SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter7 吸血鬼

31:闇に消えた宿敵

エスクール城の地下へと続く階段。
その一番奥の扉の前で、ミューズは足を止めた。
「こちらです」
振り返り、後ろの2人へ扉を示す。
その言葉に、ベリーとアールは目の前のそれを見た。
「ここが……」
「はい。精霊の間です」
扉の前に、ここがそうだと示すものなどない。
ただ、地上の階の部屋よりも少し質素な扉があるだけだ。
「ここに、精霊神マリエス様がいらっしゃいます」
そう言って、ミューズが手にした鍵を差し込む。
重たい音がして、ここ1、2年の間に何度か解かれた封印が再び解かれる。
ミューズが扉を開けると、そこは王城にしてはそう広くはない部屋だった。
中央に像の置かれた地下室。
明かりのないその部屋に入ったミューズは、四方に用意されたランタンに、手持ちのランプの火を移していく。
彼女に続いて部屋に入ったベリーは、部屋中を聞いていた。
何もない部屋だと、ここに入ったことのある仲間たちから聞いていた。
ここまで何もないとは、思っていなかったけれど。
「この像は?」
「精霊神を象った像だと伝えられています」
アールの問いに、ランプを入り口に台に置いたミューズが答える。
その声に、ベリーは漸く中央の像を見る。
そこにあったのは、長い髪の女性を象った像だった。
目を閉じたそれに、吸い寄せられるように近づく。
無意識に手を伸ばそうとした、そのときだった。
『ようこそ。ミルザの血を引く者』
突然聞こえたその声に、像に触れようとした手を反射的に引っ込める。
その瞬間、像に光が溢れた。
溢れたそれは、像から零れ落ちるかのように中に集まると、人の姿を作り出す。
『そろそろここへ来る頃だと思っていました』
目を開いてにこりと笑ったそれは、目の前にある銅像の姿によく似ていた。
「あれが……」
「はい。精霊神マリエス様です」
アールの問いに、ミューズがはっきりと答える。
それに答えるかのように彼女たちに視線を向けた銅像と同じ姿の女性は、2人の姿を見て微笑んだ。
『ええ。確かに私は人にそう呼ばれています』
突然声をかけられ、アールが思わずと言った様子で姿勢を正したのが目に入る。
それを見て微笑ましそうに目を細めると、マリエスはこちらへ視線を向けた。
『ベリー=フルーティア。ミルザの血を引く闇の乙女。あなたが来るのを待っていました』
その言葉に、ベリーは僅かに目を瞠った後、睨むようにマリエスと名乗ったその存在を見た。
「まるで、私がここに来ることを知っていたかのようなお言葉ですね」
『ええ。ダークネスからあなたが王都へ向かったと聞いていましたから。この街の現状を見れば、きっとあなたはここへ来ると、そう思っていました』
アールに向けたものと同じ、柔らかな笑顔でマリエスはそう告げる。
その言葉に、ベリーはほんの少しだけ驚いた。
ダークネスは天真爛漫というか自由人というか、そんな印象を持っていたから、まさかマリエスに自分のことを伝えているとは思わなかったのだ。
そんな驚きを顔に出さないように、俯いて小さく深呼吸すると、ベリーは改めて顔を上げてマリエスを見た。
「なら、答えていただけますか」
問いかけにしては強い口調で言ったベリーを、マリエスはただ見つめていた。
それを了承の意なのだと判断して続ける。
「今この国に、いえ、世界に何が起こっているのですか?」
『何が、とは?』
マリエスは表情を変えずに首を傾げた。
ダークネスから話を聞いたのならわかっているだろうに、そんな態度を取る彼女に少しだけ苛立ちを感じながら、さらに尋ねる。
「この国の人々を襲っている吸血鬼は何者です?それに、何故異世界へのゲートが突然開けなくなったんですか?」
はっきりとそう尋ねれば、マリエスはほんの少しだけ表情を歪め、目を閉じた。
ほんの少しの間だけ間を置いて目を開くと、その口がゆっくりと開く。
『異世界へ通じる扉が開けなくなったのは、おそらくあの者のせいでしょう』
その口から発せられた言葉に、ベリーは無意識に拳を握り込んだ。
だんだんと、嫌な予感が確信に近づいているような感じがした。
「あの者、というのは、あの吸血鬼たちのボス、という意味でとってもかまいませんか?」
『ええ』
アールの問いに、彼女の方を見たマリエスは言い澱むことなく頷く。
その視線は、すぐにベリーへと戻された。
『今この国に溢れようとしている吸血鬼。それを操っている者は、どうやら異空間よりこの地へ落ちたようです』
「異空間?」
『あの者の場合は、世界と世界の狭間に存在する隙間、というべきでしょうか』
世界と世界の狭間に存在する隙間。
ミューズは首を傾げていたが、何となくわかる気がした。
それはきっと、異世界への扉を開いたときに通るあの空間の話だ。
いつもは何の疑問も持たずに通っていたけれど、隔てている壁を越えるというには少し長いあの場所が実は空間なのだとしたら、そこに何かが存在することも理解できる。
『何かのきっかけで空間が綻び、あの者のいた場所からインシングへの道が開いた。そしてあの者はこの世界へ落ちた。そのとき何かが起こったのか、あるいはあの者が空間に干渉したのか、異世界への扉を開くことができなくなってしまったようです』
本来繋がるはずのない場所が繋がった影響なのか、その存在の仕業なのかはわからないのだと、マリエスは首を振る。
「もう一度異世界への扉を開く方法はないのですか?」
目を伏せたマリエスに、アールが尋ねた。
彼女へと視線を向けたマリエスは、首を緩く横に振る。
『前者であれば空間が正常に戻るまで待つしかありません。今の空間が安定しない状況では、私でさえも、どこに迷い出てしまうのか予想ができません』
「では、後者の場合は?」
『空間に干渉をしている者を倒せば、空間も扉も元に戻るでしょう』
それはつまり、その空間の隙間から落ちてきたという存在を倒さなければならないということだ。
「その空間に干渉している吸血鬼は、何者なのですか?」
ミューズが身を乗り出して尋ねる。
彼女から見れば、それは祖国を危機に陥れている張本人だ。
知りたいと思うのも無理はないのであろう。
けれど、マリエスはすぐには答えなかった。
