SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter5 伝説のゴーレム

20:竜の祠

先ほどよりも速度を速めて黙々と森の中を歩く。
だんだん木々の間から見え隠れするようになった茶色い壁に、無意識のうちにペースは上がっていた。
「おい、ミスリル」
「何?」
後ろからかかった声に、振り返らずに一言だけ返す。
ほんの少し間が空いてから大きく息を吐く気配がした。
「……何でもない」
「用がないなら話しかけないで」
強い口調でそう言えば、再び盛大なため息が返ってきた。
そんなリーフの行動がいちいち癪に障る。
あの休憩の後から時折繰り返されているやり取り。
早く『竜の祠』を見つけたいと思っているミスリルには、鬱陶しいことこの上ない。
だんだんと機嫌が悪くなっていくのが目に見えてわかるミスリルに、リーフは気づかれないようにため息をついた。

何で目的地が近くなるほど機嫌が悪くなるんだ、こいつは……。

声に出して言ってやりたいが、そんなことを口にしたら確実に置いていかれる。
半日近くかけて漸く目的地と思われる場所に近づいたというのに、ここでスタートに戻るのはごめんだった。
「戻っちまったらもう来れないし……」
「何か言った?」
「いいや。今のは独り言」
首だけ僅かに振り向かせて睨みつけてくるミスリルにあっさりとそう返す。
その答えにミスリルは一瞬だけ目を細めると、すぐに視線を前に戻した。
リーフから視線を外したというのに、その目は機嫌が悪そうに細められたままだ。
「……あんまり眉間に皺寄せると残るぞ」
「うるさい」
後ろからぼそっと呟かれた言葉に思わず言い返す。
ずいぶん小声で言ったつもりだったリーフは、自分の呟きに返事が帰ってきたことに驚いた。
正面を真っ直ぐ睨んでいたミスリルは、そんな彼の表情には気づかなかったけれど。
実の所、今回ばかりはミスリルも自身の焦りに気がついていた。
あの崖に近づくたびに胸がざわつく。
何かに呼ばれているような感覚が感情を支配して落ち着かない。

呼ばれている?一体何に?

