SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter4 ダークハンター

14:聖窟

昨夜の野営地から半日ほど歩いた場所。
地図に小さく記されたその村は、そこにあった。
もうほとんど物が残っていない廃墟。
そこが村の跡だと分かるのは、僅かに残る崩れた家の跡や、村を囲う柵が何かだったのだろう、地面に突き刺さった木の棒などがあったから。
風化してしまっているのか、そのほとんどが脆く崩れやすいものになっていたけれど。
「ここが例の村跡?」
「地図と情報が間違っていなければ、おそらく」
目を細めて尋ねるレミアに、地図を広げたフェリアが答える。
「何かもう、本当に跡地って感じね」
「でも、逆に不思議ですわ」
「何が?」
杖を両手で握って首を傾げるリーナを、レミアは不思議そうに見た。
「だって、この村が滅ぼされたのはミルザの時代、時間的には1000年も前の話ですわ。そんなに時間が経っていたら、魔物に荒らされたりして痕跡なんて残る方が珍しいと思うのですけど……」
「その答えはあれだろう」
地図を仕舞い込みながら、フェリアが村の奥を示した。
村の奥は切り立った崖になっている。
さすがにそこまで住居区にすると危ないと思ったのだろう。
崖の近くに建物の跡は残っていなかった。
その代わりに小さな穴がひとつ、ぽっかりと口を開いている。
「あそこから僅かだが魔力を感じる。それが何かしらこの村に影響を与えているのかもしれない」
「あそこって……」
「あの男の話が確かなら、ミルザの聖窟だ」
「あれが……」
小さく呟いて、レミアは目を細めた。
あの場所が自分たちの目的地。
自分の求めるものが、眠る場所。
「あそこから漏れる魔力が結界を作っているんだろうな。ここだけ時間がゆっくり流れている気がする」
「それって、通常の“時の封印”みたいなものですか?」
「おそらくな」
村を見回しながら続けられる会話に入ろうとはせず、レミアはしばらくじっと洞窟を見つめていた。
「行こう」
静かに言うと、2人が返事をする前に歩き出す。
「ああっ!待ってくださいレミア様!」
慌てた様子で名を呼ぶと、リーナは小走りに彼女を追った。



洞窟の入口で立ち止まり、レミアは顔を顰めた。
そのまま目の前の空間をこんこんと拳で叩く。
「何をなさっているんですの?」
追いついてきたリーナが、そんなレミアに首を傾げながら声をかけた。
「結界が張ってある……」
「結界っ!?」
驚いて、レミアの隣の空間に飛びついた。
見えないけれど、確かに何かがあるらしい。
洞窟の入口は大人2人で並んで入ること出来る広さがあるというのに、彼女の立つ位置から前には進めなかった。
「おい。ここに何か彫ってあるぞ」
後ろから声をかけられ、2人は振り返った。
いつの間にか追いついたフェリアが、近くの壁を見つめたまま手招きをしている。
「何かって?」
尋ねながら近づくと、彼女は首を横に振った。
「残念だが、私には読めない」
「え?」
「これは明らかに現代語ではないからな」
そう言ってフェリアが示したのは他の部分と色の違う壁だった。
そこに書かれている文字は、確かにこの世界で使われている共用語ではない。
「でもこれ、古代語でもありませんわよ」
文字を覗き込んでリーナが言う。
「そうなの?」
「ええ。わたくし、詠唱は古代語でしていますから読めるのですけど、こんな文字も文体もありませんわ」
眉間に皺を寄せて文字を睨んだまま答える。
「それにしてもこの壁、不思議ですわね」
顔を上げると、色の異なる部分の境界線を見て呟いた。
「何が?」
色のことは分かりきっているから違うだろうと予想して、レミアは聞き返した。
「だってこの文字の部分、材質から言って最初は石版だったんですわ。それが長い間に崖崩れか何かで埋もれて、この部分だけ出ていると思われますけれど」
言葉を切って、壁に指を当てる。
そのまま色の違う方へ動かすと、指は壁に沿って滑らかな曲線を描いた。
「このように、壁と見事に一体化してしまっているんです」
「ああ、そういえば……」
最初に見つけたというのに気づいていなかったのか、感心したようにフェリアが声を漏らした。
「これもこの洞窟の魔力が為せる業なんでしょうか?」
文字よりそちらの方が気になるらしい。
腕を組んで、リーナは真剣に考え始める。
「一体化……」
不意に壁を見つめたままレミアが呟いた。
暫くそのまま壁の文字を見つめていたが、突然大きく目を見開くと、そのまま石版部分に飛びつく。
「レミア?」
そんな彼女の様子に気づいて、フェリアは顔を顰めて声をかけた。
そんな彼女に答えを返さず、レミアは別の言葉を口にした。
「……我、汝を求める者。汝の主の血を引き、風の中に身を置く者」
ふわっと地面から風が吹いた。
驚いて地面を見れば、いつの間にかレミアの足元に緑色の魔法陣が浮かび上がっている。
「これは……っ!?」
「レ、レミア様!その文字、読めるんですのっ!?」
突然現れた魔法陣に驚き、本来の目的を思い出したリーナが思わず声をかける。
けれど、レミアはそれには答えず、続けた。
「汝、今我を汝の下に誘わん」
言葉が紡がれた瞬間、魔法陣から強い光が放たれた。
「きゃあっ!?」
突然の光に叫ぶ声が聞こえる。
体に違和感が走って、それが誰のものか認識ではなかった。
声と言葉から察するに、おそらくリーナだろうとは思いはしたけれど。

