SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter6 鍵を握る悪魔

8:すべきこと

「それで、どうなの?ミスリル」
「とりあえず、今できるだけの治療はしました。後は、私の知識じゃどうにも……」
頼りないティーチャーの言葉に、苛立ったようにため息を吐いたのはレミアだった。

あのルビーとウィズダムの一触即発の会話は、事前に連絡を入れておいたベリーが、レミアとフェリア、リーフを連れてやってきたことで中断した。
部屋にやってきた瞬間、あまりに緊迫した雰囲気に、4人は思わず入るのを躊躇したらしいが、その雰囲気は仲間のことになると我を忘れるレミアが簡単に打ち壊したのだ。

「できるだけの治療はしたって……」
「仕方ありませんわ、レミア様。ミスリル様が何を飲まされたのか、推測の域を出ないままでは、的確な治療ができるはずありませんでしょう?」
詰め寄ろうとするレミアを、割って入ったリーナがやんわりと押さえる。
彼女の言葉に、レミアは渋々という表情をありありと浮かべたまま口を閉じ、近くのソファへ腰を下ろした。
レミアがティーチャーに詰め寄っている間に、他の3人にはセレスから説明がされたらしい。
3人が3人とも、深刻な表情で黙り込んでいた。
「ねえねえ、リーフくん」
そんな3人の雰囲気を気にすることなく沈黙を破ったのは、先ほどまで何か考え込んでいる様子だったペリドットだ。
「ん?」
「エスクールで一番大きな図書館ってどこ?」
「は?」
ウィズダムとルビーのやり取りを知らない彼にとっては、突拍子もない問いかけだっただろう。
「いいから。どこ?」
「何処も何も、うちの国には城にしか図書館なんてないはずだぞ」
エスクール城にある図書館は、マジック共和国のそれと同じように一般に公開されている。
もちろん城の者しか入れない場所もあって、そこも含めれば、この城ほどとかいかずとも、かなりの広さになるはずだ。
そこならば、確かに大きな図書館と言えるけれど。
「ひとつだけ?」
「ああ。他の町に造られたって報告は受けてないぞ」
エスクールで公共施設を新しく建設するためには、王族または担当官長の許可がいる。
ここのところリーフは毎日のように実家へ帰っていたから、そんな大掛かりな建築物を造る申請が届いていれば、目を通しているはずだ。
「じゃあ本当にひとつなんだ」
「ああ」
「でも、だったら普通、一番大きなって言い方はしないと思うわよ」
2人のやり取りにすかさず口を挟んだのはタイムだ。
「同感。王立図書館が、実はふたつに別れてるってことはない?」
「ないよ。確かに一般公開区と重要書物の区域は分けてるけど、施設自体は一緒……というか、城の一部だ」
詰め寄るようなルビーの問いに、リーフは少しむっとした様子で答えた。
「本当に?」
「本当だって」
「ホントのホントの本当?」
「だーかーらー」
「ちょっと止めてよ、姉さん。リーフさんがこんなことで嘘つく理由が何処にあるの?」
あまりにもしつこいルビーに、溜まらずセレスが割って入る。
妹のその言葉に、ルビーはそれもそうだと素直に身を引く。
「ったく。一体何なんだ?ペリートもルビーもタイムも、何でうちの国の図書館のことなんて聞くんだよ?」
「あっはは。ごめんね」
憤慨したような呆れたような声で尋ねるリーフに、すっかりいつもの様子を取り戻したらしいペリドットが困ったような笑顔で謝る。
「あたしたちの調べ物の答えが、エスクールの図書館にあるらしいのよ」
「うちの?」
タイムの言葉に、リーフがまさかと言わんばかりの声を上げる。
「でも俺、ミューズにも手伝ったもらって調べたけど、ミルザの時代の文献以外で、お前らの知りたがりそうな情報が載ってる本なんてなかったと思うぞ?」
「でもウィズダムがそう言ったのよ」
「ウィズダムが?」
思わぬ名前に、リーフはやはり驚きの表情を浮かべる。
ミスリルが彼と契約したとき、リーフもその場に立ち会った。
