SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter7 吸血鬼

3:闇を司る者

「あなたが、闇の精霊……っ!?」
『驚いただろう?』
驚きに思わず声を上げれば、目の前にいる青年――いや、青年の外見をした存在はにやりと笑う。
その言葉に、ベリーは思わず息を呑んだ。
「まさか……。精霊が人に化けるなんて……」
『まあ、他の七大精霊はしねぇな。俺は人間に興味あるから、わりとやってるけど』
ダークネスの言葉に、ベリーは思わず零しそうになった驚きの言葉を慌てて飲み込む。
けれど、彼にはそんなことはお見通しらしい。
にやりと、楽しそうに笑った彼は、その紫紺の瞳でベリーを見つめ、口を開いた。
『何でって顔してるな?』
「え?い、いえ。そんなことは……っ!?」
『理由、教えてやろうか?』
「理由……?」
妙にあっさりとしたその言葉に、ベリーは思わず怪訝そうにダークネスを見る。
その途端、ダークネスは困ったような顔を浮かべた。
『そんな胡散臭そうな顔するなよ』
その言葉に、ベリーは我に返る。
思わず己の顔に触れようとして挙げそうになった手を、ぎゅっと力を入れて押さえた。
「そんなに表情に出てます、か?」
『いいや。普通なら気づかねぇんじゃないか?気づけたのは俺だから、だな』
彼の言葉に、ベリーはますます眉を潜める。
それは、彼には隠し事などできないということか。
この世を司る七代精霊の1人であるのだから、仕方ないと言えばそうなのかもしれない。
けれど、どうにも釈然としないものを感じてしまう。
そんなベリーの心情も、きっと彼には手に取るようにわかっているのだろう。
くすくすと笑みを零すと、ふいにその右手を上げ、人差し指と中指を立ててみせた。
『実はこの世界の属性と呼ばれる要素は、全てふたつの意味を持っているって知っているか?』
「ふたつの意味、ですか?」
『ああ』
ほんの少しだけ、視線を逸らして考える。
受け継いだ記憶、セレスのから借りたことのある魔術書。
どの記憶を辿っても、そんな事実は聞いたことがない。
少なくとも、自分は。
「……いいえ」
だから素直に答えた。
その途端、ダークネスはほんの少しだけ表情を陰らせる。
初めて見るその反応に、ベリーは無意識のうちに身構えた。
『そうか……。ミルザが生きてた頃までは魔法学で教えていたらしいけど、1000年経った今は誰より俺らに近いお前たちすら知らないんだな……』
ダークネスの口から、切なげなため息がこぼれる。
ベリーがそれに気を取られるよりも先に顔を上げた彼は、そのまま勢いよく人差し指を立てた手を彼女に向かって突きつけた。
『この際だから覚えとけ。この世界の属性という要素には、ふたつの意味がある』
ぎろりと、まるで睨まれるように見つめられては、拒否などできるはずもない。
勢いに流されるまま、ベリーはこくこくと頷いた。
『ひとつはつけられた名前どおりの意味。闇なら闇の要素を持っているし、火なら火だ。これは人間の一般常識と変わらない。ここではいいな?』
「は、はい」
『で、これとは別にもうひとつ、属性には意味……というか、司る力があるんだ』
「司る力、ですか?」
『そう。その属性の裏面、みたいな感じだな』
裏面、と聞いてもぴんと来るはずもない。
普通の、魔法学を齧ったことのある人間なら、ここで思いつくのは反属性だろう。
ベリーも、自然とそちらに考えを向けてしまってから、それは違うと否定する。
ひとつの属性が相反するもうひとつの属性まで持っているというのならば、その属性ごとに精霊が存在することはおかしいような気がした。
その考えは正しかったのか、ダークネスは楽しそうににやりと笑う。
『俺たち闇を司る者は、それとは別にその裏の力も司っていることになる。もちろん、他の精霊も』
当然反属性のことではないぞと付け加え、彼は続ける。

