SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter5 伝説のゴーレム

19:妖精の森

呪いの名がついた村の南には、小さなこの大陸にしては広大な森が広がっていた。
地図を見る限りエスクールの西にある“精霊の森”の2倍の広さがあると思われるその森は、足を踏み込んだ者が方向感覚を失い、気がつくと森の入口に戻ってきてしまうという“迷いの森”だ。
その森の側で休息を取っていた旅人から森の中に妖精の姿を見たという証言が多発しているのは、呪いの名を持つ村に住むものに取っては有名な話。
だからその森がこの国で“妖精の森”と呼ばれているのだとイールは話してくれた。
「まさか、本当にあるなんて……」
「妖精族は各国に散らばってるってティーチャーが言ってたからね。『入ったものが奥まで辿り着くこと叶わずに吐き出される森』なんて、エスクールの封印の森を除けばこれしかないでしょう?」
リーフよりも少し前の位置に立っているミスリルが振り返ってにこりと笑う。
「それに、ここなら隠し場所としてもってこいじゃない」
エスクールに限らず、妖精の森の中心部には基本的にミルザの血を引く者でなければ入れない。
精霊神法を封印しておく場所として、ここ以外に適した場所があるだろうか。
「まぁな」
ため息混じりの返事を聞いて、ミスリルは思わず苦笑した。
それも長くは続かず、次に発せられた言葉に思い切り眉を顰めた。
「後でイールにお礼送らないとな」
「……何で?」
「だって半月も世話になったし、俺らがこの場所を突き止めたのだって、あいつが古文書貸してくれて、質問にも答えてくれたからだろう。礼くらいしないと悪いじゃないか」
もちろんリーナにもなと付け足して、リーフは何にしようかと真剣に考え込んだ。

今ここにいるのは最初と同じ、ミスリルとリーフの2人だけだ。
無理矢理にでもついてくると思われたリーナは、今回は戻ってくるようアールからきつく言い渡されていたらしく、名残惜しさに何度も振り向きながら今朝カース村を後にした。
彼女を見送ってから半月世話になったイールに別れを告げ、彼女たちはまた2人だけで旅に出た。
彼女たちが追っているのは自分の弟たちだと知っていたイールは2人について行こうとしたのだけれど、見たこともない表情で怒鳴ったミスリルの気迫に押され、しぶしぶ断念したのだった。

そして今、2人は妖精の森の入口に立っている。
「リーフ」
声をかけられ、イールとリーナに渡すお礼の品は何がいいかと悩んでいたリーフは顔を上げた。
「そんなものは後でも考えられるでしょう」
再び振り返ったミスリルの顔からは先ほどの笑みは完全に消えていて、リーフは思わずため息をつく。
「わかってるよ。悪い」
素直に謝れば、小さく息を吐いて彼女は再び森へと視線を戻した。
自然と沈黙が2人を包んだ。
じっと森を見ているミスリルの瞳は、何を考えているのか揺らいでいる。
しかし、彼女の後ろに立つリーフにはその表情がわからない。
故に黙り込んでしまったミスリル相手に何を言えばよいのかわからず、リーフは黙って彼女の言葉を待っていた。
「……入る前に言っておくわ」
暫くしてため息混じりに発せられた言葉に、じっと彼女を見ていたリーフは眉を寄せた。
ゆっくりとミスリルがこちらを向く。
伏せ気味だった茶色の瞳がしっかりと開かれ、リーフに向けられた。
「妖精の森の結界はミルザの血を引く私には効力を示さない。でもあんたに対しては違う。はぐれたら身の安全は保障できない」
はっきりと発せられた言葉に、何を言っているかわからないと言った風にリーフの表情が動く。
けれど少ししてそれが何を意味するか悟ったのか、すぐに瞳に真剣な色が浮かんだ。
ミルザの血を引いていない彼でも、彼の血を引く者と一緒であれば森の結界を抜けることができる。
この『一緒』というのは、お互いがお互いを視覚で認知できる範囲にいるということを示す。
相手が認知できない範囲に行ってしまった場合、結界の効力を無効化する要素を持たない者は強制的に森の入口へと帰される。
それはこの森では常に行われていることで、この程度ならばはぐれても別に危険はない。
ミスリルが口にした『はぐれた場合の身の安全』とは、リーフが1人で外に放り出された際の命の安全を示していた。
例の双子があの文献を解読できたと考えるのならば、この森の何処かに“竜”の封印場所――古文書の解読をしたリーナによると『竜の祠』と呼ばれているらしい――があると突き止めている可能性が高い。
もし森の周囲で鉢合わせをしてしまった場合、リーフ1人では逃げ切ることさえできないかもしれない。
魔力が目覚めたとはいえ、彼が使えるのは半月前にゴーレムを切り刻んだあの呪文だけだから。
「ルビーたちが心配ないって結論出してくれても、あれしか使えないんじゃまずいよなぁ……」
半月前、一度ミスリルがアースに戻った際にタイムを通して仲間に告げたリーフの魔力の覚醒。
リーナを通してある程度なら使用しても問題ないだろうという答えが返ってきていたけれど、付け焼き刃の知識と訓練で役に立てるかと聞かれたら、答えは否だろう。
普通の魔物に対してならともかく、今自分たちが敵対している双子と戦闘になった場合、足手まといでしかないかもしれない。
「まずいも何も、1人で戦おうとすればほぼ100パーセント負けるでしょうね」
視線を下げ、じっと腰の鞘に収まった自身の剣を見つめているリーフに、ミスリルははっきりと言葉を返した。
帰ってくる言葉に予想がついていたのか、リーフは特に反応を返さない。
そんな彼を見て、ミスリルは小さく息を吐いた。
はっきりと言ってしまえば、ミスリルは今、彼を足手まといだとは思っていない。
むしろ魔法剣が使えるようになったリーフは十分戦力になると考えていた。
人形師はほんの一部の例外を除いて地属性の魔力を持つ。
人形師という名の由来がゴーレムと呼ばれる土人形を操ることなのだから、仕方ないのかもしれない。
同じ属性を持つ故に、人形師同士の戦いというのは元々の魔力に左右されることが多い。
だから心強いのだ。
たとえ完全に使いこなせていなくても別の属性――特に反属性である風の呪文が使える者が仲間にいるということが。
「だから絶対にはぐれるんじゃないわよ。探しに戻ってくる余裕、私にもないからね」
「わかってる」
顔を上げてリーフはしっかりと答えた。
「じゃあそろそろ行きましょう。いつまでもここにいるわけにはいかないから」
くるりとミスリルがこちらに背を向ける。
そのまま迷わず目の前に広がる森に向かって歩き出した。



