SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter3 魔妖精

19:復讐者

破壊された窓から新鮮な空気が入ってくる。
妖精にとって有害な魔界の空気がこの城から漏れていた分綺麗とは言えないが、それでもずいぶん楽になったらしい。
先ほどまでタイムの肩の上で辛そうにしていたティーチャーも、今ではしっかりと自分の羽で宙に浮いていた。
「……私の名を知っていたのか」
「これでも一応、調べてきてるからね」
驚きに表情を変えたロニーに冷静に言葉を返す。
「……ふん。面白い」
ゆっくりと膝を曲げてロニーが屈む。
その手は近くに落ちたタイムの棍へ伸びていた。
「だが、武器なくして何処までやれるかっ!」
棍を手にとって勢いよく立ち上がる。
そしてそれを構えた、その瞬間。
「……っ!?」
ぐんっと強く引っ張られる感覚がして、棍の先端が床に落ちた。
「な、何だ……?」
これを片手で投げることができたということが信じられないほどの重さが手に圧し掛かってくる。
両手で持っているだけでも辛い重さが。
「あんた、あたしたちのこと知ってるのなら、当然“魔法の水晶”についても知ってるはずよね?」
唐突に言われた言葉に、ロニーは驚いてタイムを見た。
「“魔法の水晶”。お前たちが受け継いでいる、精霊の秘法。それが一体、何だと……っ!?」
「あれは持ち主を選ぶ。当然その体に流れる血でね。本来の持ち主と同じ血をかけらも持っていない奴には絶対に使えない代物よ」
「だから、それが一体何だと言うっ!!」
「まだわかんないの?この棍がそれだって言ってるんでしょうがっ!!」
言葉が言い終わると同時にタイムは床を蹴った。
棍の重さで動けないロニーの腹に思い切り蹴りを入れて、その体を弾き飛ばす。
弾みで手放された棍は、ロニーが感じていた重さが嘘のように軽い音を立てて床に転がった。
それを片手で軽々と拾い上げると、しっかりと握って構えてみせる。
「くっ……」
床に打ち付けた部分が傷むのか、片手でそこを抑えながらロニーはゆっくりと起き上がった。
武技を奪うことに失敗したためだろう。彼女の顔が悔しそうに歪む。
だがそれも僅かな間のことで、すぐに何かを思いついたのか、次の瞬間には笑みを浮かべていた。
「ならば、これでどうだ」
ぱちんと指を鳴らす。
同時に床に今までなかったはずの魔法陣が現れた。
「な、何?」
反射的に後ろへ飛んで、タイムは魔法陣を見つめた。
光り始めた魔法陣から3つの人影が現れる。
「え……っ!?」
「あの人たちは……っ!?」
思いも寄らない人物の出現に、タイムのティーチャーも言葉を失った。
壊れかけた王冠を被った初老の男。
背中に蝙蝠の翼を持ったまだ幼い少年。
夕暮れ時のような鮮やかなオレンジの髪の女。
見覚えのありすぎる3人の人物。
ただ以前会った時と違うのは、3人に共通点ができていたこと。
蒼白の顔と、焦点の合っていないぎょろっとした瞳。
そして、体から漂ってくる腐臭。
「まさか、ゾンビっ!?」
「酷いっ!!どうしてっ!!」
ティーチャーが悲鳴にも似た声を上げる。
「やはり知り合いか……」
笑いの混じった声が耳に届いて、タイムは魔法陣の向こうにいるロニーを睨んだ。
「この人たちに何をしたっ!?」
明らかに怒りを含んだ声。
それがおかしいのか、笑いながらロニーが答える。
「王女を失い悲しみに暮れた王。そして我が城の周囲をうろついていた魔族と人間。みなお前たちに恨みを持っていたようだったからな。利用させてもらうことにした」
「……ひどい」
ティーチャーの呟いた言葉に、ロニーは小さく笑いを漏らした。
「さあ、こいつらを倒すことができるかな?」
できるはずがない。そう思っているのだろう。
感情が表情に出ている。
馬鹿にしたような笑みを浮かべるロニーを冷たい瞳で睨み返すと、タイムは両手でしっかりと棍を握り直した。
「……倒してやる」
「タイムっ!?」
彼女の言葉に、ティーチャーが驚きの声を上げる。
「できるできないじゃない。やるしかないでしょう」
「それは、そうだけど……。でも……」
「やれっ!!」
手を振り上げてロニーが叫んだ。
同時に生ける屍と化した者たちが動き出す。
人とは思えないほどの、生前の彼らとは比べ物にならないほどのスピードで。
「迷ってるなら下がってるっ!!」
驚きの表情を浮かべたまま固まってしまったティーチャーにそう叫んで、タイムは襲ってくる屍に向かって走り出した。
1人目を突き飛ばすと、すぐに2人目が襲ってくる。
襲ってきた蝙蝠の羽をうまく避けて、足を払った。
起き上がる瞬間、襲ってきた3人目の顎を突いて、近寄らないよう弾き飛ばす。
ほっと息をついた瞬間、背後に気配を感じ、慌てて棍を大きく振った。
小さな、明らかに人の声ではない悲鳴を上げて最初に倒したはずの屍――王が倒れる。
それを見てタイムは舌打ちすると、素早くその場を離れた。
「……やっぱり死体に急所攻撃は効かないか」
呟くと、棍を大きく振り、ついていた汚れを落とす。
その間にも屍は起き上がり、こちらに迫ってくる。
「どうした?手を抜いていては勝てぬぞ?」
笑いの混じったロニーの声が耳に届いた。
「手を抜いてるわけじゃない!ただ……」
自分の呪文にも武器にも持っている道具にも、彼らにとどめをさせるようなものはない。
アンディットに対して有効なのは光と火だ。
もしくは闇の、相手を消滅させるあの呪文。
武器も属性のあるものでないとまず効くことはなく、今は有効な道具も持っていない。

