SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter6 鍵を握る悪魔

28:舞い降りた竜

「おっと……っ!」
突然飛んできたオーブを、ネヴィルは何の苦もなく避ける。
それが無性に腹が立って、オーブが戻ってくるのを待たずに大地を蹴った。
「うわっ!?」
流石に驚いたのか、ネヴィルが声を上げて後ろへ飛ぶ。
それを容赦なく追いかけて、手の中に戻ってきたオーブに呪文をかけた。
「ソードっ!」
手の中で、光に包まれたオーブが形を変える。
上下に伸びたそれは、ペリドッドがしっかりと握った瞬間、色を持った。
光はガラスのように散り、代わりに中から現れたのは、白銀に輝く刃を持った剣。
剣術なんて、見よう見まねでやったことがあるだけだ。
けれど、体術で目の前の敵に敵うとは思っていなかったから、武器の形を変えた。
両手で握り締めた剣を、思い切り振り下ろす。
軽々と避けたネヴィルは、ペリドッドが手にしたそれを見て目を丸くした。
「すっごーい。人間でもそれってできるんだぁ」
くすくすと笑うネヴィルに対して、言葉は返さない。
返せば、その分調子に乗ることはわかっている。
「あれれ?もしかして、本気で怒っちゃったのかなぁ?ふふふっ」
だが、言葉の代わりに返した視線が、十分返事になってしまったらしい。
ネヴィルは本当に楽しそうに、嬉しそうに笑った。
「いいなぁ。その目、最っ高!」
「うるさいっ!!」
その言葉が、言い方が気に食わなくて、思い切り怒鳴り返す。
けれど、そんな行動は何の意味も持たず、逆にネヴィルを上機嫌にさせるだけだった。
「いいないいな。楽しくなってきた」
くすくすと笑いながら、ネヴィルが舞う。
攻撃を仕掛けるペリドッドがいなければ、それはまるでダンスでもしているかのようだった。
「だって、またあの時みたいになってきたんだもんっ!」
ぱちんとネヴィルが指を鳴らした。
思わず身構えたその瞬間、近くの家の扉が乱暴に破壊される。
内側から吹き飛ばされたそれに、思わず見入る。
立ち上った砂埃の中からそれが現れた瞬間、ペリドッドはその目を大きく見開いた。
「な……っ!?」
破壊された扉の向こうから現れたのは、以前ここに来たときにこの地区に溢れた、あの人工悪魔。
もうここにはいないと思っていたそれの出現に、一瞬頭が真っ白になる。
それを現実に引き戻したのは、直後に上がった悲鳴だった。
はっと視線を戻せば、仲間がいつの間にか溢れ出てた怪物たちに囲まれていた。
「な、何よっ!?こいつらっ!?」
「まさか、この人たちが……っ!?」
「そう。僕の『父さん』が作った薬を飲んだ人たち。まさか、あれで全部だと思ってた?」
「……っ!?あんた……っ!!」
くすくすと笑いながら言うネヴィルを、ぎっと睨む。
もしも視線で人が殺せるのならば、きっとネヴィルを射殺せるくらいに、強く。
その視線も、実際には何の役にも立たず、逆にネヴィルを喜ばせるだけだった。
「ああ、助けられるとか、変な希望は持たないほうがいいよ。体組織がまるっきり変わっちゃうって、『父さん』は言ってたから」
グールパウダーは、人の遺伝子を作り変えてしまう。
同じような薬は存在せず、存在したとしても、効果を意のままに操ることが出来るわけでもない。
時間を戻さない限り、薬を飲まされ、発症してしまった者を助ける方法は、もうないのだ。
「そんな希望を持つより、殺されないようにすることを考えた方がいいと思うな」
再びネヴィルがぱちんと指を弾く。
その途端、ただその場に立っているだけだった悪魔たちが動き出した。
「……ちっ!」
近づいてくる悪魔に向かって、レミアが剣を振る。
その剣の輝きは鈍くなっていて、先ほどまでかかっていた呪文が解かれていることを知らせていた。
「不浄なる者。生死の理と輪廻の輪からはずれし者よ。今ここに光の裁きを与えん!」
セレスが手にした杖の先端に取り付けられた水晶が、淡い光を放つ。
それを目の前の悪魔の集団に見せ付けるように突き出して、叫んだ。
「クレンズっ!」
言葉と同時に眩い光が放たれる。
光は一瞬、その場にいる悪魔たちを包む。
けれど、それだけだった。
光に包まれた魔物たちは、姿を変えたわけでもダメージを受けたわけでもなく、変わらない姿でそこに立っていたのだ。
「……そんなっ!?」
「当然だよ。だってそれ、アンデットじゃないし」
くすくすとネヴィルが笑う。
その言葉に、セレスがぐっと杖を握り締めたのがわかった。
セレスが今放ったのは、対アンデット用の浄化呪文だ。
悪魔の中でも残忍な種族は、生物の死体に仮初の命を与え、それを使役することがある。
そういった魔物に対抗するために、教会が珍しく積極的に研究し、作り出した呪文。
けれど、ネヴィルの言うとおり、この悪魔たちは死者ではなく、生きた人間を作り変えたものだ。
光の魔力に弱いとわかっているアンデットとは違う。
この呪文が、効くはずがない。
「さてと。これで無駄な邪魔は入らない」
ふと、ネヴィルの笑い声が止まった。
はっと振り返れば、いつの間にか目の前に彼女の顔があった。
驚いて、思わず後ろへ飛び退く。
無表情に近い顔をしてこちらを見ていたネヴィルが、その反応ににっこりと笑顔を浮かべる。
「ふふふっ」
楽しそうな顔が、気味の悪い笑顔に変化する。
「今度こそ、じっくりと、殺してあげるね」
再びネヴィルの手が伸びてくる。
何を言われたのかわからず、一瞬固まってしまったペリドッドは、その手を見た瞬間我に返った。
「……っ!インフェルフレイムっ!!」
「わっ!?」
咄嗟に火の呪文を放って、後ろへ飛び退く。
予想外だったのか、ネヴィルはそれをまともに受けた。
だが、集中が足らないまま放った呪文に、本来の威力があるはずもない。
ほっとしたのもつかの間、ペリドッドが剣を構え直す頃には、ネヴィルはその炎を完全に振り払っていた。
「ああ、やっぱり抵抗するんだ。さっきはすんなり殺されてくれそうだったのに」
「当たり前でしょ!あんたなんかに、殺されてたまるかっ!」
「そうだよねぇ。屈辱だよねぇ」
くすくすと笑いながら、ネヴィルが一歩一歩近づいてくる。
もう何をされても驚かない。
そう意気込んで、身構えていた、はずだったのに。
その一言だけは、どうしても理解することが出来なかった。

