SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter7 吸血鬼

33:再会の吸血鬼

「あなたたちのボスを出しなさい」
ベリーの声が、静まり返った辺りに響く。
その声に銀色の吸血鬼は息を呑んだ。
明らかに動揺の色を目に浮かべたまま、無理矢理といった様子の笑みを浮かべてこちらを見る。
「ボス?さて何のことやら」
「とぼけないで」
「とぼけるなと言われてもな」
吸血鬼の真紅の瞳が泳ぐ。
それだけで、彼が動揺していることがわかる。
だから確信を持ったまま、ベリーは続ける。
「何度でも言うわ。あなたたちのボスを出しなさい」
無自覚に操られているのならば仕方がないと思っていた。
けれど、この男は明らかに別の存在を知っていて、それを隠している。
このまま隠し続けられているようならば、意味はないのだ。
「あなたじゃ話にならないわ」
だからはっきりとそう告げれば、銀色の吸血鬼は目を見開いた。
その表情が、一気に怒りに染まる。
「話にならないかどうかを決めるのは貴様ではない!この私だ!」
飄々とした様子だった吸血鬼が、突然声を荒げる。
見開かれた真紅の瞳が、ぎょろりとベリーを睨みつけた。
「こいつらのボスは私だ!私の上などいない!」
「いいえ。いるはずよ」
はっきりと告げられた言葉を、切り捨てる。
「そいつを出して」
冷静なまま告げるベリーの言葉に、吸血鬼の顔がますます赤くなっていく。
「だからそんなものはいないと……」
『エイヴァラル』
三度彼がそれを否定しようとしたとき、その場に声が響いた。
その声を耳にした瞬間、吸血鬼は先ほどとは別の理由で目を見開いた。
『もうよい。退け』
「な……!?」
どこからともなく響くその声に、吸血鬼は息を呑む。
「なりません!あなた様は未だ……」
『精霊は既にお見通しだ。ならば、潜んでいることに意味などない』
「しかし、お体が……っ!」
『問題ない』
その瞬間、そこに唐突に闇が溢れた。
何もない場所から湧き出すように。
その闇は人の形を成し、やがて溶けるように消えていく。
それと入れ替わるようにその場に1人の男が現れ、立っていた。
「再生は既に終わっている」
聞き覚えのあるその声に、ベリーは思わず睨みつけるように男を見る。
「主……っ!?」
驚きの声を上げる銀色の吸血鬼の姿など、もう彼女の視界には入っていない。
ただ、現れた金髪の男を睨みつけたまま口を開いた。
「やっぱり、あなたなのね」
それは呼びかけたわけではなく、単なる呟きだった。
その声を聞き取ったらしい男は、くるりとこちらを振り返り、にこりと笑う。
「ええ。お久しぶりですね、ダークマスター。お変わりないようで何よりです」
「よく言うわ」
吐き捨てるようにそう言うと、ベリーは一度目を閉じる。
すぐにそれを開くと、今度は先ほどよりも鋭い視線で男を睨みつけた。
「生きていたなんて信じたくなったわ。もちろん、二度と会いたくなかった」
「それは光栄ですね。私も同じだ」
男がますます笑みを深くする。
その笑顔に虫唾が走った。

この男が、ラウド。
ベリーがインシングの人間として、ミルザの血筋の者として目覚めるきっかけになった男。
そして、ベリー自身が闇の彼方に葬ったはずの吸血鬼。
本当にこの男が関わっているのだなんて思いたくなかった。
心のどこかでは、きっと否定していた。
それを今、自覚する。

