SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter6 鍵を握る悪魔

29:宣告

「……レミアちゃんっ!?」
目の前に広がった、深緑色の髪。
透き通った青は、彼女が好んで視につけている丈の長いシースルーの上着だった。
精霊が創ったと言われているそれは、布だと思えないような透明感を持ち、風に揺れている。
緑色の刀身が、ネヴィルの刃を弾き返す。
反動でほんの少しだけ後ろに下がった彼女は、こちらを振り返らずに怒鳴った。
「慣れない奴が、剣なんて使うんじゃないわよっ!」
「ご、ごめん……」
その強い口調に、思わず謝る。
その途端、髪と同じ深緑色の瞳に睨まれたような気がして、体が竦んだ。
「へぇ……。もうあの子たち、倒しちゃったんだぁ。すごーい」
くすくすと笑う声に、我に返る。
その途端、レミアの怒気が自分ではなく、目の前の敵に向けられたのが気配でわかった。
「ふんっ。なめないでよね。使える手なんてたくさんあるんだから」
「みたいだね」
ネヴィルの視線が、周囲を見渡す。
僅かに首を動かして一巡りしたそれは、レミアに戻るとぴたりと止まった。
「でも、何処まで持つかなぁっ!?」
にたりと笑ったかと思うと、ネヴィルが突然地を蹴る。
手にした剣を振り上げた相手は、真っ直ぐにレミアに向かって突っ込んできた。
「レミアちゃんっ!!」
咄嗟に名前を呼び、手を伸ばす。
けれど、その手はレミアに届く前に止まった。
ペリドッドがレミアを庇うより先に、ネヴィルの体が横に吹き飛んだのだ。
吹き飛んだネヴィルが、勢いよく民家の壁に叩きつけられる。
それが魔力によるものだと気づいたのは、それに追い討ちをかけるかのように氷の刃がネヴィルの体に降り注いだからだった。
「その人だけではない」
ざっと大地を踏みしめる音と共に、凛とした声が聞こえる。
無意識のうちに振り返れば、そこにいたのは茶色の髪を持つ少女。
「私がいることも忘れるな」
「ミューズちゃん!」
青い光を纏った剣をネヴィルに突きつけるようにして向ける。
いつもの敬語ではない、人を突き放すような口調。
ミューズがそうやって話すのを見るのは、初めてではない。
騎士として、王族として振舞うとき、彼女は普段の穏やかな口調を捨て、厳しい口調になる。
それを知っていたから、その変化に対しては、驚いていなかった。
驚いたのは、逃げてほしいと伝えたはずの2人が、自分を庇ったことだった。
「ペリート!」
背後から呼ばれ、はっと振り返る。
見れば、そこにはいつ側に来たのか、真剣な表情を浮かべたセレスがいた。
「セレちゃん……!」
「あの2人は、時間稼ぎをするつもりなの」
顔を寄せ、声を潜めて言われた言葉が、一瞬理解できなかった。
「だから、その間に準備して」
聞き返す間もなく囁かれた言葉も、すぐには理解できなくて。
「準備って……」
漸く聞き返した途端、セレスは薄く微笑んだ。
「精霊神法、教えてもらったんでしょう?」
その言葉に、はっと目を瞠る。
それは、先ほどからどうやって使おうか悩んでいた呪文。
1人では、使いたくても使えなかった呪文のことだった。
「で、でも……」
「私が結界を張ります」
ペリドッドの言わんとしていることがわかっているとでも言うように、はっきりと告げる。
その言葉に、俯きかけていたペリドッドは勢いよく顔を上げた。
「何処まで範囲を広げられるかはわからないけれど、しないよりマシでしょう?」
「セレちゃん……」
「大丈夫。私の全力で、呪文を受け止めるわ。だから、あなたも全力でやって」
セレスの顔から、微笑が消える。
他の人間は持つことのない、彼女だけに許された黄色の瞳が、真っ直ぐにネヴィルを睨んだ。

