Last Chapter 古の真実
26:襲撃者 後編
再び振り上げられた短剣を、もう一度剣で受け止める。
「ま、待ってくれ!!」
剣を受け止めたままの体勢で、リーフは慌てて叫んだ。
「殿下!?」
「手を出すな!!」
リーフの声に気づいて駆けつけようとした兵士たちを一喝する。
兵士たちが動きを止めたのを見て、リーフは視線を目の前の人物に戻す。
振り下ろされた短剣に込められた力は、緩められることはない。
本気なのだと判断して、目の前の人物を睨みつけた。
「どうしてこんなことをするんだ!?お前は……」
目の前から舌打ちが聞こえた。
瞬間、剣から炎が吹き上がる。
「な……っ!?」
目を見開いて、慌てて後ろに下がる。
支えを失った短剣が、今までリーフのいた場所を薙ぎ払った。
「本気、なのかよ」
信じられないという思いを込めて相手を見やるが、相手は応えない。
ただ口を閉じたまま、短剣を持ったままの腕を、ゆっくりと空へと向かって伸ばす。
それを振り下ろした途端、空が陰ったような気がした。
次の瞬間、どんっというとても大きな音がして、空気が震えた。
「何!?」
空を見上げたリーフは、驚愕の表情を浮かべる。
いつの間にか翼を持った魔物たちが、王都の上空に集まっている。
それらが地上に下りようとして、結界に体当たりをしているのだ。
「なんだ!あれは!?」
「誰か応援を!結界を強化しろ!!」
兵士たちの怒声が耳に飛び込んでくる。
それを聞いても、リーフはすぐに動くことができなかった。
「なんで……!?」
目の前の人物が腕を振り下ろした途端に、魔物たちの特効が始まった。
ということは、この魔物たちは、この人物が操っているというのか。
驚愕に見開いた目で、相手に視線を戻す。
ちょうどそのとき、襲撃者は横へ伸ばしていた腕を、前へと振った。
しまったと思ったときには、もう周囲の魔物たちが、一斉にこちらに向かって飛びかかってきていた。
「っ!?殿下!!」
この数を捌くのは、無理だ。
魔法剣も間に合わない。
反射的に剣をかまえたけれども、どうしようもない状況に、覚悟を決めたそのときだった。
「サンダーストーム!!」
耳に馴染んだ声が聞こえた。
その瞬間、周囲の空気がぶわりと揺れた。
突然巻き起こった風が、降り注ぐ雷が、リーフの周囲の魔物たちだけを正確に貫き、切り刻んでいく。
嵐が収まった時には、周囲の魔物たちは、地面に倒れ伏していた。
「これは……っ」
「リーフさん!!」
吹き上がった砂埃の向こうから、誰かが走ってくる。
その姿を目にしたリーフは、息を呑んだ。
「セレス!?」
「大丈夫ですか!?怪我は!?」
焦った顔で駆け寄ってきたのは、アールたちと一緒に結界の強化に走り回っていたはずのセレスだった。
今一番ここに来てほしくなかった、けれど誰よりも会いたかった人の姿に、リーフの心には複雑な感情が沸き上がる。
「あ、ああ。掠り傷しかない。大丈夫だ」
「よかった……」
動揺を隠して答えれば、彼女は安堵の表情を浮かべた。
「ちょっとあんた!なんで街にいるの!?」
その後ろから、怒りが盛大に含まれた声が飛び込んでくる。
見れば、右手に剣を握った深緑色の髪をツインテールにした女性が、こちらを睨みつけていた。
「レミア……」
「城から出るなって言われてたでしょうが!!」
勢いよく怒られて、さすがにリーフの肩がびくりと跳ねた。
「すまない、でも」
「謝る相手は私たちじゃない」
レミアの側にやってきたフェリアが、周りを警戒しながら冷たく言い放つ。
その側で、やはり一緒に来たのだろうベリーがため息を吐き出した。
「ミューズ王女が真っ青になってあんたを捜していたわ。後で安心させてあげることね」
「あ、ああ。わかった。本当に、すまない」
顔を真っ青した妹の姿が目に浮かんでしまい、素直に謝る。
それを見たベリーが、またひとつ息を吐いた。
「けど、今はそれより」
その紫紺の瞳が、鋭さを増す。
彼女のその声が合図だったかのように、駆けつけた仲間たちは、同じ方向を睨みつけた。
「……あんた、何者?」
フードを被ったままの襲撃者は、答えない。
ただ静かに、こちらの様子を伺っているようだった。