「あんた、一度は僕を殺してるんだから」

「……は?」
はっきりと告げられた言葉の意味が、わからない。
だって、自分とネヴィルは、この場所で出会うまで面識なんて一切なかったはずだ。
「一体、何の話?」
「……ふふっ。おねえちゃんたちは覚えてないんだよねぇ」
ネヴィルが笑う。
まるで、自分だけが事実を知っていることを喜んでいるかのように、くすくすと。
軽やかなその笑い声とは裏腹に、瞳は細められて、口元は不気味な笑みを形作る。
「あの日、僕があんたの仲間を殺して、あんたが僕を殺したこと」
ネヴィルが一歩一歩近づいてくる。
そこから逃げるように後ろへ下がる。
意識してやっていたわけではない。
体が、勝手に距離を置こうとするのだ。
ネヴィルの笑みに、言葉に、言葉にしようのない戦慄を感じて、自然と逃げてしまう。
近づいてはいけないと、頭の中で何かが警鐘を鳴らしている。
離れた場所から、ネヴィルが手を伸ばす。
「ねぇ、アストラ……」
ふいに、ネヴィルの言葉が切れた。
はっと顔を空へ向けると、慌てたようにその場から飛び退く。
次の瞬間、ネヴィルの立っていた場所に勢いよく何かが突き刺さった。
僅かな揺れの後静止したそれは、細長い岩。
槍のように研ぎ澄まされたそれを見た瞬間、漸く我に返った。

