SEVEN MAGIG GIRLS

Last Chapter 古の真実

35:それぞれの覚悟3

フェリアとティーチャーの口から告げられたのは、ルビーとタイムが昨日彼女たちに語った、この世界の真実とも言える話。
世界の創世記に起こった、神々の大戦。
精霊に選ばれたと言われていた勇者と、その血が僅かながらもエスクール王家に流れていること。
そして、リーフの命が狙われた、その理由。
「王家にミルザの血が流れていて、俺が、特別かもしれない。だから、邪神復活の道具として、狙われている……」
「精霊神はそう言っていたそうだ」
フェリアの言葉に、リーフは考え込むようにして俯く。
今まで伝え聞いてきたもの、書物で学んできたこと、その全てを思い出すように、頭を巡らせる。
けれど、思い当たるものは、何もない。
それは、父王も同じだったらしい。
「しかし、そんな話は聞いたことはないが……」
「本家の一族すら知らなかった話です。もしかしたら、王家に入った子孫も、自分がミルザの一族だと知らなかった可能性があります」
「そんなことがあるのか?」
フェリアの回答に、驚いたように聞き返したのは、リミュートではなくアールだった。
「勇者の力を発揮できるのは、継承の儀を受けた本家の当主だけだからな」
「でもフェリア様も、特別というか、肩書はありますわよね?」
「私のは、ある意味特別なんだ」
リーナの問いに、フェリアは苦笑を浮かべた。
「しかし、何故リーフだけが狙われる?今の話であれば、他にも狙われる可能性のある者はいるのではないか?」
リミュートの疑問は尤もだ。
狙われているのがミルザの子孫であるならば、リーフ以外にも狙われる可能性のある者はいるだろう。
王家に血が混じっているというのであれば、それこそ王家の分家筋や、ミルザの一族そのものの分家筋にも、狙われる可能性のあるものはいるはずだ。
なのに何故、リーフだけが狙われることになったのか。
「殿下は、扱うことのできなかったはずの魔力を扱う力に目覚めております。それゆえに特別だと目をつけられたのだろうと、ルビー様は仰っていました」
「それに、リーフのように特別だと思われるような力を持つ分家は、おそらくもう、存在しない」
フェリアのその言葉に、ミューズが驚いたように声を漏らし、顔を上げた。
「どういうことです?」
フェリアの視線が、床へと落ちる。
ほんの少し、逡巡したかのような間があってから、彼女は口を開いた。
「……おそらくミルザの一族は、異世界に逃れていた本家と、私以外は残っていないはずだ。残っていたとしても、それはもう、精霊の力を扱うことができないくらい、遠く離れた人たちだけだろう」
フェリアのその言葉に、ミューズは息を呑む。
「……そう、だな」
それに同意したのは、ミューズにとっては意外な人物だった。
「アールさん?」
ミューズが困惑したように彼女を見る。
いつの間にか傍にいるリーナも、表情を歪ませて顔を背けていた。
やがて、ぽつりと口を開いたのは、アールではなく彼女だった。
「……ルビー様たちの先代が異世界に逃れた後、ダークマジック帝国は、幾度となくエスクールに攻め入りました」
「王都が陥落したのは、それこそお前たちが生まれた後だったが、南部の村は真っ先に帝国の侵攻の被害にあったのだ」
リーナの言葉を聞いたリミュートが、眉間に皺を寄せ、頷く。
父のその言葉に、ミューズは「あっ」と小さく声を零した。
リーフは、ただ黙って話を聞いている。
2人とも、その話は幼いころの授業で聞いて知っていたのだ。
「理由は、ミルザの一族の生き残りを、根絶やしにするため」
室内がしんと静まりかえる。
誰かが息を吐いた音が、妙に響いたような気がした。
「私の父も、一度は故郷を捨てて王都に逃げたらしい。けれど、帝国の侵攻が一時的に収まった後に故郷に戻って。ずいぶん経ってから、再侵攻を受けたときに、私を逃がして……」
フェリアが床に視線を落としたまま呟く。
「そういえば、あいつらも、こっちに戻っても誰もいないって言ってたな」
それを聞いたリーフは、大きく息を吐き出しながら天井を仰ぎ見た。