体を襲った違和感が、転移呪文を使ったときの浮き上がるような感覚だと気づいたときには、目の前に広がる景色はがらっと変わっていた。
先ほどまで青い空の下にいたはずだったというのに、今いる場所は薄暗い洞窟の中。
それでも、天井高くに開いた穴から光を取り入れているらしく、十分に辺りを観察できる程度の明るさはあった。
振り返ってみると、だいぶ離れたところに入口だろう光が見える。
中に入れたのは魔法陣の中にいた自分だけだったらしい。
フェリアとリーナの姿は何処にもなかった。
ふと、何かの気配を感じて視線を正面に戻す。
目に入ったものに、レミアは目を大きく見開いた。
洞窟の奥、最も光が当たるその場所に、それはあった。
少し高くなった台座のような場所に、銀色に輝く一振りの剣が刺さっていた。
ほとんど刃との境界線に近い柄の部分に緑色の石を嵌め込んだ剣が。
「あれが、ミルザの剣……」
呟いて、ゆっくりと台座に近づいた。
僅かに造られた階段のような段差に足をかけ、上へと上る。
目の前で立ち止まると、レミアは静かに剣を見下ろした。
洞窟に入る光を受けて、相変わらず剣は銀色に輝いている。
その刀身は、1000年という時の流れを感じさせないほどに研ぎ澄まされていた。
ごくりと息を飲んで、剣の柄を掴む。
大きく息を吐くと、それを思い切り引き抜いた。
「うわっ!」
封印されていると聞いていたから、もっと力が要ると思っていたのに、剣は簡単に抜けてしまった。
力を入れすぎた反動で、レミアは背中から台座の下に落ちそうになる。
何とか踏み止まると、手にしたばかりの剣をまじまじと見た。
精霊が与えたと言われる勇者の剣。
それ故正式な所有者以外の者が手にした場合、それなりの重みがあると覚悟していたのに、剣はずいぶんと軽かった。
使い慣れた自身の武器のように手に馴染んでいる。
それは自分が彼の剣技を継ぐ子孫だからかもしれない。
そんなことを考えながら、レミアは口の中で言葉を紡いだ。
風の精霊から教わった、剣から水晶の核を外す言葉。
薄っすらと剣に取り付けられた緑の石が光り出す。
言葉を声にすると、さらに強い光を放って浮き上がった。
それを右手で包むと、言葉を止める。
すぐに石の光は消え、そのままレミアの右手に収まる。
「これで、よし……」
剣から水晶の核は外した。
後はこれを水晶に戻すだけ。
持っていこうとも思ったが、使い道がないと判断して、レミアは剣を台座に戻した。
先ほどと同じように、剣は台座の上で銀色の光を放っている。
ただ違うのは、その刃との境目に近い部分に埋まっていた石がなくなっているということだけ。
手の中の石――水晶の核をもう一度確認して、レミアは小さく息をついた。
それはおそらく最初の目的を無事達成できたという安堵のため息。
まだやらなければならないことはあるけれど、これで一歩前進した。
後は、ここから出て核を水晶に戻すことが出来ればいい。
心で呟いて自分の為すべきことを確認すると、レミアは剣に背を向けた。
その瞬間、前方で大きな爆発が起こった。
「な、何っ!?」
衝撃が洞窟の中にまで響いてくる。
入口から砂煙が大量に中へと入ってきた。
さすがにレミアのいる最奥の台座までは届かなかったけれど。
先ほどよりも風が強くなった感じがする。
結界に遮られ、ほとんど入ってきていなかったはずの風が。
「まさか、結界が破壊された……?」
握っていた核をズボンのポケットに押し込み、腰の鞘に差してあった剣に手をかけた。
外に残っているフェリアやリーナは、そんな無茶をしてまで中に入ろうとはしないはずだ。
例えリーナがそうしようとしても、フェリアがその壁の文字の正体に気づいて止めるだろう。
あれは代々クラリア家に伝わり、仲間の中でだけ使うことになっている暗号だった。
だから自分は読むことが出来たけれど、他の2人には全く意味がわからない。
けれど、フェリアもその暗号の存在については知っているはずだった。
ミルザの一族としての知識は、彼女も受け継いでいるはずだから。

