SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

4:それぞれの未来

テーブルの上に広がる雑誌と新聞広告の山。
それを見た途端、美青はため息をついた。
「ちょっと赤美。人んちで勝手に何広げてるのよ」
「んー?」
ごろごろと床に広がって雑誌を読む赤美は、生返事だけを返す。
それを見て、美青はもう一度ため息をついた。
雑誌は、おそらく近くのコンビニで買っていたのだろう。
新聞広告は、この寮では新聞を取っている生徒はいなかったはずだから、たぶん何処かの集合寮の管理人さんに頼んでもらってきたのだろう。
単独寮の生徒でも、学生証を見せれば集合寮の共有スペースは利用できることになっているから、許可さえもらえば新聞広告をかき集めてくることは可能なのだ。

この学園の寮は、大きく二種類に分れる。
集合寮とは、管理人がいて、食堂や大浴場などがある、普通の学生寮タイプの寮のことだ。
大抵の部屋が2人から3人部屋となっていて、初等部や中等部から入学した者で、自宅から通うことの出来ない生徒たちが多く生活している。
対して単独寮とは、学園が寮として管理している、生徒専用のアパートのことだ。
基本的な家具と家電は準備されているけれど、それ以外は普通の一人暮らしと同様、全て自分で賄わなければならないが、その分寮費も安くなっていた。
高等部から入学する生徒は、単独寮に入寮する傾向があった。
単独寮は基本的に一人部屋か二人部屋だったため、個人の時間がほしくなる年頃の子供たちが、こちらを希望することが多いのだ。

