SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter5 伝説のゴーレム

25:願望

抑え込んでいたドビューの腕を、アスゴと呼ばれるゴーレムが掴んで投げ飛ばす。
そこを狙って、予め詠唱されていたミスリルの呪文が発動される。
そんな一連の流れを思わず呆然と見つめてしまったリーフは、後方からかかった自分を呼ぶ声に我に帰った。
「何してるのっ!早く動きなさいっ!」
「わ、悪いっ!?」
慌てて下げてしまった剣を構え直し、トロルとなったドビューがいる方を睨む。
地面に身を沈めたトビユーにアスゴが近づいていくのが目に入った。
倒れた彼の上にアスゴが覆いかぶさるようにその身を倒そうとする。
しかし、一瞬早く動いたドビューの足によりその行動は阻まれた。
思ったより素早く動いたドビューに蹴り上げられ、アスゴが目標とは反対方向に倒れる。
剣に魔力を宿そうと慣れない呪文の詠唱をしていたリーフは、その光景に思わず動きを止めた。
「アスゴっ!?」
後方からミスリルの悲痛な声が響く。
その声に反応して起き上がろうとするアスゴに安堵の息をつきつつ、ミスリルは小さく舌打ちした。
「やっぱりただ押し倒そうとするのは無理ね……」
少しは予想したけれど、ここまであの時のトロルと能力が違うとは思わなかった。
これも種換の秘薬によって変化したからなのであるか、それとも元々ドビューの戦闘能力が高かったからなのか。
今となってはどちらが原因なのかはわからない。
「それなら……」
おそらくアスゴだけではもうあの怪物を抑え込むことはできないだろう。
最初の作戦とは異なるけれど、多少強力な呪文を使ってでも何とかするしかない。
「こいつ……っ!!」
考え込んでいるうちに耳に聞きなれた声が飛び込んできた。
鈍い動きで起き上がろうとしているドビューに向けていた視線をはっと動かす。
いつのまに詠唱を完成させたのか、剣に風を纏わせたリーフが、それをドビューに向かって思い切り振りかぶったのが目に入った。
「ちょ……っ!?待ちなさいっ!」
ミスリルが止める間もなく剣を振り下ろす。
それに寄って剣に纏わせていた風が放たれた。
「……っ!下がってアスゴっ!」
まだ魔力を制御しきれていないのだろう。本来ドビューにだけ向かうはずの風が、剣を離れた途端に瞬く間にリーフの前方に広がった。
その範囲にアスゴがいることに気がつき、ミスリルが慌てて声をかける。
しかし、いくら他のゴーレムより動きがよいとはいえ、本来は岩の塊でしかない彼が素早く動けるはずもない。
一瞬反応が遅れたアスゴの腕は、リーフが放った風によって見事に切り裂かれた。
「……っ!?」
「な……っ!?何でっ!?」
ミスリルの声にならない悲鳴と何が起こったのかわかっていないようなリーフの疑問の叫びが同時に上がる。
「何でじゃないっ!あんたまだちゃんと呪文の制御ができてないのよっ!集中して使えないなら簡単に広範囲の魔法剣を使わないで!」
「え……、あ、悪い……」
振り返ったと同時に視界に入ったミスリルの剣幕を見て、思わず謝罪の言葉を漏らす。
「反省は後っ!それより何とかしてこっちで動きを止めるわ!合図するまでしっかり集中して呪文を完成させなさい!」
怒鳴るよう指示を出しながら、何とか冷静さを保とうと鞭を握っていない左手を強く握り締める。
僅かな痛みに頭が冷えていくのを感じながら、体に無数に切り傷を作りながら起き上がったドビューと、もぎ取れはしなかったものの腕に大きな傷ができてしまったアスゴ、そして傍観者に徹し、未だ動こうとしないアビューと順に視線を動かす。

頼むから、もう少し動かないで。

祈りにも似た願いを胸に宿して視線をはずした。
まっすぐにアスゴに向かっていくトビューを睨むように見て、ゆっくりと目を閉じる。
「母なる大地よ」
無知を両手で握るように胸の前へ持ってくる。
「その身に受けし怒りと哀しみ、全てをこの地へ集めよ」
ゆっくりと開いた瞳に移すのは、アスゴに覆い被さろうとしている緑色の肌の怪物。
「その想い、力と変え、ここに大地の裁きを与えん!」
すっと鞭を握った右手を、大地に触れるかのように地面へと向けた。

