SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

19:13年の月日

考えさせてほしい。
そう告げて、先ほど目覚めた部屋まで戻ってきた。
自分が寝ていたベッドに腰を下ろす。
とても大きなため息が出てしまったのは、仕方がないだろう。
「大丈夫?」
頭上から声をかけられ、顔を上げる。
タイムが、いつの間にかその手に木製のカップを持って立っていた。
「こっちのセリフ……っていうか、どこから持ってきたのそれ」
「隣の部屋が台所になっててね。自由に使っていいって言われたの」
「ああ、そう。というか、いつの間に」
タイムが一緒に部屋に入ってきていなかったことに気づいていなかった自分は、だいぶ大丈夫ではないらしい。
その事実に頭を抱えながら、差し出されたカップを受け取る。
「なにこれ?」
「ウンディーネ様が用意してくれた水よ」
「水かぁ」
お茶とかそういうものが飲みたかったとは思うけれど、ここでそんな贅沢を言っても仕方がない。
そう思いながら口を付けて、驚いた。
「……おいしい」
「水の精霊が用意した水だしね」
「ああ、うん。そっか……」
精霊が用意した、つまり創り出した水なのならば、まずいことはないのか。
安全だろうとは思ったけれども、そこまでは頭が回っていなかった。
暫くカップを見つめたまま、そんな取り留めもないことを考えていた。
「それで?」
不意に耳に入ったそれに、顔を上げる。
向かいのベッドに腰を下ろしたタイムが、少し戸惑ったような表情でこちらを見ていた。
「どう、考えてるの?」
何を、なんて、聞かなくてもわかっている。
「どうしたらいいのかな」
そうとしか、答えられなかった。
エルザという女が現れた頃から、何か引っかかっていた。
だから、その何かを探して、放課後に1人でインシングへ渡り、伝承や情報を追う生活を続けていた。
ほとんど収穫のなかったその答えに、まさかこんな形でたどり着くことになるなんて、思ってもいなかった。
知らない方が良かったのかもしれない。
そんなことすら考えてしまう。
「……ホント、どうしろっていうの……」
カップを持っていない手で顔を覆い、ため息を吐き出す。
零れた呟きは、無意識だった。
頭の中はぐちゃぐちゃで、声に出さなければ、考えることも出来なかったのだと思う。
ミルザの子孫としては、たぶん受け入れるのが正しいのだ。
精霊の持つ女神の力とやらを受け継いで、精霊神法を完成させるのが、きっと正しい。
けれど、それを嫌だと思ってしまう自分も、確かにいた。
精霊神の言葉を受け入れると言うことは、今すぐではなくとも、いつか、セレスやミスリルたちと別れなければならないということ。
これからできるのだろう新しい家族も捨てて、神界に上がらなければならないということ。
それが、何だか、たまらなく怖い。
家族や友人と別れなければいけないのだから当然、なのだろうか。
この恐怖は、別の感情から湧き出ているような気もする。
それがいったい何なのか、わからないけれど。
「ねえ、赤美」
不意に名前を呼ばれた。
普通に返事をしようとして、気づく。
呼び方が、違う。
この姿の時に、あちらでの名前で呼ばれたことなんて、ほとんどない。
「タイム……?」
手を放して、顔を上げて、向かいのベッドに座る親友を見る。
目が合うと、タイムは薄く微笑んだ。
穏やかなそれに、思わず目を丸くする。
「初めて会ったときのこと、覚えてる?」
「え?」
耳に届いた声も、先ほどまでに比べるとずっと穏やかで。
それもあったから、何を聞かれたのか、一瞬わからなかった。
「あんたが、留学生として転校してきたときのこと?」
「そう」
タイムは――美青は――実は初等部に入学当初から在学していたわけではない。
入学してすぐの頃、4月の半ば頃に短期留学生として編入してきたのだ。
それが、そのまま正式に学園に入学して、寮にも入って、今に至る。
入学式から1週間程度しか経っていなかったから、当時の彼女たちからすれば、入学したときから一緒であると言っても過言ではなかったのだが。
「教室に入った瞬間にね。あんたが、とても目に付いた。頭に変なの巻いてる子がいるって」
くすくすと笑うタイムに、ルビーはむっと眉を寄せる。
あの当時のルビーは、まだ今のようにバンダナを額に巻いてはいなくて。
出来たばかりの額の痣を隠したくて、隠れるように頭にタオルを巻いてみたり、とにかくいろいろとやっていた時期だった。
「あたしだって、日本語がカタコトな変な奴が来たって思ったわ」
「悪かったね、カタコトで」
「別にそんなこと言ってないでしょ」
タイムは、5歳までは海外で暮らしていた。
日本語で生活していなかったのだから、カタコトでも仕方が無い。
むしろ、夏休みになる頃には流暢に話せるようになったことが、本来ならばそんなにも短期間で話せるようになるものだろうか。
もしかしたら、体の内側に封印されていた“魔法の水晶”の力のおかげなのかもしれない。
「あれからもう13年なんて、早いよね」
「そう、だね」
初等部入学当初からの付き合いで、気づけばもう高校を卒業するこの年まで、ずっとずっと一緒いた。
いつの間にか気の置けないどころかいなくてはならない親友になっていた。
セレスにすら隠しているコンプレックスすら打ち明けるほど。
「もう家族といるより、あんたやみんなといる時間の方が長いんだよ、あたし」
深い深い息を吐きながら、タイムはそう呟く。
その様子が、いつもとだいぶ違っているような気がした。
「美青……?」
だからなのか、なんとなく不安を感じて、呼びかける。
そうすると、視線をこちらに向けた彼女は、困ったように笑った。
「だからなのかな?もう二度とアースに戻れなくなるかもって言われても、決心するのに時間かからなかったのに、今はすごく悩んでるんだよね」
そう言って笑う彼女を見て気づく。

