SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter1 帝国ダークマジック

18:盗賊ギルド

帝国ダークマジック本国。
その帝都の側に、林と言った方が相応しいのではないかと思われる小さな木の少ない森がある。
その森の空気が一瞬揺れた。
その瞬間、突然何かがそこに出現する。
「……っはあ。何とか到着したみたいです」
息を吐き出して最初に口を開いたのは、滅多に見ることのできない黄色い髪の少女。
後ろにいた仲間を振り返って、全員が無事であることを確認する。
初めての転移呪文。
失敗することはないと思っていたが、ここまで成功するとも思っていなかった。
「結構Gがかかるんだねぇ、これ。冒険者があんまり使いたがらない理由がわかったよ」
へたへたと座り込んで、真っ先に感想を述べたのはペリドットだった。
この呪文を使える彼女が最初にこんなことを言ったのでは、たとえ将来覚えることができたとしても、他のメンバーは誰も使わないだろうと予想がつく。
「ちなみにGってのは簡単に言えば、まぁ重力のことで、人体が耐えられるのは5から6Gまでって言われてるね」
「ってかタイム。んなこと誰も聞いてないから」
「あんたのために説明してるんだけど?」
「ああ、それはどうも……って!あたしはそんなに馬鹿じゃないって何度も言わすなっ!!」
「もう!喧嘩している場合じゃないでしょ!」
タイムに食ってかかろうとしたルビーの髪をセレスが掴み、勢いよく引っ張った。
「痛っ!?やめろーっ!ハゲるーっ!!」
全ての髪をまとめてポニーテールにしているのだ。
引き抜かれてはたまらない。
「まったく……。わかってるの?ここは敵地なのよ。リーダーのあんたがそれじゃあ……」
「あー、はいはい。わかりました。もうふざけるのはやめます」
ベリーにまで言われ、さすがにバツが悪くなったらしい。
珍しく素直にルビーが謝った。
喧嘩を売った当の本人は笑いを堪えて視線を逸らしている。
「それで?これからどうするの?」
話が切れたのを見計らってレミアが問いかける。
「まずはレジスタンス探しでしょう?」
未だに頭を摩っているルビーを見て、ミスリルが確認の意味を込めて尋ねた。
「当たり前でしょ?とにかく見つけて協力してもらわないと。城に入るのはたぶん難しいから」
急に真面目な顔になってルビーが答える。
「なら、エスクールのときみたく別れたらどう?今度は2人ずつ3組。その方が手っ取り早いと思うよ」
「元よりそれで行くつもりだよ」
レミアの提案に、笑みを浮かべて即答する。
「ただし、あたしは別行動とらせてもらうけどね」
直後に言われた言葉に、全員が驚いてルビーを見た。
「別行動って、1人で行動するってこと?」
「そう」
タイムの問いにあっさりと頷く。
「どうして!?ここは敵地よ!わかってるの?」
「盗賊ギルド」
「え?」
「何処の国にでもでっかい街なら1つはあるはずなんだよね。それが悪人のであれ義賊のであれ」
にこっと笑ってルビーは続ける。
「そこは盗賊以外の奴にはご法度の寄り合い所。別の店に偽造してあるから、大体は会員でなければわからないけど」
母さんの受け売りだけどなどと付け加えて、また笑った。
「それで、どうして別行動ってことになるのよ?」
「知られたくないの。それが義賊だとしても、たまに手配書に顔が乗ってたりするから。特にハンターには」
レミアの視線を移してはっきりと言った。
「あたしが喋るって思ってるの?」
「喋らなくても、ハンターが知ってるってだけで向こうには大きな打撃がくるわけ。義賊といえども所詮は盗賊だし、何より情報を漏らされると困るから」
いつのまにかルビーの赤い瞳に冷たい光が宿っていることに、タイムは気づいた。
その光は拒絶。
これ以上踏み込んでくるなという無意識のメッセージ。
「まあ、あんたがそこまで言うんじゃね」
「タイムっ!?」
ミスリルが驚いてタイムを見る。
彼女がこう答えるとは予想していなかったらしい。
「いいんじゃない?別に今は探索だけなんだし。それに……」
不意に表情を変えてルビーを見た。
「何か心当たりでもあるんじゃないの?」
「心当たりって言うよりは勘ってとこかな」
確信を持って問いかけると、彼女は薄っすらと笑みを浮かべて答えた。
「……任せよう」
「ちょっとタイムっ!?」
顔を真っ青にしてミスリルが叫ぶように彼女の名を呼んだ。
この国で1人で行動するということは自殺行為に等しいと、誰もが自覚している。
それだと言うのに、あえて1人で行動しようとするルビーを止めようとしない彼女に驚いた。
普通は誰もが止めようとするものだったから。
「ミスリル」
強い口調で名を呼んで、タイムが彼女を見る。
「わかってるでしょう?ルビーの勘は当たるよ。実際、真面目な場面で外れたことはない」
「テストのヤマは外してるけどねー」
「ペリートっ!!」
言われたくないことを言われ、ルビーがペリドットを睨んだ。
当の本人は知らぬふりでルビーに背を向け、鼻歌など歌っている。
「心配性なのもいいけどさ」
唐突にレミアが口を開いた。
その視線はミスリルに向けられている。
真っ直ぐ彼女を見つめる瞳は、呆れの色を映していた。
「ちょっとは思い切った行動に出ないと、開けない道だってあるんじゃない?」
「私は、全員の無事を考えて……」
「だったら」
耳に届いた言葉に視線を静かに動かす。
その先には、腕組みをしたまま目を閉じて立っているベリーがいた。
「余計に別れた方が、確実な方法を選んだ方がいいんじゃないかしら?」
ゆっくりと目を開いて冷やかに言われた言葉に、ミスリルは何も言えなくなって口を閉じた。
彼女もわかっているのだ。
ルビーの勘が外れたことは、今までに一度もない。
しかし、今回もそうだとは限らないから、どうしても納得できない。
「だけど……」
「考えすぎだと思うよ」
唐突に響いた言葉に、全員が視線を動かした。
その先にいたは、いつのまにか低い木の枝に腰をかけたペリドットで、6人は自然と木を見上げる形になってしまった。
「ペリート……」
「ミスリルちゃんさぁ。物を深刻に考えるすぎるの何とかしたら?いちいち必要以上に心配してたら出来ることだってできないよ」
理事部の発足は思い切れたのにねと付け足しながら、ペリドットは笑った。
「まあ、そういうわけだから」
これ以上話を長引かせまいとルビーが口を開く。
「あたしは行くよ。後の組み合わせは皆に任せるから」
何処に持っていたのか、短剣用の鞘を取り出して腰に巻いた。
普段は動きに支障が出るのを嫌って外しているのだが、ここでは用心のためにつけることにしたらしい。
水晶を変形させた短剣を鞘に収める。
そして、これもいつから持っていたのか、派手でもなく地味でもない色の外套を羽織ると、くるりとこちらに背を向けた。
「何かあったら連絡入れるから。皆もがんばってね」
にこっと笑ってそれだけ告げると、そのまま森から走り去っていく。
その姿を見送ってから、今まで黙っていたセレスが小さくため息をついた。
「さてと」
不意にペリドットが口を開いた。
「こっちもチーム分けしなくちゃだね」
明るく言うその口調は、何処となく楽しそうなものだった。



