SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter7 吸血鬼

32:それぞれの

エスクール王都。
その街を囲む城壁の上に、アールはいた。
分厚い本を左手で開いたまま、右手に持った石筆でその床に図形を描いている。
少し変わったそれは、けれど確かに魔法陣だった。
それがいくつも重なるように、ずいぶんと広範囲に描かれている。
「まあ。精が出ますわね」
ふと、突然耳に入った声に、アールは顔を上げた。
ずいぶん複雑な図形を描くからと、ミューズに頼んで他の者たちは近寄らないように頼んだこの場所に、こんなにも緊張感もなく近づいてくる人物など1人しかいない。
「来たか、リーナ」
「はい。お待たせいたしました、お姉様」
振り返ったその場所に立っていたのは、予想どおり、先日自分が手紙を送った義妹だった。
アールの使う呪文を傍で見て理解している彼女は、見慣れない紋様にも臆することなく近づいてくる。
「ベリーとミューズには?」
「もちろん、先にご挨拶をさせていただきましたわ。そうしたら、お姉様はこちらにいると伺ったので」
だからこちらに来たのだと言って、彼女は笑う。
リーナには近づく許可を出すようにミューズには頼んでいた。
だから衛兵たちも彼女を止めなかったのだろう。
「何をなさっていますの?」
「準備だ」
「準備、ですか?」
「ああ。ベリーは、1人でラウドと戦うつもりらしいからな」
「あらら」
ため息混じりに説明すれば、リーナは困ったように苦笑する。
協力要請をしておきながら、最後は自分だけで何とかしようとるのはあの7人の悪い癖だ。
そう思うのは、リーナも同じのようだった。
「せめて何か手助けになればいいと思ったんだ」
「そうですわね……」
彼女たちは、こんなときに限ってこちらの心配など気にしないから。
それに文句を言ってやりたくなる衝動を抑えながら作業を再開すると、途端に大きなため息が聞こえた。
「あの男は、ダークマジックの遺物、ですものね」
直後にぽつりと聞こえたその呟きに、リーナが苛立っていることに気づく。
「そういえば、お前は昔からあいつを嫌ってたな」
「だって偉そうだったんですもの。高貴な魔族だからって。わたくしたちの家だって、国ではかなりの位置にいますのに」
「そうだな」
あまりにも子供っぽい物言いに、アールは思わず笑みをこぼす。
「もう!笑わないでくざいまし!」
それに気づいたリーナは、子供っぽく膨れて見せた。
悪い悪いと軽く謝れば、誠意が篭っていないと文句が返ってくる。
それにやっぱり誠意の篭もっていない謝罪を返せば、諦めたようなため息が聞こえてきた。
こんな風にふざけて見せてはいるけれど、知っている。
リーナがラウドを嫌っていたのは、それだけが理由ではない。
あの男の、イセリヤの部下らしい残忍さを、彼女はもちろんアールも本当は嫌っていた。
当時は自分もイセリヤの部下で、あの男より地位は低かったから、口に出すことはできなかったけれど。
「ところでお姉様。これはなんですの?」
「ん?」
背中にまじめな質問が振ってきて、漸くアールは顔を上げて振り返った。
リーナの表情から先ほどまでの嫌悪が消えていることを見て取ると、再び床に視線を戻し、手を進める。
「幻獣の一斉召還を行うための術式、だそうだ」
「術式?」
「魔法陣のことを、和国ではそう呼ぶらしい」
本から目を離さずに答えると、リーナの感心したようなため息混じりの声が聞こえた。
「すごく難しそうですけれど、できますの?」
「さあ」
「さあって、アール姉様……」
「初めてだからな。もちろん呼び出した奴らを全て従えられるほどの力はないとわかってはいるが」
本場の術者から学んだとはいえ、和国独自の呪文はまだまだ未知の部分が多い。
自分にそれが全て使えるとは思っていない。
けれど、できることはやっておきたかった。
先ほどリーナが口にしたとおり、あのラウドという男は、母国の暗黒時代の遺物なのだから。
「まあ、ベリー様のサポートに入るのなら、仕方ないのもしれませんわね」
周囲を見回したリーナが、ため息をつくように呟く。
そのままこちらに視線を戻すと、可愛らしく首を傾げた。
「何かお手伝いをすることはありますか?」
その言葉に、アールは驚いたように振り返る。
目が合った瞬間、リーナは心外と言わんばかりの表情を浮かべた。
「大丈夫。少しくらいならわかりますわよ。わたくしもちょっとだけ幻術をかじった身ですもの」
「そういえばそうだったな」
