SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter6 鍵を握る悪魔

15:静かな怒り

「……なるほど」
暫くして、息を吐き出すような気配と共に、マーカスの声が耳に届いた。
隣のミューズが、僅かに顔を上げる。
それを待っていたかのようにマーカスは再び口を開いた。
「すると、その勇者の子孫殿は、その呪文書がないと何もできない、ということですかな?」
「え?は、はい。そういうことになるのではないかと……」
ぎゅっと握り締めそうになった拳を、寸前で止める。
自分の力不足を突きつけられているかのようで、痛かった。
それがこの男に嘲笑われているかのようで、腹が立った。
それを表情に出さないように気をつけて、様子を窺おうと、僅かに顔を上げようとしたそのときだった。
「では、私が直接その勇者殿と交渉することも可能、ということですかな?」
「え……っ!?」
唐突なその問いに、僅かどころかがばっと顔を上げてしまった。
一瞬後に冷静になって、慌ててマーカスの様子を窺ったけれど、彼はこちらのそんな反応など興味がないかのように、ただミューズを見てにやにやと笑っていた。
「それは、どういう意味ですか?」
「いえいえ。一度別の国に渡った物を、わざわざ貴殿に頼んでまで取り戻そうとするなんて、どんな方々なのかと思いましてね。直接お会いしたいなと思っているだけですよ」
思い切り眉を寄せ、それでも慎重に尋ねたミューズに、マーカスはにやにやと嫌らしい笑みを浮かべたまま答える。
その言葉の意図を考えようとした直後、マーカスは自らその疑問の答えを告げた。
「それに、勇者殿なら、たーっぷり資金を持っているでしょうしね?」
反射的に舌打ちをしそうになったのを、何とか耐える。
同時に小さく聞こえた悲鳴のような声に隣を見れば、ミューズが信じられないと言わんばかりの表情を浮かべてマーカスを見つめていた。
「な、何故そう思われるのですか?」
「いえね。勇者殿は貴国もマジック共和国も救われたではないですか。謝礼はたっぷり差し上げていると思いましてね」
「い、いえ!我が国にもマジック共和国にも、そんな資金は……」
「口ではそう申されていても、わからないでしょう?」
マーカスの誤解を解こうと、ミューズが必死に声を上げる。
けれど、彼はその声をあっさりと遮って、先ほどよりも嫌悪感の込み上げてくる表情でにやりと笑った。
「それに、我が国も一度彼らに泣かされています。そのお子さんかお孫さんにお会いしたいと思いましてね」
その言い回しに、思わず眉を寄せる。
嫌味のようなその言葉。
その裏に隠されているものは、ただひとつ。
ミューズもそれに気づいたらしい。
濃い茶色の瞳を大きく見開いた彼女は、震える声で問いを搾り出していた。
「マーカス陛下、彼らを、脅すおつもりですか?」
「いえいえ。交渉したいだけですよ。まあ、世界が本当に危機に瀕しているならば、どんな要求であれ、彼らは呑まざるを得ないでしょうがね」
くつくつと笑いながら、まるでこちらの反応を楽しむかのように告げられた答えに、ミューズは蒼白になって言葉を失う。
きっと、何か反論をしたいのだろう。
けれど、言葉が出てこないのだ。
もう何も言葉を紡ぐことの出来なくなった彼女に満足したのか、マーカスは先ほどまでの嫌らしい笑みとは違う爽やかな笑みを浮かべると、にこやかな口調で言った。
「そういうわけですからミューズ殿、勇者殿に伝えてください。スターシアを納めるマーカスという男が、貴殿らに直接お会いしてお返ししたいと申していたと」
「へ、陛下っ!!?」
上機嫌で爽やかに笑うマーカスを、我に返ったミューズが慌てて呼び止める。
こんな答えなんて、きっと予想していなかったのだろう。
先ほどまでの冷静さがすっかり抜け落ちてしまった彼女は、ただ話を終わりにさせまいと必死だった。
「彼らに、報酬を貰おうという魂胆なんてありませんっ!今までだって、彼らは無償で私たちを助けてくださいました!なのに、そんな彼らから、一体いくら搾り取ろうというのですかっ!?」
「ですから、それは彼らと相談して決めるのです。大丈夫。貴国は何の心配も要りません。ちゃーんとこちらで話をつけますから」
「ですが……っ!?」
既に話を終えてつもりのマーカスは、ミューズの言葉に耳を貸そうとしない。
もう、我慢しているのも限界だった。
彼はこのまま話を終わらせ、自分たちを追い出すだろう。
そして、『勇者の子孫』が自分を尋ねてくる日を、金品を巻き上げる計画を練りながら待つに違いない。
けれど、そんなこと、させてやるものか。
「では、私も時間が押しておりますので、本日はこれで終了させていただきますが、よろしいですか?」
「は?い、いえ!お願いいたします!もう少し時間を……」
「おい、誰か、ミューズ王女と連れの方を門までお送りしろ」
「へ、陛下っ!?お待ちくださいっ!!」
マーカスの言葉に、待機していた近衛兵が戸惑いながらも近づいてくる。
このまま追い出されてしまったら、次にこの場に戻るまでには何日もかかる。
今この状況で、そんな事態を許せるはずもない。
だから、本気で我慢するのを、やめた。