「でなきゃ、あいつは倒せない。きっと……」

その言葉には、確信が込められていた。
理由なんてわからない。
けれど、セレスがそう感じていることだけは、はっきりと感じ取れた。
自分も同じことを感じていた。
あの呪文でなければ、そして全力を出さなければ、きっとネヴィルは倒せない。
「でも……」
「ルーズのとき、あなたは私を支えてくれた」
その言葉に、ペリドッドは足元に落としかけていた視線をセレスへ戻す。
真剣だったその顔が、こちらを向いた途端にふわりと微笑んだ。
「あなたが一緒じゃなかったら、私、きっとあの人と戦えなかった」
あのときのセレスは、ぼろぼろだった。
仲間がみんなルーズに攫われて、そのルーズに恐怖を感じて、怯えていた。
けれど、彼女は立ち上がった。
リーフに支えられて、戦い続けた。
「あの時、あなたがリーフさんのところに連れて行ってくれていなかったら、きっと私、戦えなかった。……ううん、それだけじゃない。もしかしたら、私はここにいなかったかもしれない」
セレスの言葉に、はっと顔を上げる。
痛みを感じているかと思った彼女は、笑っていた。
気にしている様子もなく、ただ穏やかに、優しく微笑んでいた。
「だから、今度は私に手伝わせて。ね?」
「セレちゃん……」
にっこりと笑うその顔を見て、思わずため息をつく。
自分は、そういう純粋な瞳に弱いのだ。
こんな風に期待に満ちた目で見つめられたら、断ることなんて出来るはずもない。
「……なんか倍以上で返してもらっちゃってるみたいなんだけど……」
「そんなことないわ。私としては、これくらいじゃ足りないと思ってるくらいだもの」
「うーん……?あたし、あのときそんなにお礼されるようなことしてないと思うんだけど」
「いいえ。いろんなこと、たくさんしてもらったわ」
特に思い当たることがなくて、首を傾げる。
そんなペリドッドを見て、セレスはくすくすと笑った。
「だから、今度は私の番。ね?」
にこりと微笑んだセレスの瞳が、じっと自分を見つめる。
そこに宿った強い意志の光に、一瞬、ほんの一瞬だけ、見とれた。
彼女は、強くなったと思う。
能力だけではない。
心も、ルーズと戦った頃より、ずっと強くなった。
自分よりも、ずっとずっと強く。
「……うん、わかった」
これだけ強い瞳に見つめられて、その好意を断れるはずがなかった。
「頼んじゃう。お願いね、セレちゃん」
「ええ、任せて」
笑顔でそう返せば、セレスもまたにこりと微笑む。
僅かな時間笑い合うと、2人は笑みを消して立ち上がった。
セレスはその場から動かずに杖を翳す。
そのまま呪文を唱え出した彼女に、小声で礼を言ってから、辺りを見回した。
目当ての人物――ウィズダムはすぐに見つかった。
少し離れた場所で腕を組み、じっとレミアたちがネヴィルと戦う様子を見ている。
「ウィズダム!」
側に落ちていたオーブを呼び寄せながら、呼びかける。
茶色の瞳がこちらを向いた。
それにほんの少しだけ安堵しながら、彼の側へと駆け寄った。
「あたしをどっか近くの屋根の上に運んで!」
『何?』
側に寄るなり口にした願いに、ウィズダムが怪訝そうな表情をする。
『何故私がそんなことを……。そもそも、そんなことをしてどうするつもりだ?』
「だって、ここじゃ集中できそうにないんだもん!」
ばっと両手を広げて、はっきりとそう言い切った。
後方では、セレスが杖を掲げ、呪文を詠唱している。
その先では、レミアとミューズが、ネヴィルの気を引きつけようと必死に剣を振るっていた。
2人を相手にしながらも、ネヴィルの視線はちらちらとこちらに向けられている。
おそらくは、こちらの様子を窺っているのだ。
2人に少しでも隙があれば、それを突いてこちらに向かってくるために。
「もしも詠唱中にネヴィルにこっちに来られたら、きっと失敗する……。そうなったら、こんな強力な呪文、制御できるかどうか、わかんない」
詠唱の途中で邪魔をされたら、初めての呪文だ、失敗する可能性は高い。
ただ単に魔力が散り、効力がなくなるのならいいが、もしも暴走した場合、この地区だけではなく、王都全体を飲み込んでしまう可能性だって否定できない。
そんなことになれば、仲間たちだけではなく、アールやリーナも巻き込んでしまうことになる。
「だから、少しでも離れたところで、あいつがすぐ来られないような場所で、やりたいんだ」
『だからと言って、私がそんなことをする理由は……』
「お願いします!」
断ろうとしたウィズダムの言葉を遮り、勢いよく頭を下げる。
突然のその行動に、彼は思わず口に仕掛けた言葉を飲み込んだ。
「絶対に成功させなきゃならない!あたしに時間をくれたセレちゃんたちのために!何より、ずっと待っててくれてるミスリルのために!」
ミスリルの名を口にした途端、ぴくりとウィズダムが反応する。
彼女の名前を出せば、彼が興味を示してくれることは、ここ数か月の付き合いでわかっていた。
だから、卑怯だとわかっていても、彼女に襲い掛かる危機の可能性を強調する。
そうすれば、きっと力を貸してくれると、わかっていた。
「もしもここであいつを逃がしたら、またミスリルちゃんに何かしてくるような気がする!だから、絶対に……!」
『……わかった』
ぽつりと、本当に呟くように答えが返ってきた。
「……ホントに!?」
『ああ。仕方あるまい』
思わず勢いよく顔を上げて訪ねれば、少し伏せられた茶色の瞳がこちらを見下ろす。
その瞳は、すぐに元の高さに戻され、ネヴィルへと向けられた。
『お前の言うとおり、確かにあいつはこんなことで諦めるような奴ではない。ここで逃がしたら、確実にまた何かを仕掛けてくる』
はっきりと断言するウィズダムには、確信があるようだった。
それを不思議に思うより先に、ウィズダムの視線が再びこちらに向けられる。
『これ以上、眠る主を危険に晒すのは、私とて本意ではないからな』
「ウィズダム……」
ふっと微笑む彼の顔に、思わず見入る。
その瞳には、純粋な光が浮かんでいた。
彼は、ただ主と呼ぶミスリルを守りたいだけなのだろう。
けれど、そのためとはいえ、こちらのわがままを聞くと言ってくれた。
それが、本当に嬉しかった。
嬉しかったから、ペリドッドも素直に笑顔を見せて言ったのだ。
「……ありがとう」
手伝ってくれると言ってくれた彼に、感謝の気持ちを込めて。