けど、そうだとしたら。

叩いたときにわかったけれど、あの結界はかなり強力なものだ。
それを破ることが出来るほどの力の持ち主は、考えられる範囲では1人しかいない。
けれど、その人物がここに来る理由が、わからない。

「きゃああああっ!!」
耳に飛び込んだ悲鳴に、はっと我に返った。
顔を上げると、見慣れた赤に近い桃色の髪が目に入った。
「リーナっ!?」
外から勢いよく飛ばされ、倒れたまま地面を滑った彼女に慌てて駆け寄る。
「レミア、様……」
外で戦闘でもあったのか、体のあちこちに傷をつくったリーナが、弱々しく顔を上げてレミアを見る。
「どうしたの!?外で何があったの!?」
「あの女が……フェリア様を……」
その言葉に、レミアは大きく目を見開いた。
そういえば、フェリアの姿が見当たらない。
中に入ってくる様子もなければ、戦っているような音さえ聞こえない。
「フェリア……っ!!」
立ち上がると、腰の鞘に収まっていた剣を引き抜く。

「ふふっ。相変わらず威勢の良いこと……」

洞窟中に声が響いて、レミアは入口を睨んだ。
先ほどまではなかった影が、外からの光を背にして立っている。
光の影響で顔を見ることはできなかったが、間違いない。
この声、あの服装は間違いなく仲間の“魔法の水晶”を奪い去った女。
「エルザ……っ!」
にやりと笑みを浮かべてエルザが笑った。
「まさか、あんたがここを嗅ぎつけているとは思わなかった」
口調は驚いているようだったが、表情に変化はない。
「そっちこそ。こんな田舎のほら穴に何の用?」
「決まっているでしょう?あんたの後ろにあるその剣を貰いにきたのよ」
その言葉に、レミアは驚いたように台座を振り返った。
一度自分が引き抜き、再びあの場所に戻した剣。
精霊が与えたとは言っても、核を取り外してしまって耐久性も攻撃力も落ちたはずのあの剣に、一体何の用があるというのか。
「うちの秘法に、一体何の用があるわけ?」
強ち間違ってはいない。
この剣は自分たちの祖先の使っていたものなのだから。
「伝説の英雄の剣といえば特別な力を持っているもの。それを手に入れたいと思う以外に、どんな理由がある?」
どこからそんな間違った情報を手に入れたのか、きっぱりと言ったエルザに内心呆れる。
けれど、渡すつもりはなかった。
風の精霊は、この剣は風の水晶の核で強化されていると言っていたけれど、それだけだとは限らない。
まだ何か別の秘密がある可能性があるから、渡すことなどできない。
「だったら諦めて帰れ!この剣は絶対に渡さない!」
剣を握る手に力を込めて、きっぱりと言う。
そんなレミアを見て何を思ったのか、エルザは静かに目を伏せた。
「そう……。じゃあ、これならどうかしら?」
言いながら片腕を広げる。
次の瞬間、突然その腕の中に現れた人物の姿に、レミアは自分の目を疑った。
「フェリア……?」
エルザの腕の中に抱かれるような形で現れたのは、外にいると思っていた親友だった。
リーナと同じように傷を負っているのか、服がところどころ破れて赤く染まっている。
漆黒のその瞳は、今は閉じられていて見ることができなかった。
「言っておくけれど本物よ」
くすっと笑みを漏らしながら、エルザは意識を失っているフェリアの頬を撫でた。
「……本物だって証拠が、何処にあるわけ?」
声が震えているのが自分でも分かる。
今自分が発した言葉どおり、突然腕の中に出現したあの人物が本物のフェリアだという証拠は確かにないけれど、偽者だという証拠も何処にもない。
「そんなこと、確認している余裕があるのかしら?」
楽しそうに笑って、エルザは腰から短剣を取り出した。
それをぴたりとフェリアの首につける。
それを見たレミアがこれ以上ないくらい目を見開いたのを、彼女はもちろん見逃さなかった。
