SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter6 鍵を握る悪魔

18:脅し

自分の声に慌てて飛び出してきた青年。
以前は馬車酔いをしていたせいでもっと年上に見えた彼は、よくよく見ればまだ若い。
もしかしたら、20代前半なのではないだろうか。
そんなどうでもいいことを考えながら、ペリドッドは笑顔を浮かべ、手を振った。
「いやっほーっ!おっにいさーん!元気ぃー?」
にっこりと笑顔を浮かべて、ぶんぶんと手を振る。
こちらを見たまま固まっていた青年は、ペリドッドのその声を聞いた途端に我に返った。
「ゆ、友人殿っ!!?」
「……へ?」
「え?」
予想もしなかった呼び名で呼ばれ、ペリドッドはもちろん、唖然とした表情で様子を見ていたミューズも間抜けな声を上げた。
「ユージンどのぉ?」
青年のその反応が予想外なのは、向こうも同じらしい。
振り返ったリーダー格の男が、素っ頓狂な声を上げる。
その声に、漸く青年は周囲を見回し、ただでさえ青くなっていた顔をさらに青く染めた。
「な、何やってんすかっ!?早く武器をしまっ……収めてくださいっ!!」
慌てて飛びついてくる青年に、リーダー格の男がぎょっと顔を強張らせる。
今にも奪われそうだった武器は、腕を上げることで死守したらしい。
「な、何言ってやがるっ!こんな小娘どもに……っ!!」
纏わりつこうとする青年を慌てて見下ろし、男は声を荒げた。
けれど、一度こちらの恐ろしさを体感してしまった青年も必死だ。
「だってこいつら……この方たちは、あのイセリヤを倒したっていう、ミルザの子孫のご友人なんすよっ!!」
「何ぃっ?」
咄嗟の青年の言葉に、男が声を上げる。
周囲の湖賊たちも、彼の言葉にぎょっとし、一斉にこちらを見た。
その視線には気づかないふりをして、ペリドッドはぽんっと手を打った。
「あ、それで『友人』なんだね」
「何だと思ったんです?」
「ユージンって人の名前かと思ったんだよ~」
「……まあ、探せば居そうな名前ですけど……」
あははと笑いながら答えれば、隣に立つミューズが呆れたようにため息をつく。
それに少しばかり怒りを感じもしたけれど、そんな反応が返るような態度を見せている自分が悪いのだと考え直して、視線を青年に戻した。
武器を奪うことは諦めたのか、様子を伺うようにこちらを見ていた青年と目が合った途端、彼の体がびくりと震え、背筋が伸びる。
「い、いいから早く武器しまってくだせぇっ!早くっ!!」
もう一度、切羽詰った表情で強くそう頼み込むと、慌てて簡易階段を下り、こちらへ駆けてきた。
「お、お待たせいたしました!」
顔を真っ青にした青年は、それでもこちらに失礼のないように精一杯紳士的に振舞う。
たどたどしいその動作に、彼らがそんなことをすることはほとんどないのだろうな、感想を抱いたけれど、口には出さなかった。
「ようこそいらっしゃいました、友人殿」
「どうもー。まーだ団の名前、変えてないんですねぇ」
にっこり笑って指摘してやった途端、びくりと青年の肩が跳ねる。
「お、お頭に言い出すタイミングがどうも……」
「イセリヤ一撃で倒したマジックシーフさん、呼んじゃいますよー?」
「ちゃ、ちゃんと言いますっ!言いますからそれだけはっ!!」
真っ青な顔で必死に弁解する彼に、笑顔で恐ろしく感じているだろう手段を突きつければ、その途端悲鳴のような声が上がった。
このまま彼をいじめるのも、楽しいかもしれない。
何となく好きな子にちょっかいを出すいじめっ子の気持ちを理解しながら、それでも早々に意識を切り替えることにした。
いつまでこんな問答を続けていても、時間ばかりが無駄になるだけだと知っていたから。
「まあ、今はいいです。今日来たのは別の用件だし」
「へ?」
にっこりと笑ってそう言えば、青年は少し間の抜けた表情をする。
その反応に、ますます浮かんだ笑顔を崩さぬまま、明るい口調で尋ねた。
「お兄さんたち、すこーし前にお城の宝物庫に入ったよね?」
「えっ!?」
その途端、一瞬だけ色を取り戻していた青年の顔が、また青くなる。
ちょっと可哀想かなと思いながらも、ペトリドットは笑顔のまま彼の瞳を見つめた。
