SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter3 魔妖精

2:光の柱

「ドジった……」
電柱に凭れかかって、はあっとため息をつく。
目の前の信号は赤になったばかりで、暫くは変わりそうもない。
「どっちにしても間に合わないなぁ。走らなきゃよかったかも」
落としそうになった鞄を持ち直して、美青は何とか体を起こした。
ここ数日、風邪を引いて寝込んでいたせいか体がだるい。
いや、体がだるいのは単に無理に走って熱がぶり返してきてせいだろう。
そもそも自分たちが異世界の人間であることを知ってから今まで、どんな大怪我を負ってもどんな目にあっても、長く倒れなかったことの方が不思議だ。
ここで今までの疲れが一気に出てきたとしても不思議はない。
「赤美と実沙は絶対平気そうだけど」
ぼそっと小さく呟いた。
それは『馬鹿は風邪を引かない』というあの言葉を指していた。
実際のところ、実沙は健康管理には余念がないし、赤美に至ってはもう何度か倒れているから、疲れて突然ということはないだろうという考えを持っているから出た言葉だったのだけれど、今の彼女にはそんな自覚はない。
「それにしても、……この坂嫌い」
息を切らせながら懸命に坂を登る。
彼女たちの通う魔燐学園はこの坂を上りきったところに建てられている。
昨日まで風邪で寝込んでいた人間にとって、この道は最大の難所だ。
それを駆け上ろうとしているのだから、余計に辛い。
けれど走らなければ本鈴が鳴ってしまう。
それを考えると、どうしても足を止めようとは思えなかった。
「あたし、明日は行くって言ってたのに」
学生寮の隣室に住んでいる親友とその妹は自分が今日も休むと思ったのだろう、声をかけずに学校へ行ってしまった。
珍しく寝坊をした美青は慌てて寮を飛び出して、この状態というわけだ。
いっそのこと休んでしまおうと思ったけれど、既に1週間彼女は学校に行っていない。
その間の授業の空白と理事部で溜まっているであろう仕事のことを考えると、どうしても休む気にはなれなかった。
「だる……」
坂の中腹で、電柱に片手をついて足を止めた。
そんなに長い坂というわけではないのだけれど、病み上がりで駆け上ったことで体が根を上げてしまったらしい。
息を整え、再び走り出そうと顔を上げようとした。
けれどその瞳に2つの影を捉えた途端、彼女はそのままの態勢で動きを止める。
「美青っ!?」
坂の上から駆け下りて、彼女の前で足を止めたのはよく知る青年と少女。
「陽一?英里?」
目の前に現れた友人たちを見て、美青はきょとんとした表情で彼らの名を呼んだ。
「あんたたち、何やってんの?もうすぐ本鈴でしょう?」
上から来たということは、学校にいたということだ。
なのに何故、この2人は坂を下りてきたのだろう。
予鈴の前に校内にいても、本鈴がなったときに教室にいなければ遅刻になってしまうというのに。
「お前こそ!今日休みじゃなかったのかよ?」
何処か慌てた様子で聞く陽一に、美青は微かに顔を顰める。
「それは寝坊しただけで……」
「それにしては、顔色が悪いぞ」
返そうとした美青の言葉を英里があっさりと遮った。
「寝ていた方がいいだろう?送っていくから、寮に……」
英里の言葉が、唐突に辺りを包んだ轟音で途切れる。
美青は驚いて顔を上げ、陽一と英里はしまったという表情で振り返って学校を見た。
紫色の光の柱が、遥か上空から真っ直ぐに降りていた。
坂の上の高等部の校舎に向かって、真っ直ぐに。
「あれは……っ!?」
「あっ!おい待てっ!美青っ!」
陽一の制止を振り切って、彼らの横をすり抜ける。
体のだるさも忘れて、懸命に坂を駆け上がった。

間違いない。あれは魔力の柱!?

「待てっ!!美青っ!」
坂を上りきる直前、後ろから手を強く捉まれた。
バランスを崩して倒れ込んだのは、いつの間に追いついたのか、英里の腕の中だった。
珍しく慌てた様子の彼女同様、慌てた様子で坂を駆け上がってきた陽一の姿が目に入る。
「悪いが、行かせるわけにはいかない」
「……っ!フェリアっ!!」
思わず彼女の本当の名を呼んで、美青は英里をきっと睨む。
「あんた、何言ってるかわかってんのっ!中にはみんなが……」
「あいつらに、絶対にお前を中に入れるなって言われて出てきたんだよ!俺たちはっ!」
「え……?」
予想もしなかった陽一の言葉に、一瞬美青は動きを止める。
「それ、どういうこと?」
英里の手を振り払って、美青は2人を睨みつけるように見た。
ぎくりとした表情になって、英里は陽一を睨む。
陽一は慌てた様子で口を手で覆って視線を逸らしていた。
そんな彼の様子を見て、英里は小さくため息をつく。
「ここを襲ってきた奴、そいつが出した名前にあいつらが反応したんだ」
「襲ってきた奴が出した、名前?」
思わず聞き返したけれど、ここまで聞けば見当はつく。
2人の言葉、行動。
これだけ聞いて、気づかない方がおかしい。
いや、もしかしたらペリドット辺りは気づかないかもしれないが。