「アースクエイクっ!!」

魔力の篭ったその言葉を口にした瞬間、突き上げるかのように地面が揺れた。
突然起こった地震は大地を割り、あるいは突き上げ、その中心にいた怪物とゴーレムを飲み込む。
「アスゴっ!」
名を呼ぶと、アスゴは承知したように岩に紛れて地面の中へと戻っていく。
裂けて突き上がった大地は、その中にただ1人残ったトビューの体を貫き、あるいは飲み込んで、完全にその自由を奪った。
体の動きを奪われたトビューは、傷だらけの体で何とかそこから逃れようと辛うじて動かすことのできる腕と足を乱暴に動かし始めた。
逃れられる前に終わらせなければならない。
「リーフっ!!」
呪文を完成させることに集中していたリーフが弾かれたように顔を上げる。
目の前に広がった先ほどとは違う光景に、何故ミスリルが自分を呼んだのかを察したのだろう。
振り返らずに頷くと、彼は風を纏った剣を両手でしっかりと握り、トロルに向かって駆け出した。
「うりゃああああっ!!」
叫びながら段状に突き出た岩に勢いよく飛び乗る。
火事場の何とやらとはこのことだろうか。
左腕の力と足の跳躍力だけでそれを繰り返し、トロルの顔が見下ろせるほどの高さの岩まで辿り着くと、右手で持っていた剣を天井高く振り上げた。
「いっけぇぇぇっ!!」
剣を思い切り振り下ろした瞬間、先ほどアスゴを切り裂いてしまったのと同じ呪文が剣から放たれる。
十分集中して放ったそれは、今度はまっすぐにトロルだけを狙い、その巨体を切り裂いた。
まだ完全にコントロールし切れていない魔力はトロルを抑える周囲も岩も共に切り刻んでしまったけれど、数回しか実践で魔法剣を使っていない――それもつい最近まで魔力を持っていなかった者の技術としては上出来だ。
切り裂かれた巨体から鮮血が迸る。
反射的にマントを掴んで顔を覆い、それをやり過ごすと、リーフはそのままトロルの胸に向かって飛び降りた。
全体重を全て腕に持った剣に預け、しっかりと落下地点を見つめる。
一瞬遅れて足に衝撃が走った。
同時に手を嫌な感覚が駆け抜ける。
びくんと足をついた場所が大きく跳ねた。
予想外のその揺れに体が倒れ掛かったが、妙に深く刺さった剣を支えに何とかやり過ごした。
リーフを胸の上に乗せたまま、彼の剣を胸に突き刺したまま、トロルの体は暫くの間びくびくと痙攣していた。
やがてそれが収まると、目を見開いたまま倒れた彼はぴくりとも動かなくなる。
「……やった?」
小さく呟いて、リーフは妙に不安定な足元を見下ろす。
彼の剣は、飛び降りる直前に彼自身がつけた傷口に突き刺さっていた。
その傷口ぎりぎりの場所に彼は立っていたのだ。
体の構造が人間と変わらないのであれば、そこはちょうど心臓の真上に当たる場所で。
手に伝わった嫌な感覚の直接的な原因に気づき、彼は無意識のうちに顔色を変えた。

一方、名を呼んでからリーフの行動を見ているだけだったミスリルも、動かなくなったトロルを見て顔色を変えていた。
リーフの攻撃によって噴き出した血のせいで気分が悪くなったわけではない。
あんなもの――短い期間ではあるけれど――ここに来るまでに見続けてきた。
彼女が顔色を変えたのは別の理由。
それは、種換の秘薬の効果。
大抵の姿を変える呪文や薬は、使用者が命を落とすとその効果が切れ、元の姿に戻るものなのに、これはその兆しさえ見せない。
使用者の種を根本的な部分から変えてしまう薬なのだから当たり前なのだけれど、実際に目にすると改めて恐ろしいものを感じた。
「自分を失ってまで、一体何をしたかったって言うの……?」
道具を使わなければ自分を繋ぎ止めていられない状態になって、追い詰められて人間であることを捨てて。
そこまでしたというのに、彼らの望みは叶わない。
あんなに求めていた“竜”とは契約することは叶わなくて、彼らが姉のために目指していた道は当の姉自身が望んでいない。
“竜”との契約を果たして彼女を迎えに行ったとしても、彼女は2人を拒否しただろう。
彼らが目的を明かしたとき、彼女はその行動をあんなに否定していたのだから。
そもそも自我を捨ててしまったら、望みも何もないではないか。