互いに両手を伸ばせば届いてしまうだろう程度の距離で見つめられて、さすがに青年も、ペリドッドのその笑顔が表面上のものだと気づいたらしい。
全く笑っていない若草色の瞳に見つめられ、その体が三度震え上がる。
「だから、俺たちは知らな……」
「嘘ついたらマジックシーフさん呼んじゃいますけどぉ?」
「は、入りました!入りましたです!はい!」
顔から笑みを消さないままにわざとらしく呟けば、途端に青年は肯定の答えを返す。
そのあまりの素直さに、周囲の男たちはぎょっとした表情になった。
「お、おいっ!」
「何で話しちまうんだっ!?こいつは国の犬だろうっ!?」
「何だとっ!!」
「ミューズちゃん!」
反射的に反論しようとしたミューズを制して、青年の後ろに立つリーダー格の男を真っ直ぐに見つめる。
その顔には、もう先ほど青年に向けていた笑顔は、微塵も浮かんでいなかった。
「最初に言わせてください。……どうもありがとう」
「……へ?」
まさかお礼を言われるとは思わなかったのだろう。
集まっていた男たちが――もちろん目の前の青年も――訳がわからないといった表情を浮かべる。
「だってあたし、どうもあの成金王ってどうも嫌いで。懲らしめてくれてありがとうございます」
先ほどまでのふざけた口調ではなく真面目な表情で、声で、心からの感謝を伝える。
自分の代わりに、あの男を痛い目に合わせてくれてありがとうと。
突然の礼の言葉に唖然としていた湖賊たちは、けれど次の瞬間、嫌でも我に返ることになった。
「でもひとつだけ困ったことがあるんですよー」
にっこり笑ってそう告げるペリドッドは、先ほど少し不真面目だった彼女と何も変わらない。
けれど、声には聞かないことを許さないといわんばかりの強い感情を感じ取ることができた。
本能的な恐怖でそれを感じ取った湖賊たちは、誰もがその場を動くことができず、目の前の少女に釘付けになる。
「あたしたち、おばあさんの代に大事な大事な宝物、ひとつ盗られちゃったんです。漸くそれがこの国のお城にあることがわかって、王サマのところに取り返しに行ったら、お兄さんたちが盗んだって聞いたんです~」
媚びるような声だけれど、若草色の瞳は少しも笑っていない。
睨みつけるような強い光が、湖賊たちの足を竦ませ、自由を奪う。
「他の宝物はあげます。正直、あたし関係ないし、あの王サマ嫌いだし」
再び、何の前触れもなく唐突に、口調を変えた。
その途端、目の前にいる男たちがびくりと体を震わせる。
そんな反応にはかまわず、ペリドッドは真っ直ぐに目の前の青年を、その向こうにいるリーダー格の男を見た。
「だけど、おばあちゃんの代に盗まれた本。それだけは、返してください」
不真面目な様子を全て取り払って、真っ直ぐに想いを伝えた。
少なくとも、そのつもりだった。
けれど、その様子をどう思ったのか、男たちは側にいる仲間と顔を見合わせるだけで、誰も答えを返さない。
真っ直ぐに向けられた視線を正面から受けた2人も、どう答えればいいかわからないという、困惑した表情でこちらを見ていた。
「先ほどは失礼いたしました」
もう一度、今度は頭も下げようかと思ったそのとき、隣から凛とした声が聞こえた。
驚いて視線を向ければ、姿勢を正したミューズがいて。
彼女の顔には、先ほど男たちに食って掛かろうとしたときの怒りなど、もう微塵も浮かんでいなかった。
「私からもお願いいたします。この方のおばあさまの代に盗まれた宝だけは、返してください」
そう言ったかと思えば、ミューズは戸惑うことなく頭を下げる。
さすがにそんなことまでさせるつもりはなかったペリドッドは、その彼女の行動を見た途端ぎょっとした。
「……あの、つかぬことを伺いますけど……」
慌てて止めようとしたけれど、その前に自分が声をかけられてしまって、口にしかけた言葉をぐっと飲み込む。
「何ですか~?」
くるりと青年の方へ目を戻したときには、もうペリドッドの顔には笑顔が浮かんでいた。
「友人殿のおばあさんは、何か為された人だったんですか?」
「へ?」
まさかそんな質問が来るとは思っていなかった。
予想外すぎるそれに、思考が一瞬止まる。
少し遅れて動き出した頭は、慌てて以前目の前の青年に襲撃されたときのことを思い出そうと、記憶を辿り始めた。

