SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter7 吸血鬼

13:剣の真実

崩れた家の跡の間を、風が吹き抜けていく。
辺り一面、廃墟の広がる土地。
誰も近づくことのないその場所の空気が、不意に揺れた。
景色が一瞬歪んだかと思うと、突然そこに人影が現れる。
そのうちの1人、明るい桃色の髪をポニーテールにまとめた少女は、辺りを見回してふうっと息を吐いた。
「また、ここに来るとは思いませんでしたわ」
少女のその言葉に、目を閉じてきた明るい紫の女が目を開いた。
「すまないな。嫌な思いをさせて」
「いえ、いいんです」
彼女の言葉に、少女は首を振る。
「たぶん、レミア様やフェリア様の方が、ここにいい思いは抱いていないと思いますから」
そう言って彼女――リーナは目を細めた。
前にここに来たときも、やはり人数は3人だった。
この場所には捜し物に来ただけだったはずなのに、そのときは大変なことになってしまって。
自分だってここにはいい思い出はないけれど、あの2人よりはまだまし、だとは思う。
「本当に、廃墟なのね」
彼女の様子に気づいているのかいないのか、最後の1人――ベリーは辺りを見回しながらぽつりと呟いた。
「ええ。以前来たときよりも進んでる気がしますわ」
改めて辺りを見回したリーナが、少し重い口調で答える。
その彼女の表情に心を痛めながらも、アールは辺りを見回す。
そして、一点に目を止め、尋ねる。
「レミアが入ったという洞窟はあの辺りか?」
「ええ、そうですわ」
同じ場所を見たリーナが、迷うことなく頷く。
村だったと思われる廃墟の一辺に、高い崖が聳えている。
聖窟という名前から、そこがミルザの剣が封印されていた場所だろうと踏んだのだけれど、それは正解だったらしい。
そう思った途端、隣から不思議そうな声が聞こえた。
「あら?」
尋ねるより早く、リーナが歩き出す。
そのまま真っ直ぐに崖に向かって走っていく彼女の姿を、アールは慌てて追いかけた。
2人の様子に気づいたらしいベリーも、ゆっくりとその後を追う。
追いついたリーナは、何かを探しているかのように壁のあちこちを見つめていた。
「ただの崖だな」
「おかしいですわね。確かこの辺が入口のはずでしたのに」
声をかければ、そんな答えが返ってきた。
漸く追いついてきたベリーが、それを耳にして首を傾げる。
「仕掛けとかはなかったの?」
「結界が張ってあったのですけれど、あれはエルザがフェリア様を連れ去ったときに破られてしまったはずですわ。それに、前に来たときは、結界が壊されるより前から入口は見えていました。」
辺りを見回してみるけれど、入口のような場所は見あたらない。
「結界、ね……」
「ベリー様?」
ぽつりと呟いたベリーを、リーナが不思議そうに見る。
それに反応することなく、ベリーはただじっと崖を見つめた。
まるで、そこにあるはずの何かを探しているかのように。
「もしも二重に何かが隠してあったなら」
不意に口を開いたのは、ベリーではなくアールだった。
その声に、リーナは彼女へ視線を向ける。
「伝説の勇者と呼ばれるミルザが、その封印を一度破られてしまったら効果のなくなるような柔なものにしていると思うか?」
その言葉に、リーナははっと息を呑んだ。
「まさか、結界が復活していると……?」
「そうとしか考えられないだろう。こうして入口が見つからない以上は、な」
リーナたちが訪れた後、崖が崩れたのならばともかく、ここにはそんな形跡はどこにもない。
ならば考えられるのは、一度封印が破られたとしても再び封印がかかるようになっているという可能性だ。
ベリーも最初からそう考えていて、だからこそずっと何かを探しているのだろう。
何かとはつまり、その封印を再び解く、あるいは、その封印を越えて中へと入る方法だ。
「リーナ。ヒントみたいなものとか、心当たりある?」
振り返ったベリーの問いに、リーナははっと我に返る。
必死に記憶を巡らせて、当時のことを記憶の底から引っ張り出そうとする。
「確か、壁の一部に材質の違う石があるはずですわ。おそらく石板が埋まってしまったのだと思うのですが、そこに暗号が書いてあったはずです」
「暗号……。あれか」
「わかったわ。ありがとう」
引っ張りだした記憶を追いながら答えれば、ベリーは軽く礼を告げる。
そのまま崖に向かって歩き出したかと思うと、右手を伸ばして岩壁に触れた。
今度はそれを離すことなく、壁に沿って歩き出す。
「ん……?」
暫くそうやって歩いていた彼女が、不意に立ち止まった。
「どうかしたか?」
「ここ、感じが違うみたい」
その言葉に、アールとリーナもその側に近づく。
ベリーの手は、周囲と色の違う場所で止まっていた。
ごつごつとしたそこを見て、リーナは目を瞠った。
「あ……」
「リーナ?」
アールが不思議そうに彼女の名を呼ぶ。
少しの間そこを凝視していた彼女は、暫くして口を開いた。
「たぶん、ここですわ。石板の場所。文字が彫ってありませんか?」
「あるみたいだけれど……」
ベリーがそっと、触れていた場所から手を離す。
改めてみると、そこは周囲とは全く質感が違っていた。
気づかなかったことを疑問に感じながら、ベリーは改めてそれを見る。
そこに掘られているものは、文字ではなかった。
けれど、ベリーにははっきりと覚えのあるものだった。
「これは……」
「読んでください、ベリー様」
リーナが後ろからそう告げると、ベリーは一度こちらを振り返る。
向けられた紫紺の瞳を真っ直ぐに見つめ、頷けば、彼女はもう一度その文字へと目を向けた。
「我、汝を求める者。汝の主の血を引き、闇の中に身を置く者。汝、今我を汝の下に誘わん」
ベリーの口が、ゆっくりとその言葉を紡ぐ。
全てを言葉にしたその瞬間、彼女の足下が突如光を放った。
本人が足下を見る前に形を成した黒い魔法陣から溢れた光がベリーを飲み込む。
一瞬強い光を放ったそれが消えたときには、ベリーの姿はその場所から消えていた。
「ベリーっ!?」
「大丈夫ですわ、お姉様」
駆け寄ろうとしたのか、身を乗り出そうとしたアールをリーナが制す。
思わず自分を睨みつけたアールに向かい、リーナは薄く微笑んだ。
「ベリー様は、この奥に行かれただけです」
「何……?」
意味が理解できないと言わんばかりに目を細めたアールから視線を逸らし、真っ直ぐに岩壁を見つめる。
「同じなんです、レミア様の時と。ベリー様は、きっとこの壁の向こうにいらっしゃるはずですわ」
リーナのその言葉に、アールは彼女の見つめる場所へ目を向ける。
そこは何も変化することなく、ただ静かに2人の前に立ち塞がっていた。



