SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter6 鍵を握る悪魔

9:真実の断片

呪文でリーフが指定した部屋に直接転移する。
リーフの執務室らしいその部屋に移動できたことを確認すると、リーフはすぐに壁から下がっているロープを引いた。
聞けば、それは近くの部屋に繋がっていて、今の時間帯なら、その部屋にミューズがいるらしい。
暫く待っていると、扉が少しだけ強めにノックされた。
リーフが返事をすると、静かに扉が開き、その向こうから1人の少女が入ってきた。
「お帰りなさいませ、お兄様。いらっしゃいませ、ペリートさん」
緑を貴重とした服を着た少女は、帰宅した兄に挨拶すると、その隣にいる人物を認め、笑顔で頭を下げる。
「ただいま、ミューズ」
「こんにちは~。久しぶり、ミューズちゃん」
「ええ、お久しぶりです」
ひらひらと手を振れば、ミューズは特に気分を害した様子もなく、笑顔で答えてくれた。
王女という立場上、滅多に会うことはないけれど、今までの経緯や遊びに来たときのやり取りのおかげで、すっかり友達レベルにまで馴染んでしまっていたから、今更畏まろうというつもりは彼女にもないらしい。
最初の畏まった様子が嘘みたいなそんな関係に心の中で苦笑した途端、その前のミューズが少し悪戯っぽい笑顔を浮かべて首を傾げた。
「それで、すぐに参ります?それとも少し休憩なさいます?」
「へ?」
唐突過ぎるの言葉に、ペリドットはもちろん、リーフもきょとんと尋ね返す。
息ぴったりな2人の反応に、ミューズは本当におかしそうにくすくすと笑った。
「ペリートさんがそんな深刻そうな顔をしていらっしゃると言うことは、精霊神の間でしょう?」
ミューズの思いも寄らぬ言葉に、一瞬何を言われたのかわからなかった。
「……へ?」
漸くそれを認識したとき、無意識のうちに発してしまったその声は、きっとずいぶん間抜けに聞こえたことだろう。
「そ、そんなに酷い顔してた?」
「お前自覚なかったのか?」
「……うん」
「おいおい……」
「普段は冷静なのに珍しいですね。いろいろありすぎて許容量オーバーしちゃいました?」
リーフがあまりにも意外そうに言うものだから、素直に尋ねれば目を丸くされ、ミューズにはお子様を見守るような暖かい目で見られてしまって。
「う、うん。そーみたい……。あはは……」
本気で困ったペリドットは、そう返すことしかできなかった。
あまりにも珍しすぎる反応に、ますます目を丸くするリーフの横で、ミューズは先ほどから脇に抱えたボードのような物を差し出す。
見ればそこには、1枚の紙が乗っていた。
羊皮紙ではないそれは、この世界では城の公式文章に使う程度しか生産されていない、所謂アースで言う『本物の紙』だった。
「実はもう準備は出来ているんです。後はお兄様がサインをしてくださればいいだけですわ」
にっこりと微笑むミューズに、リーフは驚いたような視線を向けた後、その手元の書類を覗き込んだ。
「……ずいぶん準備がいいんだな」
「兄様が出発された後、準備しておいたんです。ベリーさんが緊急と言って呼びにいらっしゃるくらいですもの。またかな、と思いまして」
笑顔のまま答えるミューズに、悪気などない。
ただ、緊急事態であることを察して準備をしてくれただけだ。
「……ずいぶん行動的になったな……」
「兄様ほどではありません」
嫌味のようにリーフが言えば、ミューズは真顔でそう答える。
何故かそれが怒っているように見えたらしいリーフは、「うっ」と呻いて一歩下がった。
そんな兄を見て、ミューズは再び笑みを漏らす。
それは決して意地悪なそれではなく、いい意味で成長した兄に送る労わりのようなものだった。
「冗談はここまでにして、お急ぎでしょう?すぐに参りますか?」
「うん。お願いします」
急に話題を戻されても、ペリドットは動じない。
兄妹が応酬をしている間に、少しは心の整理がついたようだ。
「畏まりました。では兄様」
「ああ」
ミューズが改めて書類の載ったボードを差し出す。
近くの執務机から羽ペンを取ると、リーフは慣れた様子でその書面の最後の部分にサインをした。
横からそれを覗き込んだペリドットは、流暢に書かれたその文字を見て、目を丸くする。
「あれれ?リーフってこんなに字上手かったっけ?」
「こっちのならな。アースの字はどうにも難しくて……」
「あははっ。日本語はいろいろ特殊だからねぇ」
リーフの持った一時的に『時の封印』をかける道具――精霊から与えられた物で、どうやら魔法の水晶の模造品らしい――の効力で、言葉は学ばずとも理解できるけれど、文字はそういうわけにはいかない。
アースに渡る際、セレスとミスリルが一覧表を作って、それで一から学んだらしいのだ。
向こうの時間で1年半でこれだけ覚え、上達したのだから、それはそれで凄いことだと思う。
それだけいても、まったく日本語を書けない外国人だって、結構大勢いるのだから。
「では、参りましょう」
「ああ」
「よろしくお願いします」
呼び鈴のロープを引いたミスリルが、先立って扉を開ける。
すぐ近くまでやってきていた文官に書類を渡し、父王のところへ持っていくように指示をすると、そのまま見知った廊下を歩き出した。
廊下の端にある階段の下。
一度だけ入ったことのある神聖な部屋への扉は、もう目前に迫っていた。



