SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter7 吸血鬼

12:鍵に宿る者

地図を見ながら、森の中を進む。
ウエストウッドの周囲は本当に深い森で、旅慣れていない者には少々歩きづらい道になっていた。
そこをアールはすいすいと進んでいく。
彼女を見失わないように、ベリーも賢明に追っていく。
7人の中でも、自分は一番こちらの世界での旅に慣れていない自覚はあった。
置いて行かれそうになるたびに感じる焦りは、もちろん顔には出さないようにしていたけれど。



暫く歩くと、唐突に森が開けた。
「この辺りだな」
その途端、アールが足を止める。
見れば、その向こうにあるのは高い壁。
おそらくは、ここが地図に描かれた山脈なのだろう。
目の前のそこは、その山が高い崖になり、行く手を塞いでいた。
左右を見回す。
影になっているのは目の前にあるそこだけで、左右に少し行けば、他は斜面が広がっていた。
緩やかとは言えないが、がんばれば登れないこともないように思う。
なのにここだけが、まるで切り取られたように崖になっていた。
そして、その中心にぽっかりと黒い穴が姿を見せている。
「もしかして、ここ?」
「こんなところに突然石の壁か。リーナと夫人の言葉が正しければ、だな」
思わず尋ねれば、アールはそう呟いてその洞窟へ歩み寄る。
よく見れば、洞窟の入口には何か装飾をされたような跡があった。
劣化して崩れてしまったようだが、柱のようなものの跡もある。
そして、洞窟の入口には、何かが刻まれていた。
「これは、確かに文字だな」
「ここにも何か書いてあるみたい」
ふと、入口のすぐ横にプレート状に彫れられた部分があることに気づき、ベリーはそちらに近寄った。
その言葉に、アールもそちらへと視線を向ける。
「読めるか?」
「馬鹿言わないで。私たちに古代語の知識があるはずが……」
ない、と続けようとした。
けれど、全て口にする前に、その言葉が止まる。
「ベリー?」
不自然に途切れた言葉を不思議に思い、アールが声をかけたそのとき。
「……違う。これは、古代語じゃない」
「何?」
口にされたそれに、アールは思わず驚き、そのプレートの側に近づいた。
彼女が覗き込んだことを気にすることもなく、ベリーはじっとその文字を睨むように見つめる。
「考えてみればそうだわ。古代語だったら、リーナが何も言わないのはおかしいでしょう?」
「まあ、確かに……。なら、これは?」
ベリーの言葉のとおりだ。
リーナの生家であるニール家は、呪文の詠唱に古代語を使う。
何でも、古代語には魔力が宿っており、現代語で詠唱をするよりも高い魔力を込めることができるからという理由だが、その真偽は一時期養子にとしてともに暮らしていたアールにもわからない。
そんな家の子供であるから、当然リーナも幼い頃から古代語を学んでおり、大抵の言葉は読めるのだった。
そのリーナが口にしなかったということは、彼女はここに刻まれた文字を古代語とも現代語とも認識しなかった、ということになる。
なら、ここに刻まれているものは何なのだろう。
「……我、汝を求める者。汝の主の血を引き、闇の中に身を置く者」
アールが首を捻ろうとしたそのとき、ベリーが唐突に言葉を口にした。
「ベリー?」
驚いたアールが、彼女に呼びかける。
けれど、ベリーはそれには答えなかった。
じっと文字らしきものを見つめたまま、さらに言葉を紡ぐ。
「汝、今我を、汝の下へ導かん」
全てを言い切ったその瞬間、突然文字の刻まれていたプレートが光を放った。
驚く間もなく、ぱぁんと空気の弾ける音が聞こえたような気がした。
いや、気ではなかった。
それは、確かに鳴ったのだ。
その瞬間、見えない何かが弾け飛んだように空気が震え、一気に周囲の景色が変化した。
「な……っ!?」
突然のそれに、アールは思わず息を呑んだ。
目の前にあった高い崖が消え去っている。
代わりに、そこには小さいけれど、立派な神殿のような建物が姿を現した。
自分たちの目の前にあったはずの崖も消え、神殿の門だったのだろうか、石造りの壁が現れる。
突然現れたその神殿を見て、ベリーは目を細めた。
「ほんの少しだけだったけれど、魔力を感じると思ったら……。結界で封印されていたのね」
「さっきのは、その封印を解く呪文だったのか?」
「おそらく、だけど」
「おそらく?」
はっきりとしないその言葉に、アールは訝しげに眉を寄せる。
その顔を横目で見て、ベリーはくすりと小さく笑った。
「あれはね。私たちの一族に伝わる暗号なの」
ベリーが口にした文字の正体に、アールは僅かに目を見張る。
「暗号、だと」
「ええ。特殊な文字のように見えるけれど、全てはただの記号。それを組み合わせて言葉にしてるのよ」
ひとつひとつが意味を持つわけではない。
だから、それはひとつひとつでは記号にすぎない。
組み合わせることで、初めて言葉として意味を持つ。
「古代語のように見えるけれど違うから、リーナは文字じゃないと思ったんでしょうね」
確かに、知識のない人間から見れば、これは古代語だと思うだろう。
実際にアールも、そしてベリーも最初は古代語だと思った。
けれどベリーは、それをじっと見つめているうちに気づいた。
自分はこれを知っていると。
だから必死に思い出して、頭で繋いで、浮かんだ言葉を口にした。
「お前たちの一族の暗号で解除の呪文が記されていたということは……」
「ええ」
アールの言葉に、ベリーは頷いた。
彼女の言いたいことは、もうとっくにわかっていた。