『ここでいいのか?』
「うん、ありがとう」
近くにあった家の中から、ダメージの少ない家屋を選んで、その屋根に降りる。
それはたまたま、この辺りでは一番といえる大きさを持つ家だった。
屋根の上に降ろしてもらい、辺りを見回す。
先ほど立っていた場所のちょうど反対側に位置するここからは、レミアたちの戦う通りがよく見えた。
「ウィズダム。ついでにもうひとついいかな?」
『何だ?』
くるりと振り返り、まだそこにいたウィズダムに声をかける。
不機嫌そうな返事に一瞬怯んだけれど、それを押し隠し、真っ直ぐに彼の目を見た。
「セレスを手伝って上げて欲しいの。これから、結界を張るって言ってたから」
『結界を?』
「うん。少しでも、街への被害を減らしたいから」
『わざわざそんなことをするのか』
「当然だよ。この地区には人はいないけど、他のトコにはいるんだもん」
この地区には、ネヴィルが戻ってきた時点で避難勧告が出ている。
だから、ここは無人だ。
先ほどの人工悪魔のように、ネヴィルの支配下に置かれてしまった者以外は、誰もいない。
けれど、他の地区は違うのだ。
この国の宮廷魔道士たちが張った結界の外の地区には、人がいる。
「あたしたちの勝手で巻き込めないよ。そんなことして勝ったって、誰も喜ばない」
敵を1人倒すためだけに、街をひとつ犠牲にはできない。
そんなこと、許されていいはずがないのだ。
「ミスリルちゃんも、同じこと言うと思う」
駄目押しをするために、最後に一言、ぽつりと決定的な人物の名前を出す。
『……わかった』
案の定、ほんの僅かの間を置いて、ウィズダムが肯定の答えを返した。
『主に見限られては困るからな。お前の頼み、聞き受けよう』
「ありがと、ウィズダム」
ほんの少しだけ申し訳なさを感じて、礼を告げる。
すると彼は、珍しく大きなため息をついた。
『ここまで協力するのは、今回が最後だ。覚えておけ』
「うん、わかった」
『ではな』
素直に頷くと、彼はふわりと浮かび上がった。
もう一度こちらを一瞥すると、勢いよくその場を飛び立つ。
彼が仲間たちの下へ戻っていくのを見送ると、ペリドッドはふうっと大きなため息をついた。
「みんなが手伝ってくれてるんだ。絶対に、これで終わりにする」
自分の言い聞かせるように、呟く。
ゆっくりと腕を持ち上げる。
手を真っ直ぐにネヴィルの方へ向けると、そのまま大きく息を吸い込み、詠唱を始めた。
公用語ではないその言葉を紡いでいくのに合わせ、掌に魔力が集まってくる。
暖かいとも冷たいとも感じないその光が大きくなると共に、周りの空気がびりびりと震え出した。
ある程度の詠唱を完成させると、いつものように側に浮かせていたオーブを呼び寄せた。
手の先に集まった光を、オーブが吸い込む。
一瞬だけ光が消えたと思った次の瞬間、今度はオーブが光を放ち始めた。
もう一度、大きく息を吸い込む。
瞳を閉じて、意識をオーブに集中する。
そして、再び開いた口から紡がれたのは、この時代に使われている言葉。
「……祖は全ての終わりを司る父。祖は全ての始まりを司る母」
公用語で紡がれるその言葉は、不思議な響きを持って辺りに響く。
「終焉と誕生を司る者。全てのものを統べ、動かす汝に、今願う。我がその力、水晶に宿り、我に力を貸し与えん」
オーブの光が、一層強くなる。
色を持たないそれが、大きく膨らみ、中心にある水晶球を隠してしまう。
「ペリートっ!!」
ふと、レミアの声が聞こえた気がして、目を開いた。
見れば、先ほどまでいた場所から、何かが勢いよく飛び出してくる。
背中に黒い翼を生やしたそれは、先ほどまで彼女たちが足止めをしていてくれたネヴィルだった。
魔力の高まりに気づいて2人を振り切った彼女は、珍しく焦りの表情を浮かべている。
心の中に、焦りが生まれる。
それを押し殺して、意識をオーブへと戻した。
「その力、水晶に宿り、我が前に立ち塞がりし者を打ち破る力とならん!」
最後の一文を紡いだ途端、オーブを包んだ光が一層強くなった。
伏せていた瞼を開ける。
必死の表情でこちらに向かってくるネヴィルを見据えて、腕を振り上げた。

