SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter7 吸血鬼

35:秘められた真実

息が上がっているのがはっきりとわかる。
気を入れ直そうと隙を見せれば、たちまち蝙蝠たちが襲いかかってくる。
「……このっ!」
それを反射的に殴りつけようとしたが、やはり躱されてしまって当たらない。
最初は1、2匹確実に打ち落とせていたのに、今では数回に1回になっている。
呪文を使おうにも、集中することができず、魔力を術にまで昇華することができずにいた。
「どうしました?もう終わりですか?」
「……っ」
ラウドがいやらしい笑みを浮かべ、しかしつまらなそうに言う。
もうこの攻防は随分と長く続いていて、彼の表情には、はっきりと『飽きた』という文字が浮かんでいた。
「なら、そろそろお休みいただきましょうか」
ラウドがぱちんと指を鳴らす。
その途端 ベリーに群がっていた蝙蝠たちが彼女の側から離れていく。
一瞬何が起こったのかわからず、その後を目で追った。
そして驚愕する。
ラウドの背後に、今までベリーが相手をしていたもの達よりも数倍の数の蝙蝠たちが現れ、彼の背景を黒で塗り潰していた。
その蝙蝠たちが一カ所に集まり、瞬く間に巨大な蝙蝠へと変貌する。
その大きさを見て、ベリーはごくりと息を呑んだ。
「お、大きくなれば勝てるわけじゃないわ」
「もちろん」
くすりと笑ったラウドが手を振り下ろす。
それに従った蝙蝠が、その巨体に似合わない早さでベリーへと急降下を始めた。
予想外のそれに、ベリーは反射的に反応する。
してしまってから、しまったと思った。
防御ではなく、攻撃の型を取ってしまったことに気づいたのだ。
「喰らえ」
拳が蝙蝠に当たるかと思った瞬間、ラウドのその声が耳に届き、目の前の巨大な物体が四散した。
遠くから見れば、巨大な蝙蝠が、突然黒い靄に変わったかのように見えたかもしれない。
ベリーの攻撃を逃れた無数の蝙蝠たちは、破裂するように分裂し、ベリーの背後に回った。
振り返ろうとしたけれど、心の動きに体がついてこない。
ベリーの背後で膨れあがった黒い塊が、その背中に向かって突撃しようとした、その瞬間だった。
視界の端に、紫が映ったような気がした。
少し遅れて蝙蝠たちの悲鳴のような鳴き声が木霊する。
慣性の法則に従って前に行こうとしていた体を、右足を突っ張ってなんとか止める。
そのまま振り返れば、そこには今までいなかったものがいた。
薄っらと紫色の光を纏った、黒い獣。
どこか見覚えるのあるそれが、まるで彼女を守るかのように蝙蝠たちに襲いかかっていた。
その纏う光に触れた蝙蝠たちが次々と溢れた闇に呑まれて、消失していく。
牙に噛み殺されたものは、近い飛沫を上げて地面に落ちた。
一通り蝙蝠たちを喰らい尽くしたそれは、加えた最後の一匹を地面に叩きつけるようにはき出した。
その、纏っている光と同じ紫の瞳が、ぎろりと門の方へと向けられた。
『……ったく。勝手に媒体決めやがって』
「え……」
突然黒い獣が突然声を発した。
獣の鳴き声ではなく、人間の言葉を。
『大丈夫か?』
こちらを見て尋ねる獣を、ベリーはまじまじと見つめる。
「その声……」
獣の発したその声に、覚えがあった。
ごく最近、よく聞いていた、その声は。
「まさか、ダークネス様?」
『まさかも何もその通り』
獣はため息をつくような仕草をしてそう言った。
その姿を、ベリーは思わず見つめてしまう。
姿形はアールが幻術で呼び出す召喚獣のようだった。
地獄の番犬ケルベロス。
確か、彼女が呼び出すことのできる幻獣の中でもかなり高位の存在のはずのそれに、その姿はよく似ていた。
「驚いた」
背後から聞こえてきた声に、ベリーは我に返る。
はっと振り返れば、ラウドが信じられないと言わんばかりの目でこちらを――正確には、ベリーの向こう側に立つ黒い獣を見つめていた。
「まさか貴様が現れるとはな、ダークネス」
『親しい奴みたいに呼ぶんじゃるねえよ』
ベリーの側に歩み寄ったダークネスが、人間の姿を取っていたときと同じ口調で、心の底からの嫌悪感を隠そうともせずに答える。
それを見たラウドは、驚きを隠すことができないままの顔に、無理矢理のような笑みを浮かべた。
「親しかったではないか」
『何千年前の話だ』
ラウドの言葉に、ダークネスは反吐が出ると言わんばかりの口調で返す。
その紫の瞳が鋭く細められ、ラウドを睨み付けた。
『てめぇがあの方を殺したときから俺たちは敵だ』
ダークネスの声に強い感情が乗ったような気がした。
そのことに驚き、ベリーはまじまじと彼を見る。
けれど、ラウドにとってそれは意外なことではなかったらしい。
一瞬だけ目を見張った彼は、すぐにおかしそうに笑い出した。
ひとしきり笑った後、彼は顔を上げる。
「そうか。それは残念だ。こちら側にくれば素晴らしい世界が見られたものを」
『言ってろ』
挑発するような言葉に、ダークネスはその一言だけを吐き捨てた。
その紫の瞳がラウドから外れ、ベリーを見上げた。
『ベリー』
その途端、今まで耳に届いていたその声が、頭の中に直接響いてきた。
「は……」
『……はい』
声を発して答えようとしてしまってから、慌てて片手で己の口を塞ぐと、頭の中で言葉を念じる。
その切り返しに満足したのか、ダークネスの目が一瞬だけ穏やかになる。
それは、すぐに引き締まった表情に呑まれてしまったけれど。
『いいか、よく聞け』
再びダークネスの真剣な声が頭の中に響く。
漸く笑いの収まってきたらしいラウドを横目で観察しながら、ベリーはその声に耳を傾けた。
その注意が、一瞬にして意識から消し飛んでしまうとは思わなかった。

