SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter5 伝説のゴーレム

15:隠されし力

背後から響いた音に、はっと我に返る。
振り向けば、先ほどから力比べを続けていたゴーレムたちが、ほんの少しずつ動いているのがわかった。
アスゴに押さえつけられている敵の腕が、少しずつ持ち上がっていく。
「リーフっ!」
慌てて少し離れた場所にいる仲間の名を呼べば、わかっているという返事が返ってきた。
「ミスリル!こいつらの弱点ってどこだっ?!」
手にした剣を構え、視線を向けずに問いかける。
そんな彼に驚き、顔を向けてから、ミスリルは小さくため息をついた。

ちっともわかってないじゃない。

思わず口から飛び出しかけた言葉は何とか飲み込んで、ゴーレムへと視線を向ける。
「……敢えて言うなら心臓の役割をする“核”が弱点だけど、体の中にあるから魔力無しじゃ壊せない」
以前一度アスゴを倒したタイムは、水の呪文を使って彼を追い詰めたのだ。
あれ以外の方法で核を取り出す方法など、自分には思いつかない。
「じゃあ地道に削るしかないか」
小さく舌打ちをして、リーフは素早く視線を動かす。
核があるのはおそらく胴体部分だ。
その部分に小さな隙間でも見つけられればと思うが、あの双子がそんなミスを犯しているとは到底思えない。
「アスゴっ!?」
考えているうちに耳に飛び込んだ声に反応して視線を上げた。
その瞬間、ゴーレムの腕を掴んでいたアスゴの腕が振り払われたのが目に入った。
「くそっ!?」
呪縛を解かれてしまっては考えている時間などない。
何処を狙うか定めることができないまま、リーフは目の前のゴーレムに突っ込んでいった。
今のゴーレムたちは両方とも巨人だ。
直接胴体を狙うことはできない。

なら、まずは……!

一瞬の判断で進路を変えたリーフの先にあるのはゴーレムの脚。
時間がかかるのは覚悟で、ここから順に削っていくしかない。
「でりゃああっ!!」
掛け声をかけながら手にした剣を振り下ろす。
寸分の狂いもなく叩きつけられた剣は、脚に当たった瞬間勢いよく跳ね返った。
「なっ!?」
驚きに目を見開く。
刃が当たったはずのその場所は、欠けるどころか傷さえついていなかった。
「リーフ!上っ!」
耳に飛び込んできたミスリルの声に反射的に後ろへ下がる。
一瞬遅れて、今まで自分が立っていた場所にゴーレムの腕が振り下ろされた。
「アスゴっ!!」
ミスリルの声に反応したアスゴがゴーレムの腕を再び掴んだ。
「何やってるのっ!今のうちにそこから離れなさいっ!!」
再び飛び込んできたその声に、リーフは驚いたようにミスリルを見る。
向けた視線に含まれた疑問に気づいたのか、ミスリルは顔を歪めて舌打ちした。
「さっきの話聞いてなかったの!ゴーレムの核は魔力無しじゃ壊せないのよっ!」
魔力によって守られているのは核だけではない。
ゴーレム自身の肉体――土や岩で作られた身体も魔力で守られている。
その身体を守る魔力が、彼らを形成している源なのだから。
だから魔力を一切持たないリーフでは戦おうにも術がない。
最初に言った『魔力無しでは壊すことは出来ない』はそういう意味だったのだ。
「じゃあ、俺は何もできないわけかっ!?」
「悪いけどそういうことね。足手まといよ!下がってなさい!」
きっぱりと言い捨てると、ミスリルは素早く音のない言葉を紡ぐ。
決して声が出ないわけではないが、音にするほどのものではない。
そう判断して口の中だけで詠唱を済ますと、鞭を握ったままの右手を振り上げた。

