SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter7 吸血鬼

2:あり得ない出会い

七大精霊の住まう隠された神殿。
エスクールに散らばる7つのそれは、精霊神の持つ『鍵』によってのみ開かれる。
それは、仲間たちから話を聞いて、散々知っていた。
それでも諦めきれずにやってきたしまった自分を、愚かだとは思わないでほしい。
胸のうちに生まれてしまったこの想いは、どうやったって止めることなんてできないのだから。



何もないところにぽっかりと開いた洞窟。
その奥の壁に向かって手を伸ばした途端、ばちっと静電気が走り、慌てて手を引っ込める。
そのまま暫く待ってみても、壁には何の変化もない。
それに、ベリーは思わずため息をついた。
「やっぱり入れないか……」
精霊神の『鍵』を持たない自分が、この奥に行けないことは知っていた。
それでも、ミルザの血を引く自分ならと、諦めることが出来なかった。
だからここに来たのだけれど、やはり駄目だった。
その事実に、思わずため息を吐き出す。
「この奥に、精霊がいることはわかっているのに」
わかっているのに、入れないもどかしさ。
素直に精霊神に鍵を貰いに行けばいいのかもしれないが、仲間たちのときのように何かが起こってここに来ているわけではない自分に、精霊神が鍵を渡してくれるとは思えない。
だから結局どうすることもできなくて、1人ため息をつく日が、もう3日も続いていた。
それでもここに足を運び続けているのは、もう後手に回りたくないからだ。
いつもいつも、気づけば自分たちは『敵』と呼べる者たちが何かをしてから動いていた。
だから後手に回ってしまって、結局誰かが危ない目に合ったり、失いかけたりを繰り返してきた。
もしも、またそんなことが起こったとしたら、今度は後手には回りたくない。
もっと早く手を打って、もっと早く戦いを終わらせたい。
そのために、できることはしておきたい。
そう思って、ここまで来たと言うのに。
「まだ、時ではないと言うの?」
ペリドットは、精霊神は「時が来たのならば出し惜しみはしない」と言っていたと話していた。
ということは、時が来なければ、まだ精霊神法を手にしていない自分は、それを手に出来ないということなのか。
その『時』が来る前に準備をしたいと思っても、これでは何も出来ない。
その考えに至り、思わず洞窟の壁を強く叩いたそのときだった。
「へえ。意外に熱いじゃん。もっとクールな奴だと思ってたけど」
突然背後からした、声。
心臓が飛び出るかと思うほど驚いたそれに、思わず振り返る。
「誰……っ!!」
とっさに振り返り、構えると同時に、後ろにいた誰かが飛び退いた。
「……っと、そんなに警戒しないでくれよ。敵じゃあねぇから」
そこにいたのは、後ろでひとつに纏めた長い黒髪と鶯色の瞳を持つ、まだ若い男だった。
友人たちよりも少し年上のように感じられるその男は、両手を胸の前で振りながらにかりと笑う。
その、胡散臭い以外に表現のできない笑みに、ベリーは思い切り眉を寄せた。
「敵じゃない?そう言われて素直に信じるとでも?」
「まあ、だろうな。じゃねぇと信用できねぇし」
尋ねた途端、男はそう言ってにやりと笑う。
その余裕があると言わんばかりのその態度が、何故か苛立った。
一度構えを解いて、手を後ろへと回す。
相手に聞こえないように口の中で呪文を唱えれば、荷物に入った『魔法の水晶』は勝手に武器に姿を変え、隠した両手に装着された。
それを再び構えようとする前に、にやりと笑った男が口を開いた。
「そんなに警戒すんなって。あんた、ベリー・フルーティアだろう?」
「……っ!?」
呼ばれた名前に、ベリーはごくりと息を飲んだ。
明らかに動揺を見せたベリーが楽しかったのか、男はますます笑みを深める。
「1000年前に『精霊の勇者』と呼ばれたミルザの子孫、ダークマスターって呼ばれてる、闇の呪文に長けた家の現当主様、だよな?」
「……何のこと?」
「そうそう。慎重な奴ほど、こうとうときにそう答えるんだよな」
ベリーがとぼけようとすれば、男はそう言ってくすくすと笑う。
その鶯色の瞳が、すうっと細められた。
「あんたが今手につけたそれ。『魔法の水晶』って呼ばれてるやつだってことも知ってるぜ」
「……っ」
男の指摘に、ベリーは思わず息を呑む。
まさか、腕を後ろに回しただけなのに、武器を手にしたと気づかれるなんて思わなかった。
それどころか、水晶の名前まで知っているなんて。
そこまで知られていて、この洞窟にまで入られて、この男を帰せるはずがない。
自分の正体が知られているのならば、ここが何か重要な場所だということも、相手は気づいているかもしれない。
そしてもし、この男がこのエスクールという国に――最悪の場合、世界に仇名すものだったとしたら。
そこまで考えが至った瞬間、ベリーは男を睨みつける目をさらに鋭くした。
そのままこの男に一撃を加え、昏倒させようと右足を踏み込んだ、そのときだった。
「おっとやめときな。俺に物理攻撃なんて聞かないからな」
こちらの意図に気づいたらしい男が、一歩後ろに下がりながらそう告げる。
普通の人間ならば、それでも突っ込んでいっただろう。
しかし、ベリーはその言葉に動きを止めた。
その言葉が示す意味を知っていたから、止めることしかできなかった。
「まさか……」
物理攻撃が効かない。
人間に対してそう告げる、人と同じ姿をした生物。
それを、その可能性を、ベリーは知っていた。