「だんまり?」
仲間たちを守るように前に出たレミアの声から、温度が消える。
それでも、襲撃者は答えない。
「あの魔物の動き……。この騒動、元凶はあいつなのか?」
「そんなはずはない!」
周囲の魔物たちは、一度嵐に飲まれたとはいえ、まだまだ何処から溢れてきている。
その様子を伺いながら、声を潜めて呟いたフェリアの問いを、リーフは咄嗟に否定していた。
予想以上に強い口調で、大声になってしまったそれに驚いたフェリアが、こちらを見る。
直ぐ側で、セレスも不思議そうな表情を浮かべ、こちらを見上げていた。
「リーフさん?」
「そんなはずないんだ。あいつは……」
「レミア!!」
ベリーの声に、はっと顔を上げる。
襲撃者が突然地を蹴り、レミアに飛びかかった。
振り上げられたその剣を、レミアは咄嗟に受け止め、弾く。
その動きが、一瞬だけ止まったような気がした。
「あんた……っ」
「邪魔、しないで」
レミアが動揺したように襲撃者を見る。
ほんの少しだけ隙の生まれたその体に向かい、襲撃者が左足を振り上げた。
鳩尾に向かったそれを、レミアはとっさに後ろへ跳んで避ける。
何とか体勢を立て直した彼女は、けれどすぐに反撃しようとしなかった。
「どういうこと?あれは……」
背中越しだったから顔は見えなかったけれど、その様子を見てリーフは気づく。
彼女も、きっと気づいたのだ。
襲撃者の太刀筋や、動き。
それに、覚えがあることに。
「レミア!!」
横からフェリアの声が聞こえた。
かの思った途端、飛び出した彼女は、今にもレミアに襲いかかろうとしていた魔物に向かって呪文を放つ。
レミアがはっとそちらへ向くとほぼ同時に、魔物はフェリアの放った無数の氷の刃に貫かれ、吹き飛んでいた。
「ぼーっとするな!」
「ご、ごめん。でも……」
「燃えろ」
襲撃者がその言葉とともに指を弾く。
その動きを見たセレスが、とっさに杖をレミアたちの方へ突き出した。
「光の盾よ!」
燃え上がり、レミアたちを飲み込もうとし炎が、直前で光の壁に遮られ、四散する。
襲撃者の舌打ちが聞こえる。
それが耳に届いたのか、レミアが戸惑った様子であちらを見た。
「どうしたの?らしくないわよ」
「わかってる……!」
ベリーに声をかけられ、レミアは焦ったように剣を握り直した。
襲撃者が、再び魔物たちに指示を出すように腕を振って、自身は後ろへと下がる。
思わずそれを追おうとしたリーフは、しかし、セレスに止められた。
「リーフさんはこっちに!深追いしちゃ駄目です!」
「う……」
一瞬迷いを抱いた瞬間、魔物が飛びかかってくる。
それを剣で薙ぎ払い、時には蹴り飛ばして、倒していく。
けれど、その数は一向に減ることはない。。
時々こちらに向かってこようとする襲撃者は、レミアとベリーで阻止しているようだった。
「くそ……っ!」
だんだんと腕が、体が重くなっていく。
いくら倒しても、魔物はどんどん沸いてくる。
このままでは、防衛線のようになっているここも、いつまで持ちこたえられるのかもわからない。
襲撃者も、変わらずこちらに向かってこようとして、レミアと剣を打ち合わせていた。
どうにかしなければと考えていると、突然空気が震えた。
はっと空を見上げる。
王都を包む結界に、ひびが入っていた。
次の瞬間、それは大きな音を立てて砕け散る。
「結界が!?」
「まずい!来るぞ!!」
フェリアが空を見たまま叫ぶ。
結界が砕けた場所から、空を飛ぶ魔物たちが、一斉に急降下を開始する。
おそらくリーフ目がけてのそれに、その降下してくる魔物の数に、怯んでしまったそのときだった。
「デフィートクリスタル!!」
別の方向から、声が聞こえた。
瞬間、地上から空に目めがけて白い閃光が走る。
太いそれは上空の魔物たちを飲み込んでいく。
「みんな!」
はっと声のした方に視線を向ければ、そこには姿を見せていなかった仲間たちの姿があった。
「ペリート!ミスリルさん!!」
彼女たちの姿を見て、セレスが安堵の息を吐き出す。
「アールにリーナ、ミューズまで……!」
城壁で2人とともに結界の強化に当たっているはずの2人と、城で指揮を執っているはずの妹の姿までもが、そこにあった。