ちらりとミューズを見た目が、そのままベリーへと向けられる。
『ベリー=フルーティア』
「はい?」
『それはおそらく、あなたがよく知る人物です』
「え……?」
驚くベリーに、マリエスは何も言わない。
その視線が、静かに別の人物に移る。
『そして、おそらくはあなたも』
「私、ですか?」
向けられた先にいたのは、アールだった。
その言葉に、ベリーは自分の心臓を掴まれたような感覚に陥る。
『少し前、ネヴィルという悪魔がいたのを覚えていますか?』
「……はい」
マリエスの問いに、ベリーは視線を床へ落とし、頷いた。
ペリドットが散々振り回された相手だ。
そう簡単に忘れられるはずもない。
『あの者は、何か目的を果たすために動いていたようです』
ペリドットも、そんなことを言っていたような気がする。
そして、もしかしたら、あの悪魔はそれを果たしたのではないかとも言っていた。
『そして、その目的の一環で、彼は空間に干渉をしました。そのときに異世界から異空間に飛ばされ、ずっとそこを漂っていた存在が、こちら側に落ちてきました』
どくんと、心臓が音を立てたような気がした。
掴まれたような感覚が、さらに強くなる。
自分が知っていて、アールも知っている、吸血鬼を統率できるであろう存在。
そして、異世界からその空間へ飛ばされた者。
思い当たるのは、1人しかいなかった。
『その者の名は、ラウド』
はっきりと口にされた言葉に、ベリーは顔を伏せたまま、力いっぱい拳を握り込んだ。
「ラウドだと……っ!?」
「やっぱり、そうなのね」
驚きに声を上げたアールが、こちらの呟きを聞き取ったのか、その表情のままこちらに顔を向けてきた。
「気づいていたのか?」
「スターシアの宝物庫で、見覚えのある顔を見た気がしたの」
あのとき、あそこから脱出する直前、1人の男があの場所に現れたのを目にしていた。
そしてその顔は、忘れもしない、自分が勇者の血を引く者として覚醒したあの日に、大切な親友を襲った男と酷似していた。
「私の見間違いでないなら、あれはラウドよ」
見間違いであって欲しかった。
あの男は、あのとき倒したと思っていたのだから。
『ネヴィルが何をしようとしていたのか、何故空間に干渉しようとしていたのか。それは私にもわかりません』
タイミングを見計らったかのように、マリエスが再び口を開いた。
『ですが、彼が関わり、あの吸血鬼がこの世界へ再び降り立ったことだけは、間違いようのない事実です』
「なら、奴を倒せば吸血鬼たちは弱体化し、異世界への扉も再び開かれるということですね?」
『あくまで可能性です。確実だと言うことはできません』
アールの問いに、マリエスは力なく首を振る。
「では、二度と異世界への扉が開かない可能性も……?」
『否定はできません』
その言葉に、アールは眉間に皺を寄せた。
その傍に立つミューズは、驚いたように目を見開き、何かを耐えるように拳を握り込んだ。
おそらく、心に浮かんだ焦りを必死に抑え込んでいるのだろう。
もしも異世界への扉が二度と開かなければ、彼女の兄は、アースからこちらに戻ってこられないのだから。
気を落ち着かせるように目を閉じると、ベリーは軽く深呼吸をする。
ゆっくりと目を開けると、ミューズを労るような目で見つめているマリエスを見上げた。
「わかりました」
何となくだけれど、納得できないことはいくつもあった。
けれど、それよりもまずは示された可能性を試そうと、そう思った。
「では最後に、あの吸血鬼がどこにいるかはご存じではありませんか?」
だから尋ねる。
その可能性を試すために。
マリエスは考えるようと目を伏せると、そのまま口を開いた。
『彼らの狙いが私であるのならば、おそらくはこの街の近くに』
「わかりました。ありがとうございます」
マリエスに向かって頭を下げると、ベリーはそのまま背を向けた。
「行きましょう」
「ベリーさん?」
ミューズに名を呼ばれたけれど、立ち止まることはしない。
その姿を見たアールが、僅かに目を細めるのが目に入る。
「もう、いいのか?」
「ええ」
尋ねられた言葉に短くそう返す。
そのまま扉を開くと、ベリーはくるりと振り返った。
「失礼します、マリエス様」
もう一度頭を下げると、ベリーは部屋を出る。
あとから出てきたアールとミューズが扉を閉める直前、部屋の中からマリエスの声が聞こえた。
『あなたに加護があらんことを』
一瞬間があって、扉が閉まる。
完全にマリエスの気配が扉の向こうに消えたと思った瞬間、ベリーは漸くため息を吐き出した。
「しかし、ラウドか……」
「ご存じなのですね、アールさんも」
「ああ」
背中越しに聞こえる2人の会話に、ベリーは顔だけを後ろに振り向ける。
視界に入ったアールの表情は、酷く疲れているように見えた。
「イセリヤのかつての部下だ。直属ということでだいぶ権力を与えられていたからな。城内ではやりたい放題だった」
当時のことを思い出しているのか、アールは深いため息を吐き出す。
「あいつは、確か……」
「イセリヤの命令でアースに来て、死んだわ」
視線を前に戻しながら答えれば、ミューズが驚いたように息を呑む気配を感じた。
そう、あの男は、あのとき死んだはずだった。
「死んだのだと思っていた。私の呪文は、確かに当たったと思っていたから」
あのときあの男に放った呪文は、闇が飲み込んだ存在を消滅させる呪文。
覚醒したばかりで初めて使ったものだったとはいえ、確実に倒せたものだと思っていたのに。
「でもまさか、生きていたなんて……」
消滅ではなく、空間の隙間に落ちていただけだったなんて、思いつくはずもない。
けれど、そのときは思いついていなかったとしても。
「しかも今は、この国に入り込んでいる吸血鬼たちのボスか」
アールの呟きが耳に入る。
彼女の、そしてマリエスの言うとおり、今この国を襲っている吸血鬼たちの後ろにあの男がいるとするのなら、この事態を引き起こした責任は、他でもない自分にあるではないか。
「ミューズ王女」
「はい?」
名を呼ぶと、困惑したような表情で立っていたミューズがこちらを見る。
今度は体ごと振り返ると、ベリーは不思議そうな表情を浮かべているミューズの目を真っ直ぐに見て口を開いた。
「お願いがあるんだけど、いいかしら?」
「え?」
その言葉に、ミューズは不思議そうに首を傾げた。






