SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter6 鍵を握る悪魔

22:伝言者

「わあああああああああ……ぎゃんっ!!」
落ちたと思った途端、何だか硬い場所に体を打ち付ける。
受身なんて取っている余裕などなかったから、まともに受けてしまった痛みに、思わず体を丸めて唸った。
『……大丈夫か?』
すぐ側で聞こえた声に、ペリドッドは唸りながらも、恐る恐る目を開けた。
開けた視界に、先ほどまで広がっていた草原などなかった。
代わりにあったのは、よく知るほんの少しだけ薄汚れた石の壁。
その中心に立つ、水晶を持ったままのウィズダムの姿だった。
「あ、あれ……?」
『あれ?ではない。大丈夫かと聞いているんだぞ』
呆然とした表情で自分を見上げるペリドッドに、ウィズダムは不機嫌そうに答える。
「あ……、うん……ぅぐ……っ!?」
起き上がってそれに素直に答えようとした途端、胃からこみ上げるような吐き気を感じて口を抑えた。
もう片方の手を勢いよく床について、身を縮める。
そのまま丸まって、少しでも気分を楽にしようと、必死に深呼吸を繰り返す。
暫くそうやってきたら、だんだんとだが吐き気が治まってくる。
何とか気分を落ち着けると、ペリドッドは漸く顔を上げた。
『もう一度聞くが、大丈夫か?』
「……うぅ。気持ち悪いです……」
正直に答えれば、途端にウィズダムの顔に呆れが浮かぶ。
『まったく……。だから他のものに意識を向けるなと言ったのだ』
「うう……。ごめんなさい……」
呆れるウィズダムに、ただただ謝ることしか出来ない。
彼は先に忠告をしてくれた。
自分もそれを聞いて、「わかった」と答えたはずだった。
それにも関わらず、呪文書以外のものに意識を向けて、記憶の世界に取り込まれそうになったのだから、それは自分自身の責任だ。
彼に対して、謝罪以外の何が出来よう。
忠告を忘れて自滅しそうになった自分を助けてくれた彼に対して、礼を言うならともなく文句など言えるはずもない。
「あ……」
そこまで考えて、自分が大切なことを告げていないことに気づく。
『どうした?』
怪訝そうなウィズダムの声に、反射的に顔を上げた。
先ほどまで苦しんでいた自分が、突然顔を上げたことに驚いたのか、ウィズダムの表情に小さな動揺が走る。
けれど、今のペリドッドには、彼の心情なんてどうでもいいことだった。
「ウィズダム」
『な、なんだ?』
「助けてくれてありがとう」
まさかそんなことを言われるとは思わなかったのか、ウィズダムがその茶色の目をまん丸にする。
数瞬の間そうしていた彼は、照れたり微笑んだりといった反応をするのかと思いきや、すぐに先ほどまで呆れの表情に戻ってしまった。
『そんなことより、呪文はどうした?ちゃんと見つけてきたのだろうな』
「え?あ……」
慌てて呪文書を探すけれど、すぐにそんなものがあるはずがないことに気づく。
先ほどまで自分がいた世界は、魔法の水晶に残された『記憶』の世界だ。
あの場所にあったものは、水晶の中に残されていた記憶が映像化されたものなのであって、実態があるわけではない。
だから、あの白い本がそのまま手元に現れるわけではないのだ。
「ちょっと待って」
目を閉じて、鼻と額を覆い隠すように手を当てて、考え込むような姿勢を取る。
意識を集中させて、たった今得たばかりの記憶を必死に探した。
「精霊神法……精霊神法……」
ぶつぶつと呟きながら考え込んでいると、自然に頭の中にひとつの文章が湧いてくるのがわかった。
それは、先ほどまでの自分だったなら、確かに知らないはずだった言葉。
本を読んだ覚えも、聞いたわけでもないのに自然と湧いてきたその言葉が、自分の求めていた呪文に違いないのだと、考えるよりも先に確信していた。
「……うん。大丈夫」
手を外して顔を上げ、はっきりと答える。
その途端、先ほどまで呆れの表情しか浮かべていなかったウィズダムが、ふっと微笑んだ。
『そうか。よかったな』
「うん!ありがとう、ウィズダム!」
にぱっと笑って、素直に礼を告げる。
そうすれば、ウィズダムも今度は微笑み返してくれた。
「……それにしても、なぁ」
ふと、視線を逸らして、考え込むように呟く。
『どうした?』
「うん……。あれは何だったのかな、って思って……」
『あれ、とは?』
「えっとね……。あ、れ……?」
答えようとして、驚く。
自分は、一体何に対して疑問を抱いていたのか、出てこなかったのだ。
「あ、あれ?あれれ?」
疑問を抱いたのは、確か『記憶の世界』で見た何かに対してだと思う。
だけど、その肝心の『何か』が、全く思い出せないのだ。
まるで、呪文とは真逆。
つい先ほど体験したばかりの経験のはずなのに、思い出せない。
確かに何かを見たはずなのに、出てこない。
その『何か』が、人か物か、それすらもわからなかった。
「な、何で?どうして~?」
必死に記憶を掘り返しても、一行に出てこないその姿に、とうとう頭を抱えて悩み出す。
暫くの間そうやって唸っていると、唐突に目の前から声がかかった。
『思い出せないならば、思い出さない方がいい』
「え?」
突然の言葉に、驚いてウィズダムを見上げる。
声の主である彼は、淡々とした瞳でこちらを見つめていた。
『あれはお前ではない誰かの記憶だからな。あまり無理に自分のものにしようとすると、水晶の中にいなくとも、取り込まれてしまう可能性があるぞ』
「うぇ……っ!?や、やめます!考えるの!」
体が為す術なく大地に沈んでいくのは、本当に怖かった。
ただでさえ、あんな体験はもうしたくないというのに、現実世界であれが起こる可能性があるなんて考えたくもない。
だから、本当は少しだけ気になってはいたけれど、諦めたのだと自分に言い聞かせて、必死に頭からそれを追い出した。