「あ、主……」
「下がっていろ」
「し、しかし」
ラウドを守ろうとして前に出ようとした吸血鬼を、しかしラウドは拒絶する。
それでも譲ろうとしない部下を、彼はぎろりと睨みつけた。
「下がっていろと言っている」
「ぎょ、御意」
その途端、エイヴァラルと呼ばれた吸血鬼はびくりと体を震わせて引き下がる。
ラウドがどんな顔を浮かべていたのか、ベリーにはわからない。
再びこちらを見た彼は、再びにこりと笑みを浮かべた。
「して、私に何かご用ですかな?」
「あなた、空間に何をしたの?」
「は?」
問いかけた途端、彼は目を丸くして首を傾げた。
少し考えるような間を置いて、思いついたとばかりに顔を上げる。
「ああ。どうやって生き延びたということかな?それならば……」
「とぼけないで」
ほんの少し声を低くして、さらに問いかける。
「ゲートが開かないのはあなたの仕業でしょう。空間に、一体何をしたの?」
その問いに、ラウドは驚いたように目を見張った。
「……異世界への扉が開かないのが、私の?」
暫くそのままじっとこちらを見ていた彼は、不意に笑みを浮かべた。
「……なるほど」
何かおもしろいものでも見るようにくすくすと笑みを零す。
それに憤りを感じ、ベリーはさらにラウドを睨みつけた。
「何がおかしい」
「いえ、別に」
別にと言っておきながら、彼は笑いを隠そうともしない。
その声が、急にぴたりと止まった。
その瞳が、何かおもしろいものを見るような色を浮かべてこちらを見る。
「お前たちも落ちぶれたものだと思ってな」
「え……?」
その言葉の意味が、本気でわからなかった。
訝しげな表情を浮かべたベリーがおもしろかったのか、ラウドはさらに笑みを深める。
「精霊を使役し、命じる側だったお前たちが、精霊に使役され、奴らのいいように操られている姿は滑稽だと、そう思っただけだ」
精霊を使役する、なんて心当たりがない。
何の話だと考えて、思い当たったのは先祖であるミルザの話だった。
残っている記録が正しいのならば、彼は確か、精霊を召喚することができたはずだ。
「ミルザの話?なら仕方ないでしょう。私たちは、彼の血を七つに分けた血筋なんだから」
「そう思いたくば思っていればいい」
「どういう意味?」
「答えは己で考えよ。尤も……」
不意にラウドの表情が変わった。
顔に笑みを浮かべたままだったけれど、その笑みが、先ほどまでとは明らかに違う。
「考える時間など、もうないがな」
ラウドの手が上がる。
目を見張る間もなくその指が弾かれた。
そこから弾き出された光の弾を見て、反射的に顔の前で両腕を交差した。
拳に纏ったままだった薄い光が、勢いよく飛んできた光の弾を弾く。
「ぐ……っ!」
かなりの衝撃に、ベリーの口から呻きが漏れる。
その様子を見ていたエイヴァラルが、驚きの表情を浮かべているのが視界に入った。
「弾いた……」
「なるほど。その光、精霊拳か」
ラウドが口元に笑みを浮かべる。
「だが、私はその力を宿した剣で倒せた女とは違うぞ?」
くすりと浮かべられたそれに、ベリーの背筋に冷たいものが走る。
けれど言葉は返さない。
ただ静かにラウドを睨み返す。
どんなことを口にしても、今はきっと負け惜しみにしか取られないとわかっていた。
「あ、主……」
けれど、エイヴァラルはラウドの攻撃が弾かれたという事実に動揺したようだった。
こちらとラウドを交互に見つめていた彼は、意を決したように声を上げる。
「貴様ら!何をしている!主に加勢を……」
「エイヴァラル」
その声をラウドが遮った。
驚いてラウドを見る彼を振り向くことなく、ラウドは淡々と告げる。
「不要だ。手は出すな」
「し、しかし……」
「手を出すな」
意見を告げようとするエイヴァラルを遮り、ラウドは再び命令をする。
「は、はっ」
一瞬震え上がった彼は、そのまま頭を垂れる。
「かしこまりました。そちらには手は出しません」
顔を上げた彼は、はっきりとそう答えた。
その言葉に引っかかるものを感じた、そのときだった。
「お前たち、その女の背後の門を打ち破れ!!中の人間たちを食らいつくすのだっ!!」
突然エイヴァラルが叫んだ。
その命令に、それまで静かだった吸血鬼たちがぴくりと反応し、動き出す。
「え……!?」
その言葉に驚き、止めようとしたその瞬間、再びラウドの手から光の弾が放たれた。
「きゃあっ!!」
意識を反らしてしまっていたから、今度は防御が間に合わなかった。
腕で直接その弾を受けてしまい、衝撃で弾き飛ばされる。
何とか倒れることは避けたけれど、腕に酷い痺れを感じた。
「よそ見をしている余裕はあるのか?」
「く……っ」
ラウドが薄い笑みを浮かべてこちらを見ている。
ベリーがそれを無視して門へ向かおうとすると、それを阻止するように再び光の弾が、今度は足を目がけて飛んでくる。
これでは門に近づくことなんてできない。
それどころか、どんどん引き離されてしまう。
その間に吸血鬼たちは門へ群がり、扉や城壁に体当たりを始める。
力任せのそれに、通用門がみしみしと音を立て始めた。
自分自身へのダメージなどまるで考えていないのだろう大量の吸血鬼のそれに、厚く補強がされているとはいえ、木製であるそれが耐えられるはずもない。
門が次第に軋んでいくのが見えているのに、ラウドの妨害のせいで全く近づくことができない。
「あなた……っ!!」
「やめさせたいのならば、先に彼を倒したらどうです?」
それをわかっていて、ラウドは笑う。
楽しそうなそれに、ベリーはぎゅっと下唇を噛んだ。
どうしたらいいと、必死に考えようとしたとき、それまでとは違う音が耳に飛び込んできた。
はっと視線を向ければ、吸血鬼たちが体当たりしている門に大きな亀裂が走っている。
もう駄目なのかと、覚悟を決めたその瞬間だった。
視界の中に何かが飛び込んできた。
上から降ってきたそれは、門に群がる吸血鬼の中に着地する。
その姿を確認するより先に、それは吸血鬼たちを襲い始めた。
「何……っ!?」
驚いてそちらを見れば、そこにいたのは数匹の獣だった。
銀色の毛を持ち、ぼんやりとした光の膜を纏ったそれに、ラウドの少しだけ驚きの混じったような声が聞こえた。
「あれは……幻獣か……?」
「幻獣……!?」
一瞬、何故そんなものがこんなところに現れたのかと不思議に思った。
そして、すぐに思いつく。
いるではないか。
今この国に、ただひとり、幻獣を召喚できる人間が。
「まさか、アール!?」
城壁の上を見上げる。
そこに2つの人影があることに、そのとき漸く気がついた。