「だったら、今すぐお話しましょうよ、王サマ」

それは、きっと彼らからしてみれば、突然の言葉だっだろう。
「何?」
「えっ!?」
案の定、マーカスはもちろん、ミューズも驚いてこちらを見たのがわかった。
ゆっくりと顔を上げる。
ずっと跪く形で控えていたけれど、それもやめて立ち上がる。
「今すぐお話しましょう?マーカス王サマ」
様子を窺うだけだった若草色の瞳が、そこで初めて真正面からマーカスを見た。
「ペ、ペリートさんっ!?」
この場でペリドットが発言すると思っていなかったらしいミューズが、驚いて名前を呼ぶ。
少しだけ表情を和らげて彼女に向けると、安心させるように微笑んで見せた。

大丈夫。だからちょっと見てて。

声にしないその言葉が伝わったかどうかはわからない。
けれど、ミューズが少しだけ目を瞠ったから、伝わったのだと信じて、視線をマーカスに戻す。
驚いた顔をしていたマーカスは、若草色の瞳が自分に向いたことに気づくと、動揺を隠すように咳払いをした。
「申し訳ないね、お嬢さん。私も一国の主だ。いくらミューズ殿の連れとはいえ、公式のものではなく、事前の約束もない訪問。これ以上は時間を裂くことが出来んのだよ」
「でも、わざわざあとでもう一度お会いするより、効率いいですよ?」
にっこりと笑ってそう言ってやれば、目の前の男は訝しげな表情を浮かべる。
「ああ、ごめんなさーい。うっかり忘れてましたぁ」
そこで初めて気がついたような表情を浮かべて、少し馬鹿にするような口調で名乗ってやった。
「初めましてぇ。ペリドット=オーサーと申します。文献では、よく『オーブマスター』って呼ばれてまぁす」
名前は知らなかったとしても、二つ名を告げてやれば、流石の成金男も気づいたらしい。
驚きに目を見開くマーカスに、トドメを刺すように言ってやった。
「王サマたちがたった今噂をしていた、ミルザの子孫の勇者殿でーす」
ふざけているようなその口調は、一見いつもの自分そのもの。
けれど、それが実は怒りを隠すためのものだなんて、きっとこの王は気づいていないだろう。
驚きの表情を隠すように目を細めると、彼は疑うような視線を向けてきた。
「……そなたが?」
「はい。これがその証拠の“魔法の水晶”です」
ぱっと右手に出して見せたのは、普段は指輪に変形させているオーブだ。
魔法の水晶は球体だから、オーブのときとそう姿は変わらない。
だからオーブ形態のまま見せた。
どうせ、この男には形態が違うことを見破るなんてことはできないのだから。
「……それが本物だという証拠はあるのかね?」
「この水晶の、内側に浮かんでいるこのマーク。多分、これと同じものが、ご先祖様の預け物のどこかに書かれていると思うんですけどぉ」
示したのは、水晶の“核”と呼ばれる部分だった。
その部分に薄っすらとだが、何かを象る印が浮かび上がっている。
今では『ミルザの刻印』という呼び名で定着したそれは、以前タイムが魔妖精に封じされた仲間たちの記憶を取り戻したときに使ったものと同じものだ。