「どこまで公表するか、任せる、か」
ぽつりと呟かれたその言葉に、俯いたいたミューズが顔を上げた。
「兄様……」
「アール、おまえはどう思う?」
突然声をかけられ、アールはほんの少しだけ驚いた表情を浮かべた。
「どう思う、とは、どういう意味だ?」
「まず、これは、公表するべきだろうか?」
そう尋ねるリーフの顔には、覇気が無い。
少し息も荒いような気がした。
「精霊たちが何千年も隠していた事実、だろう?」
それには気づかないふりをして、アールはずっと感じていたことを口にした。
「正直、精霊よりも上位の存在がいるなんてことすら、まだ信じられていない」
「けど、思い当たることはあるんだよな」
「え?」
「どういうことですの?」
リーナの問いに、リーフは天井を仰ぎ見たまま、重たい息を吐き出した。
「今まで起こった戦いの中に、ずっと違和感はあったんだ。あいつらが精霊から聞いた話や、ネヴィルだっけ?あの悪魔が言ってた話。だからルビーは、ずっとその違和感の正体を調べてたわけだし」
「そうだな。ずっと、引っかかる何かはあった」
リーフの言葉に頷いたのはフェリアだ。
「けど、それはあいつらとずっと一緒にいた私たちだから感じていたことだ。そんな話は、民衆にはできないだろう?」
「ああ、わかっている」
答えたリーフは、再び重く息を吐き出すと、片腕で両目を覆った。
こうやって座って話しているだけども、体が辛いのだろう。
こうしてまた話が出来ることが奇跡なのだ。
それはこの場にいる誰もがわかっていた。
「どちらにせよ、王都の民が城に押し掛けているのは本当らしい。それだけはなんとかせねばならない」
息子の様子を見ていたリミュートが、不意に口を開いた。
「ひとまず私が、民に静まるように呼びかけてこよう。とりあえず、それで時間は稼げるだろう」
「いいや。親父が出て行っても駄目だ」
立ち上がろうとした父を、リーフの強い言葉が止める。
驚いたリミュートは、立ち上がりかけた不自然の視線のまま彼を見た。
「リーフ」
「倒れる前に城下の様子を見た。あのときでも相当街中が荒れていたのに、その場しのぎの言葉なんて、城下の人たちが聞いてくれるとは思えない」
「でも、兄様。あの様子では、またあの人たちが怒鳴り込んでくるのは明白です。ここで何とかしないと……」
「ああ。それもわかってる」
目を覆っていた腕を下ろす。
ふうっと長く息を吐き出しながら背もたれから体を起こしたリーフは、ゆっくりと顔を上げた。
「2人は、どうするべきだと思う」
「え?」
視線を向けられた先にいたのは、ミューズとアールだ。
一瞬きょとんと首を傾げたミューズとは違い、アールはその言葉の意味を正確に理解した。
「真実を公表するか否か、か?」
「ああ」
びくんとミューズの肩が跳ねる。
無理もない。
彼女たちが置いていったこの真実は、とてもとても重たい。
「……正直、我々だけで話をして、どれだけの人がこの話を信じるか、全く見えない」
この世界の人間にとって、精霊は万物を司る神のようなものだ。
それが実は神ではなく、もっと上位の存在がいた。
信仰の根本を覆すこんな話を、一体誰が信じるというのか。
自分たちだって、彼女たちと親交がなければ、異世界の文化を知らなければ、信じなかったかもしれない。
「だが、私は、全てを隠しておくことはエスクールのためにも、お前のためにもならないと思っている」
「兄様の、ため?」
ミューズが不思議そうに首を傾げた。
「そうだ」
アールは表情を険しくしたまま頷き返す。
「マーノたちのあの様子を見ると、魔物がリーフを狙っていたという事実は、もう王都全域に広まっていると思っていいだろう。その事実を今更誤魔化せば、人々はどう思うだろうか」
「あ……」
「俺も同じ意見だ。たぶん、魔物の狙いが俺であることは、隠しておくことはできないだろうな」
驚くミューズとは逆に、リーフは冷静に答えた。
魔物の狙いがリーフであったことを隠しておくことは、もう得策ではない。
加えて先ほど、フェリアたちが合流したときに、マーノを始めとする他国の使者には、リーフが重要な存在であるということを仄めかしてしまっている。
