SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter6 鍵を握る悪魔

6:古の悪魔

そもそもウィズダムとは、ゴルキドの妖精の森の奥深く、『竜の祠』の中で眠っていた土竜の化身に、数か月前ミスリルがつけた名前だ。
それをどうして、この子が知っている?

子供を見つめたまま固まってしまったペリドットを見て、少年はくすりと、楽しそうな笑みを浮かべる。
「不思議そうだね?おねえちゃん」
くすくすと笑いながら発せられた言葉に、ペリドットははっと意識を引き戻した。
「何で大地のおねえちゃんが『彼』につけた名前を僕が知っているか。驚いているのはそんなところ?」
首を傾げる動作は可愛らしいが、その瞳に宿る光には、無邪気さの欠片もない。
冷たい冷たい、青のかかった翠の瞳。
その瞳が唐突に伏せられたかと思うと、彼は「ふふふっ」と笑みを漏らしながら言った。
「簡単だよ。魂が覚えていたんだ」
「たましい……?」
「そう。僕たちの体に宿る、命の根源」
子供とは思えない、妖艶な笑みを浮かべて彼は語る。
「魂は全ての記憶と力を持っている。その魂がこの世に生み出されてから、今日までの全ての記憶と力を。ただ、その持ち主がそれを忘れてしまっているだけ」
腕を広げていて語る彼の瞳は、どこか遠い場所を見ているようだった。
まるで昔を懐かしむような目で語り続ける彼の言葉に、ペリドットの頭の中で警鐘が鳴る。
理由なんてわからないけれど、それ以上彼の言葉を聞いては駄目だと、そう思った。
そう意識が認識したそのときには、オーブを仕掛けるために、腕を振り上げていた。
「おっと!」
びゅんっと風を切って襲いかかったオーブを、子供は軽く体を横に反らして避けてしまう。
まるで舞うようなその動きに、ペリドットは思い切り舌打ちした。
「ひどいなぁ、おねえちゃん。人が話してるときに攻撃するなんて、マナー違反だよ?」
「本気の戦いにマナーなんてあるもんかっ!」
「ふふっ。そうだね。騎士様ならともかく、おねえちゃんは違うもんね」
くるりと回って両足を地面につくと、子供は無邪気な笑みを浮かべる。
そのとき、唐突に子供の背後から魔物の悲鳴が響いた。
「おや……」
驚いて視線を向ければ、先ほどまでミスリルを囲んでいた怪物たちがばたばたと倒れる。
その向こう――怪物の輪の中心だっただろう場所には、ウィズダムを従えたミスリルが立っているのが見えた。
掠り傷は負っているけれど、無事な様子の彼女にほっとする。
その途端、すぐ側から楽しそうな笑い声が聞こえた。
驚いてそちらを見れば、驚愕か悔しそうな表情を浮かべていると思われた子供が、本当に楽しそうに笑っていた。
「ふふふっ。ひっどいんだー。この子たちはみーんなこの街の住人なのに」
「……っ!けしかけた本人が何を……!」
無邪気な子供のようなその言葉に、拳を白くなるほど握り締めたミスリルが、苛立ちをぶつけるように叫ぶ。
ペリドットも、その顔にかつてない怒りを浮かべて子供を睨みつけた。
「まあ、それもそうなんだけどね。それより……」
そんな2人の言葉と視線を無視すると、子供は気持ちを切り替えるかのように息を吐き、ゆっくりと顔を上げる。
先ほどまでのわざとらしい無邪気な表情とは一変、子供とは思えない落ち着いた笑みを浮かべた彼は、本当に懐かしそうな口調で口を開いた。
「久しぶりだね、ウィズダム」
その途端、ミスリルの周囲を守護するように宙に浮いていたウィズダムの様子が変わる。
竜の姿であるからわかりにくいが、言葉で表すなら驚愕している、といったところか。
『その気配……』
「ウィズダム……?」
『貴様、まさか……』
「ご名答」
驚き、名を呼ぶミスリルの声を無視して、信じられないと言わんばかりの声で呟いたウィズダムに、子供はにこりと笑みを向ける。
その手が、ゆっくりと彼自身の胸に置かれた。