さすがというべきか、ダークマジックの城下は広い。
何しろ職業ごとに住む区域が別れているくらいだ。
これならば、他の国を侵略してまで領土を増やす必要などないように思われる。
「あっちが聖職区域……」
旅人のために所々に立てられている立て札を確認しながら、ルビーは人ごみの中を走り抜けた。
盗賊ギルドが神殿など、聖職者の関係する建物の側にあることはない。
それは資料室の奥の金庫に残されていたあの本のうちの1冊、赤い表紙の本に書かれた知識だ。
どの国も神殿はよく王族が訪れ場所だ。
そんなところでギルドを開き、もしばれるようなことがあれば、責任者だけではなくそのギルドに関係する盗賊だってただではすまない。
それを避けるために神殿の側には建てないようにしているのだという。
ふと、ルビーは足を止めた。
視界の端に奇妙な看板が目に入ったのだ。
見た目はただの酒場の看板だが、その下に明らかに見慣れない文字が――言葉が書いてある。
「暗号……」
その正体に気づいて、看板を睨むように読み返した。
盗賊の間に伝わる暗号。
それはギルドに通じている者ならば共通して知っている者だと、あの本に記録してあった。
あれのおかげでルビー自身もこの暗号を知っている。
暗号に視線を走らせながら、彼女はふと考えた。
金庫の中に8冊も本が残されていたのはこのためだったと気づいたのはいつだったろう。

