SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

3:制度とルーツと

理事長室のソファに座り、ぺらぺらと青い紙を捲る。
その中の1枚を見ていると、不意に紙の上に影が差した。
「へえ。これが戸籍ってやつなのか」
振り返ると、いつの間にかそこに陽一が立っている。
「人んちの、まじまじと見ないでくれる」
「だって珍しくって」
「まあ、普通あたしたちみたいな高校生が目にするもんじゃないよねー」
向かい側に腰掛けた実沙が、こちらを見ながら笑っていう。
そんなことは、わかっている。
戸籍謄本なんて、自分たちには必要が無い。
今だって、必要があって市役所まで行ってきたわけではないのだけれど。
「しかし……読めない」
「え?どれが?」
「これ、なんて読むんだ?」
陽一の呟きに、赤美は思わず彼を見上げた。
その彼が示した文字を見て、思わず眉を顰める。
「ああ、これは『いち』だよ」
「え?でも一って棒一本じゃないのか?」
「昔はこっちの字で書いてたみたいね」
陽一は本来漢字文化の人間ではない。
普段の日常よく目にする字以外は読めなくても仕方が無いだろう。
謄本の数字の書き方は、始めは赤美だって首を傾げたくらいなのだ。
「しかし、こういうのもコンピュータ処理なんだな」
「これは比較的新しいからよ。祖父の代が載ってくるものなら手書きになってるはずだわ」
陽一の呟きに、百合が答える。
聞けば、百合は祖父が亡くなった際に相続で必要だったからと、自分の戸籍謄本を見たことがあるのだそうだ。
「でもこういうのいいな。ちゃんと家系がわかるようになってる。うちの国でも採用するか」
急に真面目な顔つきになった陽一が、赤美の手元をまじまじと見たまま呟いた。
「エスクールには、今はないんですか?」
「ああ。というか、たぶんあっちの世界でこういうのがある国はないんじゃないかな?」
紀美子の問いに頷く彼を見て、実沙と同じソファに座っていた英里が顔を顰めた。
「国全体でやるのか?整備するのは大変だぞ?」
「なんで英里がそんなこと知ってるの?」
「ハンターのギルドには名簿があるんだ」
沙織の問いに、英里がため息をつきながら答える。
「そういえば、ハンターズギルドだけ、やけに階級管理がしっかりしてるわよね」
「報酬体系に差をつけないといけないらしくてな」
ハンターズギルドは、元々冒険者用の仕事斡旋状だったらしいという話を、赤美たちは最近知った。
凶暴なモンスターに懸賞金をかけて冒険者たちに仕留めさせたり、冒険者向けの手荒な仕事を報酬付で斡旋している、まさに路銀稼ぎには絶好のギルドだった。
他の職業ギルドと違うのは、登録をするとランク付けをされ、報酬の額に差が出てくるところだ。
他の職業ギルドは、せいぜい他の団体に所属しているかしていないかくらいしか把握していないと聞くのに、ハンターズギルドだけは、妙にしっかり登録者の管理がされていた。
「ダークマジックが世界を征服をしていた頃に、だいぶ無茶な依頼が増えて、危険な仕事をやりたがる奴も少なくなってしまったらしいから。階級をつけて仕事を振り分けるようにしたというところだ」
「あれ?じゃあ、あの制度ってまだ比較的新しいの?」
「ここ20年くらいにできた制度だな」
まさかそんな新しい制度だったとは思わず、沙織は目を丸くする。
「そのとき、登録メンバーの整理をするのに階級別に名簿を作ったらしいんだが、やはり完成するのにだいぶ月日がかかったらしい」
「まあ、あっちで人を調べようとしたらそうだよねぇ」
実沙が天井を仰ぎ見ながら呟く。
「でもこの戸籍って、この世界でもこの国とあと2つくらいしか採用して無いって聞いたわよ」
「え?じゃあアメリカとかどうしてんの?」
「シンガポールは、確か国民登録番号ってので管理してたわね」
実沙の問いに答えたのは、美青だった。
そういえば彼女は、日本人の姿をしていても生まれはシンガポールで、姉兄が向こうに住んでいるのだ。
「どちらにしろ作る価値はある。実際、ダークマジックに攻め込まれたとき、ずいぶん行方不明者や死者が出たけれど、どの街で何人被害にあったかわからなくて、補償もままならないんだ」
「そこまでしてるの?」
「当然だろう?もっとも、まだ国全体を立て直している段階だし、小さな村ならともかく、大きな街になると、さっきも言ったように大ざっぱにしか被害状況がわからないから、こちらもきちんとした補償が出来ない。こういうのを整備すれば、それもしっかりできるようになるだろうし」
ふと、陽一の表情が曇った。
「何より、王族貴族になると跡取り問題がな……」
深いため息と共に吐き出されたその言葉に、真っ先に同調するような声を出したのは英里だった。
「何処の馬の骨ともわからない人間が、実は隠し子だと名乗り出てくるあれか」
「そんなことがあるんですか!?」
「割と頻繁に」
紀美子の問いに、陽一は疲れ切った顔で深く頷いた。
「俺たちの親父は誠実な人で、亡くなった母以外に后はいなかったし、外に愛人を作った噂も聞かないからまだいいんだが、貴族には結構遊び人な当主もいるからな」
「一夫一妻制を徹底すればいいのに」
「親父の代で施行はしてるんだけどな。じいさんの時まではなかったから、まだ定着しきらなくて」