「アースクエイクっ!!」

言葉と同時に激しい揺れが辺りを襲う。
目の前のゴーレムが出現する直前よりもさらに激しい振動に、未だ残っていた者たちが何事だと身構えた瞬間、地面が裂けた。
裂け目の真上にいたゴーレムたちが裂けた地面の中に落ちる。
完全に落ちてしまう前にアスゴは側の壁へ飛び込む形で姿を消した。
裂け目によってずれた地面が変形し、塊となって残ったゴーレムに下から襲い掛かる。
周囲の人間には裂け目に落ちたゴーレムが突然飛び出してきただけのように思えただろう。
ゴーレムに襲い掛かった土の塊は岩のように固まり、揺れを利用して裂け目から飛び出すと、そのまま核があるだろう胴体部分を貫いた。
その見事な呪文の操り方に周囲の人間が驚き、ほっと息をつく。
そんな周りとは逆に、ミスリルの表情は一瞬にして険しくなった。
不思議に思って顔を顰めたリーフも、ゴーレムに視線を戻した途端にその理由に気づいて顔が真っ青になる。
岩に体を貫かれたままゴーレムがゆっくりと落下する。
その体は地面に近づくたびにゆっくりと、だが確実に大きくなっていて。
「まさか、あいつの呪文、吸収しやがったのか!?」
思わず叫んだ言葉に周囲の人間が反応した。
ざわめきが広まるより先にミスリルとリーフが動く。
本当に巨大化してしまったのなら、今いる位置では下敷きになると判断したのだ。
案の定、一瞬の後先ほどまで2人がいた場所を影が多い、次の瞬間にはどんっと言う音と共にその場所はゴーレムの足の下に消えた。
先ほどよりもずっと大きくなったゴーレムを見た村人たちから悲鳴が上がった。
途端にばらばらと人々が逃げ出す。
もうこれ以上ここにいることはできないと判断したのだろう。
先ほどまで辛うじてミスリルに加勢しようと呪文を詠唱していた者たちさえも一目散にその場から離れていく。
その様子を見たリーフの中に唐突に怒りが湧き起こる。

自分の村の不始末だろう!何で余所者に任せて逃げるんだよ!

思い切りそれをぶつけそうになり、叫ぶ寸前で何とか己の中に押し止めた。
逃げ出す理由などわかっている。
仕方がないのだ。
人形師の持つ魔力の属性はそのほとんどが地の力。
先ほどミスリルの発動させた呪文が吸収されたということは、あのゴーレムは自分の持つ属性と同じ魔力を吸収するという性質があるわけということだ。
「……やっぱり同属性の呪文じゃ駄目か」
舌打ちをしてミスリルは目の前のゴーレムを睨む。
自分の呪文が吸収されるというのなら、半属性である風の魔力には極端に弱いという可能性を導くことができるのだけれど、あいにくこちらには風の呪文を使える者がいない。
そして、その呪文を使える者を呼びに行っている暇も、ない。
ゆらりとゴーレムが動いた。
はっと顔を上げ、後ろに向かって地を蹴ると同時に口の中で言葉を紡ぐ。
「アースゴーレムっ!」
正式な名を叫ぶと、地面を突き破るようにして先ほどよりも多くなったアスゴがゴーレムの前に現れた。
呪文が聞かないのであれば、もうこちらが使える手はひとつしかない。
「そいつの体を削ってっ!」
同じ人形師として一番やりたくなかったこと。
ゴーレムに攻撃させ、相手のゴーレムの体を砕くという攻撃法。
それを敢えて実践することを決めた。
叫ばれた言葉に反応してアスゴがゴーレムを殴りつけた。
その動きが鈍いと思ったのは、気のせいではないと思う。
殴られた反動で倒れそうになった体を何とか支え、敵のゴーレムもこちらに殴りかかってくる。
その殴るという行為が合図になったかのように始まったゴーレムの同士の格闘は、まるでいつかの――アースでトロルの相手をしたときの――戦闘を思い出させた。
あの時は相手が魔物であった分こちらの方が有利だったけれど、今回は違う。
相手のゴーレムを召喚した者たちは強い魔力を持った術師だ。
そんな相手を殴り合いで倒せるかどうかと聞かれたら、答えられない。
自分で行き着いた考えに苛立ち、ぎりっと下唇を噛んだ。
無意識に力を込めてしまったために、唇から血が滲む。
それに気づかないまま、ミスリルはじっとこの格闘の行方を見守った。