いや、立ち会ったと言えるような形ではなかったが、その場にはいたのだ。
だからリーフも、彼が何の理由もなくそんなことを口走るはずもないことは、何となく理解していた。
ちなみにそのウィズダムは、彼らがこちらに到着したと同時に、大人数は嫌いだと言ってどこかへ消えてしまった。
ミスリルの意識が途切れたことで、実態を保つための魔力伝達が切れたのだろう。
「ウィズダムが言うなら可能性はあるんだろうけど……。何で今頃?前にミスリルが聞いたときは、何も言ってなかったんだぞ?」
「それは……。姉さんの持ってた情報がきっかけで……」
「何でもいいよ。とにかく、王立図書館にない?『聖域大戦』……もしくはそんな感じの言葉が書かれた書物」
「聖域大戦……?」
不思議そうに呟きながら、リーフは考え込むように天井を見る。
どうやら頭の中に書棚を思い浮かべ、それを見回しているらしい。
「……いや、とりあえず、俺は聞いたことない」
暫くして返された答えは、期待とは真逆のものだった。
「もともと貴重蔵書区域の全部の本を把握してるわけじゃねぇしな。蔵書管理は専門に雇ってる司書に全部任せてるから、親父も知らないだろうし」
「そう……」
申し訳なさそうなリーフの言葉に、ルビーが珍しくあからさまな落胆の色を見せる。
それだけ自分の持つ情報に期待がかかっていたのだと気づいて、リーフは本当に困ったような表情を浮かべた。
「その大戦の資料が、お前の疑問の答えなのか?」
「多分、ね……」
「だが、探すのは容易じゃないぞ」
突然横から入ってきたその声に、5人は顔を上げ、視線を動かす。
そこにいたのは、先ほどまでティーチャーに詰め寄るレミアを宥めていたはずのフェリアだった。
当のレミアは漸く諦めたのか、心配そうに隣の部屋を隔てる壁を見つめている。
その様子から、こちらの会話には全く気づいていないようだった。
「私は仕事柄父からこの世界の歴史を学んだが、そんな名前の戦争は聞いたことがない。おそらく、創世記……それこそ神話時代の話だろう」
「一概にそうとも言い切れないかもよ。ウィズダムは、ミルザが文献を回収したって言ってたから。ルビーちゃんが見つけた書物は羊皮紙だったって言うし」
少なくとも、文字を書く文化が誕生したあとに記された記録があるんじゃないかなと告げるペリドットに、フェリアは神妙そうな顔で頷いた。
「だが、どちらにしろ大変なのには違いないな」
「そうね。ミルザが本当に世界中回って文献を回収したとすれば、回収した文献はどうしたのか、それが問題になるわ」
今まで黙って話を聞いているだけだったベリーが、そこで初めて口を開いた。
「彼が何を目的でそんなことをしたのかわからないけど、もし、それを人には見せられないものだと判断してのことだとしたら、処分している可能性もあるもの」
それはこの場にいる誰もが敢えて考えないようにしていた、最悪の結論だった。
もし『聖域大戦』という言葉に、今まで自分たちが調べていた疑問の答えが、そしてネヴィルの言葉の答えがあるとしたら、ミルザが文献を全て処分していた場合、その答えには永遠に辿り着けないということになる。
時間を飛び越えることができれば、1000年前に戻ってそれを阻止できただろうが、魔力で飛び越えられるのはせいぜい空間が精一杯だ。
もしも残っているとすれば、それはウィズダムの言葉から察するに、『人間界以外の世界』ということになる。
「そうだとしたら、人の力で探すのには限界がありますよね」
「そうですわねぇ……って、ああっ!!」
いつの間にか参加していたティーチャーが困ったように告げたそのとき、それに同意の言葉を返そうとしていたはずのリーナが突然大声を上げた。
「うわっ!何?リーナちゃん」
「もしかしてウィズダム様の言ってらした図書館って、妖精神殿の書庫のことではありませんの?」
「あ!」
「そういえば……」
ティーチャーの家でもある妖精神の神殿には、確かに図書室があった。
