SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter6 鍵を握る悪魔

14:内陸の王都

げるだけで、大して気にしていないようだった。
そんなやり取りをしているうちに、目指すべき王城の入口は、もう目の前に迫ってきていた。
街と城を区切るように間には堀が掘られ、水が流れている。
城の正門の前にのみ木製の橋が渡されていて、向こう側に渡れるようになっていた。
建築に詳しいわけじゃないけれど、この橋は跳ね橋だろうと思ったのは、きっとテレビゲーム好きなルビーの影響に違いない。
「行きましょう」
「え?いいの?」
「この世界のお城って、だいたいメインホールまでは入れるようになってますから」
戸惑ったように聞き返せば、ミューズは笑顔でそう答える。
王族の彼女がそう言うのならば大丈夫だろうと、ペリドットは素直に一歩踏み出した。



「ちょっとここで待っててください」
ミューズがメインホールと呼んだ、入口すぐの広い空間。
その一角に設置されたカウンターのような場所へ向かう彼女を見送って、ペリドットはあたりを見回した。
マジック共和国やエスクールより、ずっと立派な装飾品が並べられたそこは、以前ミューズが言っていた『現国王は金品にはうるさい』という言葉を証明しているようだ。
「この壷だって高そうだしぃ……」
側にある柱型の台の上に乗る、いかにも高級そうな金色の壷を見上げて、思わずため息をつく。
こんなものに金をかけている暇があるなら、クラリアの名を勝手に使っているあの盗賊団を捕まえればいいのにと思ってしまうのは、仕方がないだろう。
一体税金を何に使っているのか。
本来の目的など放り出してでもそう尋ねたいくらい、この城の装飾品は高そうなものばかりだった。
「お待たせしました」
壁に沿って並べられた装飾品を何となく眺めているうちに、ミューズが側へと戻ってくる。
「ミューズちゃん、お帰り~」
ひらひらと手を振れば、彼女は困ったような笑みを浮かべながらこちらに小走りでやってくる。
側まで来たと思えば、彼女はそのままペリドットの耳元に顔を寄せた。
「許可が取れました。今の謁見者が退室し次第、お会いできるそうです」
「終わり次第?ってことは、今の人が最後なんだ?」
「いいえ。頼み込んで、他の方の順番を繰り下げて頂いたんです」
「えっ!?そんなことできるの!?」
「当然です。何のためにこれつけたと思ってるんですか?」
にこっと、薄く微笑んだミューズが示したのは、エスクールの紋章が入ったマントの止め具。
彼女がそれを公にわかるように身につけている意味を思い出して、ペリドットは目を瞠った。
「まさか、兵士脅した?」
「失礼ですね。そんなタイムさんみたいなことしませんよ。エンブレム見せて、笑顔でお願いしただけです」
それが脅すと言うのではないだろうか。
そんな疑問が頭に浮かんだけれど、何だか口にしたらややこしいことになる気がしたから、声にはせずに無理矢理飲み込む。
「あははっ」と苦笑いだけ浮かべて受け流すことにして、話題を切り替えようとした、そのときだった。
「失礼いたします」
メインホールの奥の広い階段から1人のメイドがやってきて、一礼する。
「ミューズ=フェイト様、お待たせいたしました。奥へどうぞ」
手で彼女がやってきた階段を示されると、ミューズは頷いた。
「ありがとうございます。では、ペリートさん。参りましょう」
「は、はーい」
引き攣りそうになった顔を笑うことで誤魔化し、メイドに続いて歩き出したミューズを追って、一歩踏み出す。
廊下から続く赤い絨毯に沿って階段をまるまる1階分上ったところで、漸く巨大な扉が目の前に現れた。
「こちらでございます」
ここまで案内してくれたメイドが一礼し、扉の横へ退く。
それを待っていたかのように、控えていた近衛兵が扉を開いた。
イメージとは違い、軽やかに開いていくその扉の向こうを見た途端、ペリドットは思わず顔を顰める。
国王が国民と唯一顔を合わせるその場所は、何だか妙に煌びやかな装飾品に飾られ、眩しいことこの上なかったのだ。
金や銀で作られているらしい壷が窓辺に飾られ、陽の光を浴びて輝いている。