以前は開けることのなかった扉に鍵を差し込んで、開く。
換気のできない地下特有の埃っぽさに、思わず咳き込みながら中へと入った。
相変わらず何もない薄暗い部屋。
唯一変わったことといえば、照明用のランプの数が増えたことくらいだろうか。
先導して部屋に入ったリーフとミューズを、こっそりと伺う。
何か小声で話しているようだった2人は、その視線に気づいたのか、こちらを振り返った。
「いい?」と尋ねるように首を傾げれば、リーフが頷いて場所を譲ってくれた。
兄妹の間にできた道を通って、ペリドットは部屋の中央にある女神像の前へと立った。
深呼吸するように、大きく息を吸い込んで、心の最終準備を終える。
ここに踏み込むまで浮かべていた一切の笑顔を消すと、そのまま真っ直ぐに女神像の顔を見て、口を開いた。
「オーブマスター、ペリドット=オーサーです。マリエル様、いらっしゃるならば答えてください」
以前はルビーが文句を言っただけで出てきてくれた。
それならばきっと、この部屋のことはずっと見ているはずだと、そんな根拠のない確信を持って呼びかける。
そうすればきっと答えてくれると信じていた。
いや、心のどこかで確信していた、と言ってもいいかもしれない。
その考えどおり、呼びかけて数秒も経たないうちに、女神像が輝き始めた。
突然のそれに、驚く者は1人もいない。
リーフは――たった一度を除いて――毎回必ずここに立ち会っていたし、ペリドットもミューズも、既にこの光景を見ていたからだ。
石像を覆うように集った光が、徐々に人の形を成す。
光の中から現れたのは、以前会ったときと少しの変わらない、この世界の万物を司る精霊たちの長だった。
『お久しぶりですね、ペリドット=オーサー』
「お久しぶりです、マリエス様」
ふわりと微笑んだ女神に、ペリドットは行儀よくお辞儀をする。
その背後ではリーフとミューズも、王族らしい優雅な仕種で礼をしていた。
「いろいろお話したいのはやまやまなんですが、あんまり時間がありませんので、いきなり本題に入らせてください」
真っ直ぐにマリエスを見つめ、単刀直入に付ける。
無礼は承知だ。
けれど、今回は何故か強気でいかなければならない気がして、ペリドットはその思いのまま発言をした。
そんな態度に気分を害した様子もなく、マリエスは穏やかな笑みを浮かべたまま、不思議そうに尋ねる。
『本題とは?』
「もちろん、精霊神法のことです」
態度を和らげることなく、はっきりとそう告げても、マリエスは不快の顔を歪めたりしなかった。
それどころか、僅かに口元を綻ばせて、無言で先を促すような視線を送ってくれていた。
その慈悲に甘え、ペリドットはさらに先を続ける。
「マリエス様なら、もうご存知かもしれませんけど、ミューズ王女にはまだ何もお話してないので、このまま聞いてください」
突然出た自分の名前に、後ろに立つミューズが驚いたことを肌で感じる。
一度彼女に視線を向けると、再びマリエスを見上げ、神妙な様子で口を開いた。
「グランドマスター、ミスリル=レインが倒れました」
「えっ!?」
思いも寄らなかった名前に、ミューズが思わず声を上げる。
そのまま勢いよく隣へ顔を向ける気配がしたかと思うと、すぐにリーフが「本当だ」と小さな声で肯定した。
「治療を任せたティーチャーによれば、ミスリルはネヴィルという悪魔に何か飲まされたんだそうです。そのとき、たまたまミスリルが呼び出してたウィズダムが言うには、あいつの体液は、それだけで人間には猛毒かもしれないってことでした」
「体液を?どうやって?」
「不意打ちを受けてキスされたらしい。それで悪質な悪魔薬の原料と唾液、飲まされたらしいんだ」
不思議そうに、それでも小声で尋ねたミューズに、リーフが同じく小さな声で説明する。
ぎょっと表情を強張らせたミューズは、そのままぎゅっと拳を握って俯いてしまった。
その拳がふるふると小刻みに震えているところを見ると、おそらく怒っているのだろう。
「結果ミスリルは倒れ、今は昏睡状態です。もうできるだけの治療はした後で、ティーチャーは、もしかしたらワクチンを創る必要があるかもしれないって、そう言っていました」