「この女の命が惜しくば剣を渡せ」
刃の側面がフェリアの首に押し付けられる。
それでも渡さなければ躊躇することなく短剣を動かすつもりだったのだろう。
けれど、もうその必要はなかった。
「……わかった」
「レミア様!」
リーナの小さな悲鳴が響いた。
それに何の反応も示さず台座のところに戻ると、レミアは刺さっていた剣を引き抜く。
そして、それを入口の方へ向けて差し出した。
「こんな剣、いくらだってくれてやる。だから、その子を放して」
にやっとエルザが笑った。
フェリアを抱いたままの姿勢で、ゆっくりと台座の方へ歩き出す。
ちょうど台座の手前まで進んだとき、突然エルザの動きが止まった。
驚いて足元を見ると、倒れたままのリーナが彼女の足を掴んでいる。
「駄目です!レミア様!」
傷の痛みに顔を歪めながら精一杯叫ぶ。
「その剣を、渡してしまっては、いけません!」
「うるさいっ!!」
必死に足を掴むリーナの背に、エルザは勢いよく蹴りを入れた。
短い悲鳴が聞こえて、足に絡みついた違和感が消えた。
にやりと笑うと、今度は少し動いてリーナの横に回り、脇腹を思い切り蹴り飛ばした。
「リーナっ!!」
どれほどの力があるというのか、かなりの距離を転がったリーナを見て、レミアが悲鳴に近い声を上げる。
それと同時にからんという何かが転がる音が聞こえて、エルザは視線を落とした。
足元にレミアが持っているはずの銀色の剣が転がっている。
台座の方に視線を向けると、何かを投げつけた姿勢のままレミアは動きを止めていた。
「それはあげる。だから、フェリアを置いてさっさと帰れっ!!」
洞窟内に悲痛な叫びが響く。
それを聞いて何を思ったのか、エルザは笑みを浮かべると、短剣を収めて足元に落ちた剣を拾い上げた。
「確かに……」
剣の刀身を確かめながら、呟くように言葉を漏らす。
「お礼に、あんたにはこれを上げる」
そう言ったかと思うと、たった今手にしたばかりの剣を器用に持ち替え、切っ先をレミアの方へ向けた。
予想をしていなかった行動に、レミアの瞳が大きく見開かれる。
その瞬間、どんっというくぐもった音が辺りに響いた。
突然体に走った衝撃に、最初は何が起こったのかわからなかった。
唐突に右腕に違和感を感じて、レミアは呆然と自分の右肩を見る。
そこは、赤く染まっていた。
エルザの放った衝撃波が、彼女の右腕を貫いていたのだ。
「……っ!!!」
突然襲ってきた痛みに、声にならない悲鳴を上げ、膝をつく。
一瞬にして体中に汗が噴き出した。
左手で右肩を強く押さえるけれど、流れ出す血は止まらない。
「そうそう。もうひとつ」
耳に届いたエルザの言葉に、痛みを堪えて顔を上げた。
視界に映ったのは、フェリアを抱いたまま銀色の剣を右手に持ったエルザ。
「いろいろ試したいことがあるから。この子、貰っていくわね」
「な……っ!?」
思いも寄らなかった発言に絶句する。
「冗談……っ!剣を渡せば、フェリアは返すって……」
「私は命が惜しくば剣を渡せとは言ったけれど、返すだなんて一言も言ってないわよ?」
くすくすとエルザが笑う。
まるでレミアの反応を楽しんでいるかのように。
「それじゃあね。さようなら、勇者さん」
笑って言うと、エルザはもう一度手にした剣をゆっくりと持ち上げる。
目の前、ちょうど右肩を押さえている左腕の前にその切っ先を当てられ、レミアは大きく目を見開いた。
再びどんっというくぐもった音が聞こえた。
一瞬遅れて左腕と背中を強い衝撃が襲った。
ゆっくりと膝が崩れて、自分が倒れていくのがわかる。
霞み始めた視界で、最後に見たのは勝ち誇ったように笑うエルザと、その腕の中で眠る人物。

「フェリア……」

無意識に呟いた親友の名。
それ最後に、レミアの意識は闇の中へ落ちていった。

remake 2004.02.12