SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter5 伝説のゴーレム

16:魔力

一瞬自分の目を疑った。

このままではまずいと思い、アスゴに指示を送ろうとしたその直後。
突然突風が辺りを襲った。
それもただの風ではなく、明らかに魔力を含んだもので。
驚いて回避も何もできなかった。
敵のゴーレムを中心に風が辺りを切り刻んだ。
制御しきれていなかったその術は相手だけではなくアスゴも、そしてミスリルにも傷を与えていった。
アスゴは体に、ミスリルは着ている服を含めた左半身に、それぞれ細かな傷を負っている。
術のターゲットであったゴーレムにいたっては、胴体のあちこちが深く切り刻まれている。
動きが極端に鈍くなっているから、おそらく核にも傷がついてしまったのだろう。
その光景を暫くの間呆然と見つめていると、突然少し離れた場所で何かが倒れた音がした。
はっと視線を動かせば、うつ伏せに倒れたリーフが視界に入る。
一瞬何故リーフが倒れたのかと考えを巡らせて、思い出した事実に驚愕した。
確か、さっきの風が吹いてきたのは彼がいる方向だ。
自分の傷を追った半身に視線をやってから、もう一度倒れたリーフを見る。
まさかと思いながら辺りを確認するように見回すと、ちょうどリーフの真正面に当たる場所が一番被害が大きいことに気づいた。
彼から遠ざかるほど被害が小さくなっているのは目にも明らかで、その事実が否定しようとする彼女の思考を強制的に肯定へと導いた。

まさか、リーフが魔法剣を使った……?

できるはずがない。
彼は生まれつき魔力を持っていないのだ。
他の種族ならばともかく、魔力を生まれ持たなかった人間に魔力が目覚めることなどありえない。
少なくとも前例はないのだ。
魔族と契りを結んだというのなら話は別だけれど、リーフにはそんな経験はないはずだ。

信じられない事実を目にして考えに沈んでいた思考は、突然耳に入った音に現実に引き戻された。
音の発生源を探して視線を動かせば、ゴーレムがアスゴに殴りかかっているのが目に入る。
慌ててリーフの方へと走ってアスゴを見上げると、殴られた場所に罅が入っていた。
動きを見る限り核は無事のようだが、このまま戦闘が長引けば危ないのはわかりきっている。
「アスゴっ!奴の核を壊しなさいっ!!」
本当はしたくなかった、最後の命令。
一瞬動きを止めたように見えたアスゴは、その声が完全に空気に消えると同時にゴーレムの胸にほとんど無傷の拳を叩き込んだ。
岩が砕ける音と共に微妙に違う何かが砕ける音が響いた。
それで終わり。
びくっと揺れたゴーレムの体は、次の瞬間あっけなく砕け散った。



傷ついたアスゴを還してからチルドアースという小人型のゴーレムを呼び出してゴーレムの残骸の片付けを頼む。
砕かれた核がただの石に戻っていることを確認すると、別のチルドアースに手伝ってもらい、意識を失ったままのリーフをイールの家へと運んだ。
森の方へ避難したイールはまだ戻ってきてはいないらしかったが、リーフをこのまま外に置いておくわけにも行かず、悪いと思いながらも中へと入った。
ベルトから鞘を外し、マントを無理矢理剥ぎ取った後、起こさないようにベッドに寝かせる。
一通りの作業を終えて漸く見たリーフの顔は、疲労に満ちていた。
あの術を使ったのが本当にリーフだったとすれば、今彼が意識を失っているのは初めて呪文を使ったことへの反動だろう。
本来ないはずの力が突然目覚めた上に、一切の訓練をしないで呪文を放ったのだ。
体に相当な負荷がかかっていてもおかしくはない。
「ないはずの魔力が目覚める、か……」
先ほどから何度も繰り返した疑問が頭を駆け巡る。
純粋な人間であるはずの彼が、何故突然。
以前に読んだ書物を思い出してみるけれど、エスクールの王族には異種族と結ばれた者はいないはずだ。
もし母親の家系の方にいたとしても、それならば魔力を持って生まれたミューズから何らかの違和感が感じられるはず。
そういった感覚が鋭いのは人間より妖精族だ。
けれどその妖精族であるティーチャーはリーフ、ミューズ兄妹に対して、そう言った感覚は何も感じていないようで。
となればやはり異種族の血が混じっているための覚醒、ということはありえないだろう。

だったら、何故。

いくら思考を回転させても答えは出ず、ただ同じ考えを繰り返しているだけ。
そんな自分に気づいて考えるのをやめた。
どの道このまま1人で考えていても無駄なのだ。
ならば自分のするべきことをする。
今の自分たちは時間を1秒たりとも無駄にすることはできないのだから。
頭の中で自己完結させると、この話はおしまいとばかりに立ち上がり、ソファの側に置きっぱなしだった荷物を開ける。
袋の底の方を漁ると、冒険者用の小さな薬卸を取り出した。
石なので重くないとは言えないが、それでもミスリルの自宅にあるものに比べればずいぶんと小さく、軽い。
常備していた薬草の中からいくつかを選んでテーブルに置く。
他に必要な物を取り出し確認を済ますと、すぐに最初の薬草を薬卸の中に入れた。