それは水晶を変形させたとき、各々の武器や装飾品に浮かび上がる識別マークのようなものだった。
他のみんなの武器は、それぞれ手で触れる柄の部分や先端に印が浮かび上がるのだが、見た目が完全にガラス玉であり、その全面を攻撃に使うペリドットのオーブには、ふさわしい場所がない。
だから表面ではなく内部に浮かび上がるのだ。
この印が『精霊の呪文書』にあるというのは、まるっきり嘘というわけではなかった。
少なくとも、みんなが手にした他の精霊神法の呪文書には、最後にミルザのサインとともにこの印が描かれていたのだという。
だから、自分が手にする予定の呪文書にも、この印が描かれているはずなのだ。
しかし、マーカスはその事実を知らないのか、曖昧な表情を浮かべていた。
「彼女の身分は、私と我が兄リーフ=フェイト、そしてマジック共和国のシルラ陛下とアマスル殿下が保証いたします」
このままでは埒が明かない。
そう思ったのか、ミューズがペリドットをフォローするように口を開いた。
ミューズが言うだけならば、マーカスも信用しようなどとは思わなかっただろう。
けれど、リーフたちの名前まで出されてしまえば、話は別だ。
精霊を宿し、勇者の子孫たちが住まう国エスクール。
そして、イセリヤの手で一度は崩壊しかけたとはいえ、今尚世界中に影響力を持つ大国マジック共和国。
その二国の、事実上の最高権力者の名前を出されてしまえば、頷かないわけにはいかない。
「……わかりました。貴殿の言葉を信じましょう」
渋々といった様子を隠しもせずに答えると、マーカスは真っ直ぐにこちらを見た。
「して、勇者殿よ。先ほどの話は聞いていらしたのですな?」
「もちろんです。交渉ですよね?いいですよ。でも、多分王サマにはデメリットにしかならないと思いますけど」
「……どういう意味ですかな?」
にこにこと笑ったまま、少しふざけた口調で答えれば、マーカスは途端に不機嫌そうに眉を寄せた。
「あたしたち、確かにお金いっぱい持ってます。けど、それはインシングでは使えないんです」
「何ですと?」
それに動じることなく、ますます笑顔を深めて、あくまで子供っぽい口調のまま返答すれば、今度は驚いたように目を瞠る。
その反応に、ペリドットが一瞬今までとは全く違う笑みを浮かべたことに、彼は気づいただろうか。

乗せられるまでが勝負だと思っていた。
乗せてしまえば、後は何とかなる。
見てなよ王サマ。
あたしの友達を汚い目で見たこと、あたしを起こらせたこと、絶対に後悔させてやるんだから。

舌なめずりしたい気持ちを何とか抑えて、とびっきりの笑顔を浮かべる。
そしてとてもわかりやすい一言を、とても簡潔に言ってやった。

「だってあたしたち、インシングのお金は一銭も持ってませんもん」

とてもとてもわかりやすい、とてもとても簡潔な一言。
けれど、誰もが予想できるはずもないその一言に、周囲が固まり、ミューズが隣でため息をつく。
その光景が、何だかとても面白くて堪らなかった。

2006.09.26