「我らが目指すものはただひとつ」

唐突に耳に飛び込んできた言葉に、はっと視線を動かす。
かなり離れた場所に立っていたはずのアビューが、いつの間にか横たわるトロルの頭の側までやってきていた。
その顔からは、先ほどまではあったはずの表情が完全に抜け落ちている。
「姉上が異端扱いされず、姉上が認められる世界」
言葉はしっかりと発しているのに、開かれた瞳は焦点が合っていない。
顔と同様に表情が抜け落ちたその瞳には、危うい光だけが宿っていた。
双子は魂を共有しているという話を聞いたことがある。
それが事実なのだとしたら、片割れを失って不安定になっているのだろうという予想はついた。
それでなくても、ただでさえ姉にあんなに執着を持っている彼だ。
弟に対しても同じ執着を持っていないとは言い切れない。
「そのために“竜”を手に入れて、姉上を認めさせようとした」
「……認めない奴らは“竜”を使って消そうとした?」
「そうだ」
聞き返せば、しっかりとした返事が返ってくる。
ふと、いつからかずっと引っかかっていた疑問が頭を過った。
「……本当にそれだけだった?」
「何……?」
「本当にお姉さんの……イールのためだけを思って力を手にしようとしたの?」
唐突な、けれども真剣な口調で問われた言葉に、アビューは目を見開く。
まっすぐにこちらを見つめる瞳は焦点が定まり、驚愕の光が宿っていた。
人形師の村に生まれ、人形師ではなかったために異端とされた彼らの姉イール=レムーロ。
ならば、もし彼女たちの生まれた場所が、育った場所が、カース村ではなかったら。
もし彼女たち姉弟が、別の場所で暮らしていたら。
「世界中で異端と言われているなら、そんな道に走るのも仕方がないかもしれない。けど、イールが異端だったのはあんたたちの故郷でだけでしょう?」
この国は確かに人形師の国と呼ばれ、ギルドの本部まであるけれど、だからと言って住民が全員人形師というわけではない。
たまたま昔、マジック共和国の王立人形師ギルドが存在した国であったから、人形師という職種の人間が多くなってしまっただけの話だ。
カース村以外の町には、人形師ではない者もたくさんいる。
そもそも視点を世界に持っていけば、人形師の数なんて全体の2割にも満たないのだ。
「イールが異端と呼ばれるのが嫌だったなら、姉弟揃って村から出ればよかった。そうすれば彼女が異端と呼ばれることはなかった。けど、あんたたちはその選択を捨てた」
淡々と告げられる言葉に、アビューの目がさらに見開かれる。
「あの村から、この国から出たら“竜”が見つからなくなるから。この国を出てしまったら、竜を手に入れることは出来なくなるから」
今回その伝説が国外に漏れたのだって、この双子が“竜”を手に入れるために人形師の虐殺を始めたからだ。
彼らが行動を起こさなければ、あの伝説のことは国外に漏れることはなかった。
ミスリルもウィズダムと契約することなどなく、彼はこの地で眠りについたままだったかもしれない。

「……あんたたちはイールのためとか言いながら、結局自分たちのために“竜”を探していたんじゃないの?」

まっすぐに自分を見つめる少女から発せられた言葉に、アビューは大きく目を見開いた。
「ち、違うっ!!」
その言葉が指す意味を否定するかのように頭を大きく振って叫ぶ。
表情が抜け落ちていたはずの顔に浮かんだのは、紛れもない恐怖。
「僕たちは姉さんのために!姉さんを助けるために!姉さんのこと、認めさせるために……っ!」
「『異端ではない』人形師が使う力で、『異端である』人形師じゃない人のこと、どうやって認めさせるつもりだったの?」
告げられた言葉に、それを伝えた冷徹な声に、再びアビューの動きが止まった。
「『異端ではない者』の力じゃ『異端である者』のことを認めさせることはできない。それどころか、『異端者』のせいで自分たちがこんな目に合うんだって、そう考える人間が出る可能性の方が多いでしょうね」
実際、双子がカース村に現れたあの直後、イールは自分が2人を止めないせいで村が襲われるのだと詰め寄られていた。
よしんばそんな不満を力で押さえつけたとしても、逆に周りはイールを認めないだろう。
『異端者』である上に自分たちを恐怖に陥れた者の『姉』だから。
「力で押さえつけたんじゃ、誰も何も認めねぇよ」
唐突に声が聞こえて、ミスリルは視線だけを動かす。
トロルの上に乗ったままのリーフが、まっすぐにこちらを――ぴくりとも動かずに固まっているアビューを見下ろしていた。
「力で無理矢理誰かを従えようとしたって、やられた奴らは納得しない。もしかしたら、お前らの姉さんへの風当たり、影でもっと強くなるかもしれないぞ」
力で押さえつけられ、従うことを余儀なくされた経験を持つからこそ言える言葉。
無理矢理従うことを余儀なくされたからこそ、影で力を蓄え、反撃に出た彼だからこそ言える言葉だ。
「……本当にイールのことを考えているのなら、例えそれが根本的な解決にならなかったとしても、村を――国を出るべきだったのよ」
そうすれば、少なくとも面と向かって存在を否定されることはなくなる。
それどころか、彼女の存在を認めてくれる人が増えたかもしれないのに。
「……る、さい……」
ふいに耳に入った小さな声に、ミスリルは伏せようとしていた目を上げた。
「うるさい!うるさい!うるさいっ!!」
突然叫び出したアビューを見て、思わず目を見開く。
先ほどまでぴくりとも動かなかった彼は、両腕で抱えた頭を激しく左右に振っていた。
「何を言われようと僕は“竜”を手に入れるっ!僕ら姉弟のためにっ!!」
言い切ったと思ったと同時に首にかかっているペンダントに手をかける。
その行動が示す意味を正確に悟ったミスリルは、はっと目を見開くと彼を止めようと手を伸ばした。
その手が届くよりも早く、アビューの首にかかった鎖は引きちぎられ、宙を舞う。
途端に辺りに絶叫が響き渡った。
思わぬことに2人が動けずにいるうちに、叫びを発するアビューの体に変化が生じる。
双子の弟と同じようにばきばきと音を立てながら変化していく彼を見て、ミスリルは大きく目を見開いた。

remake 2004.12.27