中等部に進学したときから単独寮に住んでいる美青たちだが、先ほども言ったとおり、学生証さえ見せれば、集合寮のラウンジや自習室を利用することは出来る。
中には寮の管理人が購読している新聞が、ラウンジに積まれている寮もあった。
たぶん赤美は、そこからこのチラシをもらってきたのだろう。
「一体何をそんな真剣に読んでるの?」
自分の部屋にも帰らず、人の家のリビングで雑誌を広げ、ごろごろと床に転がっている赤美に向かい、そう尋ねる。
顔には呆れの表情を浮かべていたが、心の中では驚いていた。
だって、高等部に進学してからの赤美は、暇があればインシングへ行ってしまっていたから、中学時代のように美青の部屋に来てだらだらとしていることは珍しかったのだ。
「んー。いや、バイトどうしようかなって」
「バイト?」
びらりと見せられたのは、新聞の求人広告だった。
よくよく見れば、彼女が広げているのは、その全てが求人広告や求人雑誌だ。
テレビCMでも良く聞く名前の雑誌を買い漁ってきたらしい。
「何?働くの?」
「卒業したらねぇ」
「そういえば、紀美ちゃんの卒業を待つんだっけ?」
「そうそう。1年いるし、あたしの分の補助無くなっちゃうから、こっちにいるなら仕事しないと。後見人とか保証人とかが必要なら、魔燐園の施設長さんがなってくれるって言ってくれてるそうだし」
今の自分たちは高校3年生だ。
魔燐学園は小学校から高校までの一貫教育校であり、大学はない。
だから卒業すれば、生徒自然と外の大学や専門学校を受験する。
けれど、赤美は、というよりも、理事部の者は全員、進学を選ばなかった。
自分たちは元々異世界の人間だから、卒業したら向こうへ帰ることを選んだのだ。
赤美だけは、妹の紀美子を待つと言い、引き続き学園の運営側で残る百合と共に、1年この街に残ることにしたらしい。
「一緒にやんない?って言いたいとこだけど、あんた、帰るんでしょ?」
不意に赤美が雑誌から目を離し、こちらを見る。
その、少し赤みを帯びた黒の瞳と目が合って、美青は息を吐き出した。
「紫織姉さんが、帰ってこいって五月蠅いしね」
美青の帰る先は、インシングではない。
この世界にある、シンガポールという国だ。
そこで彼女の姉兄が、彼女が日本の高校を卒業するのを待っている。
下手をすると、向こうの大学の入学手続きを済ませてありそうで恐い。
「お兄さんたちは五月蠅くないわけ?」
「まあ、兄さんたちはね」
赤美の問いに、美青はもう一つため息をついた。
「姉さんよりも、兄さんたちの方がインシングのことを理解してくれたかな」
「まあ、紫織さんって頑固そうだもんねぇ」
赤美は美青の姉と直接会ったことはない。
けれど、この部屋でたまたま見てしまった手紙や美青の話などから、そんな印象を持っているのだ。
あながち間違っていないと思っているから、美青も訂正しようとは思っていなかった。
「聖也兄さんは、それがあたしがやるべきことならって言ってたから理解あるし、白也兄さんも信也兄さんも反対はしてなかったし」
「いっそみんなで移住すればいいのに」
「それは無理でしょう。下の兄2人はまだしも、姉さんと聖也兄さんは社会人としての立場があるし」
「お姉さん弁護士だっけ?上のお兄さんって何してるの?」
「フリーで雑誌の記事書いてるみたい」
定職に就いているとは聞いていない。
というか、姉が大学を飛び級で卒業し、早い時期から司法試験に合格してばりばり働いていた分、長兄が下の2人の兄の母親代わりだったようなものだ。
だから家にいることができるように、定職に就いていないのだろうと、美青は勝手に思っていた。
「美青のお父さんってこっちの人だっけ?」
「えっと、確かインシングの人ね。母さんよりも前に、兄弟でこちらに飛ばされてきていたみたい」
赤美の問いに、美青は思考を巡らせる。
『魔法の水晶』の中から引っ張り出した記憶では、確かに美青の両親はこの世界で出会っていたけれど、父親もインシング人だった。
「これの中に残っていた記録を見て思ったけど、本当、なんでタニアさんだけ母さんたちとは10年もずれて、しかも海外に投げ出されちゃったんだろうね」
「本当よ。今となっては、よくこの街を探し出したねって感心してるわ」
インシングならばまだしも、この世界は国によって言葉が違う。
そんな中で、たった1人で、よく仲間を見つけられたものだ。
「母さんたちに会いに来ようとして、飛行機事故だったっけ?」
「そう聞いてる」
乗り合わせたわけではない。
乗り合わせていたら、今自分がここにいるはずもないのだから、当たり前だ。
「その後、どうしてもこの街に来なきゃ行けない気がして、姉さんたちを必死に説得してこっちに来たのが懐かしいわ」
「……今思うと、それ、百合のおじいちゃん絡んでそうだよね」
「え?事故に?」
「なんで!美青がここに1人で留学できた方にだよ」
寝転がったままだった赤美が、驚いたように飛び起きる。
「会いに来ようとしていたってことは、たぶん、母さんたちと連絡が取れてたんじゃないかなって。それなら、ミルカさんから前理事長に話が行っていて、手はず整えてくれたんじゃないかなって」
「どれだけ万能なのよ、百合のおじいちゃん」
そうは言いつつも、赤美のその予想は外れていないような気がした。
ここ数日、卒業手続きのために百合からいろいろ話を聞いて、その予想はずいぶん核心に近づいているような気がした。
「まあ、仮定の話だけど。でもそんな気がする。じゃなきゃ、小学校上がる前の子供が1人で海外留学なんて、紫織さん許可出すかな?」
「う、ん……」
「紫織さん、女性だし。たぶんタニアさんの実家の宿命は知ってたんでしょ。向こうでの名前、あるんだよね?お姉さん」
「うん。一応ね」
3人の兄は、日本名しか持っていない。
何故海外にいて、日本名を付けたのかは謎だけれど、とにかく他の名前を持たないのだ。
けれど、姉にはインシングでの名前がある。
幼い頃、両親が何度か、姉を『紫織』ではなく、そちらの名前で呼んでいたのを聞いたことがあった。
それでも、その名前はミューク家が、ミルザから受け継いだ『盟約』に沿って付けられたものではなかったのだ。
だから、姉は『魔法の水晶』の継承が出来なかった。
だからこそ、『当主』として目覚めたのは、自分だったのだから。
「シンガポールに帰った後はどうするの?」
赤美の声が、少し変わった。
拗ねたようなそれに、美青は思わずくすりと笑みを零す。
「心配しなくても、ちゃんとインシングに行くわよ。姉さんが納得してくれてもしてくれなくても」
「心配してるわけじゃあ……」
「じゃあ寂しがってる?」
「……美青ぉー」
ぎろりと赤美がこちらを睨んだ。
それを見て、美青はますますおかしくなる。
「紀美ちゃんだって、卒業したらクラーリアに行くんでしょ?だったらいいじゃない」
「だから、別に寂しがってるわけじゃないって」
「いじっぱり」
「ちーがーうー!!」
両手を振り上げ、向きになって否定する赤美を持て、美青はさらに笑う。
そんなやりとりをしていると、シンガポールに帰ることに対する不安が、少しずつ消えていくような気がした。

2015.10.31