このままそれを誤魔化そうとするのは、余計な詮索を招く悪手でしかない。
「では、少し嘘を交えて公表してはいかがでしょう」
全員が悩み、考え込む中、妙に明るい声が耳に飛び込んできた。
驚いたリーフは顔を上げる。
反射的に視線を向けた先には、とても良い微笑みを浮かべたリーナがいた。
「嘘を?」
「はい。魔物の狙いはリーフ様ではなく、ミルザの子孫である、ということにするのですわ」
「え?」
ティーチャーが不思議そうに聞き返す。
途端にリーナの笑みがますます楽しそうなものに変化した。
「破壊神の話を、イセリヤやラウドが復活させようと探していた、真の魔王ということにして、その復活のために、少しでもミルザの血を引いている可能性がある方が、生け贄として狙われた、ということにするのでわ。そうすれば、エスクール全域が魔物の襲撃を受けた理由も説明できると思います」
それは、誰も考えもしなかった提案だった。
「生け贄にするために、勇者たちも狙われていた……」
「はい!」
オウム返しのように呟いたリーフの言葉に、リーフはぱんっと両手を顔の傍で合せた。
「そして、ルビー様たちの居場所は誰も知らないけれど、王族であるリーフ様は王都にいるだろうと思われた。居場所がわかっていたから、リーフ様が一番に狙われた。本当は、ミルザの子孫であれば誰でも良かったのだと、そういう話にしてしまったらいかがです?」
まさに目から鱗の提案だった。
誰もが感心したようにリーナを見つめる。
「そうすれば、神様の存在は隠したままにできますし、リーフ様が狙われた理由も説明できますわ」
皆の顔を見て、自分の案は名案なのだと確信したのか、リーナはにこにこと笑っていた。
「実際に、私たちもアースで襲撃を受けている。……ありかもしれないな」
こちらも突拍子もない話には思える。
しかし、イセリヤとラウドが何かを狙って世界を侵略していようとしたのは、既に国際会議で何度か発言されていた話ではある。
この世界に根付いた信仰を覆すよりも、ずっと信憑性の高い話にはなるだろう。
しかも、全部が全部作り話というわけではない。
「真実が混じった嘘は、信じられやすいと言いますわ」
口元に人差し指を当てて微笑む彼女は、とても悪い顔をしているように見えた。
それに少しだけ政治の場での彼女を思い出して、リーフは顔を引き攣らせる。
けれど、すぐに気を取り直すと、自身を落ち着かせるように息を吐き出した。
「わかった。それで行こう」
「では、すぐに準備します。発表は、私と父上からよろしいですね?」
「……そうだな。では……」
そう答えながらも、リミュートは何か言いたそうな表情を浮かべる。
父の言いたいことは、わかっている。
「いや、俺が行く」
だからこそ、リーフはその言葉を遮って、口を開いた。
その声に、ミューズがぎょっとして彼を見る。
「兄様!?何を言ってるんです!そんな身体で!」
悲鳴に近い声を上げる妹に、ほんの少しだけ罪悪感が沸き上がる。
それでも、ここは、譲るわけにはいかないのだ。
「そうです、リーフ様。歩くのもやっとじゃないですか。安静になさっていていてください」
「待て、リーナ」
同じように止めようとするリーナにも説明しなければと、口を開こうとしたそのとき、彼女を止める声がして、喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。
「私も、リーフが出るべきだと思う」
そう告げたのは、アールだった。
「お姉さま?」
リーナが困惑の表情で、彼女振り返る。
彼女はリーナに視線を返すと、そのままミューズへ顔を向けた。
「ここでリーフが出ないとなると、エスクールという国が、リーフを隠していると思われかねないだろう。そうなれば、せっかくの嘘に説得力が無くなる。奴らの前に姿を見せている以上、リーフは、少なくとも姿は見せた方がいい」
少し言葉を濁す形になったのは、リーフの状態もわかっているからだ。
本来ならば、彼は今も絶対安静であるはずなのだ。
彼が受けた傷は、まごうことなき致命傷だった。
そこから静観できたのは、タイムとルビーが、新しく手に入れた力のおかげに他ならない。