何なのさ。この成金趣味の部屋は。

あまりにも煌びやかなその部屋に、エスクール城とマジック共和国城の謁見の間しか知らないペリドットはうんざりとした気分になった。
エスクール城の謁見の間は立派で威厳があって、どちらかと言うと落ち着いた雰囲気の場所だったのに。
そんな感想は表には出さないようにして、先に中へと入ったミューズに続く。
部屋の一番奥には数段高くなった場所があり、その上に玉座が置かれていた。
その玉座に座っている初老――というより中年くらいだろうか――の男の服もまた煌びやかで、まるで見せびらかすようなその服装に、ますます眉を寄せたくなる。
玉座の前で立ち止まると、ミューズがマントの裾をつまみ上げ、まるでドレスを着ているかのような仕種で一礼する。
それに倣って、ペリドットも礼儀正しく見えるように礼をした。
「面を上げよ」
大臣の声がかかり、2人は黙ったまま頭を上げた。
「ようこそ我が城へ、エスクールの使者殿」
玉座に座る男の顔は、何故だか妙に嫌らしく見えた。
笑顔の裏に、何か汚いものを大量に隠し持っている。
それが、ペリドットが真っ先に受けた印象だった。
「貴国には我が国も大変世話になっておる。今日は急用とのことだが、いかがされた?」
国王であるらしい男の言葉に、隣に立つミューズが一歩前に出る。
「お久しぶりでございます、マーカス陛下。ミューズ=フェイトにございます」
「お、おお!ミューズ殿下!?」
彼女が名乗った途端、一瞬だけ目を瞠った国王は、直後に驚きの声を上げた。
「これはこれは、お久しゅうございますな。今日はどうなされた?」
「はい。エスクールを治める者として、陛下にお願いがあって参りました」
「ミューズ殿が私に?何ですかな?」
機嫌がよさそうに尋ねるマーカスの瞳が、嘗め回すようにミューズを見つめる。
その様子をじっと見つめているうちに、思わず顔を顰めそうになり、慌てて視線を落とした。
国王を見ていて、正直心配になった。
今後の行く末じゃない。ミューズの感覚が、だ。
ミューズは以前、マーカスのことを寛容な方だと言ったけれど、あれは寛容とは違う。
下心があって、優しくすることで隙を作らせ、そこから入り込もうとしている、そんな男のする獣の目だ。
もしかして、ミューズちゃんって鈍いんじゃないだろうか。
そんなことまで考え始めた、そのときだった。

「50年前、当時の国王が貴国へ献上した品のひとつを、返していただきたいのです」

隣からはっきりと聞こえた声に、視線を戻す。
真正面には、言われた言葉の意味が理解できないとばかりに目を見開いたマーカスの姿があった。
「何ですと?」
すっと目を細めたマーカスが、その声に動揺を滲ませながら、もう一度聞き返す。
「貴殿のおじい様から我が父に譲って頂いた品を返せ、ですと?」
「全てではありません。ただひとつだけ、返していただきたいのです」
臆することなく続けるミューズの言葉に、マーカスの眉が寄る。
明らかに不愉快と言わんばかりのその表情に、何だか嫌な予感がした。
けれど、ただの連れか付き人としか認識されていないだろう自分が口を開くわけにもいかなかったから、何も言わずにミューズに任せる。
「……ふむ」
「祖父が、先王と交わした約束も存じております。ですが、失礼は承知でお願いいたします。もちろん、理由も、それに見合う代価もお支払します」
「ぇ……!?」
代価という言葉に、一瞬声を上げそうになった。
たたで呪文書が返ってくるなんて、もちろん思っていない。
けれど、この男に向かってそんな言葉を使うことへのリスクだってわかっていた。
きっとミューズは、代価という言葉をお金という意味で使っているのだろう。
しかし、『代価』が必ずしもお金を示すなんて言い切れないのだ。
目の前のこの成金男がお金以外の代価を――ペリドットが予想する『代価』を請求してきたら、一体どうするつもりなのか。
そんなことをこの場で言うわけにはいかなくて、喉まで出かかった言葉を無理矢理飲み込む。
もしも話が悪い方向に行くことになったなら、そのとき口を挟もう。
それまでは、相手の様子を見ている方がいい。
「……まずは、理由をお聞きしようではないか」
ふうっと息を吐き出したマーカスが、僅かに目を細めてミューズを見下ろす。
その目がぎらぎらと光っていることに気づいてしまって、顰めそうになった顔を僅かに俯けて、必死に無表情を装った。
「はい。実は、祖父が先王に献上しました品の中に、預かり物があったのです」
「預かり物というと?」
「勇者ミルザ所有の書物です」
告げられた言葉に、マーカスの瞳が先ほど以上に見開かれた。
ご先祖様の名前を出されたのだから当然だろう。
この世界で、ミルザの名の効力は絶対だ。
その名を出せば誰もが驚き、敬意を表す。
異世界で生まれ育った自分たちにはいまいちぴんと来なかったりするのだけれど。
「1000年前、彼の勇者ミルザから祖先が預かった書物が、我が城の書庫にあったのです。彼の物であるその書物は、当然考古学的な価値も魔法学的な価値も高いものです。そのため、祖父は先王への献上品のひとつとしたようなのです」
リーフと話し合って出たらしい、精霊の呪文書を献上してしまった一番それらしい理由を告げながら、ミューズは真っ直ぐにマーカスを見つめる。
「ですが、それはあくまで預かり物。後世に彼の勇者の子孫が来訪したとき、返すはずの物なのです。そして今、その方が我らのもとに、その書物を取りにいらしたのです。私たちは、それをあの方に返さなければなりません」
まるでここにはその『子孫』はいないような言い回し。
きっとそれは、ミューズなりの気づかいなのだろう。
「ミルザの書物は、世界を守る鍵です。それが必要とされているということは、今、この世界が何らかの危機に瀕しているということになります」
先ほどから驚き以外の表情を見せないマーカスを真っ直ぐに見つめ、ミューズが告げる。
彼が何も言葉を返さない――多分、返せないのだろう――ことを確認するように、ほんの少しだけ間を置くと、彼女はそのまま、僅かに感情を込めた声で続けた。
「ですから、お願いいたします。我が国から貴国へ献上した書物……精霊の呪文書を、返してください」
懇願を込めた声で願いを伝え、頭を下げる。
それに合わせて、ペリドットも深々と頭を下げた。

2006.09.20