ペリドッドがそうやって1人で奮闘しているそのとき、突然締め切った扉がノックされた。
『誰だ』
いつもより少しだけ低い声でウィズダムが声を返す。
その途端、扉の向こうから返ってきたのは、悲鳴を押し殺したような声だった。
「ティ、ティーチャーです!あの、もうよろしいでしょうか?」
『ああ、少し待て』
ウィズダムが、空いている方の手を上げ、ぱちんっと指を鳴らす。
今まで何の変化もなかった扉が、薄っすらと光を纏った。
その光は取っ手を包み、木製の大きな扉をゆっくりと左右に開いていく。
触れてもいないのに扉を開けるその術に、ペリドッドは驚き、目を丸くした。
それは扉の向こうにいた少女も同じだったらしい。
先ほどまで焦りを無理矢理押し殺したような声を発していたはずのティーチャーが、ぽかんとした表情でそこに浮いている。
扉が完全に開き、閉まらないようにするための金具とぶつかった音が広間に響いた。
その音で、この神殿の主である少女は漸く我に返った。
「あ……。し、失礼します!」
勢いよくお辞儀をして、中に入ってくる。
その顔には先ほどまでの唖然とした表情はなく、蒼白になっているかのように見えた。
「どうしたの?顔、青いよ?」
「た、大変なんです!ペリートさんっ!!」
真っ直ぐに自分に向かって飛んでくる彼女に声をかけた途端、甲高い悲鳴のような声が返ってきた。
「あ、あの!その!リーナさんが、アールさんからの伝言で、みんなが……っ!!」
「ちょ、ちょっとティーチャー!落ち着いて!それじゃあ何がなんだかわかんないよっ!」
「え?あっ!ご、ごめんなさいっ!」
だいぶ慌てているらしいティーチャーを、何とか宥める。
慌てて謝る彼女に少し深呼吸するように言うと、彼女は言われたとおりに心を落ち着けようとした。
本当は、リーナとアールの名前を聞いた瞬間に、問い質したい気持ちに駆られた。
けれど、そうやってティーチャーを追い詰めても、正確な情報が得られるはずもないことを、彼女は知っていた。
だからこそ、その気持ちを無理矢理押さえつけて、ティーチャーを落ち着けることを選んだのだ。
「で?リーナちゃんがどうしたの?みんなは?」
「は、はい!ペリートさんとウィズダム様がこちらに入ってすぐの話なんですけど、さっき、マジック共和国からリーナさんが見えまして」
「うん」
「アールさんからの伝言で、マジック共和国に悪魔の翼を持った女が現れたって……っ!」
「え……っ!?」
悪魔の翼を持った女という言葉に、ペリドッドは表情を変える。
今、この状況で、アールが国内で最も信頼を置いている魔道士であるリーナを使いに出してまで、伝えてきたその女の存在。
それが示すものは、ひとつしかない。
「ネヴィルがまたマジック共和国に……っ!?」
「は、はい!それでみんな、いきり立っちゃってて!今、タイムとルビーさんが、みんなを宥めてくれてるんですけど……」
自分たちがここに篭ってすぐの話ならば、もうだいぶ時間が立っている。
みんなの――特にレミア辺りの我慢が、そろそろ限界ということなのだろう。
そもそも、本来ならば、みんなは自分を待たなくてもいいはずなのだ。
既にセレスとレミアは、精霊神法を取得している。
タイムだって、ティーチャーが共にいれば、それとほとんど変わらない呪文を使うことが出来る。
だから、みんなにわざわざ自分を待っている理由なんて、本当はないはずで。
それでも、ルビーとタイムがみんなを留めていてくれたのは、きっと自分の気持ちを考えてくれているからだ。
ぐっと拳を握る。
「ペリートさん……?」
突然黙り込んだ自分に不安を感じたのか、ティーチャーが恐る恐る声をかけてくる。
それに答えることなく、ペリドッドは後ろを振り返った。
いつの間にか壁の側へ移動していたウィズダムは、ただ何も言わずに、目だけをこちらに向けていた。
その視線が交わった瞬間、言葉にしなくても、自分の思っていることは伝わったらしい。
『行ってくればいい。もう、呪文は大丈夫なのだろう?』
「うん……。でも……」
『ミスリルの容態が心配か?』
図星を指摘されて、思わず唇をかみ締める。
その様子を見て何か思ったのか、彼はため息をひとつ吐き出した。
『おそらく、主の体はもう長くは持たんぞ』
「えっ!?」
ウィズダムの発言に、ペリドッドだけではなく、ティーチャーも顔を蒼白にし、弾かれたように彼を見た。
『このまま酷い衰弱が続けば、人間の体力では持たんだろう。眠り続けている人間に、体力を補充させる方法などない。このまま行けば、やがては命に関わる』
「そっか……。こっちには、点滴とか、ないんだっけ」
インシングの文化レベルは、アースの中世ヨーロッパ程度だ。
不治の病を次々と駆逐しているアースと違って、こちらの医学はそれほどまでに進んでいない。
自分たちが普段住んでいる世界を基準に考えては、いけないのだ。
だからと言って、今の状態のミスリルをアースに連れ帰り、入院させるわけにもいかない。
栄養の面では何とかなるかもしれないけれど、下手に医者に見せれば、騒ぎになる可能性だってあるのだから。
「じゃあ、やっぱりミスリルちゃんの方を先に何とかしないと……」
『だが、手立てがあるわけでもあるまい?』
「ん……」
ウィズダムの言うとおりだ。
ネヴィルの体の、血でも何でも、とにかく一部を手に入れて調べようという手はもう使えない。
あいつは、前の体をとっくに捨ててしまっているから。