「ここの封印には、きっとミルザが関わっている」

そうでなければ、この暗号が残されているはずがない。
ミルザ本人でなかったとしても、一族の血縁者が関わっている可能性は高いだろう。
この暗号の解読方法は、代々クラリア家――ルビーの母親の家――にしか伝わっていないのだから。
「行きましょう」
「あ、ああ」
ベリーが一歩足を踏み出す。
それまで結界の中に封じられていたそこは、あっさりと彼女を受け入れた。
続いたアールも、拒絶されることなく中へと足を踏み入れる。
門よりも奥にあった場所から神殿の中へと入る。
改めて周囲を見回すと、ここがどれだけ巨大な結界の中に封印されていたのか実感することができた。
思わず息を呑んだとき、アールの頭の中にひとつの疑問が浮かび上がった。
「そういえば、お前」
「何?」
「ここのこと、どうやって知ったんだ?」
その問いに、ベリーは一瞬息を呑んだ。
迷うように視線を彷徨わせる彼女を、アールは不思議そうに見つめる。
「ちょっと、ね」
結局そんな曖昧な答えが帰ってきて、アールはますます首を傾げた。

問いかけられたベリーは、どう説明していいのかわからなかった。
ここは、あのときリーフが、突然行けと告げた場所だった。
理由はわからない。
けれど、伝えなければならないと思った、と彼は言った。
その言葉を信じる根拠なんて、何もなかった。
ヒントが何もない状態で、藁にも縋る思いで当たってみた、ただそれだけ。
それが当たりかもしれない今になって、考える。
彼は何故この場所を知っていたのか。

考えても、答えなど出るはずがない。
いつまでも考えていても仕方がないと、ベリーはそれを軽く頭を振って意識の外へと追い出した。
そして、改めて顔を上げて、気づく。
「それにしても、ここ似てるわ」
「え?」
「精霊の神殿に、似てる」
そう、この神殿はダークネスの住むあの神殿に似ていた。
入口の雰囲気も、この長い廊下も。
「いえ、似てるというよりも……」
長い廊下を抜け、広間へと出る。
目の前に広がる部屋を見つめて、ベリーは思わず目を細めた。
「まるで同じ造りみたい」
台座が置かれただけの、広い空間。
明かり取りの窓があるという違いを覗けば、そこはあの神殿と瓜二つだった。
「精霊の神殿と、ここが?」
確信を持って口にされたその言葉を聞いて、アールがそう聞き返す。
「一体どうし……」
ベリーに理由がわかるはずなどないと知っていて、けれど思わず尋ねようとした、そのとき。