まだネヴィルは側まで来ていない。
今ならまだ、間に合う。

「デフィートクリスタルっ!!」

突き出した腕をさらに突き出して、最後の言葉を口にする。
その瞬間、水晶を包んだ光が弾けた。
弾けた光は、一直線にネヴィルに向かっていく。
「ひっ!?」
ペリドッドのすぐ側まで迫っていたネヴィルが、一瞬動きを止めた。
そのまま避けるかと思ったが、もう遅い。
元の場所にいたのならば、距離があったから避けることが出来たのかもしれない。
けれど、その距離は彼女自身が縮めた。
詠唱を止めようと飛び込んできたその行為が、彼女にとって致命的になったのだ。
「う、ああああぁあああぁぁぁ……っ!!!」
咄嗟に体を反転させ、逃げようとしたネヴィルに、光が追いつく。
光はそのままネヴィルを飲み込み、弾けた。



爆風が辺りを包む。
慌てて腕で顔を覆って、辺りを見回した。
まだ見渡すことは出来ないけれど、周囲の家々はほとんど崩壊していないようだった。
これだけの呪文が使われたのだ。
普通ならば、街が丸ごと吹き飛んでしまったって不思議はない。
これもセレスとウィズダムのおかげだ。
2人が結界を張ってくれていなければ、ここまで被害を抑えることは出来なかった。
ふうっと息を吐いて、肩の力を抜く。
いつの間にか側に浮いていたオーブを引き寄せて、抱きしめる。
「……終わったぁ……」
全てが終わったことを実感したくて、息と共に言葉を吐き出した。
高ぶった心を沈めて、顔を上げる。
まだ爆風は完全に収まってはいなかったけれど、いつまでもここにいても仕方がない。
そう思い、仲間の下へ戻ろうとしたそのときだった。
目の前の砂煙の中から、突然何かが飛び出してきた。
がしっと肩を強い力で掴まれて、それが人の腕だと気づく。
一瞬何が起こったのかわからなかった。
けれど、次の瞬間目の前に現れた顔を見て、息を呑む。
「……ネヴィルっ!?」
それは、先ほどの呪文に飲まれた人物の顔。
完全な形を保っていないそれが、肩を掴む腕と共に砂煙の中から現れたのだ。
目の前に現れた崩れた顔が、くすくすと笑う。
肩を掴んでいない、血まみれの片手が動けずにいるペリドッドの頬に添えられた。
「……まさか、これを知ってるとは、思わなかったよ……。あの本で、全部だと思ってたから……」
ぎろりとした目がこちらに向いた途端、体が竦んだ。
その顔の酷さに、思わず吐き気がこみ上げ、目を逸らしたくなる。
けれど、何故か口を覆うことも顔を逸らすことも出来なくて、ただ真っ直ぐにこちらを見詰める濁った瞳を見つめていた。
「あの時と、同じ……。また僕は……あんたのこれで、殺される……。でも、ね、もう遅いんだ……」
頬に添えられた手が動く。
その途端、感じた痛みに小さく悲鳴を上げた。
それを聞いた途端、目の前の顔が笑う。
本当に嬉しそうに、楽しそうに。
「もう、遅い。僕を殺したって、終わらない。だって、準備は全部……終わっているんだから……」
頬に添えられた手が、ゆっくりと下に下りてくる。
胸まで下りたそれは、心臓の側までくると、ペリドッドの体を強く押した。
まるで心臓を握り込むかのような動作に、何もされていないはずなのに、胸が苦しくなる。
思わず表情を歪めた途端、ネヴィルは笑った。
ペリドッドの嫌いな、あの歪んだ顔で。
「せいぜい足掻けばいい……足掻いて、あの方に、殺され、て……まえ……」