『余計なことを言うなと言ったはずだ』

同時に聞こえたその声に、はっと顔を上げる。
見上げた場所から、ゆっくりと光の玉が降りてくる。
淡い輝きを放つそれは、ペリドッドの側まで降りてくると、解けるように消えた。
代わりにその場所に現れた者を見た瞬間、ペリドッドは思わずその若草色の瞳を見開いた。
「ウィズダムっ!?」
名前を呼べば、閉じていた目がゆっくりと開かれる。
ミスリルと同じ色を持つその瞳が、静かにこちらを向いた。
「何でここに?ミスリルちゃんは?」
『クリスタとミュークがいる。私までいる必要はなかろう』
その答えにペリドッドは思わず目を丸くする。
ミスリルが倒れてから、どんなときだって彼女の側を離れなかった彼が、まさかそんな理由でここに来るとは思わなかったのだ。
想像も出来なかったその答えに、唖然とウィズダムを見つめる。
ウィズダムはそんな彼女を一瞥すると、鋭い目付きで目の前の敵――ネヴィルを睨んだ。
唖然とした表情を浮かべていたネヴィルの表情が、ウィズダムが視線を向けた途端に引き締まる。
『それよりも、私はお前に用がある』
「僕に?」
きょとんとした表情を浮かべ、首を傾げる。
けれど、何故だろう。
そのネヴィルの様子が、先ほどまでと違っているように見えた。
まるで、そう。先ほどまでの余裕が、全くなくなってしまったかのようだ。
『貴様は一体何処まで覚えている?』
「だから言ったじゃない?全部だって」
そう思ったのは一瞬で、次の瞬間にはもう先ほどと同じ様子で切り替えしていた。
「あの方のことも、そいつらのことも、君が本当は『何』かってことも覚えてる……知ってる」
『そうか……。ならば尚のこと』
ウィズダムが一瞬目を伏せる。
勢いよく瞼が開いたと思った瞬間、怒りを浮かべた茶色の瞳が、真っ直ぐにネヴィルに向けられた。

『お前に話をさせるわけにはいかない』

はっきりと告げられた宣戦布告。
一瞬目を見開いたネヴィルは、けれどすぐに楽しそうに笑い出した。
「今更出てきて何言ってるんだかぁ。もう遅いよ。……あ、それとも、また大地のおねえちゃんが死んで気が狂っちゃったかな?」
ぞくりと、背中に戦慄が走った。
そんなはずないと、剣を握り締め、必死に心を押し留める。

