SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter7 吸血鬼

1:理由のわからない焦燥

無造作に積んだ書類の上に、新たな書類を叩きつけるように乗せる。
そうしてからその山とは逆側に視線をやって、そこに書類が1枚もないことに気づき、赤美は大きく息を吸い込んだ。
「はあぁぁぁ。やっと終わったぁ」
吸い込んだ息を大きく吐き出して、座っていたソファに凭れ掛かる。
専用のデスクで仕事をしていた百合が、赤美のその声を聞いて顔を上げた。
「ご苦労様。どんな感じ?」
「んー?去年より請求額多いよ、どこも」
赤美の向かい側でノートパソコンを開き、資料の打ち込みをしていた美青が答える。
その手元を覗き込んだ実沙が、表示された金額を見てため息をついた。
「特にサッカー部だね。申請額去年の倍だよ」
「はあ!?何で倍なの!?あそこ一昨年より活躍してないじゃない!?」
「ボールが草臥れたから買い換えたいそうよ。まったく……」
がばっと起き上がり、声を上げた赤美に答えたのは美青だ。
それを聞いた赤美は、この「不景気に」と頭を抱えて叫び出す。
「こりゃあ、部長さんと直接話つけるっきゃないね、セキちゃん」
「ちょっと待て実沙。何であたしに話を振る?」
「だってさぁ。新藤と話をつけるって言ったら、やっぱセキちゃんでしょ?」
「だから!何でそこであたしが出てくるのか聞いてんでしょうがっ!!」
「だってセキちゃん、新藤と仲いいじゃん?」
「誰がよ!冗談じゃないっ!!」
ばんっとテーブルを叩いた途端、積み上げた書類がぐらっと揺れる。
それを慌てて押さえた赤美は、目の前にいた美青にぎろりと睨まれた。
その様子を部屋の隅に運び込んだ簡易テーブルから見ていた英里が、思い切りため息をついた。
「相変わらずだな、ここは」
「短期間にそうそう簡単に変わるもんじゃないって。それより、紀美ちゃん」
「はい?何ですか?沙織先輩」
「鈴ちゃんは?結局1週間姿見てないけど」
「あ……」
英里と沙織の2人と一緒に作業をしていた紀美子は、親友の名を出された途端複雑な表情を浮かべた。
その視線が控えめに逸らされる。
「なんだか、いろいろ焦ってるみたいで……」
「焦ってる?どういうこと?」
紀美子の言葉の意味がわからず、沙織は首を傾げた。
けれど、紀美子は答えず、曖昧な笑みを浮かべるだけだ。
代わりに答えたのは、慌てて書類の整理を始めた赤美だった。
「修行をしたいんだそうだよ。どうしても」
「修行?」
「別に、特別な呪文使えないことくらい、気にすることでもないと思うけどね」
ぼそりと呟かれたその言葉に、気づく。
今まで情報収集組に参加せず、理事部の仕事に集中していた鈴美。
彼女がどうして突然修行をしたいと言い出したのか、その理由に。
「そうか……。鈴美はまだだったっけ」
「そーよ。あの子はまーだ」
「そしてセキちゃんもまーだ……いたっ!?」
陽一の言葉に便乗し、にっこり笑って発言した実沙が、途中で声を上げた。
何かと思って視線を向ければ、実沙は頭を抱えて机に突っ伏していた。
「ちょっと実沙。余計なこと言わないでくれる?」
「うう……。殴ることないじゃん……って、わあ!?だからやめてってばっ!!」
赤美に睨まれながら文句を口にすれば、途端に拳骨が落ちてくる。
頭を庇いながら、ソファから転げ落ちるようにしてそれを避けた実沙は、そのまま黙々と仕事を続ける百合の後ろへと逃げ込んだ。
赤美も、仕事中の百合に下手に手を出すととんでもないことになるとわかっているから、それ以上は何もできず、ちっと舌打ちをする。
それに苦笑を浮かべながら、英里は彼女たちから視線を逸らした。
「それで、あの子だけがいないわけか」
「そういうことよ!」
紀美子に向かって話しかけたつもりだったのだが、赤美から機嫌の悪そうな答えが返ってきて、沙織と顔を合わせて苦笑する。
その2人の様子を横目で見ていた美青は、赤美に視線を戻すとため息をついた。
目の前にいる親友のそんな反応に気づいていないのか、気づいていて敢えて無視をしているのか、赤美はどさっと音を立ててソファの背もたれに身を預けると、投げやり気味に天井を仰ぐ。
「いいじゃん、別に。今まで鈴ちゃん、あたしたちが向こうに行っている間ずっとこっちの仕事してくれたわけだし、逆転してもかまわないって」
「……なんか、赤美機嫌悪くないか?」
「向こうに行こうとしたところだったのを、無理矢理連れ戻されたからでしょ」
陽一が顔を近づけ、赤美に聞こえないように尋ねれば、美青からは冷たいその一言が、声を抑えることもなく返ってきた。
