この程度で怯えるとは、ずいぶん可愛らしくなったものだ」
耳に届いたその声に、ベリーは漸く敵が目の前にいるという現実を認識する。
その瞬間、考えるよりも早く地面を蹴って後ろへ飛び退き、距離を取った。
睨みつけるベリー見て、ラウドはますます口元に笑みを浮かべる。
「その目も、以前に会ったときよりずっと良い」
「それはどうも」
「本当だ。我が妻にしたいとすら思うぞ?」
「生憎、私は人間にしか興味はないわ」
「では、同じになって見るか?」
「誰が」
「挑発に乗らないその冷静さも魅力だな。だが……」
ラウドの笑みがますます深くなった気がした。
嫌な予感が脳裏を駆けた。
そう思った瞬間、唐突に耳に羽音のようなものが飛び込んできた。
「こちらにばかり集中するのはよくないぞ?」
驚いて後ろを振り返れば、そこにはいつの間にか大量の蝙蝠が出現していた。
「……っ!?」
いつの間にこんなものがここにいたのか。
認識した途端、それは黒い固まりとなって襲いかかってきた。
「この……っ!!」
魔力を宿したままの拳を黒い固まりに打ち付けようとした。
けれど、それは当たる前に散らばり、反対側に移動してまた黒い固まりとなる。
それを追って再び拳を打ち付けようとしたが、やはり固まりは散らばり、再び反対側へと逃げるように移動した。
「く……っ!」
何度やっても同じだった。
殴りつけようとすれば、そいつらはひらりと散って背中に回る。
追いかけても追いかけても繰り返しだ。
「何……、こいつら……っ」
「どうしました?手を止めると襲ってきますよ」
「……っ」
ラウドの言うとおり、こちらから手を出すのをやめると、この蝙蝠たちは一気に牙を剥いてこちらに襲いかかってくる。
それに応戦しようとすると、また攻撃をやめて逃げ回るのだ。
これでは一向に数が減らせない。
当たったとしても一度に1、2匹。
ベリーの体力が消耗していく方が断然早い。
精霊拳を維持したまま他の呪文を扱えるほど、ベリーは器用ではない。
焦燥を募らせたまま、ベリーはラウドの目の前で同じことを繰り返すしかできなかった。






エスクール王都の遙か上空。
城門の外で繰り広げられているその光景を、その場所から見ている者があった。
薄っすらと紫の光を纏った、人間の青年に見えるその存在は、遙か下方で繰り広げられる一方的な戦いに舌打ちをする。
『あんにゃろ……』
『苦戦しているようだな』
不意に、彼以外に誰もいないはずのその場所に声が響いた。
声の下方向を見ると、いつの間にかそこには木の幹と同じ色の髪と瞳を持つ、彼よりも少し大人びて見える青年がいた。
『だが、わかっていたことだろう?』
その青年――ウィズダムは、彼と目が合った瞬間、ため息をつくように息を吐き出しながら尋ねる。
いや、尋ねると言うよりも、それは呆れの混ざったような声だった。
『ダークネス。お前が行かなければ、フルーティアの苦戦は免れないと思うが?』
その言葉に彼――ダークネスはぎろりとウィズダムを睨みつけた。
『あなたこそ、わかっているはずだ』
助けに行きたいと思っている。
今すぐにでも飛び込みたいと思っている。
けれど。
『今の状態では、俺はあの人に加勢できない』
『だが、行かねば精霊拳は完成しない』
その言葉に、ダークネスは思わず押し黙る。
『ウィンソウの時は運良く未完成のままでもうまくいったが、あれはあのときの女とは違う。あの女は精霊剣の特性は知らないだろうが、我らの考えが正しければ、あの吸血鬼は特性を知り尽くしている』
ウィズダムの言葉は正論だ。
彼の言うとおり、精霊剣と精霊拳は、今ベリーが使用しているものやレミアが使用したものは完成された形ではない。
彼女たちに残された呪文書には肝心な部分が書き残されておらず、あの本の知識だけでは、この呪文は完成させることはできないのだ。
『このままでは、この状態もいつまで持つか』
『わかっています……!』
ウィズダムの呟きに、ダークネスは拳を握り込んで、絞り出すように言葉を返す。
『わかっているんです。だが……』
ダークネスは闇の元素を司る、七大精霊の1人だ。
やろうと思えば実体化することもできる。
だが、そのままあの男の前に姿を見せることはできない。
それをしてしまったら、結界を張った洞窟に身を潜めていた意味がなくなってしまう。
せめて、何かに憑依することができ、宿主に何かあっても逃げられるような手段を探さなければ。
『仕方ない。知恵を貸してやろう』