とても誠実で真面目な人柄で評判だという現エスクール国王のリミュート=トゥス=エスクールは、とても一途で、リーフとミューズの母親である亡き王妃以外には目もくれなかったという。
当時は国王には第二妃や第三妃がいるのが当たり前で、国王の第一子が王太子になると定められているエスクールでは、正妃の子が王太子に慣れないことも多く、王位継承の際に揉めることも、当然ながら多かった。
その揉め事に巻き込まれていた故に、リミュートの即位も遅れ、彼が即位をしたのは、先代が亡くなってからずいぶん経ってからだったという。
自身がそんな体験をしたからか、妻への愛故か、リミュートは即位後、貴族は自由とされていた婚姻制度を、周囲の反対を押し切って一夫一妻制に変えたのだ。
おかげで、リーフとミューズは継承問題に巻き込まれることもなく、またミューズもリーフの王位継承に不満もないため、リーフは何も心配をすることなく王太子の立場にいることが出来るのだという。
しかし、施行はされたものの、ダークマジックとの戦争でいろいろなものがうやむやになってしまい、未だに複数の妻や夫持つ貴族は多いという。
「まあこの国でさえ噂とか不倫のニュースは結構あるから、徹底してもその問題は減らないような気がするけど」
「少なくとも、統制はできるんじゃない?」
「法の整備と徹底の仕方次第でしょうね」
美青と鈴美の言葉に、冷静に答えたのは百合だ。
確かに法律を作っただけでは、それが守られる保証はない。
それを知らしめ、守らせるという行為そのものも徹底しなければ、状況は変わらないだろう。
「わかってる。向こうに帰ったら、まずミューズに相談してみるさ」
そう言って笑うリーフの顔は、普段この世界で過ごすときは違う、施政者の顔をしていた。
「で?」
「ん?」
ちょうど話が切れたタイミングを見計らい、実沙が前に向きに直る。
自然と目が合ってしまった赤美は、その顔をまじまじと見つめてしまった。
「なんでセキちゃん、突然そんなもの広げ出したの?」
「ああ……」
実沙の問いに、赤美は手元の書類に目を落とす。
「うん。百合に児童福祉施設の話されて、あたしらの戸籍どうなってるのかなって気になって……」
「考えてみれば凄いわよね。ここまでしっかり作ってあるんだもの。お母さんたち、海外で生まれて帰国したことになってたんだ」
陽一の隣から、紀美子が赤美の手元を覗き込む。
「あたしたちはあんまり意識したことなかったけど、こっちの世界に紛れ込むって、相当大変だったでしょうね」
「おかげであたしたちは、普通に日本人として暮らせていたわけだけど……」
赤美が2部ある謄本を見つめながら、ため息を吐き出した。
「これ、消すときはどうしようね」
「え?」
「だって、最終的に向こうに帰るでしょ?あたしらみんな」
きょとんとする紀美子を見上げ、赤美は尋ねた。
「ああ、うん」
「そのつもり、だけど」
姉の問いに、紀美子が反射的に、沙織が首を傾げながら答える。
「戸籍このままにしといたら、どうなるのかなって」
「普通に行方不明者扱いになって、7年したら死亡ってことになるんじゃないかな?」
「え?」
実沙の言葉に、赤美はそのまま彼女の方へと顔を向けた。
まじまじと見つめると、実沙はそのまま不思議そうに首を傾げる。
「あれ?そういう法律なかったっけ?」
「あったと思うわ」
答えたのは百合だった。
「だよね。だからほっといても大丈夫かなー、って勝手に思ってんだけど」
駄目かな、と首を傾げる実沙に、赤美は思わず目を丸くする。
「というか、姉さんや実沙先輩がそこまで考えてるなんて思わなかったですよ」
「ただ単に帰って終わりだって思ってたわ……」
「ああ、そう……」
紀美子と鈴美の言葉に、赤美は思わず頭を抱えた。
確かに美青と百合以外はこちらに家族も親戚もいないから、引っ越したことにしてしまえば済んでしまうかもしれないが、それでも騒ぎにならないとは考えなかったのだろうか。
「まあ、その辺りは心配しなくて大丈夫よ」
唐突に耳に飛び込んだ百合の声に、赤美はぎろりと彼女を睨みつけた。
「どう大丈夫なのよ?」
「うちの親戚に迷惑かかっても困るから、事情を知っている祖父の秘書をしてくれてた人が手を回してくれる話になっているそうよ。だから面倒なのは、私だけでしょうね」
「面倒って……」
「うち、祖母方はこの辺りでは充分しっかりした家だから」
しっかりした家と言う言葉に、赤美は思わず百合の顔をまじまじと見つめる。
中等部に進学したあたりから、何となくそんな気はしていた。
そして、覚醒してから、思考の片隅に追いやってはいたけれど、ずっと引っかかっていたことがあった。
百合の祖父母のことは、詳しく知らない。
百合の父方の祖父が、若いうちからこの地に飛ばされてきたインシング人で、その息子であるお父さんと、この地に逃れてきたミルカさんが結婚して百合が生まれた、程度のことしか聞いていない。
この地で百合が祖父母を口にするとき、それは当然父方を示していて、そしてその祖母が『しっかりした家柄』ということは。
「百合って、さ」
「なに?」
「いや、何でもない」
首を振って視線を逸らした。
その赤美を見たまま、百合が訝しげに首を傾げる。
聞こうと思った。
けれど、やめた。
友人ではあるとは言え、親戚でもない自分が口にするには、その問いは踏み込みすぎではないかと思ったのだ。

もしかして、百合って普通に日本人の血が混じってるんじゃないだろうか。

2015.09.23