言い出したのは自分だけど、ティーチャーだって確かに認めたのだ。
だから回りくどい説明は避けて、最低限必要な事実だけを伝える。
きっとマリエスは全て知っているだろうと思うから、余計ことまで説明をする必要はないと思ったのだ。
「ワクチンを作るには、どうしたってもう一度ネヴィルと接触して、ミスリルが倒れた原因を突き止めて、手に入れなきゃならないんです。でも……それでも、きっと今のあたしじゃ、あいつに勝てません」
イセリヤやルーズの関係者だと、あの子供の姿をした悪魔は言った。
ペリドット自身はイセリヤにもルーズにもこてんぱんにやられていて、だからこそ言えるのだ。
今の自分では、ネヴィルには勝てない。
力不足だけじゃない。
他の6人と違って生まれつき魔力に特定の属性を持たないペリドットには、決定打となる呪文が何もないのだ。
属性を持つ呪文はかなり高位のものまで使えるけれど、その威力はルビーたちに及ばない。
無属性高等魔法である水晶術だって、技術的にはあんなに難しいのに、これだと言える呪文は何もなかった。
たとえ力不足はトレーニングや実戦でいくらでも改善できても、これでは不安要素は拭えない。
それでは駄目なのだ。
曖昧な攻撃で討ち取れるほど、あの子供の姿をした悪魔は、甘くはないのだから。
「だからマリエス様、あた……私に精霊神法を継承する許可をください!」
友人たちには「滅多に浮かべない」と言われる真剣な表情と瞳でマリエスを見上げる。
ここで許可を得られなかったら、強行突破でも何でもするつもりだと、それくらいの覚悟を込めて、無言で訴える。
そうしなければ、きっとマリエスは許可をくれないと、そう思っての行動だったのだけれど。
『わかりました』
「……へ?」
あまりにもあっさりと返ってきた答えに、思わず間抜けな声を上げてしまったのは仕方のないことだっただろう。
「そ、そんなにあっさり……。本当にいいんですか?」
『あら?私はいつもこうですよ。そうでしょう?リーフ=フェイト』
にっこりと微笑むマリエスが呼んだ意外な名前に、ばっと後ろを振り返る。
見れば、そこには明らかに笑いを堪えている王族兄妹がいて。
「レミアのときは存知ませんが、少なくともミスリルのときはこんな感じでしたね」
無理矢理笑い出すのを堪えていると言わんばかりの顔で、あっさりとそんなことを言ってくれたものだから、本気で殴り飛ばしたくなった。
あまりのことに、怒りが体に出てしまったらしい。
『ミルザはあなた方のために精霊神法を残した。ですから、時が来たのであれば、それを出し惜しみする理由は、私たちにはないのです』
顔を真っ赤にして、全身でぷるぷると震えるペリドットに、マリエスはにっこりと笑い、再び声をかける。
その言葉に、ペリドットは怒りを収め、納得がいかないと言いたそうな顔でマリエスを見上げた。
その拗ねた子供のような顔に笑みをひとつ漏らして、マリエスはすっと自分の前に手を翳す。
その手に溢れた光の中から現れたのは、兄妹にはもうすっかりお馴染みになってしまったあの金属製のカードキーがあった。
反射的に差し出した手の中に落ちてきたそれが何なのか、ペリドットには一瞬理解できなかったらしい。
『安心して受け取りなさい。そして、自分の願いを叶えなさい』
マリエスが笑顔でそう告げる。
その言葉で漸く言葉の意味を理解できたらしい。
呆然と手の中のカードを見つめていたペリドットの顔に、そこで初めて笑顔が浮かんだ。
「あ、ありがとうございます……!」
慌てて礼を告げれば、気分を害しもしなかったらしいマリエスがにっこりと笑う。
そのとき、ふと脳裏を過った言葉に、ペリドットは笑顔を消すと表情を引き締めた。
「……ありがたついでに、ひとつお聞きしてもよろしいですか?」
『何でしょう?』
手にしたカードキーをぎゅっと握り締めて尋ねれば、マリエスは微笑を浮かべたまま許可をくれる。
もしかしたら、聞いてはいけないことなのかもしれない。
けれど、これのことを直接精霊神に聞ける機会は、もうないかもしれない。
不安と期待と、そんないろんな感情を整理するため、ひとつ大きく息をつく。
そうやって気分が落ち着いたことを認識してから、漸く口を開いた。