自分が幻術を学んだとき、彼女もイセリヤの命令で共に学んでいたのだ。
途中で抜けてしまったから、忘れていたけれど。
「なら、頼む」
「はい。お姉様」
差し出した石筆を差し出すと、リーナはにっこりと笑ってそれを受け取った。







翌朝、ベリーは1人で街の正門へと向かっていた。
ミューズは万が一の時のためにと兵士たちを総動員して王都の警備を強め、避難経路を確保するために奔走している。
アールとリーナも、協力員として結界を張る魔法部隊の指導をしているはずだ。
その隙を見て、出てきた。
ミューズはともかく、あの義姉妹はついて行くと言い出す可能性があったから。
「止まれ!」
正門の前まで行くと、警備をしている衛兵がやってきた。
「現在街の外に行くことは、誰であろうと禁止している」
「ええ、知っているわ」
「ならば戻るがいい。旅人であるならば、滞在期間中の宿代は城の方で援助する予定だ」
「必要ないわ。宿泊先は、お城だから」
「何?」
兵士が訝しげな表情でこちらを見る。
その目を静かに見返すと、ベリーはゆっくりと口を開き、名乗った。
「私はベリー=フルーティア。ミューズ殿下から連絡が来ていると思います。通してください」
その名前に衛兵たちは息を呑む。
「ベリー=フルーティア……?」
「ダークマスター様ですか?」
「ええ、そうよ」
はっきりとそう答えれば、衛生たちは思わずと言った様子で顔を見合わせる。
もう一度こちらを見ると、彼らはこの国式の礼を取った。
「失礼いたしました。お話は伺っております。どうぞ、お気をつけて」
「ありがとう」
衛兵たちが門を開ける。
人が1人通るのに十分な程度に開いたその隙間をすり抜けるように外へ出た。
後ろで門が、音を立てて閉められる。
それを見届けると、ベリーは視線を前へと戻した。
「さて……」
目の前に広がるのは街道だ。
エスクール王都の正門の街道の周囲は開けていて、少しは見通しが利く。
少し西に行くと森があるが、あそこは妖精たちが住まう『精霊の森』と呼ばれる場所だ。
そこにあの吸血鬼が潜んでいるとは思えなかった。
だからきっと、ここに来るときに見た奴らは、この道を少し行ったところに広がる森に隠れているはずだ。
その吸血鬼のボスと戦うために出てきたけれど、どうやって呼び出そうか考えがあったわけではない。
さてどうしようかと、策を練ろうとしたそのときだった。
「おや。誰が出てきたのかと思えば」
ふと、耳に聞き覚えのある声が届いて、ベリーは顔を上げた。
街道の先に、いつの間にか男が立っていた。
銀色の髪に血のような真紅の瞳。
それはスターシアで、そしてこの国に戻ってきた直後の町で出会った男。
「あんたは……」
「また会ったな」
睨みつければ、銀色の吸血鬼はにこりと微笑んだ。
「ええ。よく会うわね」
「本当に。そういう巡り合わせとでも言うのか」
「そんな巡り合わせなんていらないわ」
冗談じゃないと、はっきりと切り捨ててやる。
一瞬目を丸くした銀色の吸血鬼は、すぐに楽しそうな笑みを浮かべた。
「そうだな。では、これで最後にしないか?」
「それはどういうことかしら?」
相手がこの国から退いてくれると言うのならば好都合だか、そんなこちらだけに都合のいい条件のはずかない。
警戒して尋ねれば、吸血鬼はにっこりと笑った。
「簡単だ。おまえがあの城の宝物庫で手に入れたものを譲ってくれればいい」
あの城というのは、おそらくスターシアの王城だろう。
この国で遭遇したときも、この男はあの場所で手に入れたブローチをほしがっていたから。
「そうすれば我らはこの国から引き上げよう。どうだ?」
吸血鬼が人の良さそうな笑みを浮かべて尋ねる。
その姿は、きっと何も知らなければ人のいい好青年にでも見えただろう。
「そんな話を、私が信じるとでも?」
「……信じた方が特かもしれないぞ?少なくとも、お前にとってはな」
「……そうかもね」
自分が取引に応じれば、今この国に訪れている危機は収まるのかもしれない。
けれど、それはもう無理だった。
ひとつ息を吐き出すと、ベリーは不敵な笑みを浮かべてみせる。
「残念だけど、あのブローチはもうないわ」
「何?」
途端に吸血鬼が眉間に眉を寄せた。
分かりやすすぎるその変化を、ベリーは嗤う。
「正確には、あのブローチには何の意味もなくなった、と言うべきかしら」
「どういうことだ?」
吸血鬼の眉間の皺がますます深くなる。
それを見たベリーも、口元に浮かべたその笑みをますます深いものにしてみせる。
「あのブローチに宿っていた力は私たちが使ってしまった。だから、あれはもうただの飾りであって、それ以上の意味は何も持たないということよ」