唐突にため息とともに聞こえたその言葉を、ダークネスは一瞬理解できなかった。
『……は!?』
驚いて顔を上げ、ウィズダムを見れば、彼は本当に仕方ないと言わんばかりの表情でこちらを見ていた。
『知恵を貸すとは……』
『言葉どおりの意味だ』
思わず尋ね返そうとすれば、ウィズダムは目を閉じてはっきりとそう答える。
その目がゆっくりと開かれ、真っ直ぐにダークネスを射抜いた。
『その代わり、失敗はするな』
鋭すぎるその瞳に、ダークネスは思わず息を呑む。
動揺を悟られないように気を引き締めると、彼はウィズダムを睨みつけた。
『どういう風の吹き回しですか?』
『勘違いするな。お前たちのためではない』
はっきりとそう言い切ったウィズダムに、思わず顔をしかめる。
くるりとこちらに背を向け、顔だけをダークネスに向けたウィズダムは、そんなダークネスの表情が目に入ったからか、それとも最初からそうするつもりだったのか、にやりと笑った。
『いつまでも我が主がこちらに戻ってこないのであれば、私が困る』
その言葉に、ダークネスはぽかんと口を開いたまま固まってしまった。
忘れていた。
いや、そうではないけれど、完全に思考の範囲外だった。
このウィズダムという存在は、ミスリル=レインのためなら何でもやるという思考を持つ危ない男だったのだ。
『……このやろう』
きっとベリーのことなど本当は全く考えていないであろうウィズダムに向かって、ダークネスはぼそりと毒を含んだ呟きをぶつけた。



「く……っ!」
「お姉様っ!?」
側から聞こえた義姉の呻きに、リーナははっとそちらを見た。
真っ直ぐに下方を見て幻獣たちを操り、吸血鬼たちを城壁の下に押し留めていたアールの右腕、空色のローブの下から赤いものが流れ落ち、ぽたりぽたりと石の床に落ちる。
服は破れていないけれど、それは確かに外傷により溢れ出てた血だった。
「お姉様、それは……!?」
「一匹やられたな……」
舌打ちをしながらアールが呟く。
その言葉でリーナは何となく事情を察した。
おそらく、魔力で操っていた幻獣が倒されたことで、対象を失った魔力が術者に跳ね返り、アールの体に傷を作ったのだ。
それが繰り返されれば、これだけの数の幻獣だ。命に関わる大事になりかねない。
加えて、一度にあんな数の幻獣を操れば、アール自身の消耗もかなりのものになっているはずだ。
このままではいけない。
そう判断したリーナは、もう一度幻獣を呼び出そうとしているアールの手を掴んで止めた。
「お姉様、もう無理ですわ。これ以上は抑えてください」
「そんなことを言っている余裕はないだろう」
「わかっています。ですが、お姉様が倒れれば、その城門は容易く打ち破られます。そうなければ、他の兵士が別の門に集中してる今、ここで食い止めるのは不可能になってしまう」
王都内の兵は、全て他の門の守備や民間人の避難誘導に当たっていて、ここには自分たちしかいないのだ。
今ここでアールが倒れてしまえば、ここを守る者がいなくなってしまう。
もちろんリーナも戦うことはできるし、先ほどからずっと呪文で下にいる吸血鬼を薙ぎ払っているのだが、さすがにこの数を1人で相手することはできない。
「ならば温存をして、少しでも守りを保たせるべきではありませんか?」
その言葉に、アールはまじまじとリーナを見る。
彼女の言うとおり、ここで自分が倒れるなどということがあればおしまいだ。
この門は確実に突破され、この吸血鬼たちは王都の中へ雪崩れ込むだろう。
アールだって、それを考えていないわけではない。
「一理ある。だが、そう言っても言られなさそうだ」
「え?」
アールのその言葉に、リーナが思わず聞き返したそのときだった。
城壁の下から短い悲鳴が聞こえた。
はっとそちらを見ると、膝をついた彼女が、チャンスとばかりに襲いかかってくる蝙蝠たちを追い払おうとしてする姿が目に入った。
「ベリー様っ!?」
「早く片を付けて、加勢に行ってやった方が良さそうだろう?」
その気持ちも意見もわかる。
リーナにだってその気持ちはある。
「ですが……っ」
このままではアールの方が持たない。
そう思い、反論しようとしたそのときだった。
『見よう見まねでここまで術を扱えるとは』
唐突に、辺りにその声が響いた。
『その力、尊敬に値するな。魔法国の幻術師よ』
はっと顔を上げれば、いつの間にか城壁よりも少し高い場所に、茶色の髪瞳を持つ青年が浮かんでいた。
「お前は……」
「ウィズダム様!?」