そういえば、あの時、あたしたちはルビーちゃんの話はしたけど。
自分のことまでは話さなかったんだっけ?

「あれ?言わなかったでしたっけ?あたし、オーブマスターなんですけど」
「へ?」
探り出した記憶を元に答えれば、今度は青年の方が動きを止めた。
一瞬遅れて、その顔に冷や汗が噴出す。
「あの……。オーブマスターってことはもしかして友人殿も……」
「はーい。あたしもミルザの子孫でーす」
その瞬間、目の前の青年の動きが完璧に止まる。
多分、彼らの間隔から行くと、『時間が止まった気がした』というところだろう。
「え……、ええっ!!?」
少し遅れて上がった驚愕の叫びに、ペリドッドはもちろん、いつの間にか頭を上げていたミューズも思わず驚く。
けれどその驚きは、返ってきた失礼極まりない言葉にあっという間に消し飛んだ。
「こんな小娘が勇者の子孫っ!!?」
「あっ!ひっどーいっ!おじさんたちだって、昔は小童だったんでしょーっ!!」
反射的に叫び返して、ぷくっと膨れてみせる。
実際にはよく言われることだから、そんなに気にしてはいなかったけれど。
そんな子供っぽい姿を見たためか、隣に立つミューズが小さくため息をついた。
呆れた目でこちらを一瞥した彼女は、しかし、すぐに表情を引き締めて顔を上げた。
木の幹を思わせる茶色の瞳が、目の前で驚愕の表情を浮かべる男を捕らえると。
「ミルザの子孫が女性というのは、有名な話です。驚くことではないのではありませんか?」
「そ、それはそうだが……」
「そ・れ・と・も、後ろのおうち吹き飛ばされなきゃ信じてくれませんかぁ?」
子供っぽく可愛らしく言いながらも、口から出る言葉は脅し以外のなんでもない。
途端にいつの間にか彼女の周囲を飛んでいたオーブがぼうっと光り出したのを見た途端、目の前にいる紺の瞳の青年が跳ね上がった。
「ひいっ!し、信じます信じます!ですからやめて下さいっ!!」
「お兄さんがそう言ってくれるならやめますよー」
にこにこと笑顔を浮かべて、オーブに指示を出すために上げかけた右を下ろす。
オーブから光が消えたことを確認すると、青年は漸く安堵の息をついた。
その様子を見て満足そうに笑顔を浮かべた途端、隣から大きなため息が聞こえてきた。
「なーに?ミューズちゃん」
「いえ……。まるでルビーさんみたいな脅し方するなと思いまして」
「え~?あんなに物騒じゃないよー」
「少なくとも呪文じゃなくて剣で脅すルビーさんの方が、まだ物騒じゃないと思います」
「そんなことないよ。ルビーちゃんの方が、よっぽど物騒な言葉使うもん」
あれよりもずっと物騒だなんて言われる方が心外だ。
ルビーなんて、耳元で低い声で脅したりするから、もっと凄みがあるというのに。
本気で怒ったまま脅しモードに入ったルビーを見たことのないミューズには、わからないとは思うけれど。
むうっと拗ねたような顔で、完全に聞き流しモードに入ってしまったミューズから顔を逸らす。
はあっとひとつ息を吐き出して軽く気分を切り替えると、そのまま真っ直ぐに目の前で怯えた目をしている青年に笑いかけた。
「じゃあ、お城から持ち出した宝物のひとつ、返してもらえるんですね?」
「は、はい!もちろん!!」
「お、おいっ!」
青年がはっきりと答えたその瞬間、リーダー格の男が慌てた様子で声を上げる。
その顔には、こちらを小馬鹿にしていたときの余裕など、どこにも見当たらなかった。
「勝手にそんなこと言っても、お頭とお嬢が納得するはずないだろうっ!!」
「させんだよ!このまま殺されたくねぇだろうっ!!」
「けど!こんな小娘相手に引き下がったなんて知られてみろっ!今度はお嬢に殺されるぞっ!!」
リーダー格の男が必死の形相でそう叫ぶ。
2人のやり取りに、ここのお頭一家はそんなに恐ろしい人なのかな、なんて人事のように考えた、そのときだった。

「騒がしいよっ!!何してるんだいっ!!」

突然後ろのハリボテのようなアジトから、女性の怒声が聞こえた。
それとほぼ同時に、紺の瞳の青年が出てきた場所と同じ扉が開く。
大きな音を立てて開いたそこに、自然と周囲の視線が集中する。
そこにいたのは、髪を覆い隠すようにバンダナを巻いた、1人の少女だった。
「お、お嬢っ!?」
自分たちとそう変わらない年齢に見えるその少女の姿を見た途端、リーダー格の男が叫ぶ。
それが合図だったかのように、次々と男たちが声を上げ、頭を下げた。
そんな中、唯一状況をよく理解していないらしいミューズが、不思議そうに首を傾げる。
「お嬢?」
「きっと、ここのお頭さんの娘さんじゃないか……」
彼女の問いに答えて、もう一度現れた少女の姿を視界に入れたそのとき、憮然とした表情で扉の前に立つ少女と、目が合った。
その瞬間、体を駆け抜けたのは、戦慄。
どくんと心臓が大きく鳴って、若草色の瞳が意志とは関係なく見開かれる。
こちらを見つめる少女から、目が離せない。
初めて会う、会ったことのないはずの少女。
でも、その目を見た瞬間、確信した。