だったら。

近づいてきた屍を薙ぎ払い、タイムはさらに後ろへ跳ぶ。
それを追って屍たちが走り出す。
壁際ぎりぎりまで下がったとき、タイムは小さく唇を動かして叫んだ。
「フリーズっ!!」
追ってきた屍たちに冷気が襲いかかる。
朽ち果てた体に纏わりついた冷気は、そのまま彼らの動きを奪った。
屍たちが少しずつ氷に包まれていく。
「……っ!?」
こちらの意図に気づいたのか、今まで傍観していたロニーが表情を歪めた。
本来この呪文は冷気で相手を攻撃するものであるはずだ。
だというのに、この冷気は相手を攻撃するためものではない。
「……貴様っ!!」
「言っておくけど、これを溶かすにはかなりの熱を持った炎が必要よ」
氷付けになった3体の屍を指して言い放つ。
「中身ごと燃やし尽くすくらいの炎がね」
「貴様、いつのまにこの部屋の属性を変えたっ!?」
「……え?」
戦いに集中していて気づいていなかったらしい。
ティーチャーがきょとんとした表情で小さく声を漏らした。
慌てて辺りを見回して、そこから感じる気配を確認する。
「本当だ!水の魔力が強くなってる!」
「高位の術者が呪文を使うとき、詠唱文を唱える必要がないの、知らなかったの?」
先ほどまでの切羽詰った表情を消して、タイムが問いかけるような言葉を投げる。
その言葉にロニーははっと表情を変えた。
「まさか……、逃げていたときのあれは詠唱ではなかったのかっ!?」
叫ぶように問いかけられて、タイムは薄く笑みを浮かべる。

壁際まで下がったとき、彼女が唱えた呪文はふたつ。
ひとつははっきりと言葉にした、屍を凍らせたあの呪文。
そしてもうひとつは、それより先に声にしないうちに発動させたもの。

「『場』の属性、あの呪文を使う前に水にさせてもらったよ」

「全然気づかなかった……」
空中でぽかんとした表情のままティーチャーが呟く。
「……ならばっ!!」
ばっとロニーが両手を突き出す。
「その属性を再び変えるまでっ!!」
「させると思ってんのっ!!」
勢いよく地を蹴って、タイムがロニーに向かって突進する。
この状況で属性を変えると言ったら、この部屋は火の魔力に包まれることになる。
そうなれば、反属性である水の魔力を宿す自分には勝ち目はない。
その状況だけは阻止しなければならなかった。
「甘いっ!」
タイムの棍をいつのまにか手に取っていた短剣で受け止める。
予想以上の力で棍を弾くと、ロニーは後ろへ下がった。
その唇は呪文を紡ぎ始めている。
「くそっ!!」
態勢を立て直し、何度も打ち込む。
そのたびに棍は綺麗に流され、相手の体に当たらない。
打ち合っているうちに詠唱が完成する。
「これで立場は逆転する!」
顔に笑みを浮かべて、ロニーは短剣を持っていない方の腕を大きく振り上げた。

