Chapter7 吸血鬼
18:知られざる仕組まれた仕掛け
鍵がしっかりとかかっていることを確認し、漸く一息をつく。
立ち上がって改めて中を見回していると、傍からため息をつくような気配を感じた。
視線を向ければ、明かり取りの窓を開けに行っていたアールが傍まで戻ってきていた。
「中も、やはり私たちの国とは違うな」
「そうね。まあ、私はこっちの方が馴染みがあるけれど」
木造のその建物のつくりは、おそらくアースの日本の寺に近いのだろう。
建物の奥に祭壇が置かれ、神像のようなものが壁に沿って並べられている。
扉すらほとんど開かれないのか、崇めているとは思えないほどに埃にまみれていたけれど。
「しかし、こんな場所に『鍵』があるのか?見たところ、いくらでも隠せそうではあるが、簡単に誰かが見つけてしまいそうだな」
「わからないわ」
石とは違って、木なら壁も簡単に剥がすことができる。
ならば、どこに隠しても簡単に見つかってしまうだろう。
「でも、あるなら、きっと……」
ベリーが服の上に出たままだったペンダントを手に取る。
まるでそれを待っていたかのように、ペンダントが再び淡い光を放ち始める。
それに呼応するかのように空気が震えた。
同時にどこからともなく光が溢れ、ベリーの目の前で人の姿を形作る。
「やはりそうなるか」
「ええ」
アールの呟きに頷き返す。
そうしてから、ベリーは目の前に姿を見せた存在の名を口にした。
「ミルザ」
名を呼べば、彼はゆっくりと目を開く。
その琥珀の瞳が、真っ直ぐにこちらを見た。
『この国に、僕の血を引く者が来るのを待っていた』
その視線がベリーの紫紺と交わった瞬間、いつものように彼はゆっくりと口を開いた。
『僕は“鍵”の封印にここを選ぶ。選ばれた者しか入ることのできない場所。僕は国長に、“外つ国の神に選ばれた者”と判断されたらしい。だから、遠い未来にもこの国の考えが変わっていないことを祈って、ここに残す』
それはつまり、ここなら『鍵』が他の誰かに渡ってしまうようなことがないと考えたから、なのだろうか。
ミルザの幻影は、自身の広げた掌を見つめる。
そこに何かがあるかのように、その掌をぎゅっと握り締めた。
『どうか、この鍵がこの国の人の手にではなく、我が後継者に渡るように』
すうっと元々透けていたミルザの姿が消える。
後に残った淡い光が、彼の立っていた真後ろの壁に吸い込まれていった。
「消えた」
「まるで後ろの壁に吸い込まれたみたいね」
「ということは、ここが怪しいか」
「ええ、きっと」
2人で頷き合って、ミルザの消えた壁に近づく。
そこは、明らかに他の場所とは違っていた。
「壁に窪みがあるな」
「ご丁寧にも同じ形だわ、これと」
下げていた剣の形をしたペンダント。
その窪みは確かにそれと同じ形をしていた。
ペンダントを外し、表を壁に向け、窪みにはめ込む。
奥まで差し込むと、かちっという鍵が外れるような音が聞こえた。
同時にぱたんと、窪みのすぐ下の壁が開いた。
「開いたな」
窪みからペンダントを取り外して、開いた小さな扉の中に手を差し込む。
そこに収まっていた物を掴んで、ゆっくりと取り出した。
「これがここの鍵みたいね」
掌を上に向けて、ゆっくりと開く。
その中に納まっていたのは、紫色をした小さな飾りのような物だった。
「勾玉、か?」
「なるほど。この国にはこの形がふさわしいかも」
この国は、アースの日本や中国と似ているようだから。
だからなんとなくだけれど、そう思った。
勾玉をもう一度握り締め、目を閉じる。
一度軽く深呼吸をすると、ベリーは顔を上げ、アールを見た。
「これでここには用はないわ。アール、お願いできるかしら」
「ああ。私も、これ以上ここにいるのはごめんだ」
そう言い切ったアールの表情が、ふと僅かに曇った。
「あのご老人には悪いことをした気もするが」
「あなた、本当に優しいわね」
「お前はそうは思わないのか?」
「まあ、少し、なら」
悪いと思っていないはずがない。
あの老婆は、きっとこの神殿を管理する神官か何かだったのだろう。
その目の前で、本来は国長――おそらくはこの国の王のことだ――しか立ち入りを許されないこの場所に入ってしまったのだ。
もしも国にばれたら、あの老婆はただではすまないかもしれない。
そんなことを考えていないわけではないけれど。
「でも、いちいち気にしていたらキリがないとも思うもの」
「それもそうなんだがな」
そう言って、割り切れる性格をしていたのならば、きっと楽なのだろう。
どんなに悪ぶろうとしても、根が優しいアールはずっと気にするのだろうと思う。