扉が閉まり、その向こうにいた少女たちの気配が遠ざかっていく。
十分にそれが離れるのを待ってから、マリエスは小さくため息を吐き出した。
『あれでよろしかったでしょうか?』
『ああ、上出来だろう』
ぼつりと、尋ねるように呟いた言葉に答えが返ってくる。
一瞬遅れて、室内の空気が動いた。
完全に締め切られ、風すら入ってこないその場所に、浮き上がるように1人の青年の姿が現れる。
はっきりと姿を持った青年は、その木の幹のような茶色の瞳をマリエスへと向けていた。
突然現れたその精霊に視線を向けると、マリエスはもう一度口を開いた。
『……まだ、伝えてはいけないのですね』
『また早い、と“彼”は言っていたな』
現れた青年は淡々とそう答える。
その姿に、表情の変わらない顔に、マリエスは小さくため息を吐き出した。
『ですが、あの吸血鬼まで記憶を取り戻したということは、あれももう限界なのでしょう』
『だが、それは我らの判断することではない』
マリエスの問いを、青年は感情の篭もらない声で切り捨てる。
『我らが今すべきことは、この驚異をこの世界に留めることだけだ』
それはわかっている。
わかっては、いるのだけれど。
口にしたい言葉を飲み込んで、代わりにため息を吐き出す。
そうしてから、マリエスは顔を上げてもう一度青年を見た。
『空間の封印は?』
『奴が倒されれば解放する。こちらにいるのがフルーティアだけでは困るからな』
『……そうですね』
彼だって、『彼女』には思い入れがあるはずだ。
それなのにそんな言い方ができることに、複雑な思いを感じた。
けれど、何も言うことは出来なかった。
彼の方が、自分たち精霊よりもずっと複雑な思いを抱いていることを知っていたから。

『あなた方に、聖域の加護があらんことを』

呟いたその言葉は、彼に言ったものなのか、ここを去った少女たちに告げたものなのか。
マリエス自身にも、よくわからなくなっていた。

2012.06.03