「ニゲイションっ!!」

一瞬早く別の声が響いた。
その瞬間、体を襲った感覚に驚き、タイムは思わず右手で口を押さえる。
「魔力が、消えた?」
間違いない。
詠唱を始めたばかりの言葉が持つ魔力が消えた。
それも何の前触れもなく、唐突に。
それは相手も同じだったらしい。
手を振り上げたまま、目を見開いて真っ直ぐにこちらを見つめている。
その視線を向けられているのはタイムではなく、その後ろにいるティーチャーだった。
「……今のは、お前か?」
暫くして、ぽつりとロニーが呟くように尋ねた。
妙にその声が響いた気がして、タイムは思わず相手を見る。
「一体、何をした?」
どうやら向こうも何が起こったかわかっていないらしい。
信じられないという瞳で、真っ直ぐにティーチャーを見つめている。
「あなただって仮にも妖精族なのに、わからないの?」
ぎゅっと拳を握ってティーチャーが睨み返す。
「私たちにはかつて妖精界で生み出した、私たちにしか使えない呪文がある!ほとんどは補助呪文だけど、でも……っ!」
真っ直ぐに下に伸ばしていた手を無意識に胸の前に持ってくる。

「詠唱中の呪文を打ち消すことだってできるんだからっ!!」

「何だと……っ!?」
「標的を絞っている暇、なかったけれど」
「なるほど……。だからあたしの呪文まで……」
呆れたように呟いて、タイムは小さくため息をついた。
「ご、ごめん!!」
「いいよ。でもさすが、サポートフェアリーね」
情けないように見えても、いつもいいタイミングでサポートしてくれる。
この国に来てから、彼女の行動に何度助けられたことか。
「さあ、これでこの部屋の属性を変えるのは無理よ。早く諦めたらどう?」
再び両手で棍を構えて、タイムが強い口調で言った。
「……この部屋が水の魔力に覆われている限り、こちらが不利か」
「そういうことです!」
呟かれた言葉に、ティーチャーが力強く返す。
観念したのか、ロニーは微かに息を吐いて俯いた。
そして、武器は落とさない程度に両手の力を抜く。
「え?嘘……」
思いもがけない諦めのよさに、ティーチャーはぽかんとロニーを見つめた。
そして、困惑した表情で未だ棍を下ろさないタイムに視線を向ける。

……おかしい。
こんなにもあっさり負けを認めてしまうなんて。

そう考えた瞬間、タイムは見た。
俯いたロニーの唇の端が持ち上がった。
あれは確かに笑みの形だ。

「タ、タイムっ!?」
耳に飛び込んだティーチャーの声に、思わずタイムは振り向いた。
「な……っ!?嘘っ!?」
かたかたと、凍結した屍の1体が揺れていた。
いかにも高そうなあの服は、間違えなくエルランド王だ。
「は、早く凍らせないとっ!!」
「無茶言わないでっ!あれ以上は無理っ!!」
元々あの呪文は動きを封じるためのものではない。
これ以上呪文を重ねれば、逆に氷を壊してしまう可能性がある。
うまく一緒に屍が崩れてくれればいいが、そうでなければ奴らを解放してしまうことになる。

「どちらにしても、お前はこれで終わりだ」

突然背後から聞こえた声に、タイムは反射的に横へ跳んだ。
けれどそれは一歩遅く、相手の短剣が左腕に振り下ろされる。
「……っ!?」
露出していた肌に赤い線が走った。
後から襲ってきた鋭い痛みに棍を落としそうになったが、何とか堪え、しっかりと握り直す。
「タイムっ!?」
「離れててっ!!」
側に寄ろうとしたティーチャーを叱咤して、タイムはロニーを睨んだ。
「油断大敵、という奴だな」
「……うるさいっ!」
左腕を右手で押さえ、棍を握る手に力を込める。