無理をさせていい状態ではないことはわかっている。
しかし、彼の立場が、それを許さないこともわかっていた。
「そうだな」
「お父様!?」
先程とは違う、迷いのない父王の声に、ミューズが何度目かの悲鳴のような声を上げる。
娘のその声を敢えて無視して、リミュートは息子に向き直った。
「リーフ。話はできそうか。できなければ、私が……」
「大丈夫です」
答えながら、リーフはふうっと大きく息を吐き出した。
傷は塞がっているとはいえ、痛みも倦怠感も一向に無くならない。
先ほどからずっと額に脂汗だって浮かんでいる。
けれど、それでも駄目なのだ。
「姿を見せるだけじゃ、たぶん、もう民は納得しないでしょうから」
一国の王族どころか王太子である自分が、この混乱の中、このまま姿を見せないでいるなんて、できない。
立たなければならないのだ。
人々を納得させるために。
そして、信じてくれている人たちを、安心させるためにも。
「ですが……」
「わかってる。今の俺は、ろくに動けやしない。だからミューズ」
先ほどのように歩くことはもちろん、立っていることもやっとだ。
こうして椅子に座っていることすら辛い。
それを自覚していて、そこまで意地を張るほど、子供でもない。
「護衛を頼む。それから、エルトを呼んでくれ」
自分たち兄妹の師であり、リーフの副官であるエルト。
彼であれば、自分たちと一緒に立っても不思議ではないし、安心して護衛を任せることができる。
そして、もう1人。
「フェリア。悪いけど、補助を任せてもいいか」
「ああ。今の私は、お前の護衛だからな」
ずっとともにいた少女はにやりと笑う。
民には不思議がられるだろうが、他国の使者の前ではっきり自分の護衛だと発言した彼女なら、いても問題はないだろう。
ほっと息をついたそのとき、目の前にひらりと金糸が舞った。
「私もご一緒していいですか?」
そう言って目の前でにっこりと笑ったのは、ティーチャーだった。
どうやら、少しでもリーフの負担を減らそうと、目の前まで飛んできたらしい。
「え?でも……」
「大丈夫。姿は消しておきますし」
にっこりと笑った彼女は、まるでいたずらを思いついた幼子のように笑った。
「少しでも負担が軽くなるように、呪文を使ってサポートしますから」
もちろん回復呪文ですよ、と慌てて付け足すティーチャーを見て、リーフはふっと微笑んだ。
「助かるよ。よろしく頼む」
「はい!任せてください!」
得意そうに笑うその笑顔を見て、ほんの少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。
「さて……。とりあえず着替えに行くか?そのままじゃ出られないだろう」
「あ……。ああ、そうだな」
フェリアが差し出した手を掴んで、立ち上がる。
リーフは、昨晩着替えさせられた白い治療服のままだった。
先程は無我夢中だったとはいえ、さすがにこのまま民の前に出るわけには行かない。
着替えてくると言って、リーフはフェリアの肩を借り、部屋を後にした。



出て行く息子の背を見送る父と、リミュートは部屋に残ったアールとリーナを降り返った。
「アマスル殿。すまないが、貴殿らは……」
「承知しております、リミュート陛下」
リミュートが申し訳なさそうにかけた声を遮り、アールは頭を下げる
アールは、マジック共和国の王姉だ。
他国の王族が、王家として民の前に立つリーフの側に立つことはできない。
それはわかっている。
「しかし、いざというときに駆けつけられる場所に待機することはお許しいただきたい」
その様子を目の当たりにして、そのまま突き放してしまうことは、アールにはできなかった。
側に立つことは叶わないけれど、万が一の時に、手を伸ばすことのできる場所にいたい。
そう告げて、もう一度、深々と頭を下げる。
「先ほども申し上げましたとおり、リーフ殿下は私たちの友人ですから」
「そうか、わかった」
リミュートは目を閉じる。
「……ありがとう」
本当に小さな声で告げられたその言葉を受け、アールはもう一度頭を下げた。

2020.11.05