光が収まったと思ったときには、周囲の景色は変わっていた。
確かに空の下にいたはずなのに、自分がいるのは洞窟の中のようだった。
いったいどんな仕組みなのか、暗闇のはずのそこは、壁がほんのりと光っていて、明るい。
「ここが、ミルザの聖洞」
ゆっくりと立ち上がり、辺りを見回す。
自分が飛ばされたのは、それほど深くない洞窟の一番奥だったらしい。
遠くに見える入口から、光が射し込んでいる。
そこは、おそらく結界か何かで外から見えなくなっているのだろう。
誰も入ってくる様子のないその場所を見つめた後、ベリーは手前に視線を移した。
自分のすぐ側に、ほんの少しだけ土が盛り上がっている場所があった。
側に寄って見れば、その中心にはぽっかり穴が空いている。
そこの方は1本の線になっているその穴を見て、目を細める。
「ここに、ミルザの剣があったのね……」
先祖が使っていたという、剣。
レミアが手にしているものとほぼ同じ姿をしていたらしいそれを、彼女とフェリア以外の者が目にすることはなかった。
それを残念に思いながら、ベリーが目的の物を探そうとその場を離れようとしたそのときだった。
唐突に荷物が光り出した。
いや、違う。
荷物袋の中に入れて置いた、あの2本の剣の刻まれた腕輪が光り始めたのだ。
袋から取り出せば、それはより一層強い光を放つ。