おせいじにも大きいとはいえないけれど、王立図書館が違うのだとしたら、思い浮かぶのはもうそこしかなかった。
けれど、一瞬湧きあがった希望は、次の瞬間、あっさりと打ち砕かれた。
「残念だけど、それはないよ」
機体に胸を輝かせた全員が、一斉に声のした方を見る。
そこには呆れたような顔のタイムがいた。
その肩には、本当に申し訳なさそうな顔をしたティーチャーが立っている。
「あたしとティーチャーであらかた調べ尽くしたから。あったらとっくに言ってるわ」
「ああ……。それもそうですよね」
「すみません……」
「あ、ううん。ティーチャーさんが悪いわけじゃないですから」
沈んだ声で答えてしまったのが、責めているように聞こえたらしい。
ずーんっと沈んでしまったティーチャーに、声の主であるセレスが慌ててフォローを入れる。
しかし、シルラとミスリルの治療でだいぶ消耗したらしいティーチャーは、疲労で思考がネガティブになっているようで、タイムの肩に座ったまま俯いてしまい、何度声をかけても曖昧な返事しか返さなくなってしまった。
こうなってしまっては、一度休ませないと元に戻らないからと、タイムがそれ以上のフォローを止めさせる。
思わぬ失態に落ち込みかけたセレスの後ろから、妙に明るい声が聞こえてきたのはそのときだった。
「ミスリルちゃんもさぁ。リーフと2人で暴走しないで、こうやってみんなで話し合えばよかったのにねぇ」
それまでの会話と全く繋がらない、突然すぎるその言葉に、誰もがきょとんとペリドットを見る。
周囲の困惑に気づいているのかいないのか、彼女はそんな皆の様子を無視して暢気に続けた。
「まあでも、どうせこういう結論に至るんじゃあ同じだったってことかな?」
「ペリート?」
「結論に至るって、何が思いついたの?」
「うん」
ベリーとタイムの問いに、にっこりと笑って答える。
そう思った途端、ペリドットの顔から笑顔が消えた。

「あたし、マリエス様のところに行ってくる」

真剣な表情で告げられたその言葉に、一瞬答えることが出来なかった。
どうしてそんな話になったのか、誰もが理解できていないのだから、答えられるはずもない。
一通り皆の顔を見回すと、ペリドットは少し得意げに、にっこりと笑った。
「結局ウィズダムの言った大戦の手がかりはゼロなわけだし。だったらミスリルちゃんを助けることを優先に考えるべきだと思うんだ」
その言葉に、その場にいる誰もがはっと表情を変える。
最初は確かにネヴィルという悪魔と、その毒牙に倒れたミスリルの話をしていたはずなのに、いつの間にか話がずれていた。
その話の延長戦にあるように思えて、全く関係がないかも知れない戦争の話に摩り替わってしまっていたのだ。
だから、彼女はきっと、話を元の道に修正しようとして、発言したのだと思うのだけれど。
「それがどうして、マリエス様の所に行くってことに繋がるわけ?」
ミスリルを助けるのに、どうして精霊神の名が出てくるのか。
わからないわけではなかったが、その意味を確認したくて、ルビーは静かに問い返した。
「だってほら。ワクチン作るのって、その病原体からっしょ?ネヴィルの体の一部……たぶん血とか、体液がいいんだろうね。手に入れれば、ミスリルちゃんの治療もしやすくなると思う。けど……」
ふと、それまで笑顔だったペリドットの顔に影が落ちる。
「手に入れるためには戦わなきゃだけど、多分今のあたしじゃ勝てないもん」
ぎゅっと拳に力が入れたことに気づいて、ルビーはその赤い瞳を細める。
「それにほら。次に何かあったら、精霊神法貰えるの、順番的にあたしじゃん?ペリートちゃんとしては、その『何か』が今だと思うわけなんですよ~」
今まで『何か』に遭遇し、精霊神法を継承したのは、ルビーを除けば覚醒した順だった。
それを考えれば、確かに次はペリドットの番で。
それが今だと、彼女は言うのだ。
「で、みんなはどう思う?」
このまま自分だけが話していても、意見など得られるはずがないとでも言わんばかりに、笑顔のままでペリドットが尋ねる。
その問いにおずおずと口を開いたのは、タイムの肩に座ったティーチャーだった。
「正直、今の状態を継続したとして、ミスリルさんが回復するかどうかはわかりません。ここは、ペリートさんの考えにかけてみるのもいいんじゃないでしょうか?」
即ち、抗体を手に入れる必要があるとティーチャーは判断したのだ。
「まあ、少なくとも、手分けするのは賛成ね。追撃班と調査班、それから居残り班もあった方がいいと思うわ」
「居残り班もって、どうして?」
「いくらなんでも、仕事あのままにしとくわけにはいかないでしょう?学校側に事態を説明できるはずもないんだから」
「あ……!」
ベリーの言葉に、テーブルの上に山済みになっている書類を思い出し、セレスは思わず声を上げた。
アースでは今は1月。
全校が一丸となって入試の準備をしているところだ。
当然、理事部に持ち込まれる仕事も大量にあって。
だだでさえ人数が減って、去年よりも作業効率が落ちている。
ここで理事長であるミスリルに寝込まれた上に、自分たち全員が仕事を放棄したら、想像もしたくないほど業務が滞ってしまうのだ。
ルビーにも、その様子が想像できたのだろう。
ふうっとひとつ大きなため息をつくと、彼女ははっきりとした口調で言った。
「……わかった」
その言葉に、全員の視線がルビーに集中する。
「ネヴィルとかいう悪魔が何に、何処まで関わっているのか、あたしたちにはまるでわからない。だから今回は奴自身を追撃するチームと、関わっている可能性のある『聖域大戦』という出来事について調査するチームとの2組に分かれる。調査チームは全員で交代しながら理事部の仕事もこなすこと。それで異存ないね?」
ルビーの言葉に、全員が頷く。
ふと、1人足りないことに気づいて、ルビーは視線を動かした。
半周もしないうちに、先ほどと同じ場所に立ち尽くしたままのレミアの姿を見つめる。
ルビーのその視線に、フェリアもレミアが話を聞いていなかったことに気づいたらしい。
「レミア!」
「え?」
声をかけて漸く我に返ったらしいレミアの側に近寄り、手短に事情を説明する。
本気で話を聞いていなかったレミアは、初めこそ驚いていたけれど、すぐに同意の返事をくれた。
「わたくしも、出来る限りお手伝いいたしますわ」
「ありがと。でもリーナちゃんにだって仕事はあるでしょ?だから気持ちだけ貰っとく」
進んで申し出てくれたリーナを、しかしペリドットがやんわりと拒絶する。
街が大変なことになっている今、リーナがここにいられるのは、アールから直々にシルラの護衛を命じられたからだ。
自分たちに付き合って調べ物をするということは、その仕事を放棄することを意味する。
リーナ自身にそのつもりはなくても、周囲にはそう取られてしまうだろう。
それはリーナにとってもアールにとっても良くないことだとわかっているから、ペリドットは優しく、けれどはっきりと断った。
「それから、ルビー」
「ん?」
「追撃チームは、あたし1人でいいよ」
「えっ!?」
「な、何言ってるのよ、ペリート!1人で行くなんて、そんな危険なこと……」
「みんなだって、最終的には1人と変わんなかったでしょ?」
止めようとしたセレスの言葉を遮って、強い口調で尋ねる。
その言葉に少しの間逡巡する様子を見せた後、セレスとタイム、レミアの3人は黙り込んでしまった。
明らかに表情を強張らせた3人に短く謝ってから、ルビーに視線を戻す。
表情を変えずにやり取りを見守っていたルビーは、若草色の瞳が自分に向けられている事に気づき、炎の赤を宿した瞳をこちらへ向けた。
「ルビーの言うとおり、あたしたちと『敵』さんの間に何かパターンがあるとしたら、きっと今回も、最後はあたしとネヴィルって奴の一騎打ちみたいになると思う。だったら、追撃チームよりも調査チームの方に人手回した方がいいよ」
最終的に1人になるなら、最初から戦力を割かない方がいい。
その方が作業の効率は上がるだろうし、何より今後のためだ。
「それにルビーちゃんだって、なるべくなら自由に動けた方がいいっしょ?」
薄っすらと笑みを浮かべて尋ねれば、相手も苦笑したように表情を崩す。
「まあ、確かにね。ここ数か月で、あたしは事務仕事より情報収集の方が性に合ってるって、嫌ってほどわかったし」
「だったら、お願い」
ルビーが少しでも認める素振りを見せた瞬間、さらに奥へと踏み込んで、頭を下げる。
まさかそこまでするとは思っていなかったのだろう。
一瞬だけ驚いたように目を瞠ったルビーは、すぐに表情を緩めると、ふうっと息を吐いた。
「まったく……。あたし今日だけで何度幸せ逃がしてるんだか……」
自嘲じみた笑みを漏らしながら呟いたかと思うと、ルビーは顔を 上げ、にやっと何かをと企んでいるような笑みを浮かべた。
「いいよ。ミスリルの方はあんたに任せる。その代わり……」
「ちゃんと生きて戻ってこいでしょ?わかってるって」
ミスリルちゃんのときもそう言ってたしと、ペリドットはからからと笑う。
ふと、その楽しそうな笑顔が消え、滅多に見せることのない穏やかな笑みを浮かべた。

「……ありがとう」

ふんわりとしたその笑顔に、ルビーは一瞬面食らう。
どちらかと言うとムードメーカー的な属性を持つペリドットは、楽しそうな笑顔を浮かべることこそいつものことだが、こんな風に穏やかな笑顔を浮かべることはなくて。
その笑顔に、背筋に冷たいものが駆け抜ける。
「じゃあ、さっそく……」
「あ……」
くるりと背を向けようとするペリドットに、思わず声をかけようとしたそのときだった。
「ちょぉっと待ったぁっ!!」
突然真横から、思いも寄らない人物の声が飛び込んできたのは。
驚いてそちらに視線を向ければ、そこには何故か仁王立ちをしているリーフがいた。
「リ、リーフ?」
「な、何?リーフくん……」
「ペリート。俺も連れてけ」
「ええっ!?」
びしっと指まで突きつけて、頼んだ――というか、これは明らかに命令だ――彼に、ペリドットは思わず大声を上げる。
「あ、あのねぇ。こんなに近くにいて話聞いてなかったわけ?あたしは……」
「わかってるって。最後までついてこうなんて思ってねぇよ」
あっさりと返ってきたその返事に、ペリドットは面食らったような表情になる。
そんなペリドットを見て、気持ちを落ち着けるようにひとつ深呼吸をすると、リーフは先ほどの態度とは打って変わった申し訳なさそうな表情になった。
「ただ、前にミスリルが表面突破したからな。精霊神の間、いちいち呪文を使って無理矢理潜入する必要がなくなったんだ」
「へ?どゆこと?」
「つまり、ミルザの血縁に限り、俺とミューズが承認すれば、堂々と入口から中には入れるんだよ。俺たちも立ち会うことが条件だけどな」
ほんの数か月前、『虐殺の双子』と呼ばれた青年たちと戦わなければならなくなったとき。
精霊神に会う必要のできたミスリルは、転移呪文を用いて精霊神の間に侵入するという、他の仲間たちがやってきた方法を拒んだのだ。
あくまで正攻法でいきたいとリーフとミューズ兄妹に頼み込んで、さらにリーフが父王との謁見挑んで、何とか入室の許可を得たのだ。
以前話を聞いたときには、その場限りの許可だと思っていたのに、どうやらそうではなかったらしい。
もしかしたら、リーフとミューズが父王と交渉して、入室する権利を勝ち取ってくれたのかもしれない。
「だから俺も連れてけ。無断侵入して無駄な体力使うより、ずっといいだろう?」
「う、うん……、わかった。ありがと、リーフ」
問答無用といわんばかりのリーフの押しに、ペリドットは思わず頷いてしまう。
そのやり取りを見ていたルビーは、ペリドットをじっと見つめた後、仕方ないといわんばかりに息を吐き出した。
「まあ、そういうわけだから、ついでに王立図書館の文献、もう一度当たってくる。いいよな?ルビー」
「……はいはい、任せるよ。あたしらが行ったって、ホントのホントの最深部には入れてもらえないだろうからね」
「当たり前だ」
ぱたぱたと手を振って答えてやれば、どこか得意そうな返事が返ってきた。
鼻にかけたようなその言葉に一瞬むっとしたけれど、リーフは自分の地位をあからさまに自慢したことはないので、無意識な言葉なのだろうと判断し、怒りを収めることにした。
「よし、じゃあ早速行くよ!」
「ああ」
元気よく呼びかけたペリドットに答え、リーフが頷く。
そのまま出て行こうとした2人を、唐突に誰かが呼び止めた。
「ペリート!」
振り返れば、そこには心配そうな表情のセレスがいて。
不思議そうな視線を向ければ、彼女は少し戸惑ったように間を置いてから、真っ直ぐにこちらを見て告げた。
「十分気をつけてね」
「うん。ありがと、セレちゃん」
にっこりと微笑んでも、セレスの心配そうな表情は消えない。
それを疑問に思いながらも、ペリドットはその笑顔のまま右腕を振り上げた。
「じゃあ、行ってきます!」
出かける前に見せる、とびっきりの笑顔。
それを仲間たちに送って、ペリドットは目の前にある扉の取っ手を掴み、を勢いよく開いた。



ぱたんと、小さな音を立てて扉が閉まる。
ぱたぱたと軽い足音が遠ざかり、消えた頃、それを待っていたとばかりに口を開いたのはベリーだった。
「大丈夫かしらね、ペリート」
「心配?」
「まあね。ずいぶんらしくない笑顔してたし」
タイムの問いに、ベリーはほんの僅かに視線を落として答える。
普段は物静かではあるけれど、強気なベリーらしくない発言に、ルビーがからからと笑った。
「ミスリルがこんなことになったのは自分の決断ミスとでも思ってんでょ?」
「姉さん……。どうしてそんなに軽いの?」
「そりゃあ5人目だし?あんな顔見るの」
思いも寄らぬ発言に、全員がきょとんとルビーを見る。
ルビーはそんな視線など気にもしていないかのように話し続けた。
「まあ、あたしもそうだっただろうけどさ。セレスもタイムもレミアもミスリルも、自分が中心にいたときはああいう顔してたし?」
その言葉に、名を呼ばれた者たちが目を丸くする。
そんな周囲の反応に、ルビーは意外そうに目を丸くした。
「ありゃ?ひょっとしてみんな自覚なし?」
本当に意外そうな口調で首を傾げると、ルビーはにこっと笑った。
「だから今更心配してない。それに、ペリートはセレスとミスリルを近くで見てた分、自覚早いと思うしね」
そう言って笑うその顔や言葉には、ペリドットに対する信頼で溢れているのがありありとわかって。
一瞬ぽかんとした後、レミアははあっと大きなため息をついた。
「……あたし、ホントこういうときだけルビーのこと尊敬するわ……」
「ちょっとレミア!それどういう意味!?」
「言葉どおりの意味だけど?普段はとてもじゃないけど尊敬なんてねぇ?」
「……人のこと言えるのか、お前は」
「あっ!?フェリアっ!あんたどっちの味方よ!」
「別に」
「ちょっと!何その態度っ!ひどいんじゃないっ!?」
ぷいっと横を向いたフェリアを、レミアが怒鳴る。
一方最初に喧嘩を吹っ掛けたルビーは、レミアがフェリアに怒りを向けたことで置いてけぼりを喰らったらしい。
暫し呆然とした表情をしていた彼女は、もう一度大きな息を吐くと、思考を切り替えてリーナに話しかけ始めた。
唖然とした様子でこちらを見ていたリーナも、すぐに受け答えを始めてしまって、結局ベリーとセレスだけがその場に取り残されたような形になる。
そんな2人に、さっさと傍観体制に入っていたタイムがにこりと笑って話しかけた。
「まあ、とにかく。行かせちゃったんだから、あたしたちにできることは、ペリートが無事に帰ってくることを祈ることなんじゃない?」
「……そうですね」
その言葉に、何だか自分たちが心配しすぎているような気分になって、セレスはにこりと微笑んだ。
そんなやり取りを見ていたベリーも、仕方ないと言わんばかりに表情を崩した。

2006.07.06