自分だって、きっと心のどこかに引っかかり続けるのだろうと思う。
思うけれど、心のどこかで気にしても仕方がないと思う自分もいた。
「まあ、いい。帰るんだろう?」
「ええ。その前に」
無理やり思いを吐き出すように息をついたアールが、顔を上げる。
その声を聞いて思考を中断すると、ベリーは周囲を見回した。
「ミルザ。まだいるのでしょう?」
声をかけると、再び部屋の中にミルザの幻影が姿を見せる。
ゆっくりと目を開けた彼に向かい、手にしたままだった勾玉を突きつけた。
「ここにこれを隠した後、あなたはどこへ向かったの?」
ミルザの視線が差し出した勾玉へと動く。
それを見た彼は、ゆっくりと口を開いた。
『もうひとつ、封印をしなければならない物があった』
「え?」
『あの人を人間界に呼び出すための、鍵。地の精霊が、かつてその主より預かっていた物』
突然のミルザの言葉に、アールが驚いたようにベリーを見る。
気配でそれを察したけれども、ベリーにだってわからない。
彼が、何の話をしているのか、全く。
『あれを、封印しなければ。この世界で最も地の魔力の強い場所……ダークマジックが、研究を始めたあの国に』
それでもミルザは止めることなく言葉を続ける。
『ローベルトの支配していた国にこれを隠すのは危険だけれど、あの地でなければ、彼の気配は隠すことができないから』
「ローベルト?」
「イセリヤのことだ」
ふと、ミルザが口にした聞き覚えのない名前に首を傾げる。
それにあっさり答えが返ってきて、ベリーは思わず後ろを振り返った。
「確か、1000年前のイセリヤは、『イセリヤ=ローベルト』と名乗っていたはずだ」
アールの説明で漸く納得する。
「イセリヤ=ローベルト、ね。ミルザは、あの女を名前では呼んでいなかったのね」
1000年前のイセリヤについては、ほとんどの文献にはイセリヤという名前でのみ残っていた。
だからてっきりミルザもその名で呼んでいると思っていたのに、違ったのか。
そんなことを考えながら視線を戻すと、そこにミルザの姿はもうなかった。
おそらく先ほどのあれが、彼が記憶していた言葉の全てだったのだろう。
あまりの収穫のなさにため息を吐き出すと、ベリーは改めてアールを振り返った。
「ねぇ、アール。世界で最も地の魔力が強い場所って、どこだかわかる?」
「特に何処が何の魔力が強いとか強くないということは研究されていなかったと思うが……」
ふと、アールが言葉を切る。
少し考えるような仕草を見せてから、彼女は再びこちらへと視線を向けた。
「もしかするとだが、ゴルキドのことじゃないか?」
「ゴルキド?というと、ミスリルとリーフが行った?」
「ああ」
ベリーの問いに、アールははっきり頷く。
「地の精霊から預かった何かを封印に、とミルザは言っただろう?それはミスリルが探しに行った物ではないか?」
「あ……」
言われて思い出す。
ミスリルの得た精霊神法は、確かミルザには扱えないタイプの呪文だった。
だから、ミルザはそれを誰の手にも渡らないように封印したのだ。
「そうか。ミスリルは、それを探してあの国に行ったんだっけ」
「何だ?忘れていたのか?」
「生憎だけど、あのとき私は石になっていたものだから」
「そういえば、そんな話だったな」
あのときベリーはセレスとともに、『虐殺の双子』と呼ばれるものたちの石化呪文を受けて石になっていた。
だからミスリルの旅については後から話を聞いただけで、実は把握していない部分も多かった。
「……とすると、一度国に戻って、やはりリーナに頼むか」
「リーナに?どうして?」
アールがどうして彼女の名を出したのかわからず、ベリーは首を傾げる。
「あいつは確か、ミスリルの依頼で封印の場所の側の村まで行ったことがあるはずだ」
「ミスリルの?」
「ああ。なんでも、見つけた書物に使われている文字が古代語で読めなかったらしい。リーナは帰ってきて暫く『ついて行きたかった』と文句を言っていたからな」
そのときの彼女の様子を思い出したのか、アール表情を緩めてくすくすと笑った。
その話を聞きながら、ベリーは腕を組むと思わずため息をつく。
「なんか、リーナにもだいぶお世話になっている気がするわ」
「あとであいつの頼みをひとつ聞いてやってくれればいいさ。あいつもそれで満足するだろう」
「……善処するわ」
その頼みの内容が一番心配な気もしたけれども、敢えて考えないことにして頷いた。
後日、やはり考えておけばよかったと後悔することになるのだけれども、今のベリーはそんな未来のことは考えてもいなかった。