少しは慣れた場所でゴーレムたちの様子を見ていたリーフは、不意に2体の変化に気がついた。
殴られた場所が削れている。
そんなことはこの格闘が始まったときから気づいていたけれど。
「アスゴの方が、小さくなってる……?」
自分で呟いた言葉に目を見開く。
先ほどまで同じ大きさであったはずの2体。
注意してみなければわからないが、今は確実にアスゴの方が小さいのだ。
それはアスゴが相手に押されているということで。
「このままじゃ、あいつが砕ける前にアスゴがやられちまう……!」
小さく舌打ちをして剣に手をかけたところで、止まった。
剣の柄をゆっくりと放す。
今魔力を持たない自分が出て行ったところで、何もできないのはわかりきっている。
わかってはいるけれど、悔しかった。
「結局俺って、あいつらと一緒にいても何もできないんだな……」
確かに暴走しがちなミスリルを引き止める役目はこなせているかも知れないが、それだけだ。
戦闘では何の役にも立っていない。
この村に来るまでに出くわした魔物も、ミスリルの呪文だけで退けることができたのだ。
セレスを助けたいと思って、そのために仲間の手助けをしたくてついてきたはずなのに、肝心なところで役に立てないのが悔しかった。
出会った頃から全く変われていない自分に腹が立った。
魔力がない分剣術をがんばってきたというのに、今魔力がないためにミスリルの足を引っ張っている。
そんな自分が許せなかった。
これでは何のためにここに彼女についてきたのかわからない。
何のために、この決心をしてついてきたのか、わからない。
そう思った瞬間、祈っていた。
祈りだけで物事が解決しないことは知っていたけれど、祈らないわけにはいかなかった。

「精霊よ」

俺に“精霊の国”の王になる資格があるのなら。

「どうか……」

俺にあいつらと共にある資格があるのなら。

「俺に……」

あいつの側にいる資格があるのなら。

「力を……」

ほんの一時でいい。貸してくれるだけでも構わない。

「だから……」

俺にあいつらを助けられる力をください。

強く願ったその瞬間、どくんと心臓が音を立てた。
あまりに早く脈打つ心臓。
その動きと音が与える息苦しさに、思わずその場に膝を着いて咳き込んだ。
苦しさにきつく閉ざしたはずの視界に何かがちらつく。
ちらちらと見えるそれは人のようだが、正確には認識できない。
一瞬、ほんの一瞬だけ鮮明に見えたそれ。
しかし、脳に入ってきたのはほんの一部の情報だけ。
どちらかと言うとフェリアの色に近い茶色い髪。
そして、オレンジと金のオッドアイ。
いや、金ではない。
あれは今、ここにいないセレスと同じ色。
そう認識した瞬間、心臓がいっそう大きく音を立てた。
一度だけで収まったその動悸と引き換えに感じたのは、何かが沸き上がってくる感覚。
体の奥底からの感覚に、驚いて目を開いた。
今まで感じたことのない感覚。
それでも、微かに妹や仲間たちから感じ知っていたこの感覚は。
「ま、りょく……?」
自分にはないはずの、一生持つはずのない力。
けれど突然湧き上がり、自然と体に馴染み始めたこの感覚の名はそれ以外には思いつかなくて。
「勘違いでもいい!」
顔を上げて視界に入った2体のゴーレム。
名があるかもわからぬ敵方のゴーレムはほとんど大きさが変わっていないというのに、アスゴは先ほどよりも小さくなっている。
このままでは確実に彼は倒されてしまうだろう。
「勘違いでもいいから、今できることを……!」
無意識に言葉を口にして立ち上がる。
腰の鞘に収めていた剣を抜いて必死に記憶を探った。
何度か見たことのあるはずのレミアが使った魔法剣。
無理だと思いつつも、いつかは。
そう思いながら聞いていたはずの詠唱文と名を手繰り寄せて音にする。
言葉を紡ぐ前に頭の中に響くのは、以前この術を使ったレミアの声。
「風よ……」
彼女が初級中の初級だといっていた呪文。
「我が剣に宿り、我にその力を貸さん」
紡ぎ終わると同時に手にした剣を振り上げた。
どうかこの感覚が勘違いではないように。
そう強く祈ってから口を開いた。

「エアスラッシュっ!!」

思い切り叫んで剣を振り下ろした。
言葉を音にした瞬間、剣に風が集まる。
勢いよく振り下ろされたのと同時に、それは真正面にいるゴーレムに向かって放たれた。

remake 2004.08.10