この世界にもその職業に通じる者のみが知っていればいい知識はたくさんある。
その中には職業上、他の職につく者に知れてはいけない知識もあったりする。
先代が8冊――全員に当てたエスクールの知識を書いた1冊と、それぞれの娘に1冊ずつ当てた表紙の色が違う7冊――の本を書き残したのはそのためだったのだ。

文字を追っていたはずの赤い瞳がぴたりとその動きを止める。
「ふ~ん」
最後の文字を見つめていたかと思うと、楽しそうに口元を歪ませて呟いた。
慣れていない分時間はかかったが、解読は出来た。
間違いない。
ここがこの街の盗賊ギルドだ。
暗号の文から察するに、このギルドは自分にとって都合のいい者たちの組合だ。
腰の鞘を、その中に収まった短剣を確認して、ルビーは酒場の扉を開いた。
一瞬、客の視線がこちらに集中する。
「いらっしゃい」
カウンターの向こうの主人が無愛想に声をかけた。
これも一応の礼儀というやつなのだろうが、ルビーは気にせず店内を見回した。
ガラの悪い、それなりに体を鍛えたむさ苦しい男ばかりが目に入る。
一般客がいないようだったが、それはこの異質な雰囲気のせいだろう。
安全な街の中に暮らす戦いを知らぬ一般人が、こんなところに足を運ぶことなど、まずない。
それは、向こうから見ればルビーにも言えることらしい。
「何の用だい?お嬢ちゃん。ここはお嬢ちゃんのような奴がくるところじゃないぜ」
そう言って、近くにいた男が笑った。
同じように周りにいた連中まで笑い出す。
いつもならば頭にきて殴りかかり、力の差を見せ付けてやるところだが、今ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。
笑う男たちを完全に無視し、もう一度店内を見回したルビーは、ふとあるテーブルに目を止めた。
自分と同じか、もしくは年下と思われる青い服の青年がそこに座っていた。
この店の中で唯一自分と同じ異質な雰囲気を持った彼に何かを感じて、口元に微かに笑みを浮かべると、彼女はそのまま顔を伏せた。

あの男、気を引かせて見る価値はあるかもしれない。

「うるさい、この筋肉質」
店内に良く通る高い声が響いた。
途端に笑い声が止まる。
よくあるパターンだなとも思いながら、顔を上げて続けた。
「外見で人を判断するなんて雑魚だね。自分が弱いから、他人を見下して優越感を得ようっての?あー、やだやだ。これだから男ってサイテー」
「な、何だとっ!!?」
ルビーに声をかけてきた男が、テーブルを強く叩いて立ち上がる。
「何?やるの?それともただの負け惜しみ?」
ふんっと鼻で笑って言ってやる。
「このアマっ!!言わせておけばっ!!」
立ち上がった男が飲んでいた酒の瓶を引っ掴み、振り上げる。
ひゅうと軽く口笛を吹きながら、ルビーはそれをあっさりと避けた。
ブーツの踵で軽い音を立て、姿勢を変える。
軽い体術の構え。
我流の、彼女が喧嘩のときによく構えるそれ。
「かかってくれば?まあ、あたしは今んとこ負け知らずだけどね」
「なめるなクソ女っ!てめぇの田舎とはわけが違うんだよっ!!」
叫ぶなり、男が飛び掛ってくる。
力任せに跳んでくる拳。
甘いと思った。
そんなもの、彼女はいくつも見てきている。
すっと動いて拳を躱す。
そのまま片手を床について足を振り上げた。
穿いているのはスカートだが、下にスパッツのようなものを穿いているので気になどしない。
思い切り男の腹に蹴りを入れる。
「がっ!!?」
こんな細い体の何処にそんな力が。
そんなことを言いたそうな視線で、男は素早く体勢を立て直すルビーを見た。
「動きが重いなぁ。盗賊は身軽さが命じゃないの?」
くすくすと笑って言ってやる。
「うるせぇっ!第一、何で俺が盗賊だと思うんだよ!」
図星を突かれたという表情で男が怒鳴り返す。
一般人なら、あの暗号はただの模様に見えるだろう。
おそらくここにいる誰もがそう思っている。
「何でって、看板読んだからに決まってんでしょ」
当たり前のように言ってやる。
予想通り、男が驚いたような表情をした。
それは他の客も皆同じ。
唯一奥のテーブルにいた青年だけが表情を変えなかった。
「盗賊?そんな服で?お前が?冗談はやめろよ」
「へー。冗談だと思うんだ?」
茶化すように言った。
この状況を楽しんでいるような口調で。