「第一陣、当たりましたわ!」
「そうか」
城壁から身を乗り出したリーナの声に、アールは閉じていた目を開いた。
彼女の足下には、薄らと光を放つ魔法陣がある。
その光の色は、門の前で吸血鬼を襲う獣と同じ色をしていた。
「ゾンビどもはまだ城壁を狙っているのか?」
「ええ……、ってお姉様?あれは吸血鬼じゃありませんでした?」
「あんな状態では似たようなものだ」
リーナが律儀に間違いを指摘するが、アールはあっさりとそう返す。
否定したいわけではないリーナは、その答えに苦笑いを浮かべただけだった。
「アールさん!リーナさん!!」
唐突に街の方から名を呼ばれた。
見れば、見知った少女が城壁の上をこちらに向かって走ってくる。
「ミューズ様」
「おふたりとも、こちらにいらっしゃったのですね」
リーナが驚いたように名を呼べば、彼女は安堵したような表情を浮かべて駆け寄った。
リーフが帰ってくることができなくなっている今、この防衛戦の責任者は彼女だ。
「他の状況は?」
「吸血鬼と思われる者たちが、東西の門に一斉に体当たりを開始しています」
「ここと同じ状況、ですわね」
リーナが城壁の下に視線を送りながら呟く。
アールも、それを追うように視線を下へと落とした。
押し寄せる吸血鬼たちは、アールの呼び出した幻獣たちが蹴散らしているけれど、それでも数が多かった。
他の門は、ここと違って大勢の兵士たちが死守しているはずだが、だからといって時間をかけるわけにもいかないだろう。
もしも破られるようなことがあれば、その兵士たちが取り込まれ、あんな風になってしまうかもしれない。
ほんの少しだけこちらに人数を割いてもらおうかとも思ったが、この様子を見ている限り、そんな余裕はなさそうだった。
「ここはわたくしたちが死守いたします。ミューズ様は他を」
「ですが……」
「大丈夫です。外にはベリー様もいらっしゃいますから」
リーナがそう言ってにっこりと笑うが、ミューズの表情からは不安は消えない。
彼女にはペリドットに同行してマジック共和国に来たときの経験もある。
だから、本当に大丈夫とは思っていないだろう。
リーナもそんなミューズの心情を読み取ったのか、迷っている様子の彼女の手を取ると、その目を見てもう一度にっこりと笑った。
「今、この国の人々に力を与えることができるのは、ミューズ様だけですわ」
アールもリーナも、この国の、特に王都の人々が、リーフとミューズを尊敬し、信頼していることをよく知っている。
次期国王であるリーブが不在であり、彼女らの父親である国王が公の場に出られないのであれば、残っている彼女がそんな顔をすれば、王都の住人たちが不安になるだけだろう。
自分たちも国を治める側だ。
それは、よくかっているつもりだった。
「わかり、ました……」
ミューズ自身も、それをわかっているのだろう。
ゆっくりと握られた手を離すと、数歩だけ後ろへ下がり、頭を下げる。
「どうか、よろしくお願いします」
「はい。お任せを」
リーナがにっこりと笑う。
その声に顔を上げたミューズは、こんぢはアールの方を見た。
視線が合うと、アールも黙ったまま頷いてみせる。
それに頷き返すと、ミューズはそのまま踵を返した。
そのまま振り返らずに走り去っていく彼女の姿を見送る。
それが十分小さくなってから、アールは口を開いた。
「リーナ」
「心得ています」
リーナが待っていたとばかりにこちらを振り返り、頷く。
それに薄く笑みを浮かべると、アールは城壁の下へと視線を落とした。
「城壁に纏わりつくゾンビと、ベリーの周りの奴らを一掃する」
「大丈夫、ですのね?」
「さあ?初めてやる術だからな」
「……まったく」
不安そうに尋ねた言葉にあっさりとそう返したものだから、きっと呆れたのだろう。
リーナは隠そうともせずに大きなため息をついた。
そんな義妹を見て、アールはにやりと笑みを浮かべた。
「止めてもいいぞ?」
「止めても聞いてくださいませんでしょうに」
呆れたようにいうリーナに、満足そうな笑みを返す。
それを見てもう一度ため息をつくと、リーナは仕方ないと言わんばかりの笑みを浮かべて床に置いたままにしていた杖を拾い上げた。
「サポートいたしますわ」
「宜しく頼む」
リーナがしっかりと頷き返してくれたことを確認し、再び城壁の下に視線を戻す。
一度、深く息を吸い込むと、アールは集中するために、そのまま目を閉じた。

2013.02.17