『それは、ここがあの神殿を写した空間だから』

突然、その場所に声が響いた。
「……えっ!?」
初めて聞くその声に、ベリーは思わず当たりを見回す。
「誰だっ!!どこにいるっ!!」
『ここだよ』
構えを取ったアールが怒鳴りつけた途端、その声とともに部屋の奥にある台座の上に光が現れた。
その光は一瞬で弾け、代わりにその場所に人の姿が現れる。
現れたのは、若い青年だった。
木の幹のような深い茶色の髪を持った、旅装束の青年。
珍しいデザインのそれを纏った彼の目が、ゆっくりと開かれる。
こちらを見つめるその瞳は、夕日の色を写したような琥珀色をしていた。
その足は、床にはついていない。
体も薄っすらと透けていて、彼が人ではないことが伺えた。
開かれた瞳がベリーの紫紺と交わった瞬間、彼はにこりと微笑んだ。
『ようこそ、待っていたよ。勇者の血を引く者』
心地よいテノールが耳に届く。
その柔らかい声を聞いても気を緩めることなく、ベリーは相手を睨みつけた。
「あなたは、誰?」
人間ではない、それはわかる。
明らかに実体を持っていない目の前の青年に見える存在が、人間だなんて思えない。
『……僕は』
目の前の存在がゆっくりと目を閉じる。
その姿を、ベリーはじっと見つめた。
暫くそうしていた青年は、やがてゆっくりと目を開いた。