だったら、一体どうしたらいい?
どうしたら、ミスリルを助けられる?

苦虫を噛み潰したような顔で、ペリドッドが俯く。
まるで今にも唸り出しそうなその表情に、側でその顔を覗き込んだティーチャーが声をかけるべきかわからず、おろおろしていた。
嫌な沈黙が、広間を包む。
僅かな間の後、その沈黙を破ったのは、意外にもウィズダムだった。
『主は、奴があのようにしたのだ』
ウィズダムの言葉に、ペリドッドは顔を上げる。
彼はこちらを見てはおらず、ただじっと床を見つめていた。
『ならば、助ける手立ても、奴自身から聞き出せばいい』
「ウィズダム……」
『奴が素直に教えるとも思わんが、それが最も確実な方法ではないか?』
ウィズダムの茶色の瞳が、真っ直ぐにこちらを向けられる。
その瞳には真剣な色だけが浮かんでいて、彼が心の底からそう言っているのだと、感じ取ることが出来た。
「・・・・・・うん、そうだね」
このままここで悩んでいても、答えが出るわけではない。
だったら、彼の言うとおり、ネヴィルを問い詰めることが、一番の近道かもしれない。
ネヴィルを問い質し、ミスリルを助ける方法を聞き出すことが一番の近道であるのならば、こんなところでじっとしている必要なんて、ない。
「よしっ!」
自分の中での勝手な結論だけど、きっとみんなだって賛同してくれる。
根拠なんてないけれど、何故か無条件にそう信じることが出来たから。
「ウィズダム!あたし、行ってくる!ミスリルのこと、お願いするね!」
顔をしっかりと上げて、宣言する。
そうすれば、ウィズダムふっと、僅かに顔を緩ませて、笑った。
『ああ。行ってこい』
力強く返された言葉に、力強く頷き返す。
そのまま彼に背を向けると、側で成り行きを見守っていたティーチャーを見た。
「ティーチャー、みんなは?」
「まだ談話室にいるはずです!」
「OK!行こっ!」
「はいっ!」
ティーチャーを促して、広間を飛び出す。
そのまま、室内だと言うことも忘れているかのようなスピードで、ペリドッドは廊下の向こうにある談話室へと駆け出して行った。

2007.03.14