「結界の穴、応急処置いたしますわ!」
「頼む、リーナ」
「援護するわ」
「お願いします、ミスリル様」
リーナが空に向かって杖をかざす。
足下に光の魔法陣を出現させ、結界の穴に意識を集中するリーナの側に、地面を割って大きなゴーレムが現れた。
リーナを守るために、ミスリルが呼び出したものだ。
聞けば、ここが結界が割れてしまった場所に一番近い、魔力の場のような場所らしい。
結界が脆くなっていることに気づいて、修復するためにやってきたところに、仲間たちがいたと言うのだ。
その2人の側を走り抜け、ミューズがこちらに駆け寄ってくる。
「リーフ兄様!無事でよかった!」
「ミューズ、すまない……」
「本当です!どれだけ心配したと思ってるの!」
「悪かった、本当に」
胸を撫で下ろす妹に向かい、素直に謝罪を告げる。
こんな風に泣きそうな表情で笑う彼女は、久しぶりに見た。
信念を持って城を飛び出してきたはずなのに、罪悪感が胸を襲う。
そんな2人を横目で見ながら、ペリドットは少し離れた場所で戦っていたレミアたちの加勢へ向かった。
オーブを亜人型の魔物の腹に勢いよく叩きつけ、弾き飛ばす。
そうして、混戦状態の場所に飛び込んでから、気づいた。
魔物の向こう側に、フードを被った人が立っている。
「ちょっと。あれ、誰?」
「どうやら向こう側の人間のようだ」
呪文を放ちながら尋ねたペリドットに答えたのは、獣を蹴り飛ばしたばかりのフェリアだった。
「ってことは、敵?」
「そうなるわね。魔物に指示を出してるのもあいつみたいよ」
ベリーが、その手に填めたグローブに魔力を込め、魔物に向かって拳を放つ。
断末魔を上げながら崩れた躯を飛び越えて、その向こう側にいた亜人型の魔物の脳天に踵を叩き込む。
「なら、さっさと連れて帰ってもらっちゃおう」
ペリドットが襲撃者をぎろりと睨みつける。
その殺気が伝わったのか、それまで魔物に指示を出していた襲撃者が動いた。
「……ちっ」
舌打ちをして、左腕を上げる。
指先に炎が現れたかと思うと、その腕を大きく振り上げた。
一瞬、その場の熱が膨れ上がる。
次の瞬間、ペリドットの足下に炎が吹き上がった。
「あっつ!」
「きゃあ!?」
それは彼女だけを狙ったものではなかった。
仲間たちの足下からも炎が吹き上がり、それぞれが慌てて後ろへと飛び退く。
一瞬早く、結界の応急処置を終わらせたリーナは、ゴーレムの差し出した腕に飛びついて難を逃れていた。
「……この炎……」
それを見た瞬間、ミスリルが目を見張った。
それは魔力を練り上げ、生み出されたもの。
当然その炎からには、生み出している者の魔力が混じっていて、感覚の鋭い術士であれば、それを感じ取ることができる。
そして、その炎から感じ取った魔力を、そこから感じるその感覚を、ミスリルは知っていた。
「もう、あっついじゃん!!」
「っ、待ってペリート!!」
最大の標的にされたペリドットが、目の前にオーブをかざす。
それに気づいたミスリルが静止の声をかけるが、間に合わない。
「いい加減に、しろおおおお!!!」
ペリドットが叫ぶと同時に、オーブが光を纏う。
それは回転しながら勢いよく襲撃者に向かって飛んでいく。
気づいた襲撃者が避けようとしたけれど、間に合わない。
それは襲撃者のフードを掠め、見事に切り裂く。
ぼろぼろなったそれが、肩に落ちる。
「え……っ!?」
露わになったその素顔を見た瞬間、ペリドットはその目を大きく見開いた。
「嘘……!?」
「なん、で……」
仲間の誰もが、その顔を見て、息を呑み、あるいは絶句する。
リーフだけが、ぎりっと歯を噛みしめて、襲撃者を睨みつけた。
「やっぱり、お前なのか……」
呟いた声は、震えていたかもしれない。
露わになったのは、鮮やかな赤い髪。
額は緑のバンダナで隠されており、その下に現れた瞳も、髪と同じ赤。
違うのは、いつもは炎のような強い意志を宿していたはずのその瞳が、暗い色を湛えていることくらいで。
その姿は、ここにいる誰もがよく知る人のもの。
「どうして……、何してる、の?姉さん……!!」
ラピスの岬で行方知れずになったはずの、ルビーその人だった。