『我が名はミルザ。ミルザ=エクリナ』

彼が名乗ったその名を聞いた瞬間、耳を疑った。
「え……っ!?」
目を見開いて、目の前にいる存在を見つめる。
目の前にいる存在が口にした名は、よく知るどころか、この世界では知らない人間などいないと思われるほど有名な名前。
一瞬聞き間違いかと思った。
けれど、それはすぐそばにいたアールの言葉に否定された。
「馬鹿なっ!ミルザは1000年前の人間のはずだっ!生きているわけが……」
『そう。既にミルザ本人はこの世にいない』
ミルザと名乗った背青年の言葉に、アールは思わず口にしかけた言葉を飲み込む。
『僕はミルザがこの地に残した思念の欠片。いつかここを訪れるだろう子孫の案内人』
「案内人……?」
思わずそう聞き返したのは、ベリーだった。
ミルザの琥珀色の瞳が、彼女を見る。
ふと目を細めたかと思うと、彼は自分の浮かぶ場所へ指を向けた。
『闇の精霊ダークネス。彼に導かれてここに来たのならば、僕の足元の台座を調べてみるといい。表紙に書き残された言葉を読み上げれば、台座は開き、求めている物は手に入るだろう』
「台座……、これか」
彼の足下に目を向け、アールが呟いた。
「ベリー。この幽霊の言っている意味はわかるか?」
「幽霊って……。もう……」
人の先祖かもしれない存在に向かい、その言い様はないだろうとため息をついてから、ベリーは荷物袋へ手を入れる。
一番下へしまい込んでいたそれを掴むと、慎重に袋から取り出した。
「たぶん、表紙ってこの本のことだと思うの」
ベリーが手にしていたのは、一冊の本だった。
古めかしいそれの表紙を、指でなぞる。
「そうか……。これ、模様だと思っていたけれど、暗号だわ」
アールが彼女の手元を覗き込めば、そこにはこの神殿の入口で見たあの文字が書かれていた。
そのままベリーを見れば、彼女は口を引き結んで頷く。
アールが言葉もなく身を引けば、彼女は本を手にしたまま、ミルザの名乗る台座の前へと足を進めた。
その前で立ち止まり、もう一度表紙を見る。
「我、汝を求める者。汝の主の血を引き、闇の中に身を置く者。今ここに、汝、我が前に姿を現さん」
そこに記された言葉を頭で組み立て、ゆっくりと口にしていく。
それが最後の言葉に辿り着いたそのとき、台座が唐突に光を放った。
一瞬で収まったそれに驚く間もなく、ミルザの浮かぶ場所に黒い線が走る。
そう思った瞬間、それは音を立てて左右に動き出した。
「開いた……!」
背中からアールの声が聞こえる。
扉と思われるそれの動きが止まるのを待って、ベリーは中を覗き込んだ。
開かれたその台座の中には布が敷かれ、その上にぽつんと腕輪が置かれていた。
交差した2本の剣が彫り込まれた銀のそれを見て、アールは間を瞬かせながらベリーを見やる。
「これが、ここに来た目的、か?」
「ええ、おそらく」
振り返ることなく答えると、ベリーは腕輪へと手を伸ばした。
それは拒むことなく、あっさりと手に中に収まる。
拾い上げたそれを見て、ベリーは思わず首を傾げた。
「これが、鍵……?」
『そう。それが鍵。呪文書の封印を解くために必要なもの』
独り言だったつもりのそれに、答えが返ってくる。
驚いて顔を上げれば、ミルザが真っ直ぐに自分を見下ろしてた。
『使い方は精霊に聞くといい』
「……ありがとう、ご先祖様」
この人物が本当にミルザであるのか、それとも違うのかはわからない。
けれど、彼がそう名乗る以上、そうだと信じるしかない。
だからこそ、ベリーはそう礼を告げた。
その言葉に、ミルザは薄く微笑んだ、ように見えた。
その笑みは一瞬で消え、彼はその手をゆっくりと神殿の入口に向かって伸ばす。
そして、その方向を見つめたまま口を開いた。
『トランス王国の、洞窟』
「え……?」
口にされた言葉が一瞬理解できなくて、思わず聞き返す。
一瞬だけ、ミルザを名乗る彼の目が、こちらを見たような気がした。
しかし、それはすぐに神殿の入口へと戻される。
『僕をここに置いた“僕”は、そこへ向かった。剣を封印するために。気まぐれで方向を変えていなければ、そこにいるはず』
言葉を紡ぐ彼の表情が、一瞬歪んだように見えたのは気のせいだっただろうか。
『“鍵”はひとつだけ、剣とともに……』
問いかけようとする前に、彼はそう口にした。
その途端、その姿が揺らぐ。
「あ……っ!?」
静かに目を閉じた彼は、ベリーが声をかけるよりも早く、空気に溶けるように消えてしまった。
姿が見えなくなってしまえば、後は何も起こらない。
彼が浮いていた場所にある台座が開かれている事実だけが、彼がそこにいたということを証明していた。
「何だ今のは……?本当に、ミルザなのか?」
呆然と彼の姿を見つめていたアールが、その姿が消えて漸く我に返ったのか、困惑したように尋ねる。
「さあ。わからないわ」
答えた途端、その紫の瞳がこちらを見たのがわかった。
疑いを持ったような、そんな目で見られたって、彼が本当にミルザかなんてことがベリーにわかるはずもない。
はっきりしているのは、ただひとつ。
「わかるのは、あの幻影が案内人らしいって事実だけよ」