最後の言葉を言い終わるか終わらないかのところで、突然ネヴィルの体から闇が湧き出した。
一気に外へと流れ出たそれは、ネヴィルの体だけを包んで行く。
全てが飲まれたと思った瞬間、空気を震わせ、それは消えた。
空に溶け込むように、足元から消えて行った。
痛みが消えたと思った瞬間、足から力が抜ける。
咄嗟に力を戻すことが出来ないまま、ペリドッドはその場に座り込んだ。
「ペリートっ!!」
すぐ側で聞き慣れた声がして、ゆるゆると顔を上げる。
いつの間にか自分の前には影が出来ていて、目の前に誰かが立っていた。
「ペリートさんっ!大丈夫ですか!?」
「……へ?あ、ああ、うん」
ミューズに声をかけられて、漸く我に返る。
ふるふると辺りを見回して、漸く砂煙が晴れていることに気づいた。
「ペリート、本当に大丈夫?」
レミアに肩を掴まれた途端、無意識に体がびくっと跳ねる。
その反応に、彼女は慌てて手を引っ込めた。
「ペリートさん?」
「大丈夫?もしかして、あいつに何かされた?」
「へ?あ、ごめん。ホントに、大丈夫だよ……。大丈夫……」
口ではそう言っておきながら、本当は大丈夫ではないとわかっていた。
何もされなかったけれど、あの恐怖がまだ、体に残っている。
突然肩を掴まれ、頬を撫ぜられた。
そのときの恐怖が残っているから、レミアの手だとわかっているのに、体が無意識に反応してしまう。
「……ごめん。ちょっとだけ待って。そしたら、大丈夫だから……」
ぎゅっと体を抱きしめて、懇願する。
そうすれば、無理強いはよくないと判断したのか、レミアは素直に頷いてくれた。
「……ありがと」
ちゃんと伝える勇気はなかったから、俯いたまま、小声で礼を口にする。
見えなかったけれど、側にいる仲間たちが笑ってくれた気配がして、ほんの少しだけ安心した。
「それにしても……」
ミューズの声が聞こえて、視線だけを上へと向ける。
辺りを見回した彼女は、側にいるウィズダムへ顔を向けた。
「これで、あの悪魔は倒せたんでしょうか?」
『それは間違いない』
ミューズの問いに、ウィズダムがはっきりと答える。
『あれの気配が消滅した。もうこの世界の何処にも、奴はいない』
はっきりとウィズダムが断言をする。
人ではない彼だからこそ、その言葉には説得力があり、ペリドッド以外の3人はほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、終わったんですよね……?」
「ううん。終わってない」
それは、ほとんど無意識だった。
セレスの、呟きに近い言葉に、はっきりと否定の言葉を返す。
突然口を開いたペリドッドの驚いたのか、4人の視線が彼女に集中する。
「終わってないよ。たぶん、何も」
体を抱きしめたまま、ゆっくりと立ち上がる。
怯えの消えた若草色の瞳が、ゆっくりと空を見上げた。
ネヴィルを飲み込んだ闇が消えていった、その場所を真っ直ぐに見つめる。

あいつは言った。
もう遅い。準備は全て終わっていると。
もしも、その言葉が本当ならば、まだ何も終わっていない。

「終わったどころか、もしかしたら、これから始まるのかもしれない……」

自分たちが想像もしていなかった何かが、どこかで動いている。
それがこれから、本格的に動き出す。
それは一体何なのかわからないけれど、放っておくことができないものだという確信だけはあって、ペリドッドは無意識のうちに、拳を強く握り締めていた。

2008.01.14