『そう。僕はそこに剣を残した』

その光に戸惑っていると、不意に耳に声が聞こえた。
その声にはっと顔を上げ、振り返る。
いつの間にか、台座の側に、誰かが立っていた。
「ミルザ……」
姿が透け、地に足がついていないそれは、間違いなく『エクリナの祠』で見たものと同じ存在。
名を呼べば、彼はゆっくりとこちらを向いた。
『のちに資格を持った者が、その剣に封印したものを取りに来ることを祈って』
「それは、ウィンソウの者が、魔法の水晶の核を取りに来る、という意味ですか?」
思わず尋ねれば、彼はゆっくりと頷く。
「剣士にとって、剣は大切なもののはず。それを手放すことに不安はなかったの?」
剣士だけではない。
手に馴染む武器は、冒険者にとっては職種に限らず大切なものだ。
まして、彼の剣は精霊に授かった特殊なものだと、伝承には残っていた。
だからこそ尋ねた。
そんな大切な剣を、手放してしまってよかったのかと。
ミルザは暫くこちらを見つめた後、ゆっくりと口を開いた。
『あの剣は、レプリカだった』
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「え……?」
思わず、呆然とした表情で聞き返す。
レミアが必死に探した剣がレプリカだったなんて、そう簡単には信じられるはずがない。
口にしてからそんな思いが沸き上がってきて、ベリーは無意識にミルザを睨みつけた。
けれど、彼は否定することなく、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
『僕が精霊から預かった物は、7つの水晶だけ。剣は別の存在から与えられた。全てが終わったとき、返す約束で』
「別の、存在……?」
彼の口から紡がれた予想外のその言葉に、ベリーはやはり呆然と聞き返すことしかできない。
その問いに、彼は静かに頷いた。
『ここに残した剣は、その剣に外見を似せただけのもの。ここに核を隠すための、ハリボテに過ぎない』
その言葉に思い出す。
確かに、レミアが求めていた物は剣そのものではなく、それに嵌め込まれているという魔法の水晶の『核』だった。
実際に彼女はミルザの剣を持ち帰ることはなく、手にしていた剣は魔法の水晶が変化したもの、だったはずだ。
『本物の剣は、“彼女”の元に。いつか、本当の持ち主に返さなければならなかったから、持ち主から預かっていた“彼女”へ返した』
「彼女……?」
またしても意味のわからない言葉に、問い返す。
けれど、ミルザは答えるつもりはないのか、ただ頷くだけで、それ以上の話をすることはなかった。
ただ黙り込み、そこにいるだけの彼を見て、ベリーはふうっと大きなため息をつく。
「その話は、ここを訪れたウィンソウにするべきだったわね。私が欲しいのは、その剣ではないわ」
それ以上聞いても無駄だと判断して、はっきりした声でそう告げる。
そうすれば、ミルザは一度こちらを見ると、ゆっくりと手を伸ばした。
その指の先は、剣が刺さっていたと思われる場所へと向けられる。
『台座の底。レプリカの刺さっていた場所よりさらに下』
彼が示したのは、その場所の穴の底。
それを見て、ベリーはその穴を覗き込んだ。
「この中?」
『ここの後、僕は和国へ渡ろう』
ベリーの問いに、ミルザが答えることはなかった。
ただ、次の目的地へのヒントだろう場所を口にする。
『あの国に行ったことはないけれど、あの国は、“彼”が話していた国だから』
ふと、口にされた言葉に、ベリーは僅かに眉を寄せた。
そんな彼女に気づかないのか、それとも見えていないのか、ミルザはぶつぶつと言葉を呟き続けている。
『幻術……。“彼”なら、他の国に伝えられる形にできたと思うのに。“彼”なら、きっと……』
「ミルザ・・・?」
今までのものとは違う、悲しみの混じったようなそれ。
その声を聞いたベリーは、思わずミルザの名を呼んだ。
『“彼”なら、きっと……』
けれど、彼はそれ以上言葉を続けることはなく、顔を覆ったかと思うと、そのまま空気に溶けるように消えていった。
「あ……っ」
声をかけようとしたけれど、遅かった。
そのときにはミルザの姿は完全に消え、ベリーはただ1人、その洞窟に残されていた。

2010.11.03