違う。これは……。

「家族と別れるより、みんなと別れる方が辛いとか、我ながら白状……」
「嘘つき」
自嘲気味なその言葉を、最後まで言わせるつもりはなかった。
だからばっさりと叩き切ってやれば、タイムは弾かれたように顔を上げ、こちらを見る。
「家族と別れるのだって、辛かったくせに」
まん丸に見開かれた目を真っ直ぐに睨みつけて、吐き捨てるように言ってやった。
呆然としたような表情を見せた彼女は、けれどすぐに視線を逸らしてしまう。
「言ったでしょ。そんなこと……」
「言ってない。けど、言ってなくもない」
もう一度はっきりとそう言ってやれば、タイムは今度こそ目に見えて動揺する。
珍しいその様子を見て、ルビーは大げさにため息をついてみせた。
「口に出してないだけのくせに、強がんないでくれる?」
にやりと笑ってそう言ってやれば、タイムは目を丸くしてこちらを見つめた後、額に手を当て、はあっと大きなため息を吐き出した。
「赤美、あんたさ……」
「そのまんま返すわ。何年付き合ってると思ってんのよ。さっき自分で言ってたでしょうが」
「……13年」
「お互い人生の半分以上、ね」
半分どころか3分の2以上なのではないだろうか。
それくらい長い間、一緒にいた。
「はいはい。じゃあ隠さずに正直に話すわ」
お手上げとばかりにタイムが両手を上げる。
その答えに満足して頷くと、ルビーは真っ直ぐに彼女の青い瞳を見つめる。
炎のように強い光を宿す瞳を向けられて、タイムはもう一度ため息をついた。
「あたしは、さっきの話受けようと思ってる」
「え?」
思いも寄らなかったその言葉に、ルビーは思わず声を漏らしていた。
「今の流れで?」
「今の流れだからこそよ」
思わず尋ねれば、タイムは真っ直ぐにこちらを見たまま、はっきりと言った。
「今のあたしたちの力じゃ、今回の元凶に勝てる見込みがないかもしれない。しかも、相手は人間を滅ぼすつもりで、負けたら本当に世界が危ないかもしれない。ということでよかったよね」
「う、うん」
「なら、あたしは勝てる見込みのある方を選びたい」
はっきりと、迷いのない声で、タイムは言った。
その言葉を聞いているうちに、ルビーは自分の心臓の音が、どんどん早く、激しくなっていくのを感じていた。
ばくばくという音がうるさい。
振動が喉に伝わってきて、声が出せない。
それでも、必死に、声を吐き出す。
「でも、そっちを選んだら、結局みんなとは別れることになる。人間界を去らなければならなくなる」
「でも、それならみんながいなくなるわけじゃない」
どくんと、心臓がより激しく鳴ったような気がした。
「会えなくなるだけで、みんなは、セレスやレミアたちはちゃんと生きてる。あたしがいなくなるだけ」
そう、会えなくなるだけ。
いなくなるのは自分たちだから。
死に別れるわけではないから、会えなくなるだけなのだ。
「ここで拒んでこのままみんなと合流しても、負けてしまったら……、殺されてしまったら、それこそ意味がない」
離れたくないと拒んで、そのまま元凶を倒しに向かっても、勝てなければ、守れなければ結局は同じ。
いいや、それよりも酷い結果が待ちかまえているかもしれない。
それは、望んだ結末ではない。
「だから、あたしは1人でも、あの話を受けようと思う」
そう告げるタイムの青い瞳には、迷いなど一切無いように見えた。
「それを言いたかった。それだけ」
そこまで言い切ると、目を伏せる。
一仕事終えたと言わんばかりのその様子に、ルビーは困惑していた。
何を言えばいいのか、どう答えていいのかからなかった。
だって、ルビーはまだ決めていないのだ。
どうしたらいいかわからないままで、迷っている。
だからこそ、言葉を紡ぐことが出来ない。
何を言えばいいのか、わからない。
「美青……」
「だけどね、赤美」
わからないまま名前を呼べば、唐突に言葉を遮られた。
「あんたは、どっちを選んでもいいよ」
「え?」
いつの間にか、青い澄んだ瞳が、再びこちらを見つめていた。
先ほどと同じ強い意志を感じるそれに、少しだけ柔らかい色が宿る。
「怖いんでしょ。みんなと別れるの」
「そんな、こと……」
「うそつかないの。あんたが寂しがり屋なの知ってるんだからね」