青年の姿を見て、リーナは息を呑む。
「ミスリル様がいらっしゃらないというのに、どうしてこちらに?」
『精霊に助力を求められた』
その言葉に、リーナは驚いて目を丸くする。
彼の主であるミスリルが関わらないこの件に彼が姿を見せたこともそうだが、その理由が精霊からの依頼であることにも驚いた。
今まで、精霊が人間の世界のいざこざに「ミルザの一族に手を貸す」という形以外で関与していたことはなかったというのに。
リーナの驚きを無視し、ウィズダムはアールを見る。
『幻術師。名は何という?』
声をかけられたアールは、リーナと同じ表情を浮かべていた表情を引き締める。
「アマスル=ラルだ」
ほんの一瞬だけ逡巡して、本名の方を告げる。
リーナやミスリルたちが呼んでいるのとは別の名に何かを感じたのか、ウィズダムの眉がほんの少しだけ寄る。
しかし、それ以上彼は何もいうことはなかった。
すぐに元の表情に戻ると、彼は真っ直ぐアールを見下ろして口を開いた。
『ではラル。お前に協力を願いたい』
「私に?」
『そうだ。今ここに呼び出している幻獣を一度さげ、地獄の番犬を呼びだしてもらいたい』
「ケルベロスを?」
「何故ですか?」
ウィズダムと驚くアールの会話に、リーナが割って入る。
「今、こうやって複数の幻獣を呼び出すことで、ここの守りは保たれています。それを下げてあれを呼び出すことに、何の得があるというのですか?」
ケルベロスは、今アールが呼び出せる幻獣の中で最も戦闘能力が高い。
それはリーナも知っている。
だが、敵はあの数だ。
いくら強いとはいえ、1体であの数を相手にできるかなんてわからない。
『お前たちにはないかもしれん。だが、フルーティアにはある』
「ベリー様に?」
『そうだ』
ウィズダムの言葉に、リーナとアールは顔を見合わせる。
『お前たちは、あの娘を助けたくはないか?』
「それは……」
「助けたいと思っている」
困惑するリーナを押しのけて、アールは一歩前に出ると、はっきりとそう言った。
「だが、今呼び出している者たちを下げれば、ここの守りを突破される可能性がある。それは避けなければならない」
ミューズからここの守りを引き受けた以上、それを疎かにすることはできない。
『ならその守り、私が引き受けよう』
「え……っ!?」
ウィズダムから帰ってきた予想外の言葉に、2人は驚く。
彼はそんな2人から視線を外し、城壁の下の吸血鬼たちを見た。
その瞬間、その体から光が溢れた。
突然にそれに、アールとリーナは彼の姿を見ていることができず、目を閉じる。
目を開いたとき、そこに青年の姿はなかった。
その代わり、そこには巨大な、木の幹のような色の鱗を持つ1体の竜が出現していた。
『私がこの者たちの相手をする。お前は番犬を呼び出すことに集中せよ』
竜から発せられたのは、先ほどの青年と同じ声。
その声に、間違いなくこの竜がウィズダムなのだと2人は理解する。
「お姉様……」
リーナが困惑したようにアールを見る。
アールは、暫くの間真っ直ぐに竜を見つめていた。
「……わかった」
やがて、はっきりとそう答え、頷く。
それを見たウィズダムは、城壁の下へ降下し、門に群がる吸血鬼たちに襲いかかり始めた。
吸血鬼たちが門から引き剥がされたのを見て、アールは展開している術を解く。
足下の魔法陣が光を失うのを待ってから深呼吸をすると、そのまま目を閉じ、意識を集中する。
「我、幻を操りし者。今ここに願わん。地獄の番犬よ。我に力を貸し与えよ」
彼女の目の前に、足下とはまた別の魔法陣が展開される。
その魔法陣の光が強くなったのを感じ取ると、アールはその目を開き、その獣の名を呼んだ。
「ケルベロス!」
魔法陣から黒い毛皮を持った獣が飛び出してくる。
その瞬間、びりっと雷撃のような感覚が体を駆け抜けた。
「なに……っ!?」
その瞬間、黒い獣は指示したわけでもないのに勝手に城壁から飛び降りていく。
その様子を、アールは呆然と見送ってしまった。
アールのただならぬ様子に気づいたリーナが、心配そうに駆け寄る。
「ど、どうしたのです?」
「わからない……」
リーナの問いに、アールは首を振る。
今までにない反応だったのだ。
本当に、何が起こったのはわからない。
ただ、一瞬だけ感じたその感覚は、幻獣が自分の魔力の支配下から抜け出したような、そんな印象を覚えた。
「幻獣に、何かが降りてきた……?」
あり得ないはずのその感覚に、アールは思わずそう呟いていた。

2013.04.21