「ミュークを渡せ」

口を手で覆ったまま、陽一が言った。
思わず目を見開く。
気づいていたけれど、言葉にされると衝撃が襲ってくる。
「それなら!尚更あたしが……」
「駄目だよ!」
唐突に上空から響いた声に驚き、3人は空を見た。
いつの間に現れたのか、太陽ではない小さな光が頭上を旋回するように飛んでいる。
3人がそれを確認するのを待っていたかのように、光はちょうど美青と英里の間、美青の目の前に降りてきた。
光が収縮して消える。
代わりに姿を現したのは、今まで光を纏っていた本人だろう金髪の、若葉のような瞳を持った1人の小さな妖精の少女。

「ティーチャー……?」

呆然として名を呼ぶと、顔を上げたティーチャーはにこりと微笑んだ。
「久しぶり、タイム」
その表情のまま振り返ると、背後にいた英里と陽一の方へ視線を向ける。
「お久しぶりですリーフ=フェイト殿下。それに、初めまして、フェリアさん」
簡単に挨拶をして、ペこりとお辞儀をした。
「あ、ああ。久しぶり」
彼女の当然の登場に呆然としていた陽一だったが、挨拶されたからには返さないといけないという考えが働いただろうか、しっかりと返事をする。
英里の方は――美青が何度か話をしていたとはいえ――ティーチャーと実際に面識があるわけではなかったから、何も言おうとはしなかった。
そんな2人の様子を特に気にすることもなく、ティーチャーは小さく笑うと、すぐに表情を引き締めて美青の方へと向き直る。
「あの柱は、確かにあなたを狙った奴が作り出したものよ」
きっぱりと言うティーチャーに、呆然としていた美青の顔が引き締まる。
「じゃあ……」
「助けにいったって無駄だよ。あの中じゃ、誰も動けなくなる」
「誰も動けなくなるだとっ!?」
驚いたように英里が声を上げる。
「ということは、あれは……」
「陣の法にあるのと同じ呪縛呪文です。ただし、あれよりずっと強力な」
「それだけじゃ、ないでしょ?」
光の柱を睨むように見上げたままその場に立ち尽くしていた美青に声に、全員の視線が動く。
「あれは、たぶん転移の呪文もかけられてる」
「……うん。しかも術者以外の誰かを強制的に送るタイプの」
頷いて、ティーチャーが答えた瞬間だった。
唐突に光の柱がその紫の色を強めた。
そう思った瞬間、柱が強い光を放つ。
一瞬その光から守るように全員が反射的に目を閉じ、顔を腕で覆った。
光が弱まったのを肌で感じて手を下ろしたときには、柱は空気に溶け込むように消えてしまっていた。
校舎からざわめきが聞こえ始める。
まるで、静止していた時間が唐突に動き出したかのように。
「……っ!」
「あ、おい!美青っ!」
仲間の声を無視して、美青は校舎の中へと向かって駆け出した。
目指す場所はただひとつ。
英里や陽一の言葉から察するに、先ほどまでみんながいたであろう理事長室。
階段を駆け上がって、中央管理棟に続く渡り廊下を抜ける。
目的の部屋の前で立ち止まって、息を整えようともせずに勢いよく扉を開けた。
そして目に入った光景に目を見開いて、絶句した。
予想はしていたことだったけれど。
こうなっているのだと、わかっていたけれど。
そこには誰もいなかった。
直前まで作業をしていたのだろう、その痕跡だけを残して。
「美青……」
後ろからかかった声に、ゆっくりと振り向く。
そこには自分を追いかけてきた英里と陽一の姿があった。
ティーチャーは、おそらく目立たないようにするためだろう、英里の腕の中にすっぽりと収まっている。
おそらく人形に化けているつもりなのだろうが、人形を持っているようなイメージを持たない英里が抱いていること自体に違和感があった。
「……説明して」
無表情のまま、ゆっくりと美青が口を開いた。
「説明して。これは一体、どういうこと?」
「これは……」
「待った」
口を開きかけたティーチャーを、陽一が遮る。
ぎろっと美青が彼を睨んだけれど、そんなことをいちいち気にしている場合ではない。
「あんな目立つものが出たんだ。そのうちマスコミ集まってくるぜ。ただでさえここ、ダークマジックに襲われて取材されることが何度かあったっていうし」
「そうなのか?」
「百合からそう聞いた」
意外そうに聞き返す英里に、陽一はあっさりと答える。
2人とも当時はここにいなかったのだから、知らないのも無理はない。
「そうだね。じゃあ、とりあえずテヌワンに……妖精神の神殿に行きましょう」
同意するように頷いて英里の腕から抜け出ると、ティーチャーはふわりと浮かび上がる。
「じゃあ、こっち」
短くそう言うと、美青は理事長室へと入った。
続くようにして3人が入ってくる。
全員が中に入ったことを確認して、美青は扉の鍵を閉めた。
「お願い、ティーチャー」
振り向いた美青の言葉にしっかりと頷く。
「じゃあ、行きます」
目を閉じて意識を集中し、言葉を紡いだ。

「開け、ゲートっ!」

空間が歪んで、空中にぽっかりと穴が開く。
この世界と異世界を繋ぐ『扉』が。
「……行こう」
『扉』が開いたことを確認すると、美青は真っ先にその中へと入っていった。
“時の封印”も解かずに。

remake 2003.07.21