どちらも何も言わずに黙々と足を動かす。
何かが隠されているとは思えないほど森の中は穏やかだった。
結界の外には魔物も徘徊しているというのに、この雰囲気の違いはなんだろうと思わず考えてしまうほど。
歩いているうちにほんの少しだけ森が開けている場所に出た。
少しだけ休憩しようと告げて近くの木の下に腰を下ろすと、ミスリルは地図を広げた。
この森の中にある獣道が人間の地図に載っているはずがないのはわかっている。
彼女が地図を開こうと思ったのは、自分の体に纏わりつく感覚のせいだ。
この感覚はこの森に張られている結界のものだと知っている。
けれどその感覚が奥に進むにつれ、全く薄くなることなく濃くなっていることに疑問を覚えた。
妖精の村は森の中心にあるだから、そこを通り過ぎれば結界は再び薄くなるはずなのだ。
なのに、この森は中心付近を通り過ぎても結界が薄くなる様子がないのである。
「……あれ?」
ふいに横からかかった声に顔を上げる。
荷物を降ろして座り込んだと思っていたリーフがいつの間にか隣に立っていた。
その視線は真っ直ぐに広げられた地図に向けられている。
「どうかした?」
「いや、この山ってもしかしてあれかなって」
言いながらリーフの指が示したのは真正面。
不思議に思ってそれを目で追ってみるが、ただ森が広がるばかりで目の前には何もない。
「いや、そこじゃなくって、上」
続けられた言葉に訝しげに彼を見る。
苦笑していた彼は、真っ直ぐ前に伸ばしていた腕を少しだけ上へと動かした。
「上って、上には何も……」
言いかけて、思わず言葉を止める。
視線を少し上に上げ、視界に入ったのは茶色い岩肌。
「……崖?」
立ち上がって確かめるように呟く。
木々の向こうに空と共に見えるのは間違いなく茶色い壁だ。
人工のものではない、自然の力によって出来上がったそれ。
「もしかしたらこの森、あの崖に囲まれてるんじゃないか?」
ミスリルの手ごと地図を持ち上げてリーフが言った。
確かに地図に記された森の南半分は、そのすぐ下の山から伸びた細い線に囲まれている。
よく見てみると、その山の形は不自然だった。
楕円型に描かれた山の北側は丸く抉られていた。
もし地図上のこの山が完全な丸い形をしていたら、そこに三日月が描かれているように見えたかもしれない。
いくら常識を超えたことが起こるインシングとはいえ、こんな不自然な形の山が自然に出来上がるだろうか。

……答えは否。

「この森にとっての『奥』って、この崖のことみたいね」
地図を見つめたままぽつりと呟く。
「だな。案外目的地ってまた洞窟なんじゃないか?」
レミアたちが祖先の剣を求めて目指した場所も洞窟だったと聞いている。
自分たちが目指している場所も彼女たちの目的地と同じ、何かが封印されている場所だ。
祠と呼ばれているそこが洞窟であったとしても、何の不思議もないのではないか。
人が建てた祠より自然の力によって守られた洞窟の方がよっぽど頑丈なのだから。
「何にしろ、行ってみないと何とも言えないわね」
もう一度だけ崖を見上げて、誰に言うわけでもなく言葉を発した。
すぐに崖に向かって背を向けると、木の側に置いた荷物に手をかける。
その中に地図を押し込み、紐を掴んで持ち上げると、リーフが驚き表情を浮かべた。
「おいおい。休憩するんじゃなかったのかよ」
「もう十分でしょう。それより早く行くわよ」
「十分って……」
まだここに来て10分も経っていない。
森に入ってから数時間ずっと歩きっぱなしだったというのに、その程度の休憩で体力が戻るはずがない。
山の形など指摘しなければよかったなどと考えながら、こんなことをしている場合ではないと自分の荷物を掴む。
ミスリルを見失ってしまったら、自分は強制的に森の外に吐き出されてしまうのだ。
「おいっ!ちょっと待てよっ!」
そんなことになって堪るかと荷物を持ち直して、リーフは慌てて先を歩く少女を追いかけた。

remake 2004.08.23