まだ、まだ大丈夫なはず。
ミスリルは、まだ生きている。

『残念だが、主は生きている』
湧き上がってきた不安に押しつぶされそうになったそのとき、隣からはっきりと聞こえた声に、勢いよく顔を上げた。
ペリドッドのその反応に気づかなかったのか、声の主――ウィズダムは全くこちらを見ずに、言葉を続ける。
『あるお方が、お前の飲ませた毒を浄化してくださった。体力さえ回復すれば、すぐにでも目覚めるだろう』
「な……っ!?」
全く表情が曇ることなく、はっきりと告げられた言葉に、ネヴィルの目が大きく見開かれる。
そんな彼女の様子を、気にしている余裕なんてなかった。
「ウィズダム!それ、本当!?」
ばっとウィズダムに飛びつく。
腕を掴もうとしたけれど、実体化していない彼の体に触れることは出来なかった。
けれど、こちらの意図は察したらしい。
彼が、視線だけでペリドッドを見る。
『嘘をついてどうする?』
「だ、だって……っ!?」
『ミスリルに関することで、私は嘘は言わん』
はっきりとそう言われて、思い出す。
彼は『誰よりも』と言えるくらいミスリルを大事にしている。
彼女が倒れてからは、彼女を守るためと言い、その側を全く離れようとしなかったくらいだ。
そんな彼がミスリルのことで――それも命に関わることで、嘘を言うはずがない。
「よかった……」
深い深い息をついて、ふらふらとその場に座り込む。
そんなことをしては命取りだとわかっていたけれど、安心して抜けてしまった力は、なかなか元に戻ってはくれなかった。
『立て、オーサー。主は助かったが、まだ終わってはいない』
頭の上からウィズダムの声が聞こえ、ゆるゆると顔を上げる。
『もう生け捕りにする必要もなくなったのだ。全力で行け』
真っ直ぐにネヴィルを睨みつけたまま、彼ははっきりとした口調で、作戦の変更を宣言する。
それを聞いた途端、ネヴィルは驚いたように目を瞠った。
「へぇ?そんなに弱いのに、僕を生け捕りにするつもりだったの?ばっかじゃない?できるはずないじゃん!」
感心したように言ったと思った途端、その顔に嘲笑が浮かぶ。
馬鹿にしたその言い方に、先ほどまでなら怒りが湧いたかもしれない。
けれど、今はもう、そんな感情も浮かばなかった。
「……そうだね。正直、できないと思ったよ」
だから、先ほどよりもずっと冷静に言葉を返す。
「でも、もうそんなこと考える必要ないっ!」
そう、もう相手を捕まえることなんて考えなくていい。
もう思うだけで、心の負担がこんなに減るなんて、知らなかった。
口の中で、素早く呪文を詠唱する。
「スプラッシュっ!!」
地面から水柱が吹き出し、ネヴィルを襲う。
しかし、彼はそれを軽々と交わし、少し離れた場所に逃れた。
『何をしている!そんな呪文で奴を仕留められると思っているのか!?』
「わかってるよっ!でも……」
ちらりと周囲を見回す。
ミスリルの事を考える必要はなくなった。
けれど、ここは街の中だ。
避難は終わっていて、無人だということはわかっている。
けれど、だからと言って、この街の人が帰ってくる場所を壊していいとは思えない。
何より――ウィズダムが期待している呪文は、詠唱に時間がかかりすぎる。
唱え終わるのを相手が待ってくれるはずもない。
このままでは、使えないのだ。
「何処見てるのさっ!!」
「……っ!?」
突然すぐ側でネヴィルの声がした。
咄嗟に手にした剣を持ち上げる。
その途端、鈍い金属音が響いた。
はっと視線を戻せば、いつの間にか目の前にネヴィルの顔がある。
その手には剣が握られており、その刃は反射的に持ち上げた剣と交差し、小さな火花を放っていた。
「ぅ……っ!?」
「ほらほら!どうしたの!?」
自分よりも細い少女の姿をしているというのに、ネヴィルの力は予想以上に強い。
だんだんと剣を抑える手が痺れて、体勢が保てなくなってくる。
相手もそれに気づいたのか、目の前の少女の顔が、にらりと嫌な笑みを浮かべた。
「防いでるだけじゃ、僕には勝てないよっ!」
「……あぁっ!?」
ぎぃんと金属音がした。
ペリドッドの手に握られていたはずの剣が宙を舞う。
くるくると弧を描いたそれは、2人から離れた場所に落下し、地面に突き刺さった。
剣を振り上げたまま、ネヴィルが笑う。
「今度こそ、殺されろっ!!」
頭上に掲げられた剣が、勢いよく振り下ろされる。
後ろに飛ぼうとしたけれど、この体勢では無理だ。
オーブを呼び戻そうとするけれど、今からでは間に合わない。

今度こそ、やられる……!

そう思わず、頭を庇うように腕で覆って、目を瞑る。
そうすることで、襲い来る傷みを少しでも和らげたいと、無意識にそう思った。
けれど、想像した痛みは、いつまで経ってもやってこなかった。
代わりに耳に届いたのは、刃が体を引き裂く音ではなく、金属同士がぶつかる音。
驚いて目を開くと、目の前に広がったのは深い緑と、透き通った青。
それが何なのか、理解するのには、時間がかかった。
ほんの数瞬の時間の後、漸く理解したそれに、思わず声を上げた。

2008.01.14