手にした腕輪を見つめ、呟くように言葉を口にする。
彼は、自分にこれを渡してくれた。
だから、彼が本当は何者であろうが、それだけはきっと間違いがないのだと思う。
じっとその腕輪を見つめながら考えていると、ふと側にいた気配が近くなった。
気づけば、いつのまにか側に寄ったアールが、ベリーの手の中を覗き込んでいた。
「それが、お前が探している物なんだな?」
「……ええ。そうみたい」
本当にこれが『鍵』なのかどうかはわからない。
けれど、あの幻影がそう言うのならば、それを信じるしかない。
アールも、ベリーのそんな無意識の考えに気づいたのか、ほんの少しだけ目を細めた。
「そういえば、まだ詳しく聞いていないな。お前の旅の目的」
アールに声をかけれられ、そうだったと思い出す。
世界を回りたいとは話した。
けれど、その目的を、自分はまだ彼女にもリーナにも話していない。
「……わかってる。話すわ、道々」
「わかった」
平静を装ってそう答えれば、アールはそれで納得してくれたらしい。
頷くと、大きく息を吐き出した。
気分を切り替えるためだったらしいそれのあと、彼女はこちらを見て薄く微笑む。
「それで、次はどうする?」
「他に手がかりもないし、トランス王国ってところに行ってみたいと思うのだけれど」
頭の中でこの世界の地図を思い描く。
アースと違ってそんなに多くないこの世界の国の名前は、全て頭の中に叩き込んできたつもりだ。
けれど、その中に彼が口にした国の名前を見つけられず、ベリーは首を傾げた。
「そんな国、あったかしら?」
「ああ、あった」
尋ねた途端、アールから返ってきたのははっきりとした答え。
けれど、それが妙に引っかかって、思わず尋ね返す。
「あった……?」
「今はない。国の名前も制度も変わっているからな」
「ああ……、だから『あった』」
「ああ」
納得するように呟けば、アールはくすりと笑みを零して頷く。
それがなんだか堪に触って、ベリーは思わず彼女から目を逸らした。
「あなたその国を知ってるの?」
「魔道士は歴史を学ぶものだぞ?」
あっさりとそう返されて、思わず言葉に詰まる。
この旅は、最初からこんな感じのような気がする。
そんなことを考えながら、ベリーはぎろっとアールを睨みつけた。
「……仕方ないでしょう。こっちで暮らしていないんだから」
「ああ、わかってる」
けれど、アールにはそれは全く効いていないようで、あっさりとそう返された。
そんな反応をされると、何だか腹が立ってくる。
そのベリーの感情には気づいていないのか、アールは笑みを消すと、荷物の中から地図を取り出した。
「トランス王国……ミルザの時代にそう呼ばれていたのは、今のトランストン共和国だ」
その名前を聞いた瞬間、ベリーの中から怒りが消え去る。
「トランストンって、確か……」
「レミアとフェリアが、リーナと旅をした国だな」
はっと自分を見た彼女に、アールははっきりとそう答えた。
その目が、ほんの少しだけ細められる。
「……となると、高速艇を使うよりも、リーナに頼んだ方が早いかもしれない」
「リーナに?」
「ああ。あの幻影は言っただろう?『剣を封印するため』とな」
地図をしまうと、アールは先ほど幻影のミルザが告げた言葉を口にする。
その言葉に、ベリーは思わず目を見開いた。
「まさか、トランストンの洞窟って、『ミルザの聖窟』!?」
「可能性は高いと思わないか?」
『鍵』は、ミルザが各国に隠したと、ダークネスは言っていた。
そのミルザを名乗る幻影が示した場所。
そして、『鍵はひとつだけ、剣とともに』という言葉。
それから連想できるのは、ミルザが使っていた剣が封印されていたという『ミルザの聖窟』だけだ。
「……そう、ね」
レミアは、確かにそこでミルザの剣を――それにはめ込まれていた魔法の水晶の核を手に入れた。
彼の言葉を信じるなら、ベリーの探している『鍵』はその剣とともに封印されていたことになる。
「あそこなら、リーナが一度行っている。急ぐ旅なら、リーナに頼んで転移呪文で送ってもらう方が早いだろう」
ベリーが考えを纏めたことを見越したように、アールがそう提案する。
それに驚き、彼女は目を瞠ったままアールを見た。
「……いいのかしら?あなただけでなく、リーナまで」
「急いでいるんだろう?なら、遠慮などしている場合じゃないんじゃないか?」
確かに、急いでいると言われれば、否定はしない。
他の仲間たちのときのように何かが起こったわけではない。
けれど、だからこそ無理を言って出てきた自分は、なんとしても2か月で全ての『鍵』を集めなければいけなかった。
「……そうね」
目的の場所は、トランストンに上陸したあと、かなりの日数がかかるという。
その日数を消費する時間を考えれば、断る理由などなかった。
「わかった。リーナに頼んでみるわ」
「決まりだな」
はっきりと答えれば、アールはふっと笑った。
「なら、まずはさっさと帰るぞ」
「ええ。お願い、アール」
しっかりと返事を返して、差し出された手を取る。
その手がしっかりと握り返されたのを感じながら、ベリーはゆっくりと目を閉じた。

2010.10.25