大丈夫。この程度なら、動く。

自分に言い聞かせるように心で呟いて、タイムは両手で棍を握った。
白かった棍の一部が、持ち主の血で赤に染まる。
ふと、気づいた。
先ほど動いていたはずの凍結した屍は、もうぴくりとも動いていない。
「まさか、さっきのは……」
「ふん。今頃気づいたか」
楽しそうにロニーが鼻で笑った。
「そう、あの氷は私が動かした。……先ほどのお返しだな」
ぎっとタイムがロニーを睨む。
「やっぱりね……。けど、あそこで声を出したのは失敗だったね」
あの声がなければ、気づくのが一瞬遅れていた。
「それはどうかな?」
「ど、どういう意味っ!?」
焦りの表情を浮かべたままティーチャーが聞き返す。
「さあ?もうしばらくすれば、わかるのではないか?」
「一体何を……、……っ!?」
言葉を口にしようとした瞬間視界が歪んだ。
そうかと思えば、次の瞬間には酷い眩暈が襲ってくる。
「……まさか」
呟いた途端に体全体から力が抜けた。
体を支えることができなくなり、がくんと膝が崩れる。
「タイムっ!?」
突然の異変に驚いたティーチャーが、今度こそ側に降りてくる。
何とか右手で立てた棍を支えにし、倒れることは避けたけれど、タイムの顔は真っ青で体は微かに震えていた。
「タイムっ!一体どうしたのっ!?」
「……あの短剣」
苦しそうに顔を上げて、タイムはロニーの手に中にある短剣に視線をやった。
「あの短剣、毒が、塗ってある」
「えっ!?」
「そのとおり」
返ってきた言葉にティーチャーが振り返る。
いつのまにか、相手はこちらに近寄ってきていた。
「これは比較的即効性の高いものだ。まあ、予想より多少時間はかかっているがな」
そう言って笑みを浮かべると、ロニーはタイムを見下ろす。
何も言わずに睨み返すと、肩に強い衝撃を受けた。
「……つっ!!」
「タイムっ!?」
棍を支えにして、辛うじて起き上がっていたタイムは、いとも簡単に床に崩れ落ちる。
「解毒!すぐに解毒しないと……きゃああっ!?」
すぐ側に降りて、呪文を唱えようとしたティーチャーの体をロニーが掴んだ。
「離せっ!離してっ!!」
ぽかぽかと精一杯の力を込めて体を掴んだ手を殴る。
そんな必死の抵抗にも全く痛みを感じていないという表情でロニーは笑った。
「安心しろ。お前は貴重な研究材料だ。悪いようにはしない」
「私のことなんてどうでもいいのっ!離してっ!!」
体に毒が回り始めたのか、タイムは倒れたまま起き上がる様子も見せなかった。
一刻も早く解毒しなければならないというのに、これでは呪文が届かない。
それどころか、どんどんタイムから離されてしまう。
「離してっ!離してよっ!!」
「無駄だ。どんなに暴れてもお前程度の力では逃げられない。それに、今解毒をしてももう遅い」
「そんなことないっ!離してっ!!」
懸命に自分を捕らえる手を叩く。
呪文を使おうとしても、詠唱を始めた途端に口を封じられてしまうだろう。
これしかできないというのに、役に立つことが出来ない。
「離せ……!離して!」
だんだん声が弱々しくなっていく。
けれど決して諦めてはおらず、腕は懸命にロニーの手を叩き続けている。

「離して……!!」

ぎゅっと眼を瞑って、今までで一番大きく叫んだ瞬間だった。

「インフェルフレイムっ!!」

聞き覚えのある声と同時に、背後から物凄い熱を感じた。
「ぎゃああああっ!?」
大きな悲鳴がすぐ後ろから聞こえたその瞬間、自分を捕らえていた手の力が弱まった。
慌てて手から飛び出して振り返ると、ロニーのマントが燃えているのが目に入った。
「え?え?」
訳がわからず、後ろへ飛び去りつつも辺りを見回す。
そして扉の方へ視線をやったとき、目に入った人物に思わず目を見開いた。

remake 2003.11.15