さっきの言葉、まんま返すわと言って、タイムは笑う。
「あたしはもう選んだけど。あんたはどっちを選んだって良いと思う。さっきの話を受けても受けなくても、あんたは1人にはならないから。好きな方を選んでいいよ」
1人にはならない。
その言葉に、ルビーは息を呑んだ。
それはつまり、タイムはルビーに選択肢を作るために、その決断をしたということではないか。
そう思った瞬間、の中が真っ赤に染まって、ルビーは勢いよく立ち上がる。
「美青、あんた……!?」
「言っておくけど、さっき言ったのはあたしの本当の気持ちだから」
ルビーの言葉を遮って、タイムは強い口調でそう言い放つ。
その強い瞳と目が合い、ルビーはびくりと肩を跳ねさせ、言葉を飲み込んだ。
「あんたが想像したとおりなんかじゃないよ」
先ほども思った。
迷いのない、強い瞳だと。
それに見つめられてしまったら、反論が口から出てこない。
「それに、この話を受けても、絶対に勝てる保証なんかないでしょ。結局同じかもしれない。あたしたちは、この騒ぎの元凶に、勝てないかもしれない」
「でも、勝てるかもしれない。勝てれば、みんなを、世界を守れる」
「逆に、これを受けないで勝てれば、あたしたちは今までどおりの生活に戻れるかもしれない」
ゲートを開いて、アースに帰って。
高校を卒業して、そのうちこちらへ本格的に移住して。
それから先も、ずっとずっと。
今まで同じように、みんなで生きていけるかもしれない。
「そんな大事な選択、いくらなんでも、親友のためなんて、それだけの為に選べない」
それは、そうなのだろう。
親友とは言え、他人だ。
他人のためだけに自分の人生を捨てるだなんて、自分も彼女もそこまでのお人好しではない。
それは、わかっているつもりだった。
「考えて、悩んで、それでもあたしは、あたしのためにこっちを選んだ。それだけなの」
そうはっきりと言うタイムの目は、嘘を吐いているようには思えなかった。
けれど、それだけではないとも思ってしまったのは、単なる自惚れなのだろうか。
「……あんたは……」
「まあ、あんたがどう思うかは勝手だけど。押しつけだけはやめてよね」
ふうっと息を吐き出したかと思うと、タイムは軽い口調でそう言った。
その目がこちらを見て、にやりと笑う。
「あんたがあたしのこと大好きで、だからそう思っちゃうのは知ってるけどさ」
「はあっ!?」
唐突な、まったく予想していなかったその反応に、ルビーは思わず声を上げる。
「ちょっと、誰が!?」
「違った?あんた、あたしのことだけじゃなくって、レミアとかミスリルとか、みんなのこと大好きじゃない」
「……っ!?違わ、ないけど……!」
「あ、否定しないの?」
「できるか!!!」
腹の底から精一杯叫んでしまう。
そんなルビーを見て、タイムはにやにやと笑っている。
まさかこんなときに、こんなからかわれ方をするなんて、夢にも思わなかった。
「……っ、もういい!あたし、祭壇の部屋に行ってくるから!!」
持っていたカップを手近なテーブルに置き、歩き出す。
その姿を見たタイムが、驚いたように目を丸くした。
「あれ?決めたの?」
「誰かさんのおかげで!!」
「そう」
突き放すように言ったのに、タイムはくすくすと楽しそうに笑うだけだ。
その顔を見ていると、なんだか姉に見守られる妹のような気分になってしまって、とても複雑だった。
アースでは同い年だけれど、本当の年齢はこちらの方が上で、しかも自分は2人姉妹の姉で、彼女は5人兄弟の末っ子だというのに。
「待って。あたしも行くわ」
どすどすとわざと音を立てるように部屋を出ると、タイムがその笑顔のまま追ってくる。
足を止め、顔だけを彼女に向けると、ルビーは拗ねたような表情で呟いた。
「結構意地悪いよね、タイムってさ」
「ルビーに言われたくないけど?」
「悪かったね」
しっかりと聞き取ったタイムにそう返されてしまって、肩を落とす。
そのまま深いため息を吐きながら歩き出した彼女を見て、タイムはくすくすと笑っていた。
思わず舌打ちをしてしまってから、ルビーは自分に呆れてため息を吐き出す。
結局のところ、自分は彼女に甘えているのだろう。
だって、こんなやりとりで、腹が括れてしまえるのだから。

2018.07.23