それを聞いた赤美がぎろりとこちらを睨みつけるが、美青は素知らぬ顔でキーボードを叩き続けている。
無反応な美青に苛立ったらしい視線が自分に向こうとしたことに気づいて。陽一はさっと目を逸らすと、さりげなさを装って紀美子の側へと移動した。
「でもさぁ~。これ以上何を探すのぉ~?」
赤美が怒りをぶつける相手を捜そうと周囲を見回したそのとき、百合の後ろから声が聞こえた。
それに全員が手を止め、顔を上げる。
視線の中心にいた人物――実沙は、先ほどまでのふざけた様子を一切消し、真っ直ぐに赤美を見つめていた。
「だって、もう調べられそうなところはあらかた調べたよ?でも結局、何にもわかんなかった。手がかりだってない。それ以上、何を調べるのさ?」
「ん……」
その言葉に一気に怒りが冷めたらしい赤美が、胸の前で腕を組んで考え込む。
「あの悪魔が言ったっていう言葉は?何か手掛かりは掴めたのか?」
「全然まぁーったく。お手上げ状態だよ」
陽一の問いに、赤美はひらひらと手を振って答えた。
あの悪魔――ネヴィルの残した、言葉。
『もう、遅い。僕を殺したって、終わらない。だって、準備は全部……終わっているんだから……』
『せいぜい足掻けばいい……足掻いて、あの方に、殺され、て……まえ……』
消える間際にあの悪魔が遺した言葉は、きっと自分たちにとって最大のヒントになると思うのに、全く手がかりがなくて調べられないのだ。
あの方とは誰なのか。
準備とは何なのか。
そのどちらかの、欠片でもいいから手がかりがほしいのに、それを調べる手段がない。
それに気づいてしまったときに胸に沸き上がった感情を思い出し、赤美はぎりっと唇を噛みしめた。
「嫌な予感はするのに、対策が全然練れない。本当、むかつく。いらいらする」
「姉さん……」
自分たちのリーダーとしての表情を浮かべたまま悔しそうに呟く赤美を、困惑の表情を浮かべた紀美子が心配そうに呼んだ。
ふと、それまでパソコンから顔を上げることのなかった美青が席を立つ。
テーブルを回り込むと、赤美の後ろに立ち、ソファに押しつけられたその肩にぽんっと手を乗せた。
「あんまり思いつめないの。あんた1人で探してるわけじゃないんだから」
「……わかっては、いるんだけどね」
そう、言われなくてもわかっている。
わかっているが、理解と納得は別だ。
1人で探しているわけではないと、そう理解しているのに、心の奥底から沸き上がってくる何かが赤美を焦らせる。
その何かを知っているような気がするのに、思い出せない。
それがさらに赤美を焦らせる原因となっていた。
「はいはい。そこまでにしてちょうだい」
再び思考の海に沈もうとしていた赤美は、突然ぱんぱんという乾いた音とともに耳には入ったその声にはっと顔を上げた。
「百合……っ」
視線を向けた先には、書類から顔を上げた百合がいた。
手を降ろした彼女は、真っ直ぐに赤美を見つめると、薄く微笑んだ。
「焦るのはわかるわ。でも、焦ってばかりじゃうまくいかないものよ。ちょっとは頭を冷やしなさい」
「それ、あんたには言われたくないんだけど……っ」
イレギュラーに弱く、何かあると酷く焦って失敗をするのは百合の方だ。
だからつい、売り言葉に買い言葉のような感じで反論してしまった。
その途端、微笑んでいたはずの百合が、むっと眉を寄せる。
それを側で見てしまった実沙が、慌てて声を上げた。
「あーん!もう!2人とも喧嘩しないでよぉ!」
「まあ、あたしたちだって人のこと言えないから止めないけど、今ここで喧嘩したら書類、大変なことになるんじゃない?」
沙織の指摘に、百合ははっと手元を、そして赤美の前のテーブルを見た。
双方に、大量の書類が積み上がっている。
それは沙織たちが使っている簡易テーブルも同様だった。
もしも喧嘩になって赤美が動いた場合、その書類がどうなるか、容易に想像できてしまった。
「そうね。大人気なかったわ」
「……素直に謝ればいいのに」
肩を落として怒りを静めようとする百合を見て、赤美がぼそりと呟く。
聞こえたらしいそれに、百合はぎろりと赤美を睨んだが、それだけでそれ以上その話を掘り返そうとはしなかった。
「もういいでしょう?明後日の会議までには必要な資料なんだから、ちゃっちゃと片づけて」
「はいはい」
「まったく……。相変わらず人使いが荒いんだから……」
「赤美、今何か言った?」
「いいえー。なーんにもー」
全員が再び最初の席に戻り、仕事の続きに手をつける。
ひとつため息をついて体を起こした赤美も、他の友人たちと同じように仕事に取りかかった。
再び嫌な感覚が沸き上がってきていたけれど、今はそれに気づかないふりをしようと決めて。

2009.07.19