鼻を突く匂いに沈んでいた意識が浮かび上がる。
ゆっくりと目を見開くと、目の前に知らない天井が広がった。
ぼんやりと霞のかかった頭で考える。
自分は今まで何をしていて、どうしてここにいるのだろうと。
ゆっくりと視線を動かして、最初に目に入ったのはソファの背もたれ。
それを認識した瞬間、自分はソファに寝かされているのだと気づいた。
今度は頭も一緒に反対側へ動かしてみる。
視界に入ったのはテーブルと見慣れない奇妙な道具一式。
どこかで見たことがある気がすると、まだ覚醒しきっていない頭をフル回転させて考える。
考えているうちに、以前理事長室で見た道具だったと思い出す。
確か、あれらは全てミスリルのものだったはずだ。
じゃあ、目の前にある記憶より小さいこれらも彼女のものなのだろうか。
そこまで考えて、耳に届いた声に視線を動かした。
「お目覚め?」
自分の足元の方に茶色い髪の少女が立っている。
少し怒ったような呆れたような、そんな表情をした彼女は、リーフが自分を視界に入れたのを見て大きくため息をついた。
「まったく。戦闘中にいきなり倒れないでよね。ここまで運んでくるのに一苦労だったのよ」
「ご、ごめん……」
まだ頭がはっきりしていなくて、何のことを言われたのかはさっぱりわからないのだが、一応謝っておく。
その言葉を聞いて少女は呆れたような表情を浮かべると、手にしていた水の入ったグラスと共に薬のような物を彼に突きつけた。
「栄養剤。とりあえず飲んでおきなさい。即席だけど、ないより体が楽なはずよ」
「あ、ああ」
渡された粉末を眺めた後、思い切ってそれを口に流し込む。
上を向いて飲んでしまったのが悪かったらしく、粉が器官に入って噎せてしまった。
慌てて水を飲んでその不快感を押し流す。
そうしているうちに徐々に頭にかかった霞が解け、倒れる前の記憶が蘇ってきた。
突然動悸の激しくなった心臓。
瞼の裏に見えた人らしき影。
体の奥底から湧き上がってきた力。
夢のような気がするけれど、夢ではないのがはっきりとわかった。
あの時感じた覚えのない間隔が、今も体の中に燻っているのがわかったから。
「……ミスリル」
「飲み終わったのならコップ」
目覚めたばかりのこの力。
相談しようとして名を呼んだ途端にぶっきらぼうに声をかけられ、一瞬リーフの動きが止まる。
「あ、ああ。ありがとう」
それでも律儀に礼を言って手にしたグラスを差し出せば、それは乱暴に奪い取られた。
「……でさ、ミスリル。話があるんだけど……」
「今は聞かない」
きっぱりと返された言葉に、驚いてミスリルを見る。
「どうせ魔力のことでしょう?」
聞き返す前に帰ってきた言葉に目を見開いた。
同時にやはり気づいていたかとも思う。
その血筋ゆえに元々魔力を含めた能力が高く、人よりも魔力に対する感覚の鋭い彼女たちだ。
7人の中でも魔力が高い方に分類されるミスリルが、自分の変化に気づかないはずがない。
「相談されても私じゃ答えは導き出せない」
続けられた言葉にふと思う。
あの双子との邂逅とゴーレムとの戦闘。
その直前まで彼女を包んでいた焦りが、今は感じられない。
「どっちにしろリーナと連絡つけるために一度向こうにも戻らないといけなくなったわけだし、その時みんなに報告するわ」
グラスを片付けながら告げる彼女は、先ほどよりもずっと落ち着いて見えた。
流しの横に設置されていた水がめから水を掬い、グラスを水で簡単に洗う。
他人の家だから、薬の成分を残しては悪いと思ったための行動だった。
洗ったグラスを流しの側に置くと、テーブルに置きっぱなしだった鞭を手に取る。
「私はイールを迎えに行ってくるから、あんたはそこでちゃんと寝てなさいよ」
振り返りもせずに強い口調でそう言うと、彼女はそのまま家を出て行った。
それは初めて魔力を行使した後の辛さを知っているからこその言葉だったのだが、それを知らないリーフは病人扱いされたようでむっとする。
実際ルビーやセレス、そしてミスリル自身も、覚醒して初めて呪文を使った後は体にかかる負担に耐えられず、半日も経たないうちにベッドに倒れ込んだのだ。
元々眠っていた魔力が目覚めただけの彼女たちでもそれなのだから、無かったはずの力が目覚めたリーフはそれより重い症状が出ることが予想できていて。
ミスリルがイールを連れて戻ったとき、案の定床に落ちてそのまま動けなくなったリーフが発見された。

remake 2004.08.10