頭の中に浮かんだ自らの考えに疑問を投げる。
けれど口に出しているわけではない言葉に返事など返ってくるはずもなく、それがミスリルの苛立ちに拍車をかけていた。
「おい!ミスリル!」
「今度は何っ!!」
再び声をかけられたとたん足を止めて振り返り、叫んだ。
「いや、そのまま進むとぶつかるぞって」
「は?」
思わぬ言葉に今まで自分が見ていた方向を振り返った。
「あ……」
いつの間にたどり着いたのか、2人は森の出口に立っていた。
その100メートルほど先にあるのは茶色い岩肌。
あの休憩の後からずっと自分たちが目指していた場所。
「もしかして、考え事でもしてたのか?」
森を抜けたというのに一言も発しなかったミスリルに心配になって声をかけたのだが、どうやら正解だったらしい。
自分の思考に沈んでいたため、目の前に広がる光景を認識していなかったのだろう。
「……」
「……いや、別にいいんだけどな」
無言で睨まれ、あっさりとそう返す。
以前誰かが言っていた、誰かが焦っていると自分は冷静になれるという言葉。
あれは本当だったんだななどと考えながら、リーフはミスリルを追い越し、壁の前に立った。
「ここの何処かに祠の入口があるのか?」
「文献が示す『森の奥地』がここならね」
機嫌が悪そうに目を細めたままミスリルがこちらに歩いてくる。
リーフの隣に立つと、手を伸ばして岩壁に触れる。
少し汚れていただけの白い手に泥が纏わりつく。
そんなことは気にもせず、ミスリルは一心に壁を撫で始めた。
壁に何か手がかりが残されていないか確かめるために。
「おい」
そんな彼女に怪訝そうな顔をしてリーフが声をかける。
「ミルザの聖窟、レミアは壁に刻まれた文字のおかげで中に入ったと言っていたの」
壁から手を離さずにミスリルが告げた。
その言葉に、リーフもそういえばと呟いて壁を見る。
「フェリアも言ってたあれか?崖と石盤が一体化してて、古代語でも公用語でもない文字が書かれてた……」
言いかけのように途切れた言葉に、しかしミスリルはしっかりと頷いた。
「レミアだけが読めたって言うあの文字は、私たち7人に伝えられてる特殊な暗号なのよ」
「暗号?」
「そう。正確にはクラリア……火の盗賊の家系に受け継がれて、それを仲間に伝えているっていうのが正しいんだけど」
説明しながらも、ミスリルは壁を探る手を止めようとはしなかった。
それに倣うようにリーフも壁に張り付き、それを慎重に撫で始める。
「本家の、力を継いだ者にしか伝えないってことになってるらしくって、私たち7人以外は解き方も解いてからの読み方も知らない」
「だからフェリアは読めなかったのか」
ぽつりと呟くとミスリルは小さく頷いた。
「……あれ?ちょっと待てよ」
唐突に頭の隅に引っかかった疑問に、リーフは手を止めミスリルを見る。
「確かミルザって、今俺たちが探している精霊神法は使えなかったんだよな?」
「精霊神はそう仰ってたわね」
「じゃあ、ミルザはここに来てないんじゃないか?」
この世に存在していると言う5つの精霊神法。
そのうち4つはミルザが扱っていたものだけれど、今自分たちが探している呪文は違う。
人形師ではなかった彼は、先ほどリーフが言ったように地の精霊神法だけは使うことができなかったはずだ。
だとすれば、彼がここを訪れる必要などなく、また彼が残したと考えられる暗号も残っているはずはないのだ。
暗号が残っていないとなれば、今自分たちがしていることは無駄な行動以外の何物でもない。
そう思い問いかけたリーフの言葉は、確信を持って告げられたミスリルの言葉によって否定された。
「来てるわよ」
「何で言い切れるんだ?」
「古文書」
「古文書?ってあの……?」
思い浮かぶのはただひとつ。
リーナが解読した、虐殺の双子がギルドより盗み出したと言うあの古文書。
「『琥珀と金の色を持つ者、その扉の前に立ち、珠を捧げん』」
唐突に続けられた言葉にリーフは眉を寄せた。
「リーナが言ってた後から書き足された部分よ」
「それがミルザだって言うのか?」
「あの文が書き加えられた時期とミルザが世界を回っていた時期が同じなら、ね」
ミスリルの口から発せられた言葉に、リーフはますます眉を寄せた。
手を止めずに必要なことだけを淡々と告げる彼女の意図がわからない。
何か意味があるわけではなく、余裕のなさから来る口調なのだろうけれど、彼女たちの祖先を伝承と言う形でしか知らない自分には通じない。
普段はミスリルがこんな話し方をしてもペリドットやルビーのフォローが入るのだが、あいにくここには自分たちしかいない。
わからなくても納得するしか手段がなかった。
「へぇ~。ミルザって世界中旅してたんだ」
「そうじゃなきゃ世界中で目撃証言なんて残ってるわけないでしょう」
冗談交じりの呟きにきっぱりとした言葉が返ってきたときは驚いた。
そんなものが残っているのかと問いかけようとして、思わず言葉を飲み込んだ。
ミスリルが先ほどから止めることなく動かしていた手を止め、じっと目の前の壁を凝視していたから。
「ミスリル?」
あったのかと聞こうとして、呟かれた言葉に再び言葉を飲み込むこととなった。
「……魔力の源?」
首を傾げて、壁に当てられたままの彼女の手元を覗きこむ。
周りと少しだけ色の違うそこには、見慣れない文字が刻まれていた。
公用語ではないそれは、おそらく先ほど彼女が話していた彼女たちだけの暗号なのだろう。
その文字の下には深くはない小さな穴がぽっかりと口を開けている。
暫くの間じっとその文字と穴を見比べるように壁を見つめていたミスリルは、突然はっと視線を下げた。
その先にあるのは、上着の下に隠れたベルトに括りつけた自身の武器。
少し慌てたようにベルトから鞭を外すと、口の中で小さく言葉を紡いだ。
一瞬の光の後、手の中にあった鞭が丸い水晶球へと変化した。
突然のその行動に驚いているリーフは気にせずに――実際には気にしている余裕がないだけかもしれない――手の中の水晶球と壁に開いた穴を見比べる。
「やっぱり……!」
小さく呟いたかと思うと、リーフが疑問を口にするより先に水晶球を穴の中へ突っ込んだ。
「おい、ミスリル!何して……っ!?」
漸く言葉を口にした瞬間、穴から強い光が放たれた。
突然のことに驚いた2人は、反射的に目を守るように顔を腕で覆っていた。
ぴっと壁を2つに分けるように光が上下に走った。
穴の中央を通って一際強く輝くそれは、次の瞬間には消えていた。
突然収まった光に驚き、2人は顔を覆っていた腕を下ろす。
それを待っていたかのように目の前の壁が動き出した。
水晶球が収まっている壁を中心に左右に分かれ始めたのだ。
呆然としている2人の前で、壁は音を立てて開いていく。
開ききったのだろう、今まで目の前にあった壁が動かなくなると、あの穴があった位置に浮かんでいた水晶球が吸い込まれるようにミスリルの手の中に戻ってきた。
「『琥珀と金の色を持つ者、その扉の前に立ち、珠を捧げん』って、こういう意味だったのか……」
彼にとっては突然と言ってもいいだろう、目の前に開いた道を見つめてリーフが呟く。
「みたい、ね……」
その言葉に何故か引っかかりを感じながらも、ミスリルは頷き、言葉を返した。
不意に頭の片隅に浮かんだ、今肯定したばかりのリーフの言葉とは別の考え。
何の根拠もないのに浮かんだそれに、どうしてそんなことが言えるのかと心の中で毒づいた。
頭を軽く振って思考を落ち着ける。
再び言葉を紡いで鞭に戻した水晶をベルトに括りつけると、ミスリルはしっかりと顔を上げた。
先ほどの光はかなり強いものだった。
もしかすると森の外まで届いたかもしれない。
だとしたら、こんなところでぐずぐずしている場合ではないのだ。
「いつまで呆けてんのリーフ」
声をかけられ、リーフははっとミスリルを見る。
「さっさと行くわよ」
それだけ告げると、ミスリルはさっさと開いた『扉』の中へと入っていく。
「あ、ああ……」
漸くと言った感じで搾り出された言葉を背中で受ける。
すぐに背後に感じた気配にリーフがしっかり自分を追いかけてきていることを悟ると、彼女は振り返らずに真っ直ぐ奥へと進んでいった。

remake 2004.09.03