こいつ、魔族……っ!?

息を呑むベリーを見て、男は一瞬目を丸くする。
暫くしてふっと顔を綻ばせると、おかしいと言わんばかりにくすくすと笑い出した。
「こういうときだけ鈍いのは相変わらずか。本当、あいつらの言うとおりだよな」
「は……?」
男の発した言葉の意味がわからず、ベリーは訝しげに男を睨みつける。
けれど、男はそれに答えることも、言葉を返すこともしなかった。
突然一歩を踏み出したかと思うと、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。
思わず身構えたベリーなど見向きもせずにその傍を通り抜けると、徐に手を先ほどまでベリーが触れていた壁に伸ばした。
「ちょっと、あんた何して……っ!?」
一瞬唖然としたベリーは、すぐに男が何かをしようとしていることに気づいて振り返る。
彼女が手を伸ばすよりも早く、男の手が壁に触れた。
その瞬間、強い光が視界を襲った。
突然のそれに、思わず両腕で顔を庇い、身を引く。
光は、ほんの数瞬辺りを包んだだけで消えていく。
暫くの間そのまま周囲を警戒していたベリーは、光が完全に消えたことに気づいて腕を下ろした。
その瞬間、その紫の瞳が大きく見開かれた。
「そんな……。嘘……」
目の前には、先ほどまで壁があったはずだった。
幻ではずであるそれは、叩いても岩の肌触りしかせず、まるで本物であるかのようだったのに。
「結界が……消えた……っ!?」
光が消えた後、そこにその壁はなかった。
あったはずの壁は消え去り、洞窟の奥へ続く通路がぽっかりと口を開けていたのだ。
「どうした?来ないのか?」
「え?」
男の声に、ベリーは我に返る。
先ほどまで楽しそうに笑っていたあの男が、開いた通路の入口に立っていた。
その鶯色の瞳が、不思議そうにこちらを見つめている。
「ここに用があったんだろう?」
不思議そうにそう尋ねた男は、こちらが答える前に顔を前へ向けると、洞窟の奥に向かって歩き出した。
その事実に、ベリーは再び驚く。
「洞窟が、あの男を拒まない……?」
ここは精霊に守られた、資格を持たない者は入ることさえできない洞窟のはずだ。
同じ血を分けたフェリアですら、最奥の手前で拒まれたと聞いている。
それならばきっと、関係のない者は中に入ることすらできないものだと思っていたのに。
「……っ」
自分の予想が外れた事実に、ベリーは無意識に歯を噛み締めた。
あの男に、これ以上関わりたくないと思う自分がいる。
けれど、何者かわからないあの男をこのまま放っておくこともできない。
もしもあの男が本当に魔族で、自分たちの『敵』になる存在だったしたら、この場所を放っておくはずがない。
小さく息を吐き出すと、意を決してベリーは足を一歩踏み出した。