「彼の一族はどういう格好していたのか、知らない奴が言うセリフだね」

その言葉に初めて青年が動揺の色を見せた。
明らかに何かに気づいたような表情。
「あんた……」
がたっと音を立てて青年が立ち上がった。
「あんた、名前何て言うんだ?」
真剣な表情で尋ねるその声に、自然と男と周りの客も静かになった。
「……クリスタ」
構えを解くと、ルビーは静かな口調で自分の姓だけを口にした。
「エスクール出身のクラリアの血を引く女盗賊って言えば、わかるんじゃない?」
エスクールのクラリア。
その名前に、その場にいた男たちが表情を変えた。
「お、お前、ミルザの……」
「そうよ」
男の言葉を遮って、ルビーははっきりと答えた。

「あたしは精霊の勇者ミルザの血を引く盗賊。マジックシーフって言った方がわかりやすいかもしれないけど」

しんと店内が静まりかえる。
その中で、ルビーは何も言わずに青年を見るとにこっと笑った。
「これで満足かな?坊や」
「ぼ……っ」
言われた言葉に青年の顔が赤くなる。
だが、あの筋肉質の男より精神面は大人らしい。
突っかかろうともせずに言いかけた言葉を無理矢理飲み込んで、もう一度ルビーを見た。
「あんた、何しにここに来た?それに仲間があと6人いるはずだろう?そいつらは……」
「ストップ」
ぴっと指を突きつけて青年の言葉を遮る。
「その前に聞きたいことがあるの。話すか話さないかはそれから決めさせてもらうよ」
そう言って向けられたのは、今までとは打って変わった冷たい視線。
そのあまりの冷たさにその場にいた男たちが、カウンターの向こうにいた主人さえも息を呑む。
一瞬で、こうも雰囲気を変えられるものなのか。
おそらくそんなことを考えているのだろう。
「な、何だ?」
漸くといった様子で青年が尋ねる。
プレッシャーに潰されまいともがいているような重々しい口調だった。
「レジスタンスを探してるの」
静かに、それでもはっきりと告げた言葉に、青年が大きく目を見開いた。
ここを訪ねたのは、どうやら正解だったようだ。
「一体何で?」
「決まってんでしょう?大僧正?とか名乗ってんだっけ?あの女を叩き潰すため」
きっぱりと答えてやると、しんとその場が静まりかえる。
誰も、何も言わなかった。
もしかしたら言えなかったという方が正しいのかもしれない。
ただの喧嘩から始まった話が、いつのまにか大きくなっている。
最初とスケールが違いすぎるのだ。
そもそもルビーの――正確には母親であるルーシアの――存在自体、盗賊の間では伝説のようなものだというのに、その伝説が今、目の前に存在している。
それどころか、この20年間叶うことのなかった願いを叶えるようなことを言っているのだ。
「まあ、信じる信じないは勝手だけどね」
小さくため息をつき、ルビーは青年に背を向けた。
「マスター。暴れてごめんね」
反省の色の見えない軽い口調で声をかけると、そのまま店を出て行こうとする。
「ひとつだけ」
不意に立ち止まり、振り返らずに口を開いた。
「ひとつだけいいこと教えてあげる」
「いいこと?」
首だけで僅かに青年の方を振り向くと、ルビーは小さく笑った。
誰もその笑みに気づかない程度に、小さく。
「アマスル=ラルって言ったっけ?先帝の第一皇女」
その言葉に中年か、それ以上の盗賊が皆表情を変えた。
それは青年も同じであった。
誰もがじっとこちらを見て、動こうとしない。
「生きてるよ」
静かな口調でその事実を告げると、反応を見せた盗賊たちの目が見る見るうちに見開かれる。
「アマスル皇女が、行方不明の第一皇女が、生きてる……?」
青年ではない誰かが聞き返した。
その言葉に、ルビーはふっと笑って青年の方に体を向けた。
「そう、生きてる。今はエスクールの王族と一緒にあの国で反乱を起こしてるよ」
急激に店内が騒がしくなった。
聞こえてくるのは、どこか希望を含んだ言葉。