「僕の名前はネヴィル。今はネヴィル=デイヴィスとも呼ばれているけどね」

くすくすと笑いながら言葉が自分の名を名乗る。
その途端、ウィズダムの大きな目が見開かれたような気がしたのは、気のせいではなかった。
『何故……、何故貴様、私を覚えて……』
震える声でそう尋ねるウィズダムの、ただならぬ様子に、ペリドットとミスリルは思わず息を飲む。
心なしか、その体まで震えているように見える今の彼に、いつものような威厳は感じられない。
代わりに全身から滲み出ているこの気配は、怯え、だろうか。
「君の名前だけじゃないよ」
信じられない思いでウィズダムを見つめていた2人は、唐突に耳に届いた声に視線を戻す。
そこにいたのは、本当に楽しそうな、邪悪な笑みを浮かべているあの子供。
「僕は全部覚えてる。あの方のことも、イセリヤやルーズのことも、あの忌々しい女のことも。……そこにいるおねえちゃんたちのこともね」
くすくすと、変わらない笑みを浮かべたまま向けられた言葉に、ペリドットは思わず目を瞠った。
「あたしたち……?」
「あんた、何言って……」
『聞くなっ!!』
ミスリルが聞き返そうと口を開いたその途端、ウィズダムの怒声が飛ぶ。
その聞いたことのないびりびりとした空気を纏った言葉に、ミスリルとペリドットの肩が反射的にびくりと跳ねる。
「ウィズダム?」
『聞くな、2人とも!聞いてはならんっ!』
不思議そうに彼を見上げれば、ウィズダムはその東洋の竜のような長い体をますますミスリルを守るように動かし、彼女とネヴィルと名乗った子供の間に壁を造る。
あまりに必死なその姿を見ていたネヴィルは、耐え切れないといわんばかりに大笑いを始めた。
「止めるってことは知ってるんだ?そうだよねぇ。君が『彼女』以外と契約するはずないもんねぇ」
響く笑いは、事情のわからない2人にも嫌味にしか聞こえなかった。
ウィズダムにとっても、それは同様だったのだろう。
突然その体が光に包まれたかと思えば、それが収まったとき、そこにいたのは巨大な竜ではなく、1人の青年だった。
薄い光に包まれた彼は、その茶色の瞳でネヴィルを睨みつける。
『どういうつもりだ!?』
「何が?」
『何故今になって貴様が現れたっ!あの頃は何もしなかった貴様が、今になってっ!!』
人型になっても変わらぬ威厳のある雰囲気を纏ったウィズダムは、人型になった分怒りのわかる表情でネヴィルに言葉をぶつける。
いつになく必死な様子のウィズダムを、しかしネヴィルは馬鹿にしたような笑った。
「そんなの決まってるじゃん。あの頃の僕は何にも覚えてなかったからだよ」
そんなこともわからないのかと言わんばかりのその口調に、ウィズダムの怒りが煽られる。
しかし、それは次の言葉で一気に吹き飛ばされてしまった。
「けど、ミルザのミスが僕の記憶を呼び覚ました」
びくりと、ウィズダムの体が震える。
突然出た先祖の名前に、話についていくことが出来ず、ただ聞いているだけだったペリドットとミスリルは驚き、訝しげに眉を寄せた。
「ミルザ……?」
「あいつが、あんなミスをしてくれたおかげで、魂の中に残っていた記憶が全部外に出たんだ。まあ、そのときには全部遅くて……。だから待ってたんだ」
小さく呟いたミスリルの言葉に反応したかのように、ネヴィルが早口で自分のことを語る。
先ほど、ほんの少しだけペリドットに語った、『魂が覚えていた』という言葉。
少し変わっていたが、再び口にされたその言葉に、ペリドットの眉がますます寄せられる。
どうしても、その言葉が気になって仕方がなかった。
それが何故かは、全くわからなかったけれど。
そうやってペリドットが考え込んでいる間に、ネヴィルの話は進んでいたらしい。
にやりと笑った彼は、ウィズダムを見下すようにして言ったのだ。