『俺の司るもうひとつの属性……即ち、闇の裏属性は“安らぎ”だ』

その言葉に、ベリーは驚き、目を見張った。
思わず口に出しそうになった驚きの言葉を飲み込み、冷静を装って尋ねる。
「安らぎ、ですか?闇が?」
『ああ』
その疑問に、ダークネスは躊躇することなく答えた。
闇、と聞けば、普通はマイナスなイメージを持つものではないか。
自分も何度かこちらの世界に来て、商店などで生まれ持つ属性を尋ねられたことはあったけれど、答えるたびに怪訝そうな顔をされた。
そんな疑問すらも、ダークネスにはお見通しなのだろう。
『疲れたとき、静かな暗い場所にいると眠くならないか?』
彼は両手を広げ、わざとらしく小首を傾げながら尋ねる。
『闇が怖い奴ならともかく、暗くて静かな場所にいると、だいたいの奴は落ち着くだろう?眠いときなんて特に』
否定はしない。
夜は明るいと寝つけないという人がいることも知っている。
ベリーも元々そういうタイプの人間だ。
だから、そう告げるダークネスの言葉を否定はできない。
『それは闇が安らぎを与えるという一面を持っているからだ。だから俺がその力を一緒に司っている』
闇を司る精霊だから。
だからこそ、彼が安らぎという力も司っている。
『闇ってな。悪い意味に使われがちだけど、必ずしもそうじゃないんだぜ?』
「ダークネス、様……」
ベリーの考えていることなどお見通しだと言わんばかりに、彼はにかっと笑った。
ずいぶんと人懐っこい笑顔で。
『で?ミルザからその安らぎの力を引き継いだお前は、ここに何しに来たんだ?』
その言葉に、ベリーはようやく己の目的を思い出す。
一度にいろんな衝撃を受けて忘れかけていたけれど、彼女がここに来た目的はひとつだった。
慌てて視線を向け直せば、ダークネスはにやにやと笑っていた。
お見通しと言わんばかりのそれに、何だかおもしろくない物を感じて、思わず睨み返す。
「……ずっと、見ていたのではないのですか?」
『まあな。でもさすがの精霊でもお前の中の葛藤までわかるわけじゃない』
見ることができるのはあくまで表面だけ、内面まではわかるはずがないと言い切って、ダークネスは笑う。
嘘だ、と思った。
きっと目の前の存在は、人の心くらい容易く悟ることができる。
精霊だから、なんて理由ではない。
人間にだってそういうタイプが存在する。
それと同じだ。
だって目の前のこの存在からは、『彼女』と同じ気配を感じた。
そんなこちらの内心など、やはりお見通しなのだろう。
ダークネスは先ほどまでの表情を消すと、薄く微笑む。
『話してみろよ』
「力になってくださると?」
『じゃなきゃ、マリエス様の鍵を持っていないお前をこんなところまで通すと思うか?』
にやりと笑ったダークネスを、ベリーはじっと見つめた。
暫くそうやって見つめても、彼の表情は崩れない。
ただ楽しそうにこちらを見ているだけだ。
変わらない表情、変わらない態度。
ここまで人間のような――いや、『彼女』のような態度を見せる存在が、嘘を言うだろうか。
ほんの一瞬、ベリーは目を閉じた。
そのまま小さく息を吐き出すと、瞼を開き、真っ直ぐに目の前にいる存在へ向ける。
「……そう、ですね。わかりました」
これ以上考えていても、仕方がない。
今は、彼の言葉を信じる以外に他に、方法がないのだ。
この、どうしようもない焦りと不安を沈める方法は。
ベリーが紫玉の瞳と、ダークネスの紫紺の瞳が交わる。
ほんの少しだけ目を細めると、ベリーは意を決したように口を開いた。
「許されるのならば、今ここで精霊神法をいただきたいのです」
『へえ?』
ベリーの言葉に、ダークネスは僅かに目を細める。
『精霊神法ね……。ライトエイニマーダーとかデフィートクリスタルとか、それと同じ呪文か?』
「はい」
『何故だ?』
すうっと細められた彼の目の色が、変わったような気がした。
色彩ではない。
雰囲気が、それまで宿していたもの別のものになってしまったような気がしたのだ。
『今はこの世界も異世界も平和だろう?イセリヤもルーズも、オーサーが相手したっていうあの悪魔もいない。そんな状況で、どうして力を求める?必要ないじゃないか』
「今はそうでも、これからがそうだとは限らないからです」
『へえ?』
雰囲気はそのままに、ダークネスが口元に弧を描く。
先ほどまでは、明らかに違う笑顔。
その笑顔に押されそうになりながらも、ベリーは視線を反らそうとはしなかった。