「マリエス様は……精霊様方は、『聖域大戦』というものをご存知ですか?」

単刀直入に尋ねた問いに、背後でリーフが息を飲むのがわかった。
まさかこのタイミングで、マジック共和国城で散々話し合ったこの問いを投げかけるとは思わなかったのだろう。
マリエスもまた、ペリドットの口からその言葉が出たことに驚いたらしい。
普段は絶対に見ることのないだろう驚愕の表情を浮かべたかと思うと、急激にその瞳が冷えていくのがわかった。
けれど、それで怯むわけにはいかない。
ここで怯んだら、きっともうこの答えを知ることはできないと、そう思った。
『それを聞いてどうするのですか?』
こちらに引くつもりがないことを悟ったのか、マリエスが先ほどよりも少し低い声で問い返してくる。
その声に、今まで決して感じることのなかった恐怖を感じながらも、はっきりと答えた。
「ご存知かどうか、知りたいだけです」
まずは相手が『聖域大戦』のことを知っているかどうか。
それがわからないと先へ進めないとわかっていたから、素直にそう答える。
偽りのないその答えに、先ほどよりもずっと冷たい瞳をしたマリエスは、一度目を閉じるとふうっ吐息を吐いた。
『……ならば、私は知りませんと、そう答えましょう』
それは遠まわしな拒絶。
ウィズダムと同じように、教える気がない証拠。
『あの戦いは、人が知る必要のない戦い……いいえ、知ってはいけない戦いなのです』
その考えを肯定するかのように、マリエスは少し声音を低くしてそう続ける。
それでも、ペリドットは真っ直ぐに彼女を見つめたまま食い下がった。
「でも、ウィズダムは、ご先祖様が関係しているみたいなことを話していました。ミルザが関わっているなら、その『戦い』は私たちが調べていることと関係があるかもしれないんです」
ここで諦めるつもりなんて、毛頭ないのだ。
漸く、長い活動期間の中で、漸く掴んだルビーの疑問の手がかりなのだから。
「だからマリエス様!どうか……」
『たとえその話があなた方の力になるものだとしても』
懇願を遮るように放たれた、冷たい言葉。
それにペリドットはびくりと体を強張らせる。
『私には、お話しすることはできません』
真っ直ぐにこちらを見下ろす瞳は、冷たい輝きを宿していて。
それに思わず息を飲んだ、そのとき。
『いいえ、正確に言えば、お話しする権限はない、というところでしょうか?』
「え……?」
予想もしていなかった言葉に、一瞬難を言われたのかわからなくて、呆然とマリエスを見つめた。
おそらく、そのときの自分は、かなり間抜けな顔をしていたに違いない。
「どういうことですか?」
一瞬で頭が真っ白になって、思わず言葉を失ってしまったペリドットの代わりに尋ねたのはリーフだった。
「マリエス様は、精霊様方の長であられるはず。そのあなたに、権限がないとは?」
『言葉どおりの意味です、リーフ=フェイト』
臆することなく尋ねたリーフに、マリエスは淡々と答えを返す。

『私たち精霊は、この世界の頂点ではないのです』

同じ口調のまま、ただ淡々と付けられる事実。
インシングでは、精霊が全ての種族の頂点に立つと、だからその長であるマリエスが『精霊神』と呼ばれるのだと、そう信じられていて。
その信仰を否定したと言ってもいいその言葉に、リーフは思わずその濃緑色の瞳を大きく見開いた。

2006.07.06