『精霊拳は、お前だけの力じゃ完成しない』

ダークネスのその言葉に、ベリーの注意はいとも簡単にラウドから外れた。
『え?』
言われた言葉が一瞬理解できなかった。
思わず真っ直ぐにこちらを見つめるダークネスへと視線を向ける。
『どういう、こと?』
言葉の真意を問おうと、向けられた瞳をじっと見つめ返す。
その問いに、ダークネスは隠す様子もなく答えた。
『あれは精霊の”力”を宿すものじゃない。俺たち精霊を召喚し、俺たちそのものを武器に宿す術だ』
『え……!?』
精霊の力ではなく、精霊自身を宿す術。
それは、つまり。
『では、私のこれはレミアのものとは違うのですか?』
『いいや、同じだ』
ダークネスは、こちらをじっと見たまま視線だけで否定を伝える。
『あいつが使ったのは完成の前の段階の精霊剣だ。大気の中に漂う俺たちの力を引き出し、魔力で操ったってのが正しい』
『大気中に漂う精霊の……風の、力を引き出した……』
『そうだ。でもあくまで未完成品。あいつの敵はそれを知らなかった。けどな』
ダークネスの視線が、そこで初めて動いた。
細められた紫の瞳が、じろりとラウドを睨む。
じっと様子を見ているらしいラウドは、ダークネスと視線が合った瞬間、楽しそうな笑みを浮かべ、わざとらしく首を傾げた。
『この吸血鬼は、精霊拳の特性を知っている。未完成の状態の術じゃ、こいつには勝てねぇぞ』
未完成の術。
それはつまり、今のままの精霊拳では、目の前の吸血鬼には対抗することができないと言うのか。
『じゃあ、どうすれば……』
『俺を宿せ』
一言だけ、ダークネスはこちらを振り向きもしないまま、はっきりとそう返す。
『宿せ……。それはどうすれば?』
『やってみろ』
その一方的な物言いに、ほんの少しだけ怒りを覚えた。
やり方を聞いているつもりだったというのに、この精霊はそれを教えてくれるつもりはないらしい。
「無責任」
『おい!』
つい呟いた言葉が聞こえたのか、ラウドを睨んでいたダークネスの目がこちらに向けられる。
その抗議の声を無視すると、ベリーは深呼吸をし、目を閉じた。
やり方なんて、さっぱりわからない。
しかし、思いつく方法はひとつだけあった。
拳に宿した術を、一度解除する。
その手を、手のひらをダークネスに向けるようにして宙に翳した。
「全知全能、精霊を統べる神マリエスよ」
そしてもう一度、同じ術を宿すために、必要な言葉を口にする。
「闇と安息を司りし精霊よ。我が祖、契約者ミルザの名において命ず。我が手に宿り、我に力を与えよ」
全ての言葉を口にしたとき、ぼんやりとダークネスの体が光り始めた。
それに気づき、ベリーは僅かに目を見開く。
「これは……」
『呼べ!』
何を、とは言われなかった。
けれど、迷うことはなかった。
思いつくものは、たったひとつだったから。

「ダークネス!!」

目の前にいる精霊の名を呼ぶ。
その瞬間、獣の体を包んでいた光が弾けた。
闇色のそれは、吸い込まれるように翳したままのベリーの手に飛び込んでくる。
「ほう」
ラウドが感嘆の声を漏らすのが聞こえた。
「これは……」
ベリーの前から、あの黒い獣の姿は消えていた。
代わりによく似た闇色の、獣の頭部を模った光が、その拳を包み込んでいた。
感じる魔力は、先ほどまでとは比べ物にならない。
とても強い闇の属性の魔力が、その光から溢れ出していた。
『しっかり前を見とけ』
「は、はい」
相変わらず頭に響くダークネスの声に、ベリーははっと顔を上げる。
その途端に目に入ったラウドの顔を見て、思わず息を呑んだ。
その顔には驚きと同時に嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
「なるほど。それを教えるために出てきたのか」
くすくすと楽しそうな笑みが零れる。
「だが、付け焼き刃でそれを扱えるのかな?」
似たりと笑ったその顔が、今までのどの表情よりも君が悪くて、思わず後ずさりそうになった。
『大丈夫だ』
その不安を見越したようにダークネスが声をかける。
『俺が保証してやる。だから怯むな』
「……はい」
その自信満々な声に安心したわけではない。
でも、怯んでいても始まらないのはわかっている。
一度息を吸い込んで、吐き出す。
『俺は今、お前の支配下にいる。気にせず使え』
「はい」
真っ直ぐにラウドへ視線を向けたまま、怯むことなくはっきりと答える。
頭の中で、ダークネスが笑った気がした。

2013.05.26