「いつもいつも、私たちは後手に回っていました。何かが起こってから対応して、いつも誰かを巻き込んできた」
そう、いつもそうだった。
イセリヤのときは仕方ないと納得できる。
あの頃は、まだ自分たちはこちらの世界を知らなかった。
けれど、その後は。
ルーズの時も魔妖精の時もエルザの時もあの双子の時も。
いつもいつも何かが起こってから動き出して、その結果いつも何かを巻き込んで。
「それを、避けたいのです」
このままでは、その悪循環は変わらないような気がした。
誰かが流れを変えなければ、ずっと続いてしまうような気がした。
続いてしまったら、いつかきっと取り返しのつかないことが起こる。
そんな漠然とした不安が、今ベリーが抱えている不安だった。
『ふーん……』
その彼女を、ダークネスはじっと見つめる。
暫くそうしていたかと思うと、片手を頬に当て、首を傾げた。
『でも、別にお前が力を手に入れる必要はないだろう?』
ダークネスの言葉に、ベリーは驚いて息を呑む。
そのベリーの反応に、本当は気づいているのだろう。
けれど、気づかないふりをして、彼は続けた。
『クリスタ……妹の方な?がいる。オーサーもウィンソウもレインもいる。ミュークなんてティーチャーがいればユーシスが呼べる。お前がいちいち力を手に入れる必要なんてないと思うけどな?』
「でもっ!それでは私はみんなの力になれない……っ」
感情が籠もってしまったのは、きっと無意識だった。
普段ならきっと、ここで自分の感情が高ぶってることに気づいて、気を静めようとしただろう。
けれど、今はそれができなかった。
「それでは、私は足手まといになってしまうかもしれないっ!」
今までだって、足を引っ張ることしかできなかったのに。
肝心なときに動くことができなくて、手を貸すことが許せなくて、それがとても歯がゆくて。
それを何とかしたかった。
こんな自分でも、言いたいことを言葉にすることが苦手で、離れた場所に立とうとしてしまう自分でも、腕を引っ張って引き寄せてくれる皆の足手まといにだけは、なりたくなかった。
「だから……」
『なあ、何で俺たち精霊がこれを出し惜しみするか、知ってるか?』
「え?」
一瞬、何を聞かれたのかわからなかった。
頭を必死に回転させて、通り過ぎてしまった言葉を探す。
そして、漸く質問の内容を思い出し、ベリーは小さく首を横に振った。
「……いいえ」
その答えに、ダークネスは僅かに目を細める。
小さく息を吐き出すと、右手の人差し指を立て、口を開く。
『精霊神法は強力すぎる呪文だ。正直、人間の手には余る代物だと思う』
「しかし、あれは使い手を選ぶと」
『その選ばれた使い手が、万一これを悪用したらどうなると思う?』
ベリーの目が僅かに見開かれる。
その可能性を、考えてなかったわけではない。
けれど、今の今まで確かに失念していた。
彼女のその反応を悟ったのか、ダークネスは真っ直ぐに彼女へ向けた目を、僅かに細めた。
『俺たちはいつもそれを危惧している。この呪文を預かった者の責任をしてな』
「しかし、私たちは悪用など……」
『これを継承できるのはミルザの子孫とは限らないしな』
「え……っ!?」
完全に予想外のその言葉に、ベリーは驚く。
エスクールに伝わる伝承には、確かに『精霊魔法を使える者はミルザの血を引く者のみが継承できる』となっていたはずだ。
それを問いただそうとした瞬間、目の前にダークネスの手が伸びてきた。
人差し指を立てたその手が、ベリーの口の高さで止まる。
その動きに、彼女は思わず口にしかけた言葉を飲み込んだ。
『人間の伝承には“ミルザの子孫のみ”となっていたかもしれないけどな。これは本来“ミルザと同じ資質を持つ者のみ”が扱える呪文だ。あいつの血を引くお前たちにたまたまその資質が受け継がれているだけで、お前たちだけとは限らない』
ダークネスがはっきりとそう告げる。
人に伝わっている伝承が間違っているのだと、はっきりと。
『それに、ミルザの子孫だからといっても、性格までは定められるものじゃない。俺が見てきたお前たちの祖先も、善人ばかりじゃなかったからな』
「そんな……」
彼の指摘に、ベリーは言葉を失うしかなかった。
今の彼女は、自身の言葉に、彼の言葉を覆せるほどの説得力を持たせる自信なんてなかったから。
ただ言葉を失い、呆然と目の前に存在する彼を見つめた。

2009.12.19