ベリーが歩き出したとき、男の姿は既に見えなくなっていた。
慌てて走り出し、一本道の通路を奥へと進む。
暫くすると、奥に光が見えてきた。
少し足を速めると、光の中に薄っすらと紫に色づいた壁が見えてくる。
一見行き止まりに見えるその前には、誰もいなかった。
辺りを見回すが、身を隠すような場所など何処にもない。
ただ洞窟の壁と、石で組み上げられた神殿の壁のようなそれがあるだけだ。
「まさか、中に……?」
そんなことはありえないと思う。
けれど、何故かあの男ならありえるような気がした。
だから、危険を承知で手に嵌めたままだった『魔法の水晶』をかざす。
ナックルのままのそれが光ったかと思うと、空間が揺れ、目の前の壁に今までなかった神殿への入り口が姿を見た。
その中に飛び込んだ途端、目に入ったものの姿に息を呑む。
入ってすぐに目の前に広がったのは、広い広間。
その奥にある祭壇の前に、あの男が平然とした様子で立っていたのだ。
ベリーの姿に気づくと、男はにやりと笑みを浮かべる。
「へえ……。ちゃんとついてきたんだな。てっきりあのまま帰るかと思ってたぜ」
「帰るはずがないでしょう」
にやにやと笑う男を、ベリーはぎろりと睨みつける。
その反応を見て、一瞬表情を消した男は、すぐに満足そうな笑みを浮かべた。
「そうだな。ここは俺みたいな正体不明の奴を置いておける場所じゃないしな」
「そんなことよりも、こちらの質問に答えてもらうわ」
嬉しそうな顔をした男を、ベリーは鋭く睨みつける。
相手の言葉など聞くつもりはないという意思を乗せたその態度は、男にも伝わったらしい。
「いいぜ?」
嬉しそうな笑みを消し、先ほどまでの癪に障る笑みを浮かべた男は、口元に弧を描いて答えた。
「あんたは何者?どうして……」
「どうしてここに入れるのって?」
一瞬言葉に詰まったベリーに容赦することなく、男は彼女が口にしようとした問いを自ら口にする。
その態度に苛立ち、ベリーは一際鋭い目で男を睨んだ。
それを見た男が、ますますその笑みを深める。
「ここまで来てまだ気づかないのか?鈍いにもほどがあるぜ?」
「ふざけてないで答えなさいっ!!」
「おっと……っ。ふざけてるつもりはなかったんだけどな」
構えれば、男はベリーの怒りの度合いに気づいたのか、慌てて笑みを消し、両手を胸の前に上げた。
そのままゆっくりと目を閉じる。
何をするつもりだと思ったその瞬間、男の体が突然光に包まれた。
薄っすらと紫を帯びた、光。
その光は男を包んだまま、ゆっくりと空中に浮かび上がる。
決して強くはないそれから、目が離せなかった。
光が男の体に吸い込まれるようにして、消える。
完全にそれが消えたとき、ベリーはその目を大きく見開いていた。
「え……っ!?」
男の姿は、光に包まれる前と変わっていた。
黒かった髪はベリーよりも濃い、まるで夜の闇に変化する直前の夕暮れを思わせる紫に変わっている。
鶯色だったはずの瞳も、ゆっくりと開かれたときには同じ紫に変わっていた。
その紫の瞳と目があった途端、『彼』はにやりと楽しそうな笑みを浮かべる。
『初めまして、だったな。ダークマスター』
先ほどまでははっきりと聞こえたその声に、少し残響がかかったような印象が生まれる。
それは人では有り得ない声。
人では起こりえない現象。
まさか、と口にする前に、目の前の男はしてやったとり言わんばかりの顔で口を開いた。

『我が名はダークネス。お前たちが“闇の精霊”と呼ぶ存在だ』

はっきりと告げられたその言葉に、ベリーは目を見開くことしかできなかった。

2009.09.19