一度、目を閉じる。
もう一度軽く息を吐き出すと、今度ははっきりと笑って見せた。
「少し遅かったわね」
他人を嘲笑うその笑みのまま、はっきりと言い捨ててやる。
その表情に驚いたのか、男は目を僅かに見開いたようだった。
しかし、その表情はすぐに元の不機嫌そうなものに戻る。
「それをこちらが信じるとでも?」
「信じる信じないは勝手ね。好きにすればいいわ。どちらにしても、私の手元にはもうそれはないけれど」
そう言いながら、ベリーは両手を広げ、肩を竦めてみせる。
「もう持っている理由もなかったから」
とどめと言わんばかりにそう言い捨てる。
それ以上会話をする気はないと、態度で示し、吸血鬼を睨みつけた。
くすりと笑みを零すと、吸血鬼はぎゅっと拳を握る。
そのまま、彼はそうやって怒りを抑えているかのように、長く息を吐き出した。
肺に貯めた酸素を吐き出しきると、その真紅の瞳がぎょろりとベリーを睨みつける。
「あくまで誤魔化すというのか?」
「さあ?どうかしら?」
「ふん。いいだろう」
吸血鬼が肩に掛かっていたマントを背中へと払う。
「ならばこちらも遠慮はしないが、よろしいな?」
「……望むところよ」
「言ったな。来い、お前たち!」
はっきりと答えた途端、吸血鬼は声を上げた。
その途端、少し離れた森が騒がしくなる。
がさがさと茂みが揺れ、そこからいくつもの影がゆらりと現れる。
生気のない瞳を持った、一見人間のように見えるそれ。
人間のように見える、というのは正しい。
彼らは元々人間だった、目の前の青年に『あちら側』に引き込まれてしまった犠牲者たち。
己の意志を持たない、創られた吸血鬼。
「その娘を引きずり込んでしまえ!」
銀色の吸血鬼が命じると、吸血鬼たちはゆらゆらと、まるでゾンビのようにこちらに向かってくる。
「……ふん」
その姿を見て、ベリーは目を閉じた。
吸血鬼が、その彼女を見て口元に笑みを浮かべる。
おそらくは、恐怖を感じているとでも思ったのだろう。
それは否定しない。
怖くないはずはない。
けれど、それだけではない。
「やれるものならやってみなさい」
目を開け、右手を大きく横へ振る。
その途端、今まで何もつけていなかったその手を、そして左手を、黒い光が包み込む。
一見紫にも見えるそれが消えたとき、彼女の拳はいつも身につけているグローブ型のナックル包まれていた。
銀髪の青年の合図とともに吸血鬼たちがこちらに向かって襲いかかってくる。
その光景を見つめたまま、ベリーは静かに口を開いた。
「全知全能、精霊を統べる神マリエスよ」
銀の青年には聞こえないほどの、小さな声。
しかし、その言葉ははっきりと力を持ち、宙へと広がる。
「炎と力、光と慈悲、水と恵み、風と時、大地と知恵、闇と安息、そして無とその終わりと始まりを司りし精霊よ。我が祖、契約者ミルザの名において命ず」
真っ先に彼女に辿り着き、飛びかかってきた吸血鬼を避ける。
城壁に激突したそれには目も暮れず、後を追って雪崩れ込んでくる吸血鬼たちを見据えた。
「その力、我が手に宿り、我に力を与えよ」
言葉が終わると同時に、拳を目に見えない何かが包む。
その力をはっきりと感じて、一歩踏み出した。
前方に吐いた左足にしっかりと力を入れ、そのまま力の宿った拳を繰り出した。
その拳が正確に吸血鬼の1人に当たる。
拳が触れた瞬間、吸血鬼はそれまではとは比べものにならない勢いで吹き飛んだ。
「な……っ」
銀色の吸血鬼がその光景を見て息を呑む。
そんな反応にかまわず、ベリーはさらに襲いかかってくるゾンビのような吸血鬼たちに次々と拳を叩き込んだ。
彼女は元々パワータイプではなく、素早さを武器に手数で相手にダメージを与えるタイプの格闘家だ。
普段のように敵1人につき何発も拳を放つならばともかく、一撃ずつでよいのならばあっと言う間だった。
力の宿った拳は、襲いかかってきた吸血鬼たちをあっという間に潰していく。
自我などほとんどない吸血鬼たちも、さすがに仲間が殴り飛ばされている光景に気づいたのか、徐々に戦意を喪失しているらしい。
積極的に襲いかかってくる者たちがいなくなり、ベリーは動きを止めた。
「あなたたち雑魚に用はないの」
ぎろりと銀色の吸血鬼を睨みつける。
その瞳と視線があった瞬間、銀色の吸血鬼はごくりと息を呑んだ。
「あなたたちのボスを出しなさい。話は、それからよ」
普段よりも低い声音ではっきりと告げる。
その途端、目の前の銀色の青年は、その真紅の瞳を大きく見開いた。

2012.08.21