あたしは、あの女を、知っている。
心が、魂が、そう叫んでいる。

「ペリートさん?」
不自然に言葉を切り、愕然とただ一点を見つめる自分を心配したのか。
ミューズに名前を呼ばれて、ペリドッドは漸く我に返った。
「あ、ご、ごめん。平気……」
そう答えながらも、視線は少女から外せない。
だって、あれは。
あそこにいるのは、彼らの言う『お嬢』などではなくて。
「お、お嬢!?こ、これは、その……」
こちらの動揺なんて気づきもせずに、リーダー格の男が言い訳をしようと、必死に言葉を搾り出す。
けれど、頭の中で整理されていない言葉はそれ以上声にならず、結局困ったようにうなることしかできない。
暫くの間つまらなそうにそれを見ていた少女は、唐突にふうっとため息をついた。
呆れの混じったそれに、湖賊たちの体が震え上がる。
「突然出て行って何をしているかと思えば、こんな小娘相手に何やってるんだい」
「で、ですがお嬢っ!」
呆れたようなその声に、反論したのはあの紺の瞳の青年だった。
「この方々は、彼の勇者ミルザの子孫です!話を聞かずに追い返したりすれば、どんなことになるか……っ!」
「湖賊団クラリアの誇りは、肩書き程度で相手に屈するほど低いものなのかい?」
「そ、それは……」
青年が思わず黙り込む。
その姿を見て、少女はもう一度呆れたようにため息をついた。
「まったく……。うちの連中はいつの間にこんなに腑抜けになったんだか。トミーっ!」
「へ、へいっ!!」
少女が強く名前を呼んだ途端、リーダー格の男がぴんっと背筋を伸ばし、返事をする。
「丁重にお帰りいただきな!うちに、国の犬に渡せるような大そうな宝はないよっ!」
「へ、へいっ!!」
男がもう一度姿勢を正して答える。
それを変わらない不機嫌な表情で見下ろすと、少女は話は終わったとばかりにアジトの中へ戻ろうとした。
けれど、彼らにとっては意外な人物が、それを止めた。
「そんなはずはありませんっ!」
「ミューズちゃんっ!?」
隣から聞こえた声に、驚いて思わずその名を呼ぶ。
先ほどまで自分に呆れた視線を向けていたり、冷静に湖賊たちに言葉を投げていた友人が、今は必死の形相で目の前の少女を見つめていた。
彼女の声が聞こえたのか、少女はゆっくりとこちらを振り返る。
「何かな?お客人」
「この城には、あなたたちがザード城から盗み出した宝があるはずです!先ほど、彼がそう証言してくれました!」
「盗賊である我らの言葉を信じると?なかなか心優しいお嬢さんだね」
少女が鼻で笑う。
その反応に、怒りが溢れかえって仕方なかった。
早く、早く確かめたい。
そんな想いが、次々と心から溢れてくる。
主のそんな想いに反応したのか、上空に飛ばしていたオーブがゆっくりと側に降りてきた。
「ないと言うのなら、確かめさせてくださいっ!」
「あんたたちに、アタシたちのアジトを?」
「そうです!探して、本当に私たちの求めている宝がなければ、そのときは潔く諦めます!ですから……」
「それはできない相談だね」
間髪いれずに返ってきた答えに、ミューズは一瞬言葉を失う。
「な、何故ですかっ!?」
「だって、アタシたちはあんたたちが探してるお宝がどんなのか、知らないんだよ?もしかしたら、あんたたちは嘘をついて、もっと高価なお宝を持ち出すかもしれないじゃないか」
「精霊に誓って、そんなことはしません!ですから、どうか……」
「もういいよ、ミューズちゃん」
尚も言い募ろうとしたミューズの肩を掴んで、止めた。
その途端、ミューズが勢よく振り返る。
その顔にはどうしてという表情がありありと浮かんでいたけれど、理由を話すことはしなかった。
それをこれから明かすのだから、わざわざ話す必要はないと、そう思った。

2006.11.11