そう、帝国の民は待っていたのだ。
イセリヤの教育を受けていない先帝の血を継ぐ唯一の皇女を。
第一皇女アマスル=ラル=マジックの生存の知らせと帰還を。

その皇女が、実は帝国の一員としてイセリヤに使えていたのだと知ったら、この国の人間はどうするのだろう。
そんなことを考えながら、ルビーは青年に視線を向けた。
「反乱が始まれば、イセリヤはどうすると思う?」
突然の問いかけに戸惑いながらも、青年は僅かに俯き、考える。
「放っておくんじゃないか?別に植民地ひとつ独立したからといっても、後でいくらでも奪い返せる」
その答えに、ルビーは呆れたようにため息をついた。
わかっていないのだ、この青年は。
エスクールという国の重要性を。
精霊が宿る国と呼ばれる国が、この人間界を手に入れようとする魔族にとってどれほど危険視されているかを。

精霊の長と言われる七大精霊の宿る国。
そればかりか、その七大精霊を纏める女神――精霊神と呼ばれる存在が宿るとまで言われている国だ。
そして、その国は勇者と呼ばれる存在まで生み出した。
そんな国が世界に仇なす存在にとって危険なのは当たり前のこと。
精霊とは、人間界を守護し、導く者なのだから。
尤もほとんどの精霊はこの世界で実体化することは出来ず、何らかの間接的な方法で力を貸し与えるに過ぎないが。

「絶対に手放さない。野放しにしておくことは出来ない。エスクールはそういう国だよ」

きっぱりとルビーが言った。
その言葉に青年は弾かれたように顔を上げる。
「それは、つまり……」
「イセリヤは必ずエスクールに兵を向ける。要するに、本城の警備は多少だけど楽に突破できるようになる」
静かにルビーが語る。
周りの盗賊たちは皇女生存の話に夢中になり、もはや誰も彼女の話を聞いていない。
ただ青年だけが、じっとルビーを見つめていた。
話の続きを、待っていた。
「それを確実なものにするためにも、レジスタンスの協力が必要なのよ」
静かに、それでも力強く言われた言葉。
向けられた瞳には、決意の光が宿っていた。
炎のようだと思った。
その光を宿した赤い瞳が、赤々と燃える炎に見えた。

「……わかった」

静かに、それでもはっきりと青年が言った。
「案内する。俺もレジスタンスの1人だから、アジトの場所は知ってる」
「ジャミルっ!!」
店の主人が驚いたように叫んだ。
ジャミル――おそらく、それがこの青年の名前。
「あんたが?」
主人の言葉を無視し、驚いたような口調でルビーは聞き返した。
本当はそれほど驚いてなどいなかった。
むしろ、勘が当たったと思っていた。

タイムの言うこと、あながち間違ってないかも。

声に出さずに心で呟く。
そして微かに苦笑した。
「大丈夫だってマスター。それに、あいつらはこの時を待ってたようなもんだし」
声変わりをしたばかりなのだろうか、どことなく高い声で主人に笑いかけると、青年はもう一度こちらを見た。
「ついてきてくれ。ここから地下道に入るから」
そう言って、主人に再び視線を向ける。
主人はやれやれといった調子で肩を竦めると、カウンターの入り口を開いた。
「サンキュー、マスター。こっちだ」
最後の言葉をルビーに向けて言うと、青年はカウンターの奥へと消える。
「邪魔して悪かったね。もうちょっかい出さないから」
さきほど喧嘩を仕掛けてきた男に嘲笑うかのような口調で言うと、ルビーもその後を追って奥へ姿を消す。
その雰囲気はすっかり男と喧嘩をしていたときのものに戻っていた。
そんな彼女を見て、残された盗賊たちは閉まる入り口とその奥の扉を見つめたまま、しばらくの間黙り込んでしまった。

remake 2002.12.12