「あの人がまた、こっちに出られるようになる時をね」

ペリドットとミスリルには、全く意味のわからないその言葉。
けれど、ウィズダムには、それが何を示しているのかが理解できたらしい。
途端に愕然とした表情になった彼に、ネヴィルは楽しそうに笑った。
「知らないとは言わせないよ、ウィズダム。君だって当事者のはずだよね?」
再びくすくすと嫌な笑い声を漏らしながら、ネヴィルは楽しそうに告げる。
その言葉に、ウィズダムはその白い拳を、爪が食い込むほどに握り締めた。
「一体何の話……?」
2人が言葉の応酬に熱中している間に口の中で転移呪文を唱え、一瞬でミスリルの側に移動していたペリドットが小声で尋ねる。
突然の出現に驚いたミスリルだったが、すぐに平静を取り戻すと、不思議そうに首を傾げた。
「さあ……?ミルザのことなんて、イセリヤとルーズのことくらいしか知らないし……」
そもそも何故ウィズダムがあの悪魔と知り合いなのかすらわからないのだ。
彼らが誰の話をしているのかなんて、まだ20年ほどしか生きていない自分たちにわかるはずがない。
「でもこれってさ。もしかしてルビーが気になってることの『答え』なんじゃない?」
ふと、ペリドットが呟いた言葉に、ミスリルははっと彼女を見る。
いつも以上に真剣な目をしたペリドットは、視線に気づくと「だってそうじゃん」と話を続けた。
「ルビーがインシングの歴史を調べようって言い出したの、あたしらの代だけ妙に『敵』さんが多いのが原因でしょ?」
ルビーは、以前レミアが戦ったエルザ=ソーサラーの行動が引っかかると、そう言ったのだ。
まるでルーズに習うかのように異世界にやってきて、自分たちを襲ったその行動。
きっかけはレミアが接触したことだったとしても、まるで引き合うかのようにして起こったそれが、引っかかるのだと。
そもそも、今まで何かに制御されるかのように一世代につき1人だった『敵』が、自分たちの代に限ってこんなに現れるのだろう。
それも、何らかの理由で、必ず最後は1対1の状態になっているのだ。
ルビー自身はイセリヤと、セレスはルーズと、タイムはロニーと、レミアはエルザと。
そして、それはあの双子と戦ったミスリルも同じだった。
「まるで法則があるみたい、か……。2人が話しているのが、その答え?」
「さあ?そこまではわかんないよ。でも……」
ペリドットの若草色の瞳が、未だ睨み合う2人に向けられる。
「聞き出してみる価値はあるかもね」
ぼそりと呟かれた言葉に、ミスリルは思わず睨み合う2人を見つめる。
いつからそうしているのか、言葉もなく、ただ顔をつき合わせている2人の間には、入っていけそうな雰囲気などなかったけれど。
「でもこのままってわけにもいかないじゃん?」
考えを読み取ったかのようなその言葉に、ミスリルは思わず息を飲んだ。
顔を向ければ、ペリドットは「ね?」と言って笑う。
ルビーといい彼女といい、普段は何も考えていないような言動をするくせに、どうしてこんなときばかり鋭いのだろう。
「それはそうだけど……。でもどうするつもり?」
ウィズダムがあれほどまでに警戒する相手だ。
下手なことをすれば、ただでさえ多大な被害が出ているこの周囲に、さらに被害が出る可能性がある。
「とにかく、あの子を街の外に追い出すよ」
言ったと思った途端に、ペリドットは何処に浮かべていたのか、オーブを引き寄せる。
ぼうっと光り出したそれは、おそらく彼女の発する魔力の影響を受けているのだろう。
「太陽よ。その灼熱の光を持って、汝の恵みを拒みし者へ裁きを与えん」
空に掲げるように浮かべられたオーブに、徐々に光が集まる。
まるで太陽から光を集めているようなその輝きに、ミスリルは思わず目を細めた。

「サンライトフラッシャーっ!!」

そのとき、それを待っていたかのようなタイミングでペリドットが発動の言葉を吐き出す。
瞬間、オーブが強い光を放った。
空高く掲げられた水晶球の光は、まるでルーペのように光を集めたかと思うと、ターゲットに向かい、それを一気にそれを放った。
「……っ!?」
強すぎる光が辺りを包み込む直前、ネヴィルと名乗った子供が、はっとこちらを見たのがわかった。
しかし、次の瞬間には、その姿は光の洪水の中に飲み込まれてしまい、彼がどんな表情をしていたのか、2人には見えなかった。
光が質量を持ち、石で舗装された大地を削る。
その影響で辺りには砂埃がこれでもかというくらいに舞い上がったけれど、ペリドットは決して目を閉じようとはしなかった。
役目を終えたオーブが、自分の側へと降りてくる。
それを目で確認せずとも感じた彼女は、ただ真っ直ぐに自分が攻撃した場所を見据える。
そのうち、薄れてきた砂埃の中で、何かがゆらりと動いた。
その瞬間、一瞬だけ強い風が吹いて、周囲を覆っていた砂埃を吹き飛ばした。
その向こうから現れた人物を見て、ミスリルがその茶色の瞳を大きく見開く。

「ふぅん。不意打ちなんて考えるね」

吹き飛んだ砂埃の向こうから現れた子供は、掠り傷ひとつ、負っていなかったのだ。
「効いてない……!」
「まあ、そうだろうなぁとは思ってたんだけどさ」
驚愕の声を上げるミスリルの横で、ペリドットは表面上冷静な声で呟く。
こんなことは予想済みだ。
だって、ルーズも似たような感じだったのだから。
ふうっと息を吐くと、内心の動揺を隠してびしっと指を突きつけた。
「さっきから一体何の話してるわけっ!?あたしたち、ホントさっぱり何にもわかんないんだけどっ!!」
「話が繋がってないよ、おねえちゃん」
「う、うるさいなあ!繋げられないような話してんのが悪いんじゃんっ!!」
あまりにも子供っぽい主張だけど、普段の自分はこんなのだから、今更気にしない。
「文句言うなら、もっと万人にもわかりやすい話してよね!」
「ふうん?していいんだ?」
はっきりとそう言葉をぶつけた途端、ネヴィルはにたりと、本当に嫌な笑顔を浮かべた。
その嫌悪感に、ぞくりと背筋を冷たいものが走り抜ける。
こちらのそんな反応を悟ったのか、一瞬の間の後、ウィズダムが叫んだ。
『ネヴィルっ!!貴様っ!!』
「あっはは。何で怒るのかな、ウィズダム?おねえちゃんが知りたいって言ったんだよ?教えてあげるべきじゃないのかな?」
まるで言えるはずがないと言わんばかりのその言葉に、ウィズダムがその表情を崩し、ネヴィルを睨みつける。
歯軋りさえ聞こえそうなその表情に、ペリドットは思わず眉を寄せた。
「まあ、言っても、今は人間であるおねえちゃんたちには信じられないだろうけどね」
くすくすと笑うネヴィルの表情に、子供の面影など既にない。
まだ幼い顔立ちは完全に歪み、ただ相手の状況を嘲笑う悪魔がそこにいた。
「……っと」
ふと、その表情が消え、空を見上げる。
次に顔をこちらに向けたとき、そこには笑顔を浮かべた無邪気な子供がいた。
「あれれ~。もう時間みたいだ。僕はもう行かなくちゃ」
『逃げる気かっ!!』
「逃げて欲しいんじゃないの?君の心情的にはさ」
くすりと漏らされた笑みに、ウィズダムは思わず押し黙る。
言い返せない歯痒さに、人を超越した種族であるはずの彼の顔が歪むのが、ネヴィルにはとても面白いようだった。
「まあ、僕にも僕の計画があるし。今は君に思うとおりにしてあげる。けど……」
ふと、ネヴィルの顔から笑みが消え去る。
その途端に感じた悪寒に、ペリドットは体勢を低くし、オーブを側へと呼び寄せた。
こちらのそんな様子に気づいたのか、ネヴィルがくすりと笑う。
まるで嘲笑うかのようなその笑みに、思わず眉を寄せたそのとき。

「邪魔されたら困るから、君のパートナーは奪わせてもらうけどね」

不敵なその言葉と共に、ネヴィルの姿が掻き消えた。
『な……っ!!?』
「え……っ!?」
それが転移呪文だと気づいたのは、一瞬あと。
近くに気配を感じて、側にいるはずのミスリルを振り返ったときだった。
「ミスリルちゃんっ!!」
あの子供の姿が、いつの間にかミスリルの目の前にあって。
「ん……っ」
茶色の瞳が大きく見開かれると同時に、ネヴィルの唇が、彼女のそれを塞いだ。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
気づけば、何か水の音みたいなものが、耳に入ってきて。
ばしっと、強く肌を叩く音と同時に、小さな悲鳴が聞こえて、漸く我に返る。
視線を向けた先には、真っ赤な顔で目の前の敵を睨みつけるミスリルと、にやりと笑って口元を拭うネヴィルがいた。
「おおっと。怖い怖い」
余裕の表情を浮かべたまま、恐怖なんて全く感じていない顔でそう呟いたネヴィルを、ミスリルがぎっと睨む。
その目の端に、涙が浮かんでいるように見えたのは、きっと気のせいではないはずだ。
それでも気丈な態度は崩さずに、意気込んで怒鳴り返そうとした、そのときだった。
「一体何のつも……」
不自然に言葉が切れたかと思うと、その場にがくんと膝をついた。
「ミスリルちゃんっ!?」
『ミスリルっ!?』
手をつくことなく倒れそうになる体を、辛うじて受け止める。
「ミスリルちゃんっ!?どうしたの!?ミスリルっ!?」
「……っ」
覗き込んだミスリルの顔は蒼白で。
目を見開いたまま胸と喉を押さえた彼女は、何度も咳き込みながら、必死に何かを吐き出そうとしているように見えた。
その様子を見て、ペリドットははっと表情を変える。
「まさか、何か飲まされたのっ!?」
『ネヴィルっ!!貴様ぁっ!!』
尋ねた瞬間、ウィズダムの怒りに染まった声が耳に届いた。
その途端、心底おかしそうな子供の声が耳を突く。
あまりにも耳障りに聞こえたその声に、ミスリルのことを心配しつつも眉を寄せた。
「油断してたそっちが悪いんだよ。僕のせいにされてもなぁ」
「お前の天敵はオーサーのはずだろうっ!!何故ミスリルを狙うっ!!」
「ううーん。昔関係があったってだけで、天敵ってわけじゃないし?大地のおねえちゃんには、もともと消えてもらうつもりだったし」
何か、2人が重要なことを口走ったような気がした。
けれど、そんな思いは、ネヴィルの口にした『消えてもらうつもりだった』という言葉に、あっさりとかき消される。
ぎっとネヴィルを睨みつければ、視線に気づいた彼はけたけたと笑った。
「だっておねえちゃん薬師でしょう?せっかく薬師を父親にして、いろいろ病気引き起こす薬作らせたのに、解毒剤なんて創られちゃったら困るんだもん」
にっこりと笑うその顔は、何も知らない者が見ればかわいいと言うだろう笑顔。
しかし、ペリドットはもう、その笑顔を可愛いとか無邪気とか――そんな風には思わなくなっていた。
「ああ、でもそんなこと言ったら、ミルザの血を引くおねえちゃんたち全員邪魔だからねぇ。きっともうパターン化しちゃってるだろうけど、どうせだから今回も1人ずつ消えてもらおうかな」
「あんた……っ!?」
とんでもないことを口走ったネヴィルを、我を忘れて睨みつける。
それでも、苦しみ、声にならない呻き声を上げるミスリルを抱きしめた腕から力を抜こうとは思わなかった。
「あっはははっ!お友達殺されたくなかったら、早めに手を打っておいた方がいいよぉ?まあ、僕は異世界には行けないから、こっちに来なければ手は出せないけどねぇ」
楽しそうに、本当に楽しそうに笑って、ネヴィルはふわりと空へ浮き上がる。
足から離れたその影の背に、ネヴィル自身は持たない翼のような影が現れる。
「まあ、その間に、僕は計画を進めさせてもらうけど」
その影とは違い何も背負わない子供は、くすくすと笑うとウィズダムを一瞥した。
ミスリルの意思を失い、何もできなくなったウィズダムは、ただ悔しそうにネヴィルを睨みつけていて、それが一層彼の優越感を誘ったらしい。
「じゃあね。おねえちゃんにウィズダム。せいぜい足掻いて僕を楽しませてよ。あっははははっ!」
子供のような、残虐な悪魔のような笑いを残して、子供の姿が赤く染まり始めた空へと消えていく。
後の残されたのは、どうしようもない怒りを抱えたペリドットとウィズダム。
そしてかつて人